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【85】呪いの人型(3)

 式典中と言う事もあり、あたしは武器の片手棍を腰に装備していなかった。

 困ったなぁ、武器がないとあの男を殴れないじゃないか。


「来ないのなら行くぞ」


 あたしが四の五のやっていると、男はしびれを切らした様に言った。

 男は左右に飛びながら素早くあたしの間合いへと入り、スチャっと音をさせると短剣を突き出した。左右に飛びながら近づいたのは、魔法攻撃を恐れての事だろうか。さっき神聖魔法は効果ないって言ってたはずなのに、よく分からない事をするな。

 しかし、この男の動きは意外と速かった。それなりの訓練をされている事は確かだ。男の短剣はあたしの胸へと突き刺さった。そこは人間を殺すのに確実な場所だ。


「……?」


 男は短剣を無理やり引き抜くと距離をとり、短剣の刃を確かめる様に見つめて不思議そうな顔をした。突き刺した短剣に血がついていない事を不思議に思ったのだろう。


『スプレット・バニシュ!』


 男の足元を狙って攻撃すると、男はそれを素早く後ろに下がる事で回避した。地面に突き刺さった光の矢が、金属的な音を響かせる。効果がないと言っていたのに、やっぱり避けるのか。ならば、もっと撃ち込んでみよう。

 あたしは、四方八方から次々とスプレット・バニシュを撃ち込んでみた。

 この男は魔法感知能力がない割によく避ける。素早いからイシェルに近いクラスだろうけど、シーフではなさそうだ。それでも全てのスプレット・バニシュからは逃れる事はできず、何本かの光の矢が男に突き刺さっていた。

 スプレット・バニシュは、1本でも突き刺されば精神的ダメージはかなりのもので、動く事すら辛くなるはずだ。それを数本――3本位か――も受けたならば最低でも瀕死、うまくすれば即死が狙える。

 この男がまだ立っていると言う事は、効果がないと言うのはウソではないのだろう。それなら避けなければいいのに。体力的な消耗は別にいいのかな。


「なぜだ」


 男は納得いかない様な顔をして言った。

 何についてかの主語を言ってくれないと、何の事を言ったらいいか悩んでしまう。短剣を刺したのにのなぜなのか、それとも無駄だと言うのに神聖魔法を使うのかについてか。はたまた別の事か。

 あたしはどれの事か思い悩んだものの分からなかったので、どの場合でも凌げる言葉を選んだ。


『なぜだと思いますか?』


 掟破りの質問返しだ。質問に対して質問で返す。よく分からなかった時にはこれに限る。

 男はクッと声を上げ、再び間合いを詰めるとあたしの胸に短剣を突き刺してぐりぐりとねじった。短剣をねじる事によって、周囲の組織を破壊して致死率を上げようとしているのだろう。

 短剣を引き抜く時、男は左手であたしの右胸をむんずとつかんでいた。さりげなく痴漢行為もしていくな。


 男は距離をとりつつナイフの刃をまた確認している。だけどそこにあるはずの血が存在していない事にはやっぱり納得がいかない様だ。


「どういう事だ。今確実におまえの心臓を貫いたはずだ。なぜ血が付いていない!」


 さっきの質問はそっちだったか。うまい事に質問の意図をさぐる事に成功したよ。ここで再び「どういう事だ」だけだったらどうしようかと思っていたので助かった。さすがに二度も質問返しは使えないからね。

 ちなみに、3つ目は胸に関しての事。4つ目もあるけどそれはいいや。

 あたしは何歩か歩くと、男に対して真っすぐ見据える。


『わたくしに物理攻撃など通用しませんよ』


 そう言った時の男の顔の変わりようがすごかった。何て言うんだろ、簡単に言うと絶望したって感じかな。物理が効かないって言うのはウソなんだけど、この男に限定すればそうだから完全にウソって訳じゃない。


