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【81】新たなる課題

 国葬の当日の朝、あたし達はマトラ城で準備をしていた。

 今日は入ってすぐの会議室じゃなくて、来賓用の着替え室みたいな所を用意してもらっている。


 あたしは予想通り、女性達に寄ってたかって化粧させられたり、服を着せられたり、髪をとかされたりして、謎の美少女への変身が完了した。

 用意された服はやはり神託の服だった。いつもどこかから持ってくるけど、裏でどんな打ち合わせがされているのだろう。エクトの時と違って一昨日の今日で、この服を用意出来たのが凄いと思う。まるで最初から用意されていたかの様だ。

 今日の髪はいつもと違って、後ろで編んで一つにまとめられている。その先にはかわいいリボンがついていた。清楚な中に、かわいらしさも表現してみましたみたいな。

 そのリボンを見て、あたしの顔がほころんだのに気が付いたのだろう、それを作ったと思われる女性が微笑んでいた。


 スフェーンもあたし同様に、寄ってたかってのメイキングをされていたのだけど、今はそれも終わって椅子に腰かけている。肩を出したストラップレスドレスは、黒を基調としてはいるけど、スカートや袖の先は徐々に赤くなっていて、それは燃える炎の様に見える工夫がされているものだった。その服は王国の印をモチーフとした装飾が施されていて、女性らしさとかっこ良さを兼ね備えたデザインとなっていた。

 あたしは、いつもはローブに隠されている、スフェーンの白い肌にくぎ付けになってしまった。お風呂で何度も見てはいるけど、こういう服を着るとそれらとはまた違うものなのだ。この乙女目線をわかってもらえるだろうか。


 イシェルとヘタレ格闘家も別室で準備中だ。

 二人は身なりもあるけど、警備についての打ち合わせもあるのか時間がかかっている様だ。段々と国葬式典が開始される時間が近づいて来た。

 暫くするとやっとイシェルがやって来た。その服装は警備要員らしく、黒を基調としていて目立たないものとはなっているものの、女性用の服とあって普段のイシェルとは全く印象が違った。髪も普段と違ってバンダナで隠されている事もなく、きれいにセットされている。

 イシェルはボーイッシュさが消えて、女性らしくかわいくなっていた。それも、スフェーンとは異種のかわいらしさだ。そう思っていたのがイシェルに通じたのか、イシェルはあたしを見てにこっと笑った。


「お待たせ。やっと来れたよ。ボクはシンナバーの専属の警備だから、これからはずっと傍にいられるよ」

 照れ臭そうにしてそう言うイシェルだが、警備と言いつつ武器らしいものを持っている様子がなかった。マトラ王も出席するから武器の取り扱いが難しいのだろうけど、素手で警備するのだろうか。

『へー、今回って警備って言っても素手なんだね』

「え? 全部持ってるから安心して。ほらっ」

 イシェルが手を一振りすると、その手にたくさんの針が現れ、もう一振りすると針がナイフに変わった。そして更にもう一振りすると、ナイフが片手剣に変化した。

「ほらね?」

 そう言って得意そうな顔をするイシェル。

 うーん。針やナイフはまだしも、片手剣はどこにしまってあったんだろ。前からイシェルの武器はどこから来て、どこに消えていくのかは謎だったけど、見る度に手品師もびっくりな手さばきだ。

 案の定、今目の前にあった片手剣はもう消えてしまっている。イシェルは今、ボディーラインがしっかり出る服を着ている。その服のどこにしまったとしても、剣はここにありますと一目で分かりそうなのだけど。


 残るはヘタレ格闘家だけだけど、昨日の事もあるから何となく顔を合わせにくいな。

 昨日、ヘタレ格闘家とデートをした時に、あたしは彼から告白された。もちろん、あたしは彼の気持ちには答える事は出来ないのだけど、彼もまたそれは承知していた様だった。それでも本当の事を伝えたかったと言った。

 気にはしないでくれと言われたけど、人の想いを聞いてしまったからには気にせざるを得ない。

 ところで、いつ頃からあたしの事を大事に思い始めたんだろう。男に興味がないって言う話だから、武道大会中は違うよね。あの時は、単に話す相手みたいな感じだったんだろうか。それで、あたしが女だと言う事を知って……。あ、その頃から口数が減ったんだよね。なるほど、口数が減った頃か。分かるような分からない様な。


