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【84】呪いの人型(2)

 国葬中に襲撃されたと思ったら、その後にとんでもないものが現れた。


 その人型の真っ白い巨体は、空を突き破って落ちて来た。空に浮かんだ渦巻状のものは、スフェーンやマールはヴォルティスと呼んでいた。そういう名前の超常現象らしいけど、渦巻はどこか他の場所と繋がっているらしい。

 白い巨体は、そのヴォルティスを無理やり広げて通って来た。しかも、見た感じは物理的に突き破っていた様に見えたけど、そんな事ってできるものなのかな。魔法の法則ではありえない感じだけど。

 ヴォルティスは、自然現象で起こるものでなくて、何らかが意図的に行ったものである事は確かだ。ノートリアス・デーモンとかみたいな人間より上位の生物や精霊、あるいは神と呼ばれる存在などが行う事ができると言われる。未確認だから確かな情報ではなく憶測らしいのだけど。


 白い巨体の大きさは大体でしか分からないけど、20メートル位はありそうだ。人の型はしてるけど、そういう形をしているだけの様な印象も受ける。その顔はかなりヤバい表情……と言ったらいいのかな。人間なら他人に見られたらアウトなレベルだ。あの表情は完全におかしい。そして頭などには一切体毛はなく、全身は薄汚れた感じの白一色で統一されていた。目の部分だけが不自然に黒くてとても不気味だ。

 それと何を言ってるのかは聞き取れないけど、魂が揺さぶられる様な悲鳴の様な音を発していた。

 地面の上に転がりつつメチャクチャに動いているその姿には、やはり知性らしきものを感じる事は出来なかった。

 何となくだけど、元は何かの生物だったのが、何らかの影響を受けてそういうものに変化させられた……と言う印象を受けるね。


 今もその白い巨体は地面の上に転がって、手足をでたらめに動かしている。

 あ、そうかわかった。何らかの影響はきっと呪いだ。呪われているんだ。呪いを受けて本人の意思――あるのかわからないけど――を剥奪されて強制的に動いている状態なんだろう。


 それでよく観察してみるともう少しわかった、あれはとんでもなくたちの悪いものだ。厄災そのものだよ。

 あの白い巨体は呪いを振りまく媒体になっている。自分が呪われてるだけでなく、周囲にさらなる呪いを拡散してんの。呪い拡散機と考えたらいいんだろうね。

 誰が送り込んだのか分からないけど、目的は王都に呪いを拡散する事なのだろう。もしかするとあの呪いを受けた人たちも、今にああなるのかもしれない。

 連鎖する呪いか。国を落とそうとしてるジダンがあれを送り込んだと思えば合点がいくね。送り込んだのはジダンだとしても、人間には使える者の記録がないって言われるヴォルティスを、一体どうやって発現させたんだろう。


 ところで、プリーストにとって呪いの類の対処は得意分野だ。

 プリーストは光属性の神聖魔法を行使するのだけど、光属性は浄化の特性を持つからだ。原理までは分からないけど、呪いは光属性を貫通するのは困難らしい。

 もちろん、弱い光であれば砕かれてしまうだろうけど、あたしの強化魔法は超強力だから呪いなんか通用しないんだ。ステージの全員に強化魔法をかけまくっておいてよかったよ。

 こうなる事は全く予測してなかったから、かけてなかったらと思うとハラハラものだけどね。


 ステージの下に集まってた人たちは、白い巨体の呪いを受けてしまっている様だ。呪いの発生源がこれだけ大きいと、どこまで被害が出ているか全く予想が付かない。何百人? 何千人? 何万人までは行かないだろうけど、多くの人たちが式典に立ち会う為に集まったのを狙った事は間違いない。


「シンナバー。これってヒドいよ。魂が叫んでる」


 隣に立つイシェルが涙を浮かべている。もしかしてあの白い巨体の心を読んでるのかな。強化魔法はかけてはいるけど、そんな事して大丈夫なのだろうか。


『ホーリー・ライト!』


 あたしは浄化の光の魔法<ホーリー・ライト>を、ステージの上にいくつもポンポンポンと展開させた。体に到達する呪いの威力もこれで大分弱まるだろうし、たとえ精神汚染が起きたとしても、この光が浄化してくれるはずだ。


 とは言ってもねぇ。本体を何とかしなきゃ何も解決できないんだよね。多分無事なのはステージにいる人たちと、どこまで離れれば呪いの影響を受けないかわからないけど、遠くに居る人たちかな。もちろん呪いを受けた人たちを見捨てようとは考えてないけど、これは余りにも被害が大きすぎる。よりによって式典を狙うなんて、ジダンもマニュアル通りな事をしてくれるもんだ。


