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【83】呪いの人型

 ナシルとミシリエの捕獲協力を行ったプリーストのリーキュとルタータは、爆発したマトラ城の門方面へと走っていた。

 先を行く兵達は普段から体を鍛えているため、もうはるか先に小さく見える程度となっており、大分遅れているのだが、二人のプリーストは体力的に一般人と余り変わらない為、仕方ない事であった。


 どうやったらそんな髪形になるのかと誰もが思う、ザクザクとした感じの茶色の髪が背中まで伸びているのがリーキュ。金髪でふわふわとした癖っ毛が顔の脇でくるくるっと巻き上がっているのがルタータである。

 シンナバーが普段身に付けているものと似たローブを羽織っている二人だが、シンナバーのものの様に動きやすくは改造されていないため、走るとピラピラと広がってしまっていた。

 動きやすいとは言い難いプリーストのローブは、魔戦士組合員となったプリースト達は自分が動きやすい様にカスタマイズする事が一般的であった。

 この二人も普段使っているローブは動きやすく改造したものであるが、今日は国葬式典であるために標準のままのローブを着用していた。


「んねっ! 急ぐのにっ!」

「これでも急いでるっち! あっ!」


 ルタータは疲労のために、足をうまく動かす事ができなくなって転んでしまった。リーキュも立ち止まり、息を整えるために膝に手を置いて前かがみの姿勢で苦しそうにしている。

 うぐぐと言いながら立ち上がったルタータだが、やはり苦しそうに息を乱していて再び走り出そうとする様子はなかった。


「そ、そんなに急がなくても、いっ、いい気がするのにっ!」

「わ、わたちもそんな気が、し、してたっち」


 兵につられて後を追っていた二人ではあるが、二人は戦闘要員ではなく、本来はけが人や急病人が出た時に備えて王国が魔戦士組合に依頼した救護班だ。

 さっきの様に軍から要請があれば動くが、今はおそらく要請されていない状態だ。と、二人は楽な方に都合よく解釈した。


「ふぅ。疲れちゃったから、もう走らないで歩いて行くのにっ! んねっ!」

「やっぱ行かないとダメっちか?」

「んーと。多分行かなくてもいいのかもしれないけどに。確かめなきゃいけない事があるからなのにっ!」

「そうだったっち。すっかり忘れてたっち!」


 リーキュとルタータは、囚われたナシルとミシリエの事を思い出した。あのまま放置しても、別に二人が咎まれる事はないだろう。だが、放置すれば二人は処刑される。とか、あの隊長が言っていたからそうなんだろう。しかし、あの二人は神の子であるシンナバーの親友と言っていたため見過ごす訳にはいかない。

 プリーストの信仰対象は無論神託の女神であるが、女神が降臨する神の子も信仰対象の一部なのである。そして、信仰対象である神の子シンナバーの親友も、信仰対象から伸びた崇高な存在であると考える事もできる。そう二人は解釈していた。

 再び歩き出した二人は、真っすぐにマトラ城へと向かって行った。



 二人がマトラ城に到着したのは、それから5分が経過した後だった。

 広場では、国葬に立ち会っていた多くの人々が大騒ぎしているが、既に事は治まった様で、おそらく起こった事について話している様だ。

 聞こえる話から推定すると、どうやらテロリストはマトラ王を狙って襲い掛かったが、警備の者達によって返討ちにされた様だ。

 地面には数体のテロリストらしき死体が転がっていて、兵達がそれらを急いで片づけているのが見える。

 広場の先の建物は三階位の位置にステージがあるが、そこでは出席者達がまだ警戒している様子だった。


「あっ! 居たっち!」

「え? ほんとうに!」


 ルタータが居たと言ったのは、神の子であるシンナバーの事であった。神託の服を着て立っているため判別できているが、実は二人は肉眼で見るのははじめてだった。

 ちなみに、マトラ王もその場にいたのだが、二人にとっては興味対象外である。


 歴代の神の子は絵画に描かれて教会に飾られている。シンナバーももちろん描かれて飾られているが、その絵に描かれているのは10年程前の幼い頃のものであった。

 シンナバーは10年前に教会を出てしまっている為、プリースト達は少女が描かれた絵画を見て、現在の姿を好き勝手に想像していた。神秘的に描かれれている幼い日のシンナバーは、人の子とは思えない崇高な印象を受けるものだった。


「わぁ……。本当に女神様みたいに!」

「わたちもそう思ったっち」


 二人はため息を吐くと、シンナバーに向けて両手を組んで見とれていた。


 しかし、その時二人を何とも言えない悪寒が襲った。それは、不安、怒り、恨み、哀しみなどが入り混じる様なとても嫌な感じだ。


「ななな、なんなのに!?」

「はわわわ、すごく嫌な感じがするっち!」


 リーキュとルタータが周囲を見渡すが、辺りの人々は先ほどまでと変わらずにおしゃべりに夢中になっていて気付いた様子はない。

 しかし、嫌な感じはどんどん強くなって行き、押しつぶされそうな程に周囲を満たして行った。

 そして、その発生源は頭上でミシリと音がした事によって判明する事となる。


 城門を超えた先、つまりは城下町辺りの上空に横幅2メートル程度の渦巻状の様なものが発生しており、嫌な感じのものはそこから発せられている様だった。

 さらに、その渦巻の向こう側から巨大なものが当たる様な音が鳴り響き出した。渦巻の発生している場所は上空100メートル程度だろうか。何かが当たる度に渦巻は揺れ、少しずつその形を変化させていく。


 渦巻の他には何も見えないのだが、不定期に鳴り響く音は、まるで渦巻の向こう側に巨大な何かが居て、それが無理やり渦巻を通ろうとしている様に感じられた。

 鳴り響いている音を例えるとしたら、子供がおもちゃをねだって地面に転がって暴れている様なものだろうか。実体が見えないだけにその不安と恐怖はより大きかった。周囲の人々も、上空の渦巻を見上げて不安そうにしている。


 ――ビシッ!


