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【80】王都でデート

 ――マトラ王歴512年

 魔法学校を卒業後、生徒たちはいくつかの選択肢から、その後の身の振り方を選ぶ事になる。

 一番多いのが、資格がなくてもすぐに入れる魔戦士組合員だった。着の身着のまま自由の身、と言うのがどうやら魅力らしい。

 自由である分全てが自己責任で、依頼によっては命の危険を伴う為、実際にはとても厳しい生活を送る事になる。

 魔戦士組合員への依頼だけに、殆どが戦闘が発生するものであるが、自分の力量を誤れば一発アウトなのだ。

 依然として、魔戦士組合員は若年層の死亡率が高い傾向にあった。その理由としては、魔戦士組合とは言っても、単に仕事をあっせんするだけで、新人の育成や支援などは行っていない事にあった。その為、成功報酬に釣られて難易度を見誤る事も多い。


 他の進路は、軍への入隊と言う道もある。こちらも比較的すんなり入る事が出来る上に、研修もありみっちり基礎から叩き込まれる。

 基本的に勝利を前提とした作戦が組まれる為、死亡率は魔戦士組合員よりははるかに低いが、私生活まで軍規律に束縛される事となる。その為か、意外と人気がなかった。

 魔法学校からの軍への入隊の割合は、二割程度と低いのは、やはり拘束されて私生活が不自由になる所が大きいのかもしれない。


 魔法学校を卒業したナシルとミシリエは、三年前に魔戦士組合に入ってからずっとペアで活動して来た。

 クラスは二人とも精霊魔法使いのソーサラーであるが、連携を得意としていて特に危険な経験をする事もなく、依頼の遂行率も非常に高く、ほぼ失敗する事がなかった。

 二人とも三年間の活動で、スフェーンと並ぶランク8を獲得していた。

 精霊魔法使いは、魔戦士組合の依頼内容ともマッチングが良く、先人達の築いて来たクラスそのものの信頼度も高いと言う事もあり、ランクの上がりも早いのだ。

 例えば、スフェーンと共に行動しているシンナバーのランクは6であるが、同じ依頼を一緒に行っていても、クラスで差が出て来てしまう。どんなに個人の能力が優れていようが、クラス毎に組合が設定した信頼度の補正がかかる為に平等とは行かないのだ。

 それでも、三年でランク6と言うのは悪くない方で、依頼の成功率が本人の技量と直結する近接クラスでは、個人の能力により差が出やすくランク5でもいい方であった。

 ただし、評価が平等である点もある。それは、いかなる肩書があろうとも、依頼をこなした実績によりランク付けは行われる。つまりはスフェーンとナシルやミシリエは、これまで同等の実績を上げて来たと言う事が分かる。


 会議が終了したナシルとミシリエは、カフェで休憩していた。

 二人は今回、魔戦士組合の依頼ではなく、口コミで特殊な依頼を受けていた。国葬の警備の一環で、とある悪の組織の企てを阻止すると言うものだ。「とある」と言う部分は秘密事項らしく、二人には知る事が出来なかったが、それだけ重要な依頼だと認識した。更に、この作戦に成功すれば、魔戦士組合にも通知され、かなりの実績として反映されるらしい。


 ――王都マトラのカフェレストラン街

「ナシルー」

 ミシリエは、どことなく浮かない表情をして言った。

 このカフェでミシリエが注文したのは、ラムネコーヒーと言う、ラムネとコーヒーのハイブリッドの謎の飲み物と、ホワイトチョコのラムネケーキだった。

 王都では今、ラムネブームが起こっているらしく、やたらラムネを冠したものを見かける様になっている。おしゃれの最前線とも言えるカフェの場合、ブームが起こるとそれに関する新メニューも登場するのだが、しばらくしてブームが落ち着いた頃にメニューから消えていくと言う現象が毎度の様に起こっていた。

「どしたぁ? ミシリエ」

 ナシルは、ふわふわメレンゲのチョコレートケーキを一口サイズすくうと、それにメレンゲを付けて頬張った。ナシルはそのケーキと、ミシリエに強く奨められたラムネコーヒーも頼んでいた。

 だがナシルは、ラムネコーヒーをちびりと飲むと、難しい顔をして首をひねった。


「今回の依頼って、ちょっと気がすすまないんだけど。というか国葬の日に仕事するのってどうなの」

「そうだけどさ。そういう時こそ何かやっておきたいじゃん? 今回の依頼を遂行すれば、かなりの実績がもらえるって言うし、うまくするとランクが上がるかもよ? 今、あたし達のランクってスフェーンと並んでるっしょ」

