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【79】王歴507年 マトラ王立魔法学校の生徒たち (2)

 廃墟の診療所の二階に上がった所で、子供達はシンナバーとはぐれてしまった。

 しばらくシンナバーの帰りを待っていたが、ミシリエは怪しい物音と、階段を這う腕を目撃してパニックに陥ってしまった。


「どっちにしろ、こっちは道順じゃないから、階段の所に戻らなきゃダメだよ」

 ナシルは、渋るミシリエの腕を引っ張って、階段に戻りはじめようとした。ミシリエは仕方なく、ナシルについて行く。

「だよねぇ、最初に三階に上がってから下がって来ないと……ん?」

 スフェーンは、真っすぐ先の階段の前に、誰かが立っている事に気が付いた。しかし、距離が離れている上に薄暗くてぼんやりとしか見えない。

「うーわぁ、何かいるよー? アレってマズイ感じがしない?」

 ルビーがやっとまともに喋った。

 それとの距離が10メートル程になると、それが人間とは別の物である事がわかった。人間とは別の物であるそれは、その場に立ったまま、ゆーらゆーらと左右に揺れている。

「完全にアレだけど、どうしようっか。シンナバーなら魔法を撃たずに殴りにいっちゃう所だけど、攻撃魔法を使うのはナシね、さすがに廃墟とは言っても、壊したら大騒ぎになって怒られちゃうから」

 ナシルはアレを見ても意外と冷静だった。超常の存在というのは、魔法とも通じるものがあるからだろうか。


 子供達は階段前へと戻って来た。無論、妙なものはそこに健在であったが、不思議な事に近づいても襲ってくる様子は見られなかった。

 妙なものは煙のオバケの様な見た目で、表情らしきものがぼんやりと見られた。その表情は、虚ろで視点らしきものの先は特定されていない様に思えた。

「オバケさーん、そこでなにしてるの?」

 スフェーンが煙のオバケに声をかける。すると、《おぉぉ……》と低い唸り声を上げて反応をしたが、それ以外の行動を起こす様子もなかった。

「なんだろこれ。何でここに出てきたのかはわからないけど、気にしないで行こうか。シンナバーの事は、一番最後に考えよう」

 ナシルが言った。何ともドライな言葉の様に思えるが、一番霊体の扱いに長けているのはプリーストのはずと言う、一般的な常識からの言葉だ。

「うーん、魔法で調べてみたけど、辺りにシンナバーらしき反応はないよ」

 ルビーは小細工魔法により、魔法の薄い膜を広げて周囲を探って言った。

 子供達は、煙のオバケを放置して、三階に向かって階段を上って行った。

 ミシリエは煙のオバケからの距離をなるべくとる為、ナシルと手を繋ぎつつも最大限に距離をとって歩いた。

《うぁぁぁぁ……》

 階段の途中で煙のオバケが、また唸り声をあげた時、ミシリエは速足となってナシルの手を引いた。


 ――廃墟の三階

「ここが最上階の三階か、荒らされ具合は暗いけど下程じゃなさそうかな?」

 ナシルは手のひらに魔法を展開し、周囲にその光を当てて確認した。

「あ、いた」

 何かと思って子供達が声のした方向を見ると、声の主はルビーで、見ている方向は階段の下の方向だった。

 てっきりシンナバーがいたと言う事かと思った子供達だったが、ルビーが見ている方向を見て、言葉の意味が理解できた。

 階段の途中に大きな鏡があり、そこに煙のオバケが映っていた。いわく付きの現象の一つの鏡にオバケが映ると言うのはこの事らしい。オバケはさっきと同じ様に立っていて、後ろ向きのままだった。

「えー、いわく付きの一つってこれ? さっき目の前で見ちゃってるから、今さらって感じだけど」

 確かに。順番が逆であれば効果はあったろうが、目視したものが鏡に映って見えたとしても驚きはない。むしろ、いなくなっていた方が怪しさは上がるだろう。

「ひっ……」

 しかし、ミシリエは声を上げる。その理由は再び鏡を見た事で理解した。煙のオバケはそのままだったのだが、白い腕が階段を上り始めているのが見えた。さっきまで確かにいなかったはずなのだが、ほんの10秒程度でこれが現れたことになる。

《ギシッ……》

 そして、再び木のきしむ音が聞こえた。

「うわぁ……。これかー」

 スフェーンが、さほど怖がっている様子もなく言った。

「アレが上がってくる前に行こうよ……えっ」

 ミシリエが移動を催促しつつ、また不安そうな声を上げた。

 再び鏡を見ると、煙のオバケは何とこちらに向きを変えており、階段を上がろうとしていたのだが、そこにタライがスコーンと落ちた。それを見て、あっけにとられる子供達。


 タライはオバケをすり抜ける事もなく、頭に当たると床に大きな音を立てて落ちた。

「はぁっ? 何でオバケにタライが落ちてんの? しかも当たってるし!」

 煙のオバケがタライの影響か、少し後退した後でまた進むと、再びタライはオバケの頭へ、今度は「コツッ!」と少し高い音を立てて落ちた。さっきと音が違うのは、タライの形状が違う形だからの様だ。