 突然、大きな音が周囲に響いた。

 渦巻から周囲に裂ける様に亀裂の様なものが走っている。ミシミシと言う音が立て続けに起こり始め、渦巻の周囲にはいくつもの亀裂が広がって行った。

 さらには渦巻の中央に変化が起こり始めている。さっきまではただの渦巻で他には何も見える事はなかったが、向こう側にあるだろうものが徐々に浮かび上がってきていたのだ。

 それは白っぽい肌の様なものだった。渦巻は徐々に押し出される様な形に変化して行き、白っぽい肌もより鮮明に見える様になって来ている。

 異様な波動の様なものもどんどんと強くなり、周囲の人々の様子から感じる事ができる程となっている事が分かる。


「んねっ! まずいのにっ!」

「どどど、どうするっち!?」


 ――バリン!


 分厚いガラスが割れる様な音がすると空間が大きくほころび、ついには巨大な白い腕の様なものがだらりと垂れ下がった。

 垂れ下がった腕は不気味にぐねぐね動いており、それを見る者に不安と恐怖を与えた。


 ――メリメリメリ!


 とうとう、巨大な腕の重さに渦巻が耐えられずに崩壊しはじめた様だ。

 腕はどんどん垂れ下がって行き、ついには渦巻が砕け散ると残りの部分が全て空中に飛び出して来る事となった。


 それは全体的に真っ白い人の様な形をした、見るもおぞましい姿の物体だった。ただし、人の様な形をしてはいるが、そのサイズは全長20メートル程もある。

 その人型の物体は、不気味にうごめきつつ地上へと落下した。落下の際にはいくつもの建物を押しつぶし、地響きを立てた後に煙が上がった。


「んなっ!?」

「ちー!」


 謎の人型は、地面に叩き付けられた後も激しく動いていた。それは、音だけ聞こえていた時に想像した通りの動きである。そして、人の形をしてはいるが、そこに知性などは存在しない事は、その物体の表情を見れば一目でわかるものであった。

 何にしても見た目が不気味過ぎた。真っ白ではあるが人の形をしており、妙な動きをひたすら続けている。生命の営みを全く感じさせない狂気を感じる表情に衝撃を受けたのか、あちらこちらから悲鳴が上がっている。


 無意識の内に二人はホーリーシールドを展開し、さらに各種耐性魔法までをも全てかけていた。

 それらの魔法は、何かに気が付いてかけたものではなく、それをかけないとヤバいと本能的に感じて行ったものだ。

 激しく噴出される得体のしれない波動が、ホーリーシールドの表面を削るかの様に通り過ぎて行き、薄い金属同士を擦る時に出る様な金属的な音をたてる。


「いぎぎーぃ!」

「ぎゃふぅ!」


 思わず二人は地面にしゃがみこんで耳を塞いだ。巨大な物体から放出されるものが何かは分からないが、この場にとどまってはいけない事だけは直感的に理解した。

 不思議なのは、あの物体を直視するとあからさまに波動は強くなるが、視線を外すと軽くなる事だ。とは言え、軽い状態であっても各種耐性魔法をかけていなければどうなるか分からな程であった。


 周囲を見渡すと、そこらに立っていた人々の様子がおかしくなっている。真っすぐ立ってられないのかぐねぐねと揺れているのだ。どことなく巨大な人型の動きを彷彿させる様で薄気味悪い。

 周囲の人々は耐性魔法やシールドを施すことができないため、おそらく巨大な人型の波動を体に受けているのだろう。その内に立っている事もできなくなり、地面に転がると一層その動きが似て来た様に思えた。


「んねっ! これって!」

「そー。呪いだっち!」


 二人は人々の様子から、人型が発する波動には呪い、または同等の効果があると考えた。

 そう思った根拠は、プリーストが使う光属性の魔法には、呪いに対して非常に有効的な効果を発揮する為だ。いつ破られるともわからない不安はあるものの、今のところ体への影響は何ら現れてはいなかった。


 防ぐことができている事から心に余裕を取り戻した二人は、ふと心配になって神の子シンナバーの居たステージへと視線を向けた。ステージの中の者たちは特に影響を受けていない様に立っていた。シンナバーが全員にかけた各種の耐性魔法や強化魔法の効果によるものである。二人はそっと胸をなでおろして安堵した。


 巨大な人型の物体は、めちゃくちゃに踊り狂っているかの様に、地上を転がって地響きを立て続けていた。


<設定資料>

巨大な人型:ノートリアス・デーモンや、召喚獣などとは異なる異物。非常に忌み嫌われている。


<人物設定>

リーキュ:プリースト。14歳。「んねっ」が口癖で語尾に「に」を付ける。どうやったらそんな髪形になるのかと誰もが思う、ザクザクとした感じの茶色の髪が背中まで伸びている。

ルタータ:プリースト。14歳。語尾に「っち」を付ける。一人称はわたち。金髪でふわふわとした癖っ毛が顔の脇でくるくるっと巻き上がっている。


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