「そんなライバル意識燃やさなくても」

「それはそうなんだけど、ランクが上がればさ、もっと凄い依頼を受けれる様になるんだよ。もしかしたら、ランク10の人みたいに、お国から指名されたりして。そしたら武官に抜擢されるかもっ!」

 ナシルは、人差し指を立てて顔の横に添え、楽しそうに語った。

「ナシルって軍に入りたいんだ」

 ミシリエは、意外と言う表情をしてナシルを見つめた。

「いんやぁ? 例えばって話だよ。大体あたし達はランクだけはスフェーンと同じだけど、魔力の大きさじゃ比較にならないからね。でもやっぱ、例え友達だとしても、エリートに対して何か一つ位は勝っていたいじゃん! 俗にいうアイデンティティって奴かなー」

 ナシルは腕を組み、うんうんと唸った。

「うーん、分からなくはないけどね。あたしはあのダハンっていう男、なんかイヤな感じする」

「あー、あれはあたしもね。まぁ気にしないでおこうよ。今回だけなんだし」

 ナシルはチョコケーキを頬張り、おいしそうに両頬に手をあてた。


 ミシリエの言うダハンと言う男は、今回の依頼で二人に指示する担当だった。ぶっきらぼうに必要な事だけを言うが、それ以外の事は何も言わなかった。


「そういやさぁ、昼のスフェーンの食いつきぶりってすごくなかった? 近すぎて、思わず好きになっちゃうかと思ったわー」

 ナシルは、両手でがしっと掴む様な仕草をして言った。

「あははっ! 凄かったよね。スフェーンは今もまだルビーが好きなんだねー」

 ミシリエは、両手の手のひらを左右にひろげてやれやれと言うポーズをする。

「正直言うと、ルビーの今の居場所を教えるべきなのか悩んじゃうよね」

 ナシルが口に手をあて、考える様な仕草をした。

 二人がルビーの居場所を知る事になったのは偶然だった。ルビーは魔戦士組合に入っていない為、定期刊行物の名簿では生存確認が出来ない状況だった。それが、たまたま依頼で立ち寄った田舎村で、その姿を見かけたのだった。

「うーんー。それはあるね」

 ミシリエはそう言うと、無意識にナシルと同じポーズになった。

「スフェーン達には言えないけど、ルビーっていつも引いてたもんね、あの二人には」

「うん、引いてたね。まぁ、実を言うとあたしも見てて若干引き気味だったけどね。スフェーンがルビーに絡んだ時のシンナバーの行動にだけど。あの子はスフェーンの事が好きじゃない? 二人とも相手への自己アピールが必死で、ああなっちゃってたのは分かるんだけど」

 ミシリエはテーブルに右手の肘をつき、手の甲を右頬へそっとあてた。

 スフェーンがルビーの事を好きと言う事は、スフェーン本人がしたカミングアウトにより、クラス全員が周知する事であったが、シンナバーがスフェーンの事を好きだと言う事は、やり取りの様子を見た事のある者ならば誰もが気付く事だった。だが、スフェーン本人とルビーは、周囲の事を気にかける余裕がなく、全く気が付く事はなかった。

「だよなぁ……どうしよ。荒れる予感しかしねぇ」

 ナシルは眉間の辺りに右手をつけて、悩むポーズをする。

「ほんと、どうしようだよ」

 二人は深いため息をついた。


          ***


 シンナバー達は食事をした後、ホテルに各自で戻るまで一旦自由時間とする事にした。

 それを希望したのは意外な事にイシェルだった。イシェルはこの王都マトラで用事があるそうだ。いつもあたしにべったりなイシェルだけど、彼女にも旅の目的はある訳だ。

 多分、ジダンがらみだと思うんだけど、イシェルはジダンに対して絶対的な敵意を向けている。それは、コウソでデカい腹の男達の事や、ステクトールでのトリッサやサフレインの事を思えば、それがどれ程か推し量る事が出来る。

 だけど、今までの事であたしはイシェルに言った事がある。それは、今後は一人で抱え込まないで欲しいと言う事だ。ステクトールでの事は、結果的にイシェル一人に抱え込ませる事になってしまった。ヘタレ格闘家も戦ってあたしとスフェーンを助けてくれたけど、精神的に負うものがあった訳じゃない。だから、仲間であるあたし達にはそれを分けて欲しいと。