 煙のオバケはと言うと、再び後ろに下がったが、また前進しようとして落ちて来たタライに当たっていた。

「これが無限地獄か……」

 ルビーが煙のオバケに対して冷静に言った。

「アハッ! おチビたん、それナイス!」

 ルビーの冷静なつっこみに、スフェーンはすかさずほめた。スフェーンはルビーの行動を終始チェックしており、実は結構気を使っていたのだ。

「もう放っといて行こうよ。腕も段々上がってきてるし」

 ナシルはそう言い、先に進み始めると他の子供達も続いた。

 煙のオバケがタライを食らい続けている間も、白い腕は地道に階段を上ってきており、折り返し地点にさしかかろうとしていたのだ。

 その後もずっと、タライが落ちる音が聞こえ続けていた。


 子供達が移動していった後、煙のオバケの前の暗闇にアローラが現れた。

「おかしいわねぇ。腕はまぁまぁだったけど、鏡のオバケとタライにはあんまり怖がらないのね。なぜかしらぁ?」

 尚もタライを食らい続けている、煙のオバケを見ながらつぶやいた。

『クスクスッ』

 突然、アローラの後ろから誰かの笑い声が聞こえた事に、アローラは振り返った。

「え!?」

 魔法を展開して辺りを照らして確認してみるアローラだったが、誰もいない事が分かると首をかしげた。

「気のせいかしら? まぁいいわぁ。先に進みましょ」

 アローラは頭上で人差し指をくりくり回し、降って来た黒い靄をまとうとふわりと浮いて階段を上って行った。


 二階と三階は、廊下の左右ともに部屋がある為、中庭からの明りが届かずに暗い。そこを進む子供達は、一つ一つの部屋を開いて中を確認しながら進んでいた。

 それらは大体同じ形状の部屋で、元は患者が入院する際に使われていたものだった。

 既にベッドなどはなく、ただの簡素な作りの部屋のみとなっている。

 ベッドなどまだ使えるものは、施設が移転した際に持って行ったのだろう。カーテンや椅子の一つすらなくからっぽだった。それらの部屋は、外からの明りが届く為、一見しただけで何もない事を確認する事が出来た。

「おっと、ここは開かないのか」

 一般の病室とは違う感じのドアを開けようとしたナシルが言った。

「これが、開かずの間?」

 ナシルの後ろでミシリエが言った時、ドアからカチャリと音がした。

「カギがかかってたみたい。もう開けたよ」

 ルビーは小細工魔法を使い、ドアにかかっていたカギを解除した。

「おーっ! さっすがぁー!」

 再びスフェーンはルビーを褒め、ひしっと抱きしめた。それに対し、ルビーはなされるがままだった。

「うーん、でもちょっと緊張するなぁ。今までこの部屋って開いた事がなかったって事だもんね」

 ナシルが緊張した声で言った。

「開けるよ……(ごくり)」

 なおも緊張しつつ、ナシルはドアをゆっくりと開いた。

 その部屋は窓がないらしく、真っ暗な室内を魔法で照らすと、天井から妙なものがたくさんぶら下がっているのが見えた。ずっと閉め切られていたせいか、中の空気は淀んでいてとてもカビ臭かった。

「うぷっ、カビ臭っ! なんだこれ? 大きな袋?」

 それは、とても大きな袋で、中に何かが入っている様だった。それがたくさん天井からぶら下がっている。

 ナシルは部屋の中へ入り、魔法で奥まで照らしてみた。大きな袋がぶら下がっているだけで、それ以外には特に見当たらなかった。

「なんかよくわかんないけど、袋の他は特になにもないかな? ただの道具置き場だったんじゃない?」

 スフェーンが言った。

「まぁ、期待してなかったけど、開かずの間なんて実際はこんなもんでしょ」

 ミシリエは怖いものがなかった事で、安心した様に言った。

「うん、こんなもんだよね。開けられないから色々と想像するだけで」

 ルビーは大きな袋をゆらしつつ言った。

 ルビーは途中からずっと同じテンションだった。最初は早く帰りたかったが、もはやそれはあきらめた様で、ミシリエが言っていた様に、腐れ縁だと納得する事にしたらしい。


 開かずの間が期待はずれだった事で、子供たちは現実を突きつけられた様な気がしたのだろう。その言葉はとても冷静だった。

 三階は他には特に何もなく、ほぼ空っぽの部屋しかなかった。だが。

「部屋には何もなかったけど……」

 ナシルは歩いて来た方向を振り返る。

「あれねー」

 スフェーンも振り返り、苦笑いした。

「ん……、相変わらずか」

 ルビーは呆れた感じで言った。

「何だか、アレがあるのが当たり前な気がして来たよ」

 ミシリエは、すっかり怖がる様子がなくなっていた。

 子供達が見た先には、腕だけで近づいてくるものがあった。階段からずっとついてくる腕は気味が悪かったが、ずっと見え続けている為にすっかり慣れてしまった様だ。

「あの腕、誰を追っかけてるんだろ」

「え、やっぱ、あたし達じゃない?」

「ずっと待って、どうなるか試してみる?」

「それはさすがにイヤかな……」

 ミシリエとスフェーンとルビーとナシルはそう話しながら、三階を一周して戻った階段を二階へ下って行った。


 ――廃墟の二階

「あれ?」

 階段の途中で、ルビーが声をあげた。その理由は、階段の下でタライを食らいまくっていた煙のオバケがいなくなっていたからだった。それと、落ちまくっていたタライも見当たらなかった。

