【86】檻の中の二人
あたしが白い巨体を浄化した後、特別警戒態勢が敷かれた。
今回のは事が事だけにマトラ王国も本気を出した様だ。特例が発令され、王都に居る全魔戦士組合員が警備にあたる事になった。
王都は封鎖されて国民は全員検査だ。
そんな中、あたし達プリーストやクレリック達は解呪に追われていた。
やはり呪いの連鎖が込められている様で、呪いを受けた人に近づいた人までも呪われると言う非常に面倒なものだった。
何とか全員の解呪が済んだのが昼過ぎ。今は休憩時間でみんなと食事をしている所だ。
ただし、イシェルとヘタレ格闘家は別の所に駆り出されてしまって別行動になっている。イシェルってあたしの護衛だったはずなんだけどな。
「シンナバー、おつかれさまー!」
ねぎらいの言葉をかけてくれるスフェーン様。その一言で全てが報われるよ。
たくさん魔力を消費てしまったから少しだるかったけど、スフェーンが魔力を注入してくれた。じんわりと体のだるさが緩和されていく。……いやまてよ。この魔力って元はスフェーンの中にあったものだよね。それが今あたしの中に入ってるって事は。
『ぶっ(鼻血)!』
「アハッ! ちょっと注入しすぎちゃったかしらぁ~」
『ハァハァ……大丈夫、もっと注いでくれていいよッ!』
魔力注入って、よくよく考えるととんでもない事だよ。これから毎日全魔力使い果たしてスフェーンに注入してもらおうかな。
スフェーンは、他のプリーストやクレリック達にも魔力を注入してあげていた。さすがスフェーン様はやさしいね。本当はすごくイヤだけど、今日だけは目をつむっておこう。
「ありがとうございます。スフェーン様!」
「アハハ、いいのよぉ」
むむむ、あのクレリックめ、顔を赤くしているな。もしかすると、あたしと同じ事を考えてるのかもしれない。いやらしい……。
「あ、あのっ!」
「なぁにぃ?」
緊張しつつスフェーンに話しかけたのは幼さの残るプリーストだった。見た感じからすると、14歳位だろうか。ナボラの教会を出て1年目とかそんな感じだ。
「スフェーン様は、さっきシンナバー様のお名前をおっしゃってましたけどー」
「うんうん、言ってたけどぉ?」
何となく嫌な予感がする。こういうパターンはいつもあんまりいい事がない。
「どちらにいらっしゃるんでしょうか。あたし、まだ一度も会った事がなくて、ぜひごあいさつをしたいなーと」
うん、想定過ぎた。あたしは動きやすくするため神託の服から普段着に着替えてるけど、メイクはまだそのままだ。いつもの服装だけどとびっきりの自称美少女なのだけどな。
「ぶっ! アハハハハハハッ!」
するとスフェーンが大笑いをはじめた。まだ右がどっちかも分からなそうな子に対して鬼畜過ぎやしないかとハラハラしちゃったよ。
目の前のプリーストは、ぽかーんとした顔でスフェーンを見つめている。
「ごめんごめん。なんかおかしくって。シンナバーならホラッ。そこにいるじゃなーい」
そう言って指をさしたのはあたしではなく、よりによってクレリックだった。スフェーンの悪いクセがでているな。完全にからかってるよ。
指をさされたクレリックは「えっ、えっ!?」と言ってあわてていたのだけど、プリーストはクレリックの前であいさつしてた。さすがにそれは気付こうよ。いくら何でもクレリックの服着てる訳ないのに。
『まったく! スフェーンのイタズラには困ったもんだよ。シンナバーはあたしだからッ!』
本当は誰だってなった後に紹介されるむず痒さって苦手なので自分から名乗ってみた。
でもそうか、あたしがナボラの教会を出て10年だから、あたしより年下だと顔を合わせた事ない子ばっかだね。
それに普通教会に入るのって7歳位からだから、あたしはなぜか入るのが早くて6歳まで居たんだけど、そのせいで逆に同期の子がいないんだよね。
プリーストはじっとあたしの事を見つめていたが、やがて小首をかしげた。ヤバい、これは信じてもらえてない感触だ。
《うふふー、シンナバー。大活躍だったわねぇ》
『えっ、ミカルラ!?』
「やぁ、シンナバー。お疲れさま」
そこへ救世主となるか、イスレル国のお姫様のミカルラがやって来た。当然の様にシムおじさんも一緒だったけど、お姫様に一般市民が来る食堂を案内しちゃっていいのだろうか。逆さ魔導士達も後ろからぞろぞろとついて来ている。
「えーッ!! ホントにシンナバー様!?」
プリーストは両手を頬にあてた。
これってどういう反応なのかな。驚くならミカルラにだと思うんだけど。
《あらっ。何かしてたのかしら。楽しそうねぇ》
『えっと。うーん何だろ』
ごまかす様に言ったけど、スフェーンが全部説明してくれて暴露された。やっぱりあのプリーストは、普段着のあたしがシンナバーだって事を信じてなかった様だ。何か得体のしれない物が独り歩きしてるな。服装一つで信じたり信じなかったりがあるのは面白いけど、逆に言えば普段着なら自由に歩き回っててもバレないって事か。