 イシェルは分かったと言ってくれた。ジダンは国から指名手配をされている存在なのだし、あたし達にも関係ないとは言えないもんね。

 スフェーンはと言うと、また調べものの様だ。多分、魔戦士組合とかに行ってると思う。おチビの事は、後でナシルとミシリエに会えばはっきりするのに、やっぱじっとしてはいられないんだな。その十分の一でもあたしに対して、情熱を向けてくれればいいんだけど。


『そんな訳で、残ったのはあたしとヘタレ格闘家な訳だ』

 あたしは、誰も居ない方向を向いて説明する様に言った。

「何がそんな訳かの理由は知らないが、まぁそんなとこだ」

 ヘタレ格闘家も意外にノリがいい。

『そうだ、せっかく男女なんだし、デートって奴をやってみようか?』

 あたしは噂でよく聞く、健全な男女がするデートと言うイベントを実践してみたくなった。夕方までの暇つぶしにウィンドーショッピングとかするには時間が長すぎるからね。

「な・ん・だ・と?」

 驚く表情のヘタレ格闘家。そんなビックリする事なのかな。


 あたしは辺りをキョロキョロして、ある店を見つけた。それは、貸し衣装屋である。デートと言うのはオシャレをしないといけないらしいのだ。だけど、旅をしてるのに服を増やしても、荷物が増えてしまう上に、それを着る事もまずないもんね。

 貸衣装屋に入ると、思った以上に賑わっていた。

 あたし達は、色々な衣装を鏡の前で合わせてみた。ヘタレ格闘家は気乗りしない感じだったけど、あたしが無理やり合わせてそれっぽいものを選んでやった。「異世界ファッション サラリーマン」って書いてある衣装だった。度の入ってないメガネ付き。異世界とかサラリーマンって何だろうと思って、店員さんに聞いてみたけど、詳しくはわからないらしい。最近、こんな風にわからないものを見かける様になった様な。

 逆に、あたしのはヘタレ格闘家に選んでもらう訳なんだけど、どれでもいいやみたいな感じで張り合いがない。それでもいくつか合わせていたのだけど、ある衣装を着たらヘタレ格闘家が初めて反応した。「異世界ファッション 隣のミーコさん」って書いてある青っぽい衣装だった。露出多目でネコミミとしっぽとカフス付き。これも異世界ファッションなのか、異世界ってどこの事なんだろ。これも店員さんに聞いたけど、わからないらしい。


 選び終わるとそれぞれでお着換えタイムとなる。ヘタレ格闘家はサラリーマンを着て、あたしは隣のミーコさんを着た。何とスタイリストが付いて化粧もしてくれた。

 露出多目で結構胸元を強調した服装なのがね。あたしにとっては不利な条件だよ。だけど、胸元には詰め物を入れられて、それなりな感じになった。スタイリストさんがメチャクチャ苦労してたけどね。そんな風に作られたそれなりになった胸は、下部からと脇から凄い圧力で押し出されてる感が常に付きまとっていた。四方八方の肉を寄せ集め、足りない分は詰め物をしての集大成だ。

 そんな感じで出来た胸はインチキだけど、その他はそれなりになったと思うよ。何しろネコミミとしっぽがかわいい。スフェーンやイシェルもいればなぁ。

 そんでもって、出来上がった姿を鏡に映してびっくりだ。エクトに出現した謎の美少女が再びじゃないか。あたしが言うのも何だけど、正直言ってかわいい。あたしなのにかわいい。本当に化粧の力って凄いと思った。こうも変化するのなら、今後は少しっつでも化粧の勉強もしてった方がいいのかな。スタイリストがつかなくても、自分でそれなりに出来る様にしておいた方がいいかもしれないな。切り口として第一印象は重要だし。

 あたしですらこうなんだから、スフェーンやイシェルがやったら卒倒してしまうかもしれない。


 サラリーマンになったヘタレ格闘家は、なかなかカッコよくなっていた。ヘアスタイルも変えられて、頭が良さそうに見える。シャープな感じのメガネも意外と似合ってる。ヘタレ格闘家も、黙ってればそれなりのイケメンなんだよね。黙ってれば。ヘタレ発言さえなければね。