 そんな事を考えていると、ヘタレ格闘家が現れた。

 その恰好は、やはり黒い。イシェルの着ている服よりもずっと地味な感じで、とは言え目立たないながらも恰好いい。その服には、黒地の布に少し薄い色で王国の紋章が描かれていた。

 あたしが何て声をかければいいのか困っていると、ヘタレ格闘家はあたしの頭をポンポンとやさしく叩いて微笑んだ。その顔は、どこかすっきりしたかの様にさわやかだった。

 ふと心配になってイシェルを見ると、イシェルの顔も穏やかだ。今までだったらイシェルは必ず割って入って来たんだけど、そうする様子は見られなかった。もしかして、ヘタレ格闘家をライバルとして見る必要がなくなった事を理解してたりするのだろうか。


 その後、あたし達は文官に案内され、国葬を行うステージ裏にある、控えの間へ移動となった。

 既に大体の出席者が集まっているけど、偉い人との繋がりが一切ないので誰一人分からない……と思ったら、何かどこかで見た様な顔もチラホラあった。どこで見たのかは全く覚えてないのだけど、ずっと前にどこかで見た気がする。

 その見た顔の一人の男があたしに気付くと、椅子から立ち上がってあたしに近づいて来た。うー、困ったぞ。顔は見た事あるけど名前が分からない。何て挨拶をすればいいのやら。

 あたしが困っていると、見た顔は微笑んだ。

「やぁ、シンナバー。十年ぶりかな。おそらく覚えてはないだろうけど、私の名前はフランシムだ。この国の外務大臣をしている。キミが神の子をまたやってくれそうだと聞いて安心したよ」

 外交大臣って事は、外国とやり取りする人か。詳しくは分からないけど、もしかしたら、今後あたしに関係する事があるのかもしれない。多分、フランシムと名乗るこの男も、今後の事を考えて挨拶したんだと思う。

 それとこの男は、十年と言うヒントをあたしにくれた。あたしがナボラの教会にまだ居た時に、神託の部屋で見かけていたのだろう。当時の記憶は思い出せないけど、多分それで間違いないはずだ。

 分からない事を隠していてもしょうがないので、あたしは正直に覚えてない事を、幼かった事を理由にして伝えてみた。一応申し訳なくしつつ。

「いや、覚えてないのはしょうがないさ。それと、そんなかしこまる事ないよ。以前の様に、シムおじさんって呼んで欲しいな」

 シムおじさん。あたしはその言葉にピンと来るものがあった。幼い頃、海外の絵本をくれたおじさんが居た。その人がシムおじさんと言う人だった。退屈な教会暮らしで、絵本を読むのは唯一の楽しみだった。シムおじさんは、あたしが寝る時にも枕元で絵本を読んでくれたんだよね。大好きだったなぁ。

『あーッ! シムおじさんだッ!』

 記憶と顔が一致して、あたしは思わず大きな声を出してしまった後に口を押さえた。他のお偉いさん達で見た事ある人達が笑っている。多分、似たような感じで、過去に何かしらの接点がありそうな気がして来た。

「よかった。思い出してくれたみたいだね」

 シムおじさんはニカッと笑った。

『えぇっ。何でシムおじさんがここにいるの!?』

 言った後で、ちょっと後悔した。外務大臣って偉い人なのに、こんなフレンドリーに接してしまっていいのだろうかと。しかし、それを超えて過去の記憶はフレンドリーに接していた記憶しかなかった。

「ハハハッ、どうしてってのはあんまりだなぁ。と言っても、今日はどちらかと言うと、メインは案内役なんだけどな」

 シムおじさんが振り返ると、その後ろに女性らしき人物が立っていた。その人物の顔周辺にはベールがかかっていてよく見えない。

《シンナバー、お元気そうね》

 その女性は、片手でベールをめくって顔を見せ、もう一つの手をあたしに振って見せた。その顔は、ついこの間見た顔だった。

『えーッ!? ミカルラ!?』

 色が抜けた様に真っ白い顔に、薄灰色の美しい髪。そして儚い立ち姿。その顔は紛れもなくイスレル国の王族であり、アクエラ連邦国の委員会の一人である、ミカルラ・ルエ・イスレルだった。

