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【91】ジダンの隠れ家(3)

2019.07.07 ブレスリヴァシテイションのエフェクト描写を修正しました。

 王都の東門に近い屋敷を紫色の靄が包み、その靄の表面をひときわ輝く紫の雷光が這いまわっている。

 魂送りの花火が鳴り響く中、この一帯が異様な雰囲気で満たされていく。


「はぁはぁ……。一体何が起こったっていうの」


 爆発的に増殖した紫の靄から避難できたのはサフレインだけだった。それまで生きていた10人程度いた他の戦闘員たちは、全て禍々しい光に触れてしまい絶命していた。


 国葬に合わせてジダンが企てていたいくつもの計画は全て成功で終了していた。陽動から始まり、マトラ王襲撃、そして呪いの連鎖だ。

 今ここで行われたのは予測されなかったジダン大量検挙に対し、サフレインが提案した報復であるため、当初は予定されていなかったが、イシェルの命を奪った事によって作戦も完了した事になる。

 何しろジダン関係者を見破る能力を持つ、イシェルの存在は大問題なのだ。結果的に多くの被害を出したジダンであるが、間違いなくサフレインは高く評価される事になるだろう。


 サフレインはフードを頭へと被ろうとした所で、ヘタレ格闘家の存在に気が付いた。対するヘタレ格闘家は、死んだはずのサフレインが屋敷から出て来た事に戸惑いを感じていた。


「おまえは……」


 まさかヘタレ格闘家と出会うなどとは思っていなかったサフレインは、彼の顔を見た瞬間に思わずたじろいだが、それもほんの一瞬ですぐに平静を取り戻した。


「あら、久しぶり。確か、ヘタレさんだったよね?」


 サフレインは、足元を見られない様に可能な限り落ち着いいる様に見せた。

 その口調にヘタレ格闘家は違和感を感じた。ヘタレ格闘家の知るサフレインは物腰がやわらかく、この様な言葉など一度も発したりしなかったからだ。しかし、今その理由をサフレインに問う時間などなかった。


「イシェルとシンナバーを探している」


 この状況ならば、駆け引きの言葉の一つでも出るものと思っていたサフレインだったが、単刀直入に言われた事にポカーンとした表情になる。

 余裕の雰囲気を漂わせようとしていたはずが表情が安定しない。


「ぷっ、アハハハハ! 相変わらずなのね。あなたってやっぱり面白い人だよ」


 ポカーンとした顔から笑い出したサフレインを、ヘタレ格闘家は表情を変える事なく見つめた。サフレインは、表情を変えないヘタレ格闘家が何を考えているのか分からず、内心穏やかではなかった。


「ハ、ハハ……。それで、何か用? わたしは暇じゃないんだけど」


 そう言うと、サフレインはフードをかぶった。イスレル人であるサフレインの白い肌は、今が夜であるために目立たないのだが、彼女は念のために用心していた。ごく一部にイスレル人を魔物と呼ぶ者は存在しており、言われなき迫害を受ける場合があるためだ。


 一体どこからその様な認識が派生したかだが、奴隷商人が商品を区別するのに使用する彼らの業界用語でもある事は判明している。マトラ王国では人身売買は禁止されているが、未だ富裕層の娯楽として裏取引が行われていた。

 それらは愛玩目的であるため、扱う商品に労働力を求める者はおらず、そのほとんどは13歳以下の子供であった。人権を持たないのをいい事に使い捨てのつもりで買い求めるのだ。人間に比べて線が細く、儚く神秘的に見えて物珍しいイスレル人はとても人気があった。

 トリッサとサフレインも、かつてはその商品として扱われていた過去を持つ。


 イスレル人を魔物と呼ぶ一部の者の認識は、今後王国が友好国の存在を広めていく事によって訂正されて行くのだが、今はまだ浸透してはいない。

 ちなみにトリッサは、サフレインと出会った当初、彼女を魔物であると認識したのだが、その様な教育を行っていたのはトリッサが収容されていた孤児院なのである。トリッサは孤児院のミスによって奴隷商人に売られたわけなのだが、はたして本当に間違いだったのだろうか。


「二人を探していると言っている」

「……」


 ヘタレ格闘家の言葉にサフレインの表情が硬くなる。サフレインは一度視線を地面に落とすと、再びヘタレ格闘家の目を見つめた。


「さぁ、イシェルとシンナバーなら知らないけど。イシェルとはもう二度と会えないと思うよ」


 なおも表情を変えないヘタレ格闘家の目を見つめ続ける事ができず、サフレインは視線を横にずらした。


「それじゃ、わたしは急ぐから。縁があったらまたどこかで」

「……待て」


 その言葉にサフレインはドキリとした。


「……何?」

「おまえ、ジダンに入ったのか?」


 ヘタレ格闘家の横を通り過ぎようとした所で、サフレインは立ち止まった。辺りをどんよりした風が通り過ぎてゆく。

 サフレインは、斜めに見上げる様にして体を反らしてヘタレ格闘家を覗き込むと、ヘタレ格闘家の頬を手で撫でる。同時にわざと胸をヘタレ格闘家に押し当てて、そこに注意を向けようとした。

 微動だにしないヘタレ格闘家に、サフレインの口元がにやりとする。


「ジダンって何? そんなもの聞いた事ないけ、どッ!?」


 青白い光が散って、サフレインが手に隠し持っていたナイフが宙を飛び、少し離れた地面へと落ちて金属的な音を立てた。ヘタレ格闘家はサフレインが隠し持っていたナイフを見抜いていたのだった。

