【87】公開処刑
ナシルとミシリエは、ジダンの陽動作戦を担う役目を負わされた様だ。しかも依頼料ももらえずに軍に捕まって牢屋の中だ。
「頼んだのってミカルラ殿下な訳ね。それは分かったけど……ミカルラ殿下って誰?」
「あたしも聞いた事ない。どっかの貴族?」
まぁミカルラを知ってる訳ないよ。アクエラ連邦国は形式的には友好国って設定になったばかりだし、一般にはこれから情報開示していく感じだろうから。
でも、まさか戦争をしていた相手なんて誰も思わないだろうね。あたし達も口止めされてるから、そういう話は一切する事ができない。一般市民が言った所で誰も信じないだろうけどさ。
「ミカルラは、この国の友好国のトップの一人よぉ。シンナバーとあたしは先駆けてお友達になってるの」
「トップの一人って。あんた達ってそんな人と友達になってんの!?」
驚くのも無理はないと思う。スフェーンは分からないけど、あたしだって何がなにやらなんだから。ちなみに具体的にどこの国って言えないのは公式発表がまだだから。
でも、アクエラ連邦国にはまた行ってみたいな。自由に観光ができるにはまだ時間がかかると思うけど、多分また神託しに行く事になると思うから。その時は、スフェーンやイシェル達も一緒がいいな。ヘタレ格闘家は……誘ったら来てくれるのだろうか。
アクエラ連邦国の事を考えていると、あたし達の近くへ近づいて来る足音がした。一人は鎧の音が混ざってるから兵士のものだろうけど、もう一人の足音は静かかなので兵士ではない様だ。
「こちらです」
「ありがとうね。ん、おや?」
足音が静かな人物が声を上げ、あたし達の手前で止まった。
「何だか久々に見る顔がいるじゃないかい?」
そう言われて声の方向を見ると、その人物の顔にあたしは見覚えがあった。コランド・サファイヤ。つまりは、おチビことルビー・サファイヤのおばあちゃんだ。
「ビックリしたぁ! コランドさん! お、お久しぶりですぅ」
「あんたはスフェーンだね。元気そうじゃないか」
『おぉぉぉお久しぶりですッ!』
「あんたはシンナバーだね。いろいろとウワサを聞くよ。さっきもお疲れさまだったね」
いろいろって……どんなだろう。
正直言うと、コランドさんはちょっと怖くて苦手だ。魔法学校時代はおチビと一緒に遊ぶ事も多かったから、あたしもスフェーンも何度も顔を合わせている。
「でも、何でコランドさんがここに?」
「何でって、そこの二人の事に決まってるじゃないか」
そこの二人はナシルとミシリエの事だろうけど、どういう事だろう。もちろんあの二人も面識はあるはずだけど、このタイミングでコランドさんが来た理由が分からない。一体何しに来たんだろう。
「「お、お久しぶりです」」
牢の中からコランドさんにあいさつするナシルとミシリエに、コランドさんは大きなため息をついた。
「まーったく! しょうもない子達だよ。よりによってジダンの仕事を手伝うなんてね!」
「「面目もありません」」
いきなりの説教開始だ。この感じは長いかもしれない。後の事はコランドさんに任せて、これは昼休みが終わった事を理由に戻った方が良さそうだ。
『あッ! 昼休みが終わってるよッ! うっかりしてたッ! 早く戻らないとッ!』
「あ、あー! そうよねぇ。午後に式典の続きやるんでしょぉ?」
スフェーンも理解した様に合わせてくれた。
式典は一旦中止となったのだけど、午後3時から続きをやる事になっている。あたしもまだ神託してないからね。あの服にまた着替えないといけない。まぁ時間は大分あるけど。
「ちょうどいいからあんた達も少し付き合いなさい!」
あたし達はそれから30分位説教を受ける事になってしまった。全く、とんだとばっちりだよ。後でナシルとミシリエには何かおごってもらおう。
「あんた達のした事はとんでもない事なんだよ。わかってるのかい?」
「「はい、すみませんでした」」
もう5回目位かな。ナシルとミシリエは何度も謝っている。こういう時は波風を立てず、台風が通り過ぎるのをひたすら待つしかない。
「それでだ、あんた達にはやっぱり一度死んでもらおうかと思ってるよ」
「「えっ……」」
「ちょっ!?」
『!?』
散々説教したあげくの結果がこれか。そんなにとんでもない事をやらかしちゃったのか。
後の頼みはミカルラだけど、彼女はこの国の人間じゃないから内政干渉とか難しいと思うんだよね。任せておけって感じだったけど、やっぱり彼女に話したのはよくなかったかも。これで両国の友好関係にヒビが入ったりしなきゃいいんだけど……。
「念のために言っておくけど、ミカルラには頼るんじゃないよ。これはあたし達マトラ王国の問題なんだからね」
そりゃそうだ。何でミカルラに頼んじゃったのだろう。部外者である彼女が干渉していい問題のはずがない。
「でもっでもっ! ナシルとミシリエは、あたし達の大切な親友なのです。何とか助けてあげたい」
『あたしも助けたいッ! もし二人が死んだらあたしも死ぬ!』