 ミカルラはにっこりして、あたしの両手をとってぎゅっと握りしめた。

「いやぁ、僕も驚いたよ。まさかミカルラ殿下と、シンナバーがお友達だったとはね」

 しかし、マトラ王国の国葬に、戦争相手だった国のお姫様が出席するって何事なんだ。こんな事が国民にバレたら大変な事にならないだろうか。

『ミカルラってここに来ちゃっても大丈夫なの? じゃないや、大丈夫なのですか』

 あたしは錯乱してしまい、どうにも言葉がおかしくなってしまった。

《うふふー。シンナバー。出来れば普段のあなたの言葉で話して欲しいですよ。だって、わたくし達はお友達でしょう?》

 そう言って、ミカルラはあたしにウィンクした。

「あぁ、その事は全く問題はない。この国は、どこの国とも戦争をしてないのだからな。殿下は、友好国のご来賓としてご招待させて頂いている」

 シムおじさんまでがあたしにウィンクをした。


 確かに、この国は現在どの国とも戦争をしていない事になっている。戦っているとしたら魔物とだけだ。なるほど、この国は戦後処理を考えて、戦争相手の情報を公開していないんだな。これがもし、アクエラ連邦国と戦争をしていると公表していたとしたら、こうはならないだろう。国交を結んで行くとしても、人々が受け入れる事が出来る様になるまでには、かなりの年月を必要とするに違いない。

 それがもう友好国扱いにまで進展している。これっていくら何でも展開が早過ぎないだろうか。あたしにはこの国の考えてる事はさっぱり分からなかった。


《そちらの皆さんは、シンナバーのお友達かしら? あら、あなた達は先日の停戦協定式典でお見掛けした方々ですね》

 ミカルラはヘタレ格闘家とイシェルの事も覚えていた様だ。イシェルは意外にも王族に対しての挨拶をしていた。もしかして事前に聞いていたのかな? 普段のぶっきらぼうな態度をとらなくて安心したよ。

 ヘタレ格闘家は、カチコチになって挨拶していた。そりゃそうだよね、相手は一国のお姫様だもの、今回はヘタレカウントはアップしないでおこう。

 次に挨拶したスフェーンは、敬意こそ態度でしっかり示したものの、喋りは何と普段通りと言うか、アローラ先生口調だった。現マトラ王国最強のソーサラー役である事と、あたしと幼馴染だって言う事をアピールして、すんなりお友達になってしまった。さすがとしか言いようがない。

 さっきのあたし達のやり取りから、普段通りに接すべきと判断したのだろう。そればかりか、また悪い癖が出てる。出会ってまだ一分と経ってないのに、もう手を繋いだりして。まさかお姫様を狙ったりはしないだろうけど。ちょっと嫉妬したあたしの背中を、イシェルはポンポンと叩いた。


「あらぁ? あなた達も一緒だったのねぇ。ミカルラの護衛かしらぁ?」

 スフェーンが声をかけた先に居たのは、あの四人の逆さ魔導士だった。彼らもミカルラの様に顔にベールがかけられている。友好国扱いとは言え、一応の配慮だろう。軍の中には戦争相手の姿を知る者もいる訳だし。


《今度の最強の魔導士であるスフェーンは、ミカルラ様に馴れ馴れしいな》

《確かに馴れ馴れしい》

《しかし、ご友人と言う事は》

《我々も、その様に応対すべきなのは確定的明らかだ》

「アハッ! やっとあたしの名前を覚えてくれたのねぇ。ザサス司令によろしくーッ!」

 スフェーンは逆さ魔導士にウィンクをした。みんな今日はやたらウィンクするね。もしかして、今日は世界ウィンクデーなのかな。

 ウィンクされた魔導士達は、何故かドキッとした顔をしていた。まさかね、逆さ魔導士にまでスフェーンマジックが有効だったりする訳ないよね。


「そろそろ定刻となります。会場へのご移動、よろしくお願いいたします」

 文官の男性が、会場への移動を促し、あたし達は指示されるまま会場へと移動した。

 会場は、四階位の高さから階段状に下がる様な作りになっているステージで、一番低い所が三階位の高さになっていた。その先の広場にも椅子が並べられ、大勢の人々がこちらを注目しているのが見える。