「ねぇ、シンナバー。あの白いのを魔法で焼いたら何とか出来るのかしらぁ?」


 スフェーンもどうしたらいいか分からずの様だ。規格外の魔力を持つスフェーンだけど、さすがに呪いの知識にはうといためにあたしに意見を求めた。


『うーん、アレ自体は何とかは出来ると思うけど、多分呪われた人たちも一緒に死ぬと思うよ』

「そうよねぇ」


 呪いの発信元と、呪いを受けた人たちは繋がった状態になっているはず。

 核と繋がった状態で本体を浄化せずに消滅させてしまうと、繋がった先の人たちはまず助からない。

 残念だけど、この状況に精霊魔法は余り向かないと思うよ。精霊魔法を駆使すれば光属性は作れるとは思うけど、合成した光には浄化作用はないと思うから。この状況をスマートに対処出来るのは多分……あたしだけだ。


『ちょっと行ってる。でも、みんなはここから出ちゃダメだよ! 出たらそこで試合終了ですよって意味はよく分からないけど、ちょっと前にそんな言葉が流行ってたよね。今がそれだから!』

「ぶっ! 何その変な言葉! 初耳なんだけどぉー!」


 あたしはステージの下で、ホーリーシールドを展開して寄り固まって呪いを凌いでいる二人のプリーストを見つめながら言った。

 マールを見ると、腕を組んであたしの事を見ていた。さっさと行けとでも言ってる様でちょっとプレッシャーを感じるな。マトラ王とミカルラ達もあたしを見ている。さすがは魔の者はちゃんと分かってるんだね。王様が何で見てたのかはよくわからないけど。

 よし、ここまで誰も動かないって事は、やっぱあたしが動くのが正解って事だよね。「さぁやるぞッ!」て思った時に、別の誰かがやっちゃって、ずっこけるなんて事はなさそうだ。


「ボクも行くよ! ボクはシンナバーの護衛だもの」

『ごめん、イシェル。これってすごい呪いだから近づけるのは、多分あたしだけだと思う』

「その通りだ。実際、ここでもシンナバーの加護がなければ全員呪われていただろうな。王と客人を守ってくれて感謝する」

『あ、いえ』


 誰かと思ったら武官二位のマール・アルマだった。実質最強のソーサラーである彼女の言葉は説得力があるね。


「呪い……わかった……。気を付けてね」

『ありがとう。すぐ戻って来るから』


 イシェルは俯くと、悔しそうにして涙を流した。

 どうか分かって欲しい。イシェルがあたしを想ってくれる位、あたしにとってもイシェルは大切なんだよ。

 スフェーンはにっこり笑って「いってらっしゃい」と言って手をふっている。あたしなら大丈夫だって信頼してくれてるんだ、すごくうれしいや。スフェーン様のためにもがんばらなきゃ。


 あたしはみんなに強化魔法をかけなおすと、ステージ先の手すりを超えて飛び降りて、地面にふわりと優雅に着地する。普通に飛び降りたら足をやられそうだけど、強化魔法をかければ3階程度の高さから飛び降りても何ともないのだ。

 降下中に神託の服が広がって、花びらが開く様な形をしてたけど、ドレスみたいにまくれあがったりはしなかった。実はこの服って案外と動ける系の服なのかな。よく”変な服”とか言われるけど、あたしはデザイン的には気に入ってるんだよね。


 ステージ下の広場には多くの人たちが集まっていたけど、プリースト二人を除いてみんな呪いを受けてしまっている様だ。

 何とか凌いでいるプリーストも、自分たちの事で精一杯なのか動けずにいる。


『ホーリー・ライト!』


 ポポポンと空中に光が現れる。被害の大きさを考えたら気休めでしかないのだけど、浄化の光の魔法のホーリー・ライトを広場にいくつか展開させておいた。これであのプリースト達も動ける様になるかな。

 プリースト達が何か言っていたけど、白い巨体の叫び声のせいでよく聞こえなかった。今は時間もないのでニコリとほほ笑んで先を急ごう。


 白い巨体は、中央広場の近くに寝っ転がって暴れていた。でたらめに手足を動かしているその動きには意味があるとは思えないけど、20メートルの巨体が暴れている近くに寄るのはかなり危険を伴いそうだ。暴れる手足によって、即死しそうなサイズのがれきが四方八方へと散らばっているのだから。

 また、呪いの発生源に近づいた事で、その出力もうなぎのぼりとなる。体にかけた強化魔法に呪いが接触する音からすると、ステージ上の所の比ではないね。やっぱりイシェルは連れて来なくてよかったか。強化魔法に接触した呪いは浄化される為に強い光を発していた。