 ヘタレ格闘家は、サフレインの腕をつかんで自分の前に無理やり引き寄せると、斜めの姿勢になっていたためにバランスを崩して寄りかかる体勢となった。


「きゃっ! ちょっとっ痛いっ!!」


 何をするのだと睨みつけようとしたサフレインだったが、ヘタレ格闘家の目を見た瞬間ギョッとした表情に変わった。


「……」


 何か言おうした様に思えたヘタレ格闘家であったが、なぜか何も言う事もなくサフレインの腕を開放した。

 サフレインは捕まれた腕をさすりつつ、足早にその場を後にした。

 木々が生茂る林の暗闇に体を隠すと、サフレインはそばにあった木にもたれてハァハァと息を乱した。


「うるさいなっ! 大丈夫だよ!」


 突然独り言を言い出したサフレインだが、独り言にしては少し様子がおかしい。


「バレてないよ! あの男は超鈍感だし、女には甘いから手を出さないよ! サフレインはわたしの事をもっと信じて……あ……。ごめん、うん。わかってるから……わたしも好きだよ」


 サフレインは、木にもたれかかったままずるずるとしゃがみ込んで両手で顔をおおった。



 その場に残されたヘタレ格闘家が深く息を吐いてうなだれた。


「あいつの料理、うまかったのにな。くそ……」


 ヘタレ格闘家は顔を上げると、紫色の靄に包まれた屋敷をじっと見つめた。



 紫色の靄の中、屋敷の地下の広間でシンナバーがイシェルを抱きしめていた。辺りには大勢の黒い男たちが床に倒れている。


 黒い男に手足を切断されて光までをも奪われたシンナバーであったが、今はその全てが元の状態に戻っていた。それはイシェルも同様で、切断された左手は綺麗に元に戻っており、矢が刺さっていた額のキズも何もなかったかの様に消えていた。

 そして、シンナバーの心は穏やかさを取り戻しており、屋敷を包み込んでいた禍々しい紫の靄も青白い神秘的な靄に変わっている。


 イシェルの心臓は鼓動を再開しており、呼吸も戻っている。一見すると生き返っている様にも思えるが、そこにイシェルの魂は存在してはいなかった。今シンナバーが抱きかかえているものは、ただのイシェルの抜け殻に過ぎない。


『女神様……おねがい。イシェルを呼び戻して』


 シンナバーは、今まで一度も神託の女神に対して本気で祈った事がなかった。神の子であるシンナバーは、神に一番近い人間として、それこそ強い信心を女神に向けて仕えるものであるはずなのだが。

 そのシンナバーが本気で女神に祈っていた。例え神の子であったとしても、その様な勝手な願いなどしてはいけないと分かりつつも、イシェルを助けて欲しいと強く願った。


 その願いが通じたのかそれとも無意識だったのか、神託の女神の境地へとたどり着いたシンナバーの体から青白い靄が吹き出し始め、人間に使えるはずもない女神の力を行使した。


『ブレスリヴァシテイション!』


 その瞬間天空が鳴り響き、屋敷の真上に幾何学模様の様な光がいくつも多層構造で現れはじめ、そして王都全体の空へと無数に広がって行った。花火を打ち上げていたスフェーン達は打ち上げることを止めて、天空に描かれた様々な模様を不思議そうに眺めている。

 それらは光のラインで全てが繋がっており、中心に位置する屋敷に向かって神々しい光の柱が降りていた。

 天井を貫通した光の柱はシンナバーとイシェルへと降り注ぎ、辺りをあたたかな光で満たして行った。


 すると、イシェルの体の真上に美しい光の玉がふわりと現れてキラキラと煌めきを放ち出した。

 光の玉はゴウゴウと言う音を立てながら、まるで彗星が光の尾を引くかの様に形状を変化させるとゆっくりとゆっくりと、イシェルの体に向かって降りていった。

 やがて、光の玉がイシェルの体に接触すると炸裂音の様な音が響いた。まばゆい光が辺り一面を包み込み、その光はイシェルの体の中に吸い込まれる様に消えていった。


 やさしい表情でイシェルを見つめるシンナバーは、イシェルの体を起こしてぎゅっと抱きしめた。その頬を涙が伝って落ちる。


『イシェル……』


 シンナバーの後ろには、いつの間にかヘタレ格闘家が立っていた。その表情は、先ほどまでとは打って変わってやさしく見守るものとなっている。



 イシェルはその後、一週間の後に目を覚ました。


 目覚めたものの、イシェルはシンナバーたちと共にした旅の記憶の一切を覚えてはいなかった。

 シンナバーはイシェルの命を救うために、一つの可能性を対価に変えて神託の女神の力を行使したのだ。神ではないシンナバーが、神の奇蹟を起こすためにはそれが必要だったのだ。


 その後、イシェルは王国の保護下に置かれてさまざまな検査を受ける事となる。実は、彼女は現状で唯一の異世界転生者と正面から対抗できうる力を秘めた存在だったのだ。

 王国はイシェルの能力を解析し、異世界転生者に対向する力を早急に付けなければならなかったのだが、その理由については今はまだ割愛する事とする。

 イシェルの保護はマールが担当する事になったのだが、それは彼女がイシェルに強く固執したためだった。マールがまだ魔戦士組合員としてかけだしだった頃、マールはとある依頼で辺境の村で暮らす幼い頃のイシェルと出会っていたのだが。その時のマールは力及ばずにイシェルを守り切る事ができなかった事が理由であるのだが、その事を彼女が人に語る事はなかった。


<魔法解説>

ブレスリヴァシテイション:神属性。人間には使用不可能な魔法のため、魔法の存在及びその効果は知られてはいない。シンナバーが代償と引き換えに使用し、イシェルの魂を呼び戻す事に成功した。

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