「バカな! まさか……神格化しているとでも言うのか」


 神格化か。そう思っちゃうか。単なる強化魔法の効果でしかないんだけどね。もしかしてプリーストの事を余り詳しくないのかな。

 男は光の幻影に惑わされて、あたしの本体に攻撃する事はなかった。だからあたしも避ける必然性がなかったんだ。

 ちなみに光の幻影を破ったとしても、その先には一定量の攻撃に耐える壁が存在する。仮に攻撃されても回復できるんだし、プリーストをナメちゃいけない。鎧としてホーリーシールドもまとっているからどのみち届かないんだけど。


『そろそろ終わりにしましょう』


 あたしが余裕の表情でニコリとほほ笑むと、男は目を見開いてあからさまに動揺していた。そして次の瞬間、男は背後からあるものの衝突を受けてあたしの方にふっ飛ぶ事になる。当然あたしはひらりと避けたんだけど、男は少し飛んで地面に接触するとゴロゴロと3回転位した後に瓦礫に頭から突っ込んでいた。

 男に衝突したものは、あたしが差し出した手の上にストンと落ちた。これは着替え室に置いて来ていた片手棍の収まったベルトだ。

 理屈は分からないけど便利な事に、あたしが望むとすっ飛んで来るんだ。万が一どこかに忘れて来ても安心だよ。

 ものすごい速度で飛んできた片手棍のベルトは見事あの男と衝突して瓦礫まで吹っ飛ばした。実はさっきベルトがすっ飛んできたのを見て位置を変えたんだけど、ここまで見事に当たるとは思わなかった。ナイスベルト。


 あたしはベルトを腰に巻くと、両手を後ろに回して戻した。その両手にはそれぞれに片手棍が握られている。体術を駆使しても勝てたかもしれないけど、やっぱりあたしは片手棍で戦うのが一番しっくりくる。最近は満足に棍棒で殴れる機会がなかったから、ストレス発散を兼ねてしっかり殴らせてもらおう。


 あたしが男が立つのを待っていると、フラフラしつつも男は立ち上がった。そうこなくっちゃね。さっきので肋骨が何本か折れちゃったとは思うけど、その程度は何でもないっしょ。

 男はあたしが手にしている片手棍を見ると妙な表情をした。その反応はまるでこれを使う事を想定していなかったの様だけど、プリーストって棍棒で殴るのって得意なんだよ。この男はプリーストの事をちょっと知らなすぎる。


「ど、どういう事だ……」


 辛そうな表情でまた質問してきた。そういうなぞなぞ出すの本当にやめてくれないかな。主語がないから何の事を言っているのか考えるの疲れるんだよ。かと言って何の事か聞いたら賢くないのがバレそうだし。


『お気になさらず』


 もうね、却下だ。イチイチ男の問いかけに付き合ってたら頭がパンクしてしまうよ。あたしはあんまり物事を考えるのって得意じゃないんだから。


「くそっ!」


 男はさっきと変わらず一気に間合いを詰めると、またもや短剣で胸を突き刺そうとした。結局、同じ攻撃ばかりか。これじゃ練習相手にもならないや。もっとあらゆる魔法と棍術を限界まで使わせてくれる相手と戦ってみたい。

 あたしは棍棒で短剣を打ち払うと、秒間16回のアレを男に向かって撃ち込んだ。「秒間16回のアレ」って言うのは仮の技名ね。単純にたくさん殴るだけだけど、まだ技名は決まってないんだ。いい名前があったら教えて欲しい。

 すると、男は防具の破片を散らしつつ、またもやすごい勢いで瓦礫に突っ込んで埋まってしまった。多分死んではいないと思うけど、全身骨折でしばらくは動けないだろう。

 いまだ白い巨体が叫びまくっている中、あたしはふぅっとため息をついた。



 さてと、これでやっと白い巨体の対処ができる。

 空から降って来た勢いでそこらの建物を押しつぶし、さらに手足を激しくばたつかせるから建物の被害はもっと増えてしまった。そこらに人が居たら無事では済まないと思うけど、この周囲には人を見かける事はなかった。大きな音もしてたし、落ちて来るまでにみんな逃げられた様だ。


 近づいて行くと、なぜか白い巨体と目が合った。意思がないとばかり思っていたけど、もしかすると……。


『今までよくがんばりましたね。もう大丈夫ですよ』


 もし意思が残っているとすると、かなりの苦痛を受け続けていたはずだ。元が人間かは分からないから、ちゃんと伝わったかどうかは分からないけど、動物にだって愛情は伝わるのだからきっと何かしら伝わるはず。

