【9】一人称がボクな奴
第二戦は前回と違い、少しはできる相手だった。
次の相手は例のナイフ使いか、おっとその前に……。
あたしは、あのダガー男の後を追い、試合で負傷した手を治療してあげた。
ダガー男は、以前は魔戦士組合に所属していたらしいけど、事情があって今はフリーの賞金稼ぎをしているらしい。
魔戦士組合の依頼にも指名手配討伐はあるけど、ダガー男がしている仕事はより個人的な事情の依頼によるものだそうだ。
大っぴらに依頼できない依頼も受けてるらしいけど、そんな事あたしに言っちゃっていいのかな? まぁ他言はしないけどね。
「なんだ? またトイレか?」
『あーうん、何か近くてさー』
ダガー男の治療をしていた為、すぐに戻らなかった事でヘタレ格闘家が余計なことを口走りやがった。
「さっきの試合、随分と凄かったな、よくあのダガーを破壊出来たもんだ」
『だって、アイツばっか攻撃してずるいんだよ? 全然攻撃出来なくて、ストレス溜まりまくりだったんだ!』
「手足が長い方が間合いは広いからな、体が小さいお前は苦労して当然だろ」
『そういえばさ、さっきのダガー男って、ヘタレが気にしてなかった相手だよね』
「あ? あぁいや、ナイフの男に比べれば、大した事なさそうな気がしたからさ。
格闘と獲物使いなら格闘のが不利だけど、お前らは同じ獲物使いな訳だし……。
それに、鈍器とダガーなら鈍器のが有利なんだろ?」
『ふーん、こっちに合わせて考えてたって訳だ。
ならナイフはどうなの?』
「今度の相手はナイフの他に剣も使うからな。
臨機応変に立ち回る相手なら、気を引き締めてかからないとな」
『そっか、わかったよッ!
こっちも臨機応変にって事だねッ! ありがとーッ!』
「そ、そうだな……がんばれよ……(お礼言われる様な事言ったっけ?)」
「予選3回目、1番、8番はブロック1の格闘場へ、23番、25番はブロック2の格闘場へ……」
予選3回目が始まった。ヘタレの今度の相手は一体どんなやつなんだろ? 二回共量産筋肉男だったし、そろそろ別の相手とも戦いたくなったんじゃないかな?
そのヘタレ格闘家の格闘場には、両手に曲刀を持った男が立っていた。
ヘタレ格闘家が獲物に対しては、格闘は不利って言ってたけど、どうするつもりなんだろ。
あたしは興味が沸き、じっと格闘場の二人を見ていた。
しばらくしてドラが鳴り、注目の試合が開始された。
意外な事にヘタレ格闘家は、曲刀男に向かって全力とも思える勢いで走って行った。
今まで積極的に攻めて行く事はなかったけど、分が悪い相手だけにそうしたのだろうか?
それに対して曲刀男は、両手の曲刀を構えて待っていた。
そうして、曲刀男との距離が五メートル程になった時、ヘタレ格闘家は両手を開いて揃え、それを一気に突き出した。
すると、空気の入った丈夫な袋が割れる様な大きな音がして、曲刀男は姿勢を低くして何かを耐える様な格好をしていた。
今のはヘタレ格闘家の技だろうか。目には見えなかったけど、両手の手のひらから何かを撃ち出したのかもしれない。
そして、曲刀男が防御の体制を取っている隙に、ヘタレ格闘家が曲刀男の頭上から背後に飛んだ。
背後を取って、すぐに攻撃すると思いきや、曲刀男が後ろを振り返るのを馬鹿正直に待っている。
それからは接近戦となり、双方激しい攻防の末に、最後はヘタレ格闘家が連続技を使って仕留めた。
このヘタレ格闘家。本人が言うより戦いを楽しんでるんじゃないのだろうか。口で言ってる事と、実際やってる事が真逆と言うか。へそ曲がりと言うか。
あたしは少し、ヘタレ格闘家と戦ってみたくなって来た。
この大会で彼と戦うには、二人とも決勝まで勝ち残らないといけないんだけど。
「ふぅ、なかなか苦戦した……」
『おつかれッ! はい、もずく酢スープだってさ』
全く苦戦してる様子がなかったヘタレ格闘家に、大会の係員達がさっき配って行ったもずく酢スープを差し出した。
「んあ? なんだそりゃ……?」
『何ってさっき係の人が参加選手にって配ってたの。
すっぱくておいしいよ!』
あたしは嫌そうな顔をしているヘタレ格闘家に、もずく酢スープを無理やり渡した。
『さて、ウォーミングアップしておこう』
「ん? 今回お前休みだろ?」
『えッ!? だって次はナイフ使いが相手って言ってたでしょ? もしかして騙したの!?』
「騙してねーよ……。そこのトーナメント表見て来いよ」
もずく酢スープをすっぱそうにすするヘタレ格闘家に言われるまま、近くの壁に貼ってあるトーナメント表を見に行った。
その表によると、第三戦は対戦相手がなく、対戦表の線は次の第四戦に繋がっていた。
そして、この予選も後たった三試合で終わるらしい事が判明した。
『そっか、真ん中辺のクジを引けば、一回試合が多くて得だったんだ』
「少なくて得したじゃなくて、損したと思うとはな……」
『そんで、ナイフの人は次の試合なんでしょ?』
「へ? 試合は今終わったとこだぞ?