「おぉ……!?」

 これがあたしを見たヘタレ格闘家の反応だ。

『おー、馬子にも衣裳じゃないけど都会な感じがするね。悪くないよッ!』

 そして、これがヘタレ格闘家を見たあたしの反応である。

 ヘタレ格闘家は言葉足らずだけど、最初に会った時に比べて何故かあんまり喋んなくなったから。それを考慮すればまぁまぁの反応かな。

 ところでこの衣装屋さん、普通の服じゃなくてコスプレとか言うものらしい。コスプレが何かはわからないけど、そういうジャンルがあるって事だろうね。店員さんに聞いたら、雰囲気的になりすますみたいなものらしい。演じると言った方がいいのかな。演じるか……。隣のミーコさんが何かわからないから、何を演じればいいのやらだけど、何となく雰囲気で遊んでみる事にしようと思う。

 ネコだから語尾は「にゃん」とか「にゃ」にした方がいいだろうか。いや、それだと定番過ぎるか。ここはあえて語尾は変えずに別の事を言うべきなのか。色々考えた末、結局定番で行くことにした。

『それじゃー、城下町散策に行くのにゃぁ』

 ネコっぽい手の仕草をして言い、ちらりとヘタレ格闘家を見てみると、呆然と立ち尽くしている。ちょっと痛かったかな。あたしは少し心配になって来た。

「お……おぉ」

 ちょっと遅ればせながら反応するヘタレ格闘家。よーしよし。大丈夫、痛くない、痛くない。

 あ、そうだ。デートって手を繋いだり、腕を組んだりするんだよね。あたしはそっとヘタレ格闘家の腕につかまってみた。一瞬ビクッとするヘタレ格闘家だったけど、何も言わずに歩いている。

 道を歩く人々を見ていると、ポツポツと貸し衣装を着た人を見かけた。やっぱり結構流行ってるんだね。異世界ファッションって書いてあったけど、異世界ってこことは違う世界の事だよね。変わってるけど悪くない。遊び心をくすぐるものだ。一体誰が考えたんだろう。

 賑わった街を歩いていると、音楽が流れていて人が集まってる所があった。何かと思って見ると、ダンスを踊っている人がいる。ダンスっていいね、あたしはああいうダンスは無理だけど、片手棍の型はダンスに通じるものがある気がする。ヘタレ格闘家の場合はどうなのかな? 型はあると思うんだけど。

 と思いつつ、無意識に曲のリズムに合わせて体を動かしてたら、踊っていた人達があたしとヘタレ格闘家の前にやって来て、手を引っ張って中央に出る様に促され、あたしとヘタレ格闘家は困りつつも出て行った。もしかして、踊れる人だと思われたのかな。

「さぁ、自由に楽しく流れのままに踊ってみよう!」

 ダンサーはそう言って、また楽しく踊りはじめた。

「おい、どうすりゃいいんだ?」

 ヘタレ格闘家が、さっそくヘタレはじめたけど無理はないね。あたしも困ってるんだから。だけど、あたし達には武道の型がある。それをダンスっぽく魅せてみるのも斬新かもしれないよ。

『武道の型を演じれば大丈夫にゃぁ!』

 あたしはそう言うと、リズムに合わせて棍術の型で踊ってみた。棍棒は着替えた時に預けちゃったから、手は気分次第で形を変化させてね。更に効果として、手の先に魔法をかけて、手を動かした時に光が周囲に散らばる様にしてみた。防御魔法の応用なんだけど、結構きれいでかつ面白いんだ。それをヘタレ格闘家や、ダンサー達にもかけてみた。すると、周囲から喝さいが沸き上がる。笑っているのかもしれないけど、こういうものは楽しんだ者勝ちだ。

 ヘタレ格闘家もリズムに合わせ、格闘の型を演じている。サラリーマンって言う知的な服装だけど、動ける知的キャラも悪くないと思った。

 あたしはとても楽しかったけど、こんな適当なダンスもどきでも、見ている人達は楽しんでくれただろうか。

「やぁ、とっても楽しかったねー。ナイスなカップルさんありがとーッ!」

 最後にあたし達を引っ張ったダンサーが言って拍手すると、周囲からも拍手が起こった。あたしはちょっと照れ臭かったけど、ダンサー達や周囲の人達に挨拶のポーズをした。

 カップルねぇ。デートで腕組んでたから、世間的にはカップルだと思うだろうね。


 そんな楽しい事をきっかけに、あたし達は勢いづいてデートを満喫した。最初はぎこちなかったヘタレ格闘家だったけど、腕を組むのも自然になって来た。ちゃんとデートらしくなってるね。あたしはデートって言うものを、今まで一度もした事なかったから、これでちゃんと出来ているのかは分からないけど。