「二人ともありがとう。でもそれはダメだよ。責任はあたしだけがとるべきなんだ。ミシリエはあたしが無理やり誘っただけだから悪くない」
「うぅっ、関係ないなんて言わないで。あたし達はいつも一緒でしょ」
やいのやいの言ってるあたし達を見て、コランドさんが笑い出した。
「はー、何かいいもの見させてもらったよ。あんた達には強い絆がある様だね」
この流れは……。あたし達の絆を確かめる為にあえて死んでもらうと言ったのかな。それで見事絆を示せたのだから助かるって思っていいんだよね。
「さて、ジダンへの加担は即刻死刑だ。そして、その処刑は見せしめの為に公開処刑で行われる。だから急いで準備しないとね。しばり首とギロチンはどっちが好みかい?」
ニヤリと笑うコランドさん。鬼だ、鬼すぎる。散々説教して、絆を示させた後にやっぱり処刑だなんて。
「あ……あぁっ。い、いやっ!」
「いっ。いぁぁぁ!!」
ガタガタと震え出すナシルとミシリエ。どんなに気丈に振る舞ったとしても、これから処刑するって言われたら一気に余裕なんてなくなっちゃうよね。
さっきまでは頼みの綱があったから、何とか持ちこたえられていたのだろうけど、その綱は無情にも断ち切られてしまった。コランドさんは、本当に二人を処刑するつもりなのだ。
「ふむ。いい表情だねぇ。でも、そのせっかくの表情は見る事ができないのが残念だよ」
コランドさんは、いつの間にか両手に黒い袋を持っていた。それは、人の頭が入る位の大きさの袋だった。
かくしてナシルとミシリエの処刑は、それから間もなく近くの広場で行われる事となった。ギロチンは血で汚すと言う理由から絞首刑が選択された様だ。
広場にはいつの間に用意したのか絞首刑用の台が設置されている。さっき歩いて来た時にはなかったはずだ。丈夫そうな縄が風に揺られてぶら下がっているのは、それだけで威圧感がある。
ジダンに加担した者の末路を一般公開する事は必然なのだろう。それがどんな大罪かと言う事を、国民に知らしめる効果があるのだ。
広場には処刑台をぐるりと囲んで大勢の人が集まっている。ジダンに加担した悪いヤツの最後を見てやろうと言うのだろう。彼等は人が死ぬ様を見て何を思うのだろうか。
そこへ、ナシルとミシリエらしき二人を兵が鎖を引いて連れて来た。二人の足どりはおぼつかず、まるで生まれたての草食動物の様にガクガクと震えていた。その頭にはコランドさんが持っていた袋が被せられている。
処刑台は階段で上がって、上から落とされる仕組みの様だ。兵が強引に鎖を引いても二人は歩こうとせずに、最後の抵抗をしていたのだけど、屈強な男二人がかりで鎖を引かれ、引きずられながら処刑台へと上げられてしまった。
二人は恐怖で立っている事ができないのか、フラついているので兵に押さえられている中、二人に対する罪状が読み上げられた。
その後で、クレリックが迷わず成仏できる様に祝福を与えると、処刑は速やかに執行された。このクレリックの役目は、あたしがやる様に言われたのだけど、余りにも気分が悪いので断固として断った。
二人の首に縄と足には重しが括りつけられると、床がパタンと倒れてそのまま落下した。落下する瞬間に、二人が小さくあげた声が聞こえてしまった。
ゆらゆらと揺れる縄の先で二人は苦しそうにもがいており、それは最後まで生きようとしてるかの様だった。それが10秒程度続いたとこで、突然体から力が抜けた様になった。
ゆらりゆらりと揺れている縄と、その先にぶら下がっている二人は二度と動く事はなく、ただぶら下がるだけのものとなった二つの物体の足の先からは液体が滴って地面を濡らしていた。
「まさかね、本当にやっちゃうとは思わなかったわぁ」
『さすがのあたしも、これには言葉がないよ』
あたしとスフェーンはげんなりした顔をして、まだぶら下がっている物体を見つめていた。
「仕方ないだろう。やっちゃった事は事実なんだから、ナシにはできないよ。何らかの形でけじめをつけなきゃね」
「だからってねぇ……」
『ねぇ……』
あたしとスフェーンは、処刑の様子を興味深く見つめている二人へと視線を移した。
「へぇー。あたし達が死んだらあんな感じになるのかー! すごいの見れたなー!」
「いやいやいや、最後のアレはひどいっしょ。何か漏らしてるじゃない!」
「何言ってんだい。みんな最後はああやって漏らすんだよ。逆に漏らさなかったら怪しまれるじゃないか」
ナシルとミシリエの感想が二つに分かれていた。ナシルは感心して、ミシリエはお漏らしに対して抗議した。
目の前で処刑されたのは、コランドさんの小細工魔法によって作られた人形だ。どう見ても二人そのものにしか見えなくて、あたしは気持ち悪くて祝福係を断ったんだ。二人をよく知るあたしですらそうなんだから、見物人には違いなんて分からないだろう。
「どうだい? 死んでみた感想は。今後は気を付けるんだよ」
そう言ってにやりと笑うコランドさんに、あたし達は苦笑するしかなかった。
とりあえず問題は一つ片付いたけど、3時から中断された式典の続きがあるので、あたしの仕事はまだ終わらない。