 そう思っていると、不思議な事に白い巨体はピタリと暴れるのをやめて、悲鳴の様な金切声も止んだ。心なしか白い巨体の表情もマシになった気が……しなかった。気のせいか。

 でもよかったよ、何かしらは伝わったらしい。あのまま暴れ続けられたらちょっとやりにくかったんだ。それにしても、こんなに城下町って静かだったんだ。余りに煩くて耳がおかしくなるかと思ったよ。


 よし、今みんなが注目してると思うから、おもいっきり派手にやってみよう。


《むぇあいあわ……ふぁふ……ふぇへ》

『?』


 白い巨体はあたしを見つめて何かを言った。でも、残念ながらあたしは白い巨体じゃないから言葉は分からない。こんな時にイシェルがいればと思うけど、やっぱり連れてくればよかったか。とりあえず、どこへ転んでもいい方にとっておこう。

 あたしは白い巨体に向かってほほ笑んでみた。よく分からない時はこれに限る。

 ふと白い巨体の淀んだ目から水の様なものが流れている事に気がついた。これってもしかして涙なのだろうか。


『かの者へ祝福を! ディスブレイス!』


 天空から太い光の柱が落ちて白い巨体を包み、光の柱の周囲をくるくるといくつもの光の玉が回転しはじめる。周囲の玉は神秘的だからすごそうに見えるかもしれないけど、実は全く意味はないんだけどさ。

 この光を浴びる事により、呪いの苦しみが取り除かれるはずだ。本当はディスブレイスにはこの光の柱すら必要ないんだけど、これらがあった方が視覚的にカッコイイから。かの者への下りもカッコ良さそうだから言ってみただけで本当は言う必要はない。

 ディスブレイスは、あたしが作った解呪魔法の一番いいやつのつもり。だから世間にはそんな名前の魔法は存在しないのだけど、勝手に名付けてみた。意味は女神の祝福的な感じ。どことなくもやっとしてるのがポイントだ。


《あぁ……あぅ》


 ディスブレイスの光を受けると白い巨体の全身がまばゆく輝きだした。呪いが分解されて呪縛から解き放たれて行く。分解された呪いは光と共に空へと散ってゆく。20メートル程あった巨体がどんどん小さくなっていくのは見ていても何だか気持ちがいい。

 たんぽぽの綿毛が飛ぶ様に、光のつぶがぶわっと飛んで行く。見とれている内にかなり小さくなったな。後もう少しで全部分解できそうだ。

 瓦礫の山の上に座り、美しくはじける光のつぶを眺めていた。


 やがて光のつぶが途絶えると、そこには何と人間の少女が現れた。白い巨体の中心がこんな少女だったなんて想像できただろうか。いいや、少なくともあたしは全く思わなかったよ。

 少女は薄汚れたボロボロの服を着ており、その体はやせ細って体中にあざができて、腕などが骨折しているのが確認できた。身長からするとあたしよりいくつかは下の年齢だろう。それを見てあたしは思わず息をのんだ。この少女は一体どの様な人生を送って来たのだろう。

 あたしは少女の傍に寄り、頭を撫でつつやさしく言葉をかけてあげた。


『やすらかに』


 すると、少女の体は光へと変わり、あたしの周りをくるくると回ると、空へと向かって飛んで行った。

 その美しい光を見送りつつ、過去にも似たような事があった事を思い出していた。

<魔法資料>

ヴォルティス:他の空間と繋がる超常現象。魔法とも言われているが、それを使用できる人間は記録にはない。人類よりも上位の生命体であるノートリアス・デーモンや精霊、または神と呼ばれる存在が引き起こす事ができる事象と言われるが。

ディスブレイス:光属性。呪いを浄化する最上級の魔法。シンナバーが創作したオリジナル魔法。光の柱が差し込み、その周りを神秘的な光の玉が回転するが、実は光の柱は必要なく、光の玉にいたっては全くの無意味。


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