お前がトーナメント表見に行ってる間に」
『えーッ!? ちょっとはタイミング考えてよッ! もしかして、あたしに見せない作戦なのッ!? さてはナイフ側の人間だねッ!?』
「ナイフ側の人間って何だ。そんな派閥ねぇよ。
だがすまん……、あんなすぐ終わるとは思わなかったんでな」
『なら責任持って、あんたが試合を細部まで再現して解説してよッ! やってくれるねッ!? だって罪には罰なんだッ!』
「今度は罰かよ……」
ヘタレ格闘家の話によると、ナイフの人物は開始直後にナイフを投げ、そのナイフの後を追う様に対戦相手に飛んで行き、あっけなく剣で仕留めたんだとか……。
ダメだ……、こんな適当な説明じゃさっぱりだ。
何しろ後半が「あっけなく剣で仕留めた」なんて酷すぎる。
そんなのを魔法学校の作文の授業で提出したら「せっかくの見せ場を略すな!」って怒られるよ。
「次の試合は予選準決勝ですが、連続で戦う事になるので10分休憩を入れます」
よし次だ! って思って気合を入れようとしたのに10分休憩らしい。
30分近くも試合に干されると、少し気が抜けて来るなぁ。
「ボクの次の相手はキミか」
一人称がボクの声のした方向を見ると、いつの間にかあのナイフの人物が近くに立っていた。やっぱり全体的に黒い。
『おーッ! 誰かと思ったらナイフの人かッ!』
「さっきのボクの試合見たんでしょ? 最初はあれと同じ方法で行くから、最初位はうまくやり過ごしてよね」
最初の攻め方を教えるなんて、よっぽど自信があるんだろうけど……。
『あーごめん、さっきの試合見てなかったんだ。
このヘタレ格闘家に騙されて、トーナメント表見に行ってたんだよ……おかげでとんだ失礼したよ。
ちゃんと罰を与えて置いたから勘弁してね』
「罰……」
ヘタレ格闘家がぼそりとつぶやいた。
「フ……、フン。まぁいいけどね。どうせ見てても避けられないんだろうし」
捨て台詞を残して戻って行ったナイフのボクは、台詞と相反して少しガッカリした表情をしていた。
それがあたしを見てのガッカリか、試合を見てくれてなかったからかはわからないけど。
それにしてもあのナイフのボクを近くで見て、その小柄さがよりはっきりしたね。
身長なんてあたしより低かった。かと言って、あたしは油断も手加減する気もない。全力でやらせてもらうつもりだ。
でも、ちょっと口が悪かったから、機会があったら動けなくして、たんまりとお仕置きしてあげたい気持ちもなくはない。
まっ、あたしはスフェーン一筋だから絶対それはないけど、そんな気持ちが起こる雰囲気を持ったやつだったと言いたい。
何かそういう雰囲気が、どことなくあのおチビに似てるな。
ともかくここまで勝ち進んできた実力と、小柄な体格からして、スピードタイプには違いない。
かなり期待に胸が膨らんで来たけど、これはあくまでイメージでだからイチイチ指摘はしないでいいからね。
そんな事は当人が一番分かってるんだ。
あたしの次の試合相手は、小し口の悪いナイフのボクだった。