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企画 candy store

しあわせの三毛ねこ

掲載日:2011/06/28

 みけは、三毛模様の美しい三毛ねこでした。

 男の子の三毛ねこは、とても珍しかったので、幸運を招く《しあわせの三毛ねこ》と呼ばれていました。


 みけが、漁師のおじさんの釣竿を舐めると、その日はいつもよりたくさんの魚が獲れました。

 みけが、お母さんねこのおなかを撫でると、可愛い子ねこが元気に生まれてきました。

 みけが、幸運を招くと、みんなが「ありがとう」と言ってくれました。

 そんなとき、みけは、くすぐったいような嬉しい気持ちになるのでした。


 空を流れる雲のような真っ白な毛。

 優しく包み込む夜のような真っ黒な毛。

 大地を見守る巨木の幹のような茶色の毛。


 みけは自分の三毛模様が大好きでした。



 ある春の日のことでした。

 みけは、仲良しのお菓子屋さんに貰ったアイスを舐めながら、公園を散歩していました。

 桜の花が白く光り輝き、蝶々が忙しなく飛び回っています。

 ぽかぽかと暖かい日で、ちょっと気の早いアイスが気持ちよく口の中に溶けていきました。

「おいしそうね」

 見知らぬ女の子がベンチに座っていました。みけのアイスのように真っ白でふわふわの毛皮です。

「私は、しろ。あなたは?」

「僕は、みけ」

 みけは、思い切って言いました。

「君も舐める?」

 おずおずと、アイスを出します。

「いいの!?」

 しろは、ひげをぴんと立てました。「私、甘いもの大好き!」

 ぺろり。

 しろがアイスを舐めます。

「おいしい!」

 お日様のような笑顔で、みけにアイスを返しました。

 みけがぺろんと舐めて、また、しろに渡します。

 ぺろり。

 ぺろん。

 ぺろり。

 ぺろん……。

 みけは楽しくなってきました。

 一人で食べてもおいしいアイスでしたが、二人で食べるともっとおいしいのです。

 ぺろり。

 ぺろん。

 ついにアイスはなくなってしまいました。

「おいしかった!」

 二人は同時に叫びました。

「ありがとう!」

 しろは、しっぽをぴんと立てて、みけの手を握りました。

 そのとき、「しろちゃーん」という声が聞こえてきました。白い袋を持った、しろによく似た女の人が手を振っています。

「お母さんだ。私、行くね」

 みけは慌てて尋ねました。

「また、逢える?」

「うん。三週間後に、また来なきゃいけないから」

 みけは、今度逢うときもお菓子を持ってこようと思いました。

 心が、ほんわかあったかでした。



 三週間が過ぎました。

 みけの手の中には飴細工の青い魚が二匹入っていました。仲良しのお菓子屋さんが作ってくれたものです。

 みけがそっと手を開いたとき、しろは「すごい、すごい!!」と、ひげをぴんぴんにしました。

「食べちゃうのがもったいないわ」

 飴の魚をつつきながら、しろは言いました。みけも同じ気持ちです。

 温かい風が吹いていました。

 青い菫の花がさやさやと揺れています。

 額を寄せて飴を眺めていましたが、だんだん溶けてきました。

 二人は「えーい」と同時に飴を口に入れました。

「おいしい!」

 右に、ぽこっ。

 左に、ぽこっ。

 みけが、かわりばんこに頬を膨らませると、しろが口から飴を落としてしまいそうなほど大声で笑いました。

 口の中から飴が消える頃、しろのお母さんが迎えに来ました。また白い袋を提げています。

 しろは淋しそうな顔をしましたが、「ありがとう。また三週間後ね」と行ってしまいました。

 みけの心は、きゅうっとしぼんでしまいました。

 去っていく二人を見ながら、ふとお母さんが持っている袋をどこかで見たような気がしました。

 帰り道、みけは、はっとしました。

 公園を出たところには、とら先生の病院がありました。白い袋は薬の袋でした。



 また三週間が過ぎました。

 みけは果物を練りこんだ素敵なクッキーを持ってきました。

 袋の中から溢れ出す甘酸っぱい香りに、しろは嬉しそうに鼻をひくひくさせました。

 しかし、みけは耳を垂れていました。

「しろは病気なの?」

 みけは尋ねました。

 しろは目を伏せました。

「うん。難しい病気なんだって。今まで近くの病院に通っていたけれど、とら先生の病院のほうがいいって言われて……」

 とら先生は有名なお医者さんです。遠くから通ってくる患者さんもたくさんいます。しろは、そんな患者さんの一人だったのでした。

 満開になった赤い薔薇の花びらが一枚、音もなく地面に落ちました。

 みけは、顔を左右に振ると、元気に言いました。

「僕は《しあわせの三毛ねこ》なんだ。だから僕が一生懸命お願いすれば、病気なんか、すぐ治っちゃうよ!」

 そうです。みけは《しあわせの三毛ねこ》なのです。

 みけは得意げに三毛模様を見せました。

 クッキーを食べ終わる頃、迎えが来ました。

 しろは、「ありがとう」と言って、みけの頬をぺろりと舐めました。みけは、薔薇に負けないくらい真っ赤になってしまいました。

「また三週間後に」

 しろが手を振ります。

 三週間後に、また診察があるのです。

「しろの病気が早く良くなりますように」

 みけは、自分の三毛模様に願いました。そして、ぺろぺろと丁寧に毛皮を舐めました。



