【88】ざわめき
予定通り、午後3時から式典の続きが行われた。
また何かあるかと注意してたけど何も起こらなかった。あたしは普通に神託を行って、その後のプログラムもつつがなく進行されて終了した。
魔戦士組合員にも特例が出されたし、かなりの人数で警戒にあたっていたからだろうか。
あたしにはジダンが何の目的で行動したのかはよく分からないけど、終始では建造物の破壊こそあったものの、けが人などの被害はほとんど出ていなかった。
建物の被害も、コランドさんの対応で既に復旧されたらしい。白い巨体によって破壊してしまった建物も、ナシルとミシリエが魔法攻撃を行った軍の施設もだ。小細工魔法はおチビの使うのをよく見ていたけど本当に驚かされる。
ただ、王都内に潜伏していたジダンの関係者は結構な人数が検挙される事となった。王都を封鎖して、一人一人地道にチェックをしていったんだ。
イシェルとヘタレ格闘家がそのチェックに駆り出されたんだけど、イシェルが流れ作業的にチェックして、怪しい人物を次々に隔離していったみたい。
隔離された人に心的ストレスを与えると、すぐにしっぽを出して逃げようとしたんだってさ。ヘタレ格闘家はそういうのが暴れた時に取り押さえる係だったたらしい。
今まで潜伏してても行動しなければバレる事はなかったが、イシェルの心を読む能力の前では通用しなかった様だ。驚く事にジダン関係者は300人位いたらしい。想像以上の人数だけど、みんな処刑されるのだろうか。その中には家族なんかもいて、幼児や乳児までも含まれてるみたいなんだけど……。
スフェーンにどうなるのかを聞いたけど、答えにくそうに苦笑いするだけだった事から憶測できる。仕方ない事だけど、ジダンがらみの事件はどうにも気分が悪くなる。
そんな事があったけど、夜には魂送りのお祭りが行われる。
当然王都は封鎖したままだけど、それは仕方ないかな。軍の兵や特例を受けた魔戦士組合員があちこちに立って見張っている。
そういう特例には報酬がちゃんと出るんだけど、ナシルとミシリエは罰として報酬はナシだとコランドさんに言われていた。当人らも反省したらしく、一生懸命やるって言ってたよ。あの二人って、魔法学校の頃からたまにおっちょこちょいな事をするからね。あたしやスフェーンやおチビもそれに混ざっていた気もするけど。
夜になるまでちょっと時間があるので、あたしは一人でホテルに戻って休んでいた。
スフェーンは、ナシルとミシリエの応援をするって言って戻ってきていない。イシェルとヘタレ格闘家も警備をしているのだろう。
軽くシャワーで汗を流して夜になるまで少し眠る事にしよう。今日はやたらいろいろあってちょっと疲れたからね……。
キングサイズのフカフカのベッドは気持ちよく、あたしはすぐに眠りに落ちて行った。
『うはぁぁぅッ!?』
あたしは絶叫とともに目が覚めた。このところ毎度だけど自分の声ながらビックリする。その犯人はいつもイシェルだけど、今はここにはいないはず、一体何が起こったのかと眠い目をこすりつつ周囲を見渡した。
「シンナバー、おはよー!」
その声は、確かめるまでもなくイシェルの声だった。あたしが寝ている間に戻って来ていたらしい。イシェルは丸い目であたしを見つめるとほほ笑んだ。
いつもなら横に添い寝しているイシェルだけど、なぜか今日はポジションが違う。イシェルの顔は、あたしの下腹部のさらに下にあったのだ。
服をまくられて下着をつけていない状態である事を、再び受けた物理的な刺激によって感じ取る。あたしは思わず声をもらしてしまった。
『えっ!? イシェル!? ちょっと何してるの!?』
イシェルはあたしの両足を開いて、その中央へ唇を這わせた。そしてあたしの形を確かめる様に何度も何度も口づけをした。イシェルのあたたかい体温と充実感が接触の度に伝わって来る。
「シンナバー。この旅がもうじき終わっちゃうってわかってるでしょ?」
『旅……、うん、それはそうだけど』
「そうしたらシンナバーは、ボクかスフェーンのどちらかを選ばなきゃいけないよね?」