 王様の椅子が中央の一番高い位置にあり、その下にちょっとしたステージっぽいものがある。当たり前だけど、あたし達は歩いて王様の座る椅子へは行けない様な作りになっていた。

 あたし達は、ステージの左右に分かれて座った。そこでミカルラが見当たらないと思ったら、王様の椅子と並んだ所に座っている。ミカルラはあたしが見ている事に気が付くと、にこっと微笑んだ。

 ミカルラの事、つまりはアクエラ連邦国な訳だけど、マトラ王国は対等の立場として扱うんだね。あたしはちょっとほっとした。友人でもあるミカルラの扱いが悪かったら、やっぱり気分がよくないからね。逆さ魔導士の四人は、ミカルラの後ろに少し離れて座っていた。


 スフェーンはあたしの左横に座り、イシェルはあたしの後ろに座った。ヘタレ格闘家は、壁際に他の警備の人と一緒に立っている。それと、シムおじさんはあたしの右横に座った。

「シンナバー。そんなに緊張しなくても大丈夫さ。国葬って言っても、この国ではお祭りをするんだよ。笑顔で魂を送り出してあげるんだ」

 あたしが緊張ぎみな事に気が付いたのか、シムおじさんが声をかけてくれた。

「そうよー。今夜は魂送りのお祭りだものねぇ。大きな花火が打ち上がるわぁ。花火を打ち上げるのはあたし達だけどぉ」

『それは聞いてはいるけどさ。動く側の人間としては、こうやってじっとしてるだけで大変なんだよ』

「アハッ! シンナバーって、昔からじっとしてるの苦手だったものねぇ」

 そう言って、スフェーンは無邪気に笑った。

 魂送りのお祭りは、国葬のあった日の夜に行うのだけど、内容は街を上げてのお祭りで、笑顔で死者の魂を送り出してあげるものらしい。

 アローラ先生や、バーライト、それに亡くなった軍の兵士たちをお祭りで送り出す。ならいっぱいの笑顔で送り出してあげないとね。


 それから間もなく国葬が開始され、マトラ王が入場した。マトラ王はがっしりとした体格で、幾分いかつさを感じるが、そこそこ高齢な人物だった。そういえば、広場で見かけた銅像に似てなくもないな。あれがこの国を作った、伝説の勇者で初代マトラ王だったはずなので、この王様はその子孫か。王様の先祖が勇者なら、この国が武に傾いた国だとしても頷ける。

 マトラ王の左右に二人、護衛の武官が居るのが見えた。二人が武官だと思った理由は、二人とも女性で筋肉質じゃないからと、ガーネットが来てた服にデザインの雰囲気が似てたから。護衛らしく目立たないデザインで、黒を基調としてるからもしかしたら違うかもしれないけど。

 もしかしてだけど、あの二人のどっちかがマール・アルマだったりするのだろうか。いや、まさかね。次期一位武官なんだし、護衛じゃなくて、参列者の中の誰かかもしれないな。

 あたしは、なるべくキョロキョロしない様に、さりげなく一人一人を見渡していた。それらしき人物は数人居るけど、誰がそうかまでは分からなかった。どっちにしろ、後で文官がセッティングしてくれるって言ってるし、あたしが気にする事でもないだろう。

 しかし、あたしが目星をつけた人物の中に、何故か丁度あたしの後ろ辺り、つまりイシェルを少し驚いた様な顔をして、じっと見つめている女性が居る事に気が付いた。見た感じ、アローラ先生と同じ位の年齢の女性だ。

 何故、あの女性はイシェルを見て驚いているのだろう。そして、イシェルは見つめられている事に気が付いているだろうか。国葬は既に始まってるから、後ろの席を振り返って見る訳にはいかない。ここにガーネットが居たら、また「キョロキョロしない」って注意されてそうなギリギリラインなので、今はガマンするしかないや。気にはなるけど……。