 三週間が経ちました。

 梅雨の晴れ間に、紫陽花が美しく咲き誇っています。

「今日も雨だったら、どうしようかと思っていたの」

 しろは、あまり外に出られないのです。とくに雨の日は駄目なのです。

 みけは、悲しくなりました。

 しろは、一昨日の朝、羽化したばかりの蜻蛉が、野原にやってきたことを知らないのです。

 しろは、昨日の晩、飛べるようになった蛍が、夜の川を照らしていたことを知らないのです。

 耳が垂れてしまったみけを、しろが心配そうに見つめていました。みけは慌ててお菓子の容器を出しました。今日は不思議な甘い香りのプリンです。

 みけは、しろの知らない話をたくさんしてあげました。

 しろは「まあ!」とか「ええ!?」とか言いながら、ひげをぴんぴんさせました。

 帰るとき、しろは「とっても楽しかったわ。ありがとう」と、お日様のような笑顔を見せてくれました。

 みけは、いっそう丁寧に自分の三毛模様を舐めました。

 しろと一緒に見たいものが、とてもたくさんありました。



 また三週間が経ちました。

 お日様の力が強くなってきました。だらんとお腹を見せてベンチに座るみけを、池に浮かぶ白い睡蓮が涼しげに笑っていました。

 病院のほうから、しろの姿が見えました。

 いつもと違う気がします。

 少し、痩せました。夏毛に変わったからでしょうか。

「みけ!」

 しろが走ってきます。みけはお菓子の包みを置いて、ベンチから飛び出しました。

「しろ!」

 ぎゅっと、しろを抱きしめます。

 ふわふわの毛皮の中身は想像以上に小さくて、みけはびっくりしました。

 みけの腕の中で、しろは、ひげをぴんとさせましたが、すぐにお日様のような笑顔になりました。

 そして二人は、お菓子の待つベンチに向かいました。

 今日は、みたらし団子です。

 たれをこぼさないように、二人とも黙って注意深く口に運びます。

 真剣に食べるお互いの顔がおかしくて、どちらからともなく、くすりと笑いが漏れました。

 その途端、みけの毛皮にたれがぽとん。しろの毛皮にたれがぽとり。

「しろ、たれがついたよ」

「みけもよ」

 やっぱり楽しくお喋りしながら食べることにしました。そのほうが、ずっとおいしいのです。

 食べ終わった後、お互いの毛皮を舐めっこしました。

「本当に美しい三毛模様ね」

 みけの毛皮を舐めながら、しろは言いました。

「今、しろの病気が早く治るように一生懸命お願いしているから」

 みけは焦っていました。

 毎日、毎日、三毛模様を丁寧に舐めているのに、しろの病気は良くならないのです。

「いつもありがとう。この次は私がお菓子を持ってくるわ」

 しろは少しだけ恥ずかしそうに言いました。



 そして、三週間後。

 いつまで待っても、しろは来ませんでした。

 しろの笑顔のような向日葵が咲いているのに、しろはいないのでした。

 ぎらぎらと照りつけるお日様に、みけは負けるものかと歯を食いしばりました。

 今日は病院が混んでいるに違いありません。

 一番星が見えたとき、みけはとら先生の病院の扉を叩きました。もしかしたら診察日が変わったのかもしれないと考えたのです。

「しろ君か……」

 とら先生は黙ってみけを車に乗せ、しろの家に連れて行ってくれました。


 しろは、花に包まれて眠っていました。

 しろのお母さんが黄色いリボンの箱をみけに渡してくれました。中には、溶けかけたチョコが入っていました。

「しろちゃんがあなたに、って。夏だけど、どうしてもチョコをあげたい、って」

 しろのお母さんは目頭を押さえました。

「病院の大嫌いなしろちゃんが、とら先生のところへ行く日を楽しみにしていたのよ」

 ハート形のチョコの真ん中には、砂糖で『ありがとう』と書いてありました。

 みけの目の前がぼやけてきました。

「僕が《しあわせの三毛ねこ》なんて嘘だ!」

 喉が熱くなります。

「だって、しろを助けられなかったじゃないか!」

 みけは自分の毛をむしりました。

 白。

 黒。

 茶。

 三色の毛が、ふわふわと宙を舞いました。

 とら先生としろのお母さんが止めても、みけはやめませんでした。

 肌から血が滲んでも、みけは毛をむしり続けました。



 みけは、とら先生のところで勉強して、お医者さんになりました。

 とら先生と同じくらい有名なお医者さんになりました。


 それでも。

 重い病気の患者さんや、酷い怪我の患者さんを助けることはできませんでした。

 患者さんが息を引き取るとき、泣きながらみけは言うのでした。

「ごめんよ、ごめんよ。助けられなくて」

 みけのひげから滴り落ちる涙の雫を受けながら、ベッドの上の患者さんは笑うのでした。

「先生、ありがとう」



 ある日、みけは懐かしい声を聞きました。

「また逢えて嬉しいわ」

 目を瞬かせると、お日様のような笑顔がありました。

「天国に来たあなたの患者さんは、みんな口をそろえて言うのよ。あなたに逢えてよかったって。あなたに逢えて幸せだったって。やっぱりあなたは、《しあわせの三毛ねこ》だったのね」

 みけは白いふわふわの毛皮を抱きしめました。

「ずっと言いたかったことがあるんだ」


 ありがとう。

 大好きだよ。


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