『……それは』
「ボクは……、シンナバーとずっと一緒にいたい。いやだよ、離れたくない」
ポロポロと涙を流すイシェルに、あたしはかける言葉を見つける事ができなかった。
「旅の間ね、どうしたらシンナバーがボクの事だけを見てくれるか。ボクだけのものにできるかって。ずっとずっとそれだけを考えてたんだよ?」
『イシェル……』
そうだ、イシェルはあたしがイシェルとスフェーンのどちらかを選ぶかの猶予を与えてくれていたんだ。
「でも、どちらかに決めるのって難しいよね。だからね、シンナバーをボクがいなきゃダメにしちゃえば悩むこともないと思うんだ」
『!!』
イシェルの体温と、ねっとりとしたやわらかい感触があたしの敏感な所に伝わって来る。
『ダメだよ、そんな事しちゃ』
「イヤなら跳ねのけてもいいよ」
そんな事しちゃダメなのに……どうしてだろう。イシェルを跳ねのける事ができない。イシェルを選んでしまったら、もうスフェーンを選ぶ事はできなくなっちゃうのに。
頭でそう思っていても、体はイシェルに神経を集中してしまう。その内に抗う事のできない快感の波がやって来て、あたしを何度も巻き込んだ。
『……もっと』
「ふふっ。おねだりしてくれてうれしいな」
あたしは、おかしくなってしまった体が欲するままにイシェルを受け入れた。
「早くボクのものっていう証拠を作りたいけど、それはシンナバーがボクを選んでくれる時まで取っておく事にするよ」
イシェルはあたしの体内へと沈めた指を動かして、意味ありげな箇所を指でなぞっていた。あたしはその言葉によって再び快感の波に飲み込まれ、幾度となく体をはずませた。
思考が戻って来ると、あたしはイシェルに抱きつく様に、彼女のふくよかで柔らかな胸に顔をうずめていた。
イシェルはあたしの髪をやさしくなでて、幸せそうな表情をしてその丸い目で見つめている。
「もうちょっとだけ待ってあげる」
『……うん』
イシェルはもう少しだけ猶予をくれる様だ。あたしはいまだどうしたらいいか分からない。ちゃんと真剣に考えているのに、いくら考えても答えに行きつく事ができなかった。
しばらく満足そうな顔であたしの髪をなでていたのだけど、やがてその表情が変わって何かを言いげな顔になった。
「ねぇ、シンナバー。話は変わるんだけど、前にジダンの事はちゃんと話してって言ってたよね」
『うん、そう言ったね』
「さっきね、ついにわかったんだ」
『えっ? なにが?』
「んー。やっぱりお祭りの時に言うね。スフェーン達にも聞いて欲しいから」
『そう? わかった』
ジダンの事で聞いて欲しい事があるって事かな。イシェルは王都に潜伏していたジダンの関係者を暴いてたから、それで何か得た情報があるのだろうか。
スフェーン達にもって言う事は情報共有だろうか。それならお祭りが終わって、ここに戻って来てからでもいいと思うけど。
イシェルのそぶりから緊急性はなさそうだったため、あたしはさほど深く考える事はなかった。
その後、夜7時から魂送りのお祭りが行われた。
空へと打ち上げはじめられたきれいな花火にみんなが歓声を上げて拍手していた。この花火は、スフェーン達ソーサラーによるもので、次々と空高く打ち上げられてはじける光がとてもきれいだ。
王都の中央通りには、たくさんの屋台も並べられていて人々で賑わっていた。よく考えたら、あたしはこういう屋台の出るお祭りってほとんど参加した事がなかったな。
参加した事があるのは、魔法学校の名ばかりのお祭り位だ。お祭りって言う割に全然騒いだりしないし、やる事も教育的な内容だったので正直面白いものではなかった。そのせいか、今あたしのテンションはとても上がっていた。
あたしとイシェルは、屋台を巡ってたくさん買い込むと、スフェーン達が花火を打ち上げてる所へと向かった。スフェーンは、お祭り中ずっと花火を打ち上げる事になるだろうから、多分余り屋台は巡る事はできないはず。時間的にもお腹が空いてるだろうし、差し入れってやつだ。ナシルとミシリエとかもいるだろうから、いっぱい買って行こうと思ってたのだけど物凄く買いすぎてしまった。