 その内、ステージ前から見える広場に、次々と棺が運ばれて来た。棺は馬車の荷台の様な所に乗せられて、目の前で一旦止まった後、また動き出していく。その中で、王様からの死者に向けた言葉が読まれている。

 うーむ、王様の次はあたしなんだよね。あたしは中央へ移動する位しかやらないんだけど、王様の前って事もあって段々と緊張して来た。

 すると、後ろの席のイシェルがあたしの方をつんつんとつついた。

「(シンナバー。一応念のためだけど、目立たない様に、可能な限りの強化魔法をかけておいてね)」

 あたしは小さく頷いた。心配性な気がするけど、こういうイシェルの忠告はちゃんと聞いておいた方がいいんだよね。だったら王様にもかけておいた方がよかったんじゃないだろうか。さすがに勝手にかけたりしたら大問題になりそうなので、いざって事がない限りはかけないけど。

 あたしは光が漏れない様にして、自分に可能な限りの強化魔法をかけた。特に光を発する事で意味を成す光の幻影を除けば、ほぼ全ての身体強化魔法はかける事は出来るのだ。同じ強化魔法を、イシェルとスフェーンとヘタレ格闘家にもかけておいた。警備の人にもかけようか迷ったけど、やはり面倒な事になったら困るのでやめておいた。


 王様の言葉が終わると、いよいよあたしの番だ。進行係の文官の合図を受けて、緊張しつつあたしは立ち上がった。

 余りに緊張したからだろうか、爆発の音が聞こえる。こんな空耳が……あるわけがない。聞こえた音からすると、ここからは少し離れた所の様だ。気が付くと、壁際に立っていた警備の者達が警戒して、要人達の前に出ており、進行係の文官は、爆発音の確認を指示していた。イシェルはあたしの前に立って周囲を警戒している。マトラ王の様子はと言うと、何故か笑っていた。この王様、実は結構武闘派なんじゃないだろうか。

 ミカルラも特に動じずに落ち着いて、座って王様と話をしている。アトラクション気分か。あそこは逆さ魔導士も武官達もいるし問題なさそうだ。


 イザって事が起きた様なので、あたしは片っ端から強化魔法をかけまくった。もちろんマトラ王にも。

「今のは精霊魔法の爆発ねぇ。そうなると事故じゃなくて故意によるものね。みんな注意した方がいいわぁ」

 スフェーンが言った後、突然突風が吹き出し、その風に乗って人が飛んできた。よくバッタが集団で飛び回る事があるけど、あれに似ている。あたしはもちろんこんな奇襲は見た事がない。

 それらはステージにトンと言う軽い音を残し、更に先へと飛んで行った。その飛んだ先は、言わずもがなのマトラ王達の所だ。王が狙われるのは当然だけど、そこにはミカルラも居る。

 すると、速やかに逆さ魔導士達が黒い膜を張った。あれは多分重力シールドとか言う強力なシールドだ。精霊魔法のシールドとしては、かなり強い部類に入るらしい。


 マトラ王やミカルラに向かって飛んで行った複数の人影は、そのままシールドに接触してはじかれると思われたのだけど、真っ黒い槍を前面に突き出し、シールドに突き刺さってしまった。バリバリと言う音が周囲に響く。

 よく見ると、黒い槍は重力シールドに突き刺さったまま、ゆっくりと前進を続けている。武器で重力シールドを突破するなんて、今まで聞いた事がない。逆さ魔導士に焦りの表情が見られる。

 突破しようとしている者達に、護衛の魔導士が攻撃を仕掛けていたのだけど、何故か魔法が周囲に散ってしまって受け付けなかった。逆さ魔導士の張った重力シールドに、次々と黒い槍を持った者達が突き刺さって行く。

 その時、イシェルを見つめていたあの女性が見かねた様に動いた。突き刺さった者達とシールドの間に、別の重力シールドの様な穴が大きく展開したかと思うと、突き刺さっていた者達はその中に吸い込まれて行き、それと同時に消失してしまった。突き刺さっていた者達はどこにも居ない。あの黒い穴に吸い込まれてしまったのだろうか。