 のどが渇いた所でカフェに入った。街灯が灯されはじめ、あたしとヘタレ格闘家がもし恋人達なら、とってもいい雰囲気だったろうと思う。

 入ったカフェでは、ラムネコーヒーと言うものが今人気らしい。ラムネ……また新しいワードが。ラムネって何だろう。ケーキも食べたかったけど、もうじき夕方になるし、ご飯の事を考えてやめておいた。

 そのラムネコーヒーを注文して飲んでみたのだけど、ちょっと都会の味過ぎてあたしにはよくわからなかった。レモンの爽快感が足されたコーヒーと言う感じだろうか。見た目はコーヒーなんだけど、味はレモンのふわっとしたいい香りがしていた。これはコーヒーよりも、紅茶の方が合うかもしれないな。不思議な事に、ラムネ紅茶っていうのはメニューにはなかったのだけど。

 店員さんに聞いた所、ラムネコーヒーは、コーヒーにラムネって言うお菓子を入れたものらしい。そんなお菓子があるのか、さすがは王都だけあって都会だね。

「それ、うまいのか?」

 あたしがラムネコーヒーを飲んでいると、ヘタレ格闘家が聞いて来た。

『んー、おしゃれな味かな……。残念ながらあたしにはよくわかんないよ』

 そう言うとヘタレ格闘家は笑った。何か自然な笑顔だな。ヘタレ格闘家ってこんな顔して笑うんだ。そう言えば、ヘタレ格闘家の笑った顔って余り見てないよね。ヘタレ格闘家が好きなプリーストとデートする時なんかも、そんな顔で笑ってるんだろうか。


 カフェを出て貸衣装屋に戻る途中、ヘタレ格闘家があたしにベンチに座る様に促したので座った。何だろうと思っていると、ヘタレ格闘家は何か考えている様子を暫くした後で口を開いた。

「シンナバー。一応、オレとしてのけじめとして、言っておきたい事がある」

 何とか宣言みたいな事かな。ヘタレ格闘家は、普段見ない真面目な顔をしている。

『けじめ?』

「あぁ。色々と勘違いされたままになってる様だからな」

 ヘタレの言ってる勘違いと言えば、多分男の子好きってネタの事かな。確かにそれを勘違いされてたら言っておきたくなるだろう。でも、あたしは冗談で言ってるんだけど嫌だったのかな。

『そっか。わかった、何でも聞くよ』

「まず最初に、オレは男に興味はない」

『あー、うん。それはあたしも冗談だから。いつもネタにしちゃってて悪かったね。スフェーンにも言っておくよ』

 やっぱりこれか。ヘタレにとっては死活問題だったんだろうね。もうこのネタでからかうのはやめよう。

「いや、スフェーンは別にかまわん。それで、その次に……こっちが一番重要なんだが」

 なんだいいんだ、本題に入る前の前フリだったのかな。

『うん。重要な事ね、いいよ言ってごらん』

「オレが好きって言ったプリーストはだな……」

 プリーストの話題来た。思えば、この話題ってなかなか触れるチャンスがなかったな。

『おっ、いきなり核心に触れちゃうんだ』

「それはだな……」

『うん』

「……それは」

『それは?』

 ヘタレ格闘家がやけにもったいぶっている。そんなに引っ張られたらその後に期待しちゃうな。とんだオチがあるんじゃないかと。

「お前の事なんだ」

『そうなんだ、お前の事なんだ』

 なるほど、ヘタレ格闘家の好きなプリーストはお前の事か。あれ、お前? ヘタレ格闘家から見てお前って……。

「え?」

 あたしが何となくオウム返ししてしまった言葉に驚いた様だ。

『え?』

「だから、オレはお前の事が好きなんだ」

 突然の告白来たよ。まさか、あたしの事が好きだとは思わなかった。それ程にヘタレ格闘家の恋愛感情には興味がなかったんだよ。でも、対象があたしとなると、もういい加減な態度をとる事は出来ない。ちゃんと聞いてあげないといけない。人として。

『えーッ!? うそでしょー!? なんであたし!?』

「理由はわからない。ただそう思っただけだ。自分の心にはウソは付けない。オレが一番大事に思ってるのはお前だ」


 ヘタレ格闘家に告白されたあたしは、言葉が出なかった。何を言おうと、ヘタレ格闘家にとって残酷な言葉となってしまう。

 あたしも確かに、ヘタレ格闘家を大事には思ってる。ただし、それはヘタレ格闘家のものとは違って、恋愛感情を伴わない仲間としての感情によるものだ。

 あたしは時が止まったかの様に、ヘタレ格闘家をじっと見つめ続けていた。


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