「えっ、こんなに!?」
『う、うん。多かったかな?』
花火の打ち上げ場所へ行くと、スフェーン達は楽しそうに花火を打ち上げていた。いかにきれいな花火を打ち上げるかで遊んでいる感じだ。スフェーン達の他にもソーサラーがいて、楽しそうにわいわいやっていた。よかった、これなら余裕で全員分あるよ。
『みんなに差し入れだよー!』
「やったぁ! ありがとうー!」
スフェーン達だけだと食べきれない量だったから、内心ホッとしていたのは内緒だ。
「ナシルとミシリエー! シンナバーも来た事だし、そろそろおチビたんの事を教えてくれてもいいんじゃなーい?」
「あー、そうだった」
「アハハハ! やっぱりスフェーンってルビーファーストだわ」
ミシリエが言ったルビーファースト。何その語呂のいい言葉。
『なになに? おチビの潜伏先の話!?』
「ぶっ! 潜伏先ってウケるぅ!」
あたし達はテンションが上がっていた事もあって、ひたすらゲラゲラと笑った。
その後、ナシル達はおチビを見かけたと言う街の名前を教えてくれた。その街はベイカの街らしい。その街でおチビは教会の建築をしていたらしいけど、凄く忙しそうだったので声はかけなかったのだそうだ。
ベイカは王都からはわりとすぐじゃないか。どういう訳かそこにはまだ寄ってなかったんだよね。もし寄っていたら、この旅はそこで終わっていたのだろうか。そう考えると、すぐに寄らなくてよかったかもしれない。
おチビ情報を得たことで、スフェーンのテンションがさらに上がったのか、空に超特大の花火を次々と上げていた。その花火は王都がすっぽり入る程の巨大さで、こんな大きな花火なんて多分誰も見た事がないだろう。その花火の音は、まるで体の中心まで響く様だった。
そんなにうれしかったんだね。あたしは魔法学校卒業後もずっとスフェーンと一緒だったけど、ここまでテンションが上がったスフェーンを見るのは初めてだ。
『やったねスフェーン!』
「ありがとー! みんなのおかげよぉー!」
その超特大の花火を見ていると、とてもあたしがスフェーンとおチビの間に割って入る隙間なんてない気がして来る。
そう思っていたら、イシェルがあたしの手をつかんでぎゅっと握ってくれた。
「ねぇ、シンナバー。さっきの話だけど」
『ごめん、イシェル。今はちょっと……』
イシェルから話を聞く約束をしていたけど、ちょっと今すぐは何も頭に入って来そうもなかった。スフェーンの笑顔を見ると、あたしはとても胸が苦しくなる。本当は喜んであげなきゃいけないのに、素直に喜ぶことができない。永遠におチビが見つからなければいいのにとまで思ってしまうんだ。
空に打ち上げられる花火を見つつ、これからの事を漠然に思う事だけで気持ちが精一杯になってしまった。
「何だ、ここに居たのか」
後ろから聞いた声がしたので振り返ると、そこにはヘタレ格闘家が立っていた。
『そう、きれいな花火だから見てたんだよ』
「そうか。こんな時にイシェルが来ないないなんて珍しいよな」
『え? イシェルなら……あれ』
さっきまで横にいたはずのイシェルがいない。トイレにでも行ったのだろうか。
「さっき警備が終わって戻る時、途中でイシェルを見かけてな。神妙な顔してて声をかけても気が付かなかった感じだったから何かと思ったが、さっきまでここにいたのなら大丈夫か」
なぜだろう、あたしの心にざわめきが起こった。
イシェルが話の事を言ってから、多分まだ5分位しか経っていない。なぜイシェルがここを離れたのかは分からないけど、その話の事以外に思い当たらなかった。
「……? どうかしたのか?」
『イシェルはどっちに行ったの?』
「ん? 東の門に向かって行ったな。王都は封鎖されてるから、外に出てはいないだろうが」
『東だね、ちょっと探してくる!』
あたしは、急にいなくなったイシェルに何かを感じて探す事にした。後ろでヘタレ格闘家が何か叫んでいたけど、イシェルを探す事を優先しなきゃと焦る気持ちから振り返る事はなかった。