 その黒い穴は、飛んでくる者を次々と捕え、一瞬で吸い込んでは消えて行った。


「凄い、次元の膜なんてアローラ先生以外に使える人って初めて見た……」

 隣に立っているスフェーンは、ただただ関心してアローラ先生口調じゃなくなっている。

 後でスフェーンから聞いたのだけど、次元の膜とは土、水、氷の複合属性からなる大魔法で、更にいくつもの工程を得て引き起こせる重力波を魔力で光速を超えて加速させ、十一次元中のどれかの次元の膜を開くって言う手間のかかる魔法だとの事。もうね、何を言ってるのかわからないよ。精霊魔法ってたまに難しい事を考えないといけないので、あたし向きじゃないんだ。

 あたしが使う魔法は、そういう理論的な事はいっさいない。本当はあるらしいのだけど、あたしはそういう事は一切考えずに使っている。カレー作りと同じでこれも説明は出来ない。


「ハッハッハッーッ! ブラボー!」

 突然笑い声がしたと思ったら、あたし達の前に妙な男が立っていた。拍手喝采しているけど、こんな人さっきまで居なかったと思うんだけどな。ラフな格好をしているけど、見た事のない服だ。その服の真ん中には、かわいい女の子の絵が書かれていた。

「なんだ貴様、どこから入って来……」

 護衛の男が近寄ると、その男はあっち行けと言う仕草で手を一振りし、その次の瞬間には、護衛の男は壁にめり込んでいた。幸い、護衛の男は気を失っているだけみたいだけど。

 そんな事をしたせいで、更にアウェイになった事にも気にもせずに、男はマイペースに辺りをキョロキョロと見渡しては納得している。

「なるほどなるほど、ふむふむ」

 一体なにがふむふむなのかさっぱり分からないけど、その男はあたしの方を見ると何故か驚いた。

「うわっ! マジかよッ! 女神までいるのか!」

 この男は何を言っているんだろう。いくらあたしが謎の美少女に変身中だとしても、女神と呼ぶのは言い過ぎだ。そういえば、以前にもあたしの事を女神と呼んだのが居た気がする。

『何言ってるのーッ!? あたしは女神じゃなくて謎の美少女だよッ! もしかして褒め殺しですかッ!?』

「うえっ、何この電波!? この女神中二病かよ! でも……いいんでないのぉー、ナメよナメタケ!」

 この人ってヤバい人かもしれない。どうしよう。

「シンナバー下がって」

 イシェルはあたしの前に立ち、両手を広げた。その右手には片手剣が握られていた。

「うん? キミもかわいいね。スペックは平凡……んん?」

 その時、イシェルは既に男に斬りかかっていた。不思議な事に、イシェルの片手剣から黒い靄の様なものが吹き出している様に思えた。

 男は腕で防御する様な形をとっていたが、その足元にボトボトと腕が切り刻まれて落ちた。

「ちょっと待った! オレってまだ何も悪い事してないじゃん! 何でいきなり斬るかなぁ……と言うか、物理無効だってのに、何で腕が切れてるのかがわかんねーんだけど?」

 男は腕を切り刻まれたのに、全く痛がる様子もない。明らかにこの男はおかしい。

「なるほど、こいつがそうか」

 イシェルを見つめていた女性は、いつの間にかすぐ近くに立っていた。

「おっ、美人のお姉さん。お姉さんがこの中で一番強い人だよ……」

 男の足元に次元の膜が開き、男はその中に落ちて行った。さっきまで風と一緒に飛んで来まくっていた者達も、もういなくなった様だ。この人が全て次元の膜に落としたのだろうか。


「ふぅ、やっつけたのかな。今のは一体……」

 椅子にしがみついたまま、シムおじさんが言った。

「今のが例の存在です」

「例の……あれか。もはや急がねばなるまいな」

「その様です。それを回収して調査を」

 女性はイシェルが切り落とした腕を指さすと、袋を持った者達が来て回収して行った。


 国葬中に起こった事件は、この世界の新たなる問題となって行くのだが、この時のあたし達には、まだ何の事か理解する事は出来なかった。


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