プリーストに服にサインしてくれって言われたので、それっぽい字で書いてあげたらすごく喜んでいた。ちなみにあたしにはその字は読めない。
そう言えば広場に居た二人のプリースト、ここには来ていないみたいだけど、あの子達ともあたしは面識がないんだよね。あの子達にも誤った神秘的なあたし情報が伝わってるのだろうか。
そう思っていると、廊下をバタバタと走る音が近づいて来た。
「ハァハァ……。んねっ!」
バタバタと走って来た主が食堂の入口で止まって、なぜかあたしを指さしている。
「ハァハァ、わたちは走るの苦手だっちー……。あ、いたっ?」
何か疑問形だな。逆さ魔導士の誰かなら確定的明らかでないって言いそうだ。
二人のプリーストは息を切らせているのだけど、あたしを探していたのだろうか。
「あ、あのっ!」
二人のプリーストは、ナシルとミシリエの事を伝えに来た様だ。食事もとらずにずっと探して走り回っていたらしい。
話によると、ナシルとミシリエはジダンに加担してしまったせいで、軍に捕まってしまったらしい。それで軍の地下牢に連れて行かれたらしいのだけど……これは……どうしたもんかな。ジダンがらみとなると、あたしやスフェーンの手に負えるものじゃなくなっちゃうんだ。これはよく考えないと。
マールなら軍に強い権限を持つかもしれないけどそんなに面識がないし……。
《それは大変ねぇ。わたくしからも誤解って事を話しておくわね》
ものすごく強い権限がここにいた。でもミカルラを巻き込むのは気が引けるな。それでマトラ王とギクシャクしたら大事だ。
『えーっ、でもミカルラから言うのは強すぎないかなぁ?』
《んーん、大丈夫よ。そういう交渉には慣れてるから》
「さすがねぇー。ミカルラのそういう男前なとこ大好きっ!」
《ありがとう。わたくしもスフェーンの事は大好きですよ》
スフェーンの悪いクセが手伝ってか、ミカルラは妙にやる気を出して上機嫌になった。
不思議な事に逆さ魔導士は一言も文句を言わなかった。少しは信頼してもらえてるからだろうか。シムおじさんの方が驚いた顔してるよ。
偉い人への口利きはミカルラに任せるとして、あたし達はナシルとミシリエに会いに行くことにした。何たって元クラスメートの危機をほったらかしにはできない。スフェーンはおチビの情報だって欲しいだろう。
軍の地下牢は城から少し離れた所にあった。
表向きは普通の軍の待機所の様にしか見えないけど、地下へ降りるとその雰囲気は一変して雰囲気は重くなる。
地下牢は普段はケンカなどの軽犯罪用で使われる事が多いらしいのだけど、その作りは非常に頑丈にできていて、魔法使いの扱いにも慣れている様だった。
ナシルとミシリエはヨコシマ模様の変な服と帽子を着せられていた。腕に手錠がはめられ、首にも金属の輪っかがはめられている。
「「スフェーン! シンナバー!」」
二人はあたし達の名前を呼ぶと、金属の鎖の音をさせて近寄って来た。しかし、頑丈な鉄製の檻に入った状態のため、檻を掴む状態になる。
「あらぁ。何か不思議な服じゃなーい? それが王都の最先端ファッションなのかしらぁ?」
「もー、ふざけないでよー! あたし達、死刑だって言われたんだから!」
「うえーん! 死ぬのはいやー!」
やっぱ二人は対照的だ。ナシルはまだ精神的ゆとりがあるけど、ミシリエはもういっぱいいっぱいだ。
すぐに安心させてあげたいのはやまやまだけど、もしそれでもダメだったらと思うと大丈夫とまでは言えない。強いコネクションにお願いしてあると伝えると少し安心してくれた様だ。
それから二人からは、今回受けた依頼について詳しい話を聞いた。
すると、さも王室や軍からの特別な依頼であると思わせる表現を使われたり、成功すれば魔戦士組合にかなりの評価が入るなど巧妙な手口を使われた様だ。
そういうトラブルを避けるために魔戦士組合ってあるのだけどね。特別な依頼なら書簡が発行されるし。二人は何でそんなものにひっかかってしまったのだろうか。
「あたしのせいなの」
『えっ?』
そう言うとナシルは檻をつかんだままうなだれた。
「スフェーンより早くランクアップしたくて。それでこんなのに騙されちゃったんだ。考えれば分かる事なのに」
「ナシルだけの責任じゃないよ。あたしだってもしかしたらって思っちゃったし」
ミシリエが必死に訴えた。
この二人ってお互いの事を思い合ってて本当にいいペアだよ。あたしとスフェーンだって負けない位にいいペアだと思うけど。
「ランクかぁ。そういえばあたしってランクいくつなんだっけ? あんまり興味ないからすぐ忘れちゃうのよねぇ。6だっけ?」
『スフェーンはランク8だよッ! ちなみに一緒に依頼してるあたしが6ねッ! 全く同じ依頼をこなしてるってのにこの差だよッ! 不公平だーッ!』
「アハッ! あたしってシンナバーと同じじゃなかったんだぁ」
ランクを全く気にしていないスフェーンの言葉を聞いて、二人は笑いながら涙を流していた。
地下牢で騒いだ事で、なぜかあたしだけが兵から「うるさい!」と怒られてしまった。不公平だと思う。