 あたしの体内には聖なる光があるけど、シーフのイシェルにはそんなものはない。もしも強化魔法が破られてしまったら強烈な呪いにさらされてしまうだろう。


『ホーリーシールド!』


 あたしは、ホーリーシールドを立体的なハニカム形状のドームを作って展開した。

 白い巨体は崩れた建物を手足で吹き飛ばしているのだけど、強化魔法をかけているとは言っても、その破片を生身で受ける気にはなれない。

 大小様々ながれきがホーリーシールドに衝突し、その行き先を左右へと変えていった。


『よしよし』


 このホーリーシールドも、実は以前のものから改良していたりする。エクトの戦いの時、ホーリーシールドは召喚獣アジ・ダハーカの尾を受け切る事ができなかった。

 それまでのあたしは、ホーリーシールドの圧倒的な強さを過信し過ぎていた。絶対に破られないと思っていた。だけどそれは間違っていた。確かにホーリーシールドの絶対的な質量の盾は強力だけど、質量に対しては絶対ではなかった。アジ・ダハーカの尾と言う強大な質量に屈して破られてしまったんだ。

 その反省から、シールドを根本的に見直してより強固な絶対シールドへと進化させていた。以前は単純なハニカム構造だったのを、立体的に展開する事によってその強度は10倍以上に強化されているのだ。


「やはり神の子が護衛なしで来たか」


 声のする方を見ると、イシェルが悪いヤツと言ったあの男が立っていた。この男はナシルとミシリエに声をかけていた男だ。

 この男が白い巨体を呼び寄せた張本人だろうか。魔力的なものは全く感じないけど、何の防御もせずに平然とこの場に立っていられる事から、何かしらの特殊能力を持っているのだろう。


『あなたがやったのですか?』

「あっ?」


 さっさと白い巨体を何とかしたいけど、このタイミングでわざわざ登場したって事は、何か考えがあっての事だろう。なら一応情報収集を兼ねて聞いてみるのは当然だ。期待はしないけど。


「魔導士でもないオレにできるか。知りたければ神託でもしろ」


 それはごもっともだよ。だけど、そういう意図で聞いた訳じゃないんだ。この男を心置きなく殴り倒していいのか知りたかっただけ。タイミングよく登場した以上、倒すつもりでしかないけどね。疑わしきは殴れよだ。

 コイツがジダンだとすると、ナシルとミシリエの事が心配だ。既に何らかで関与をしてしまった可能性がある。マトラ王国ではジダンに協力する事は、ジダン同等と判断される可能性があるから。


『そうですね。それで、あなたはいかがするおつもりですか?』


 あたしが言うと、男はクククと笑い出した。


「オレには特殊な能力があってな。どんな呪いも受け付けないって余り役に立たない能力だ。だがな、ある時オレはこう思った。呪いの対極である神の御業も防げるんじゃないかってな。そう! オレに神聖魔法は効かない! この意味が理解できるか!? クククククッ!」


 何が「そう!」なんだ。そんなのしらないよ。勝手に相手が理解したとか思わないでほしい。でも、戦う意思が確認できたからよしとしよう。この男をさっさと殴り倒して白い巨体を何とかしてしまおう。


『とても希少な能力をお持ちの様ですが、わたくしの質問にはお答え頂けないのでしょうか』


 そう言うと、男は笑うのをやめて真顔になった。


「ふん。人間らしさの薄い神の子は会話もつまらんな。どうするかだったか。おまえを殺す以外に何があると言うのだ。国の要である神の子を失う事は、王国にとって相当な痛手となるはずだからな。せいぜい国の行く先に迷えばいい!」


 勝手にあたしが死んだ後の話を進めないで欲しいな。あたしもこの男と話しても面白くないし、さっさと倒してしまおう。

 あたしは、腰に装備している片手棍をつかもうと、後ろへ両手を回した。しかし、あるべきなものがなかった。


 ――武器がない


 えー、何でないんだ。いつも絶対に棍棒は装備してるのに。おかしいと思って視線を服に向けた所で気が付いた。

 あ、そうか。式典だったから武器を持ってないんだ。


 思わず武器を置いて来た着替え室の方に向けてぐっと手を伸ばしたあたしだったけど、ハッとして男の方へと視線を戻した。すると、男は何をやっているんだと言う様な表情で見ていた。

 武器を忘れて来たとか言ったらまた笑われそうなので、手を適当に動かしてごまかした。そしたらさらに妙な顔になったけどうまくごまかせたのだろうか。


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