「あー、もしかして帰ったのかな。さっきも腕以外いなかったし」

 とは言え、子供達も大して気にしてる様子もなかった。さっさと二階に降りて、探索を続けようとしている。

「12段?」

 ミシリエは、不思議そうに首をひねっている。

「え、何が12段?」

 ナシルはミシリエに何のことかを聞いた。

「さっき上って来る時、階段の数13段だったけど、今数えたら12段しかないよ」

「あれ? 減った?」

 ミシリエは階段の数をずっと数えていた様だ、最初上がる時に数えた時は13段だったはずだが、今は12段しかない。減っている。増えるはずが何故か減っている。妙な現象には違いないけど、これも順番的には逆だった。変化する順番のせいで、怪奇現象は増える階段ではなく、減る階段になってしまったのだった。

 しかし、子供たちは口々に「減った」と言うだけで、大した反応を示さず、二階の部屋を開けはじめていた。

 階段が減ったのは、アローラが階段の折り返し地点に作っていた”もう一段”を撤去したからであった。木製の土台を使用していた為、上に物が乗ると、場所によってはギシギシと音がする事があった様だ。


「(”減った”じゃないでしょぉー、もっと驚いてぇー)」

 子供達のすぐ近くに潜伏して様子を見ていたアローラが、思わず小声で訴えた。

「むぅ!?」

 だが、その声に気が付いたのはルビーだけだった。

「どしたのぉー?」

 常時ルビーを見張っているスフェーンが、その声を聞き漏らす訳がなかった。

「気のせいかな、何か声がした気がしたんだけど」

 辺りをキョロキョロとするルビー。

「気のせいじゃなくてももう大丈夫。なぜってー? あたしが来たーッ!」

 片手を握りしめて、えいやーと腕を上げるポーズをするスフェーン。

「そうか……」

 ルビーは引き気味に一言だけ言った。スフェーンはずっと居た訳だが、あえてツッコミを入れなかった。


「ギャーッ!!」

 スフェーンとルビーが廊下で話してると、部屋の中から悲鳴が聞こえた。その声はミシリエのものだ。

 それから部屋の中からバタバタと音が聞こえ、ミシリエが飛び出して来た。

「よっと!」

 飛び出したミシリエを、スフェーンはその手をとって引き寄せた。無論、またどこかへ走って行かない為である。

「ミシリエー! ちょっと落ち着いてー!」

 スフェーンはミシリエを落ち着かせる為だろうか、ぎゅっと抱きしめている。

「イタっ! えっ!?」

 ミシリエは突然腕がチクッとした事に驚いて声を上げた。

「大丈夫かー?」

「今、誰かが腕をつねった様な……ここら辺を」

 ミシリエが腕を見せ、それをスフェーンが魔法の光で確認していた。

「んー、赤くなってるけど、虫にでも刺されたのかなぁ?」

『(ダメだよっ! スフェーンに抱きついていいのは、あたしだけなんだからねっ!)』

「うわっ!」

 突然、ミシリエの耳元で謎の声がした。それに驚いて、ミシリエはスフェーンの後ろに隠れた。

「あんたどうしたの!?」

 今の声はスフェーンには聞こえていなかった様だ、ミシリエがまた突然驚き出した事に戸惑っている。

「今、近くで声がしたよ、もうやだぁー!」

 ミシリエはスフェーンの背中に隠れて、見えない相手に警戒する様に辺りをきょろきょろとしていた。

「ちょっとヤバいね、これって」

 ルビーがそう言ったのは、ミシリエの周囲で起きた事ではなく、部屋の中に入ったナシルの様子を見ての言葉だった。


 スフェーンが部屋の中を確認すると、ナシルは部屋の中央で、何者達に縛られていた。

 それも、古びた丸太に縄で縛りくくられている。丸太と縄と言うのは、霊による怪奇現象ではなかなかない組み合わせだろう。

 この部屋は窓があり、外の光が入ってきてはいてはいるが、人気のない廃墟独特な陰湿な印象を受ける。

 しかし、その部屋の中で丸太に縛り付けられている様は、廃墟には全く似つかないもので、そのギャップにより脳は異常事態と判断していた。

「ちょっとナシル―ッ! 大丈夫かーッ!」

 部屋に入ったスフェーンは、目の前の様子に面食らった表情で言った。

「大丈夫じゃないッ! ほどいてー!」

 ナシルは丸太に縄で縛り付けられ、その縄を抜けようともがいていた。

 その時、突然スフェーンは背中から何かに押される感覚がして、部屋の中央へと飛ばされた。

「わっ! ととっ……なになに!?」

 すると、床に真っ黒い穴が空いて、その中から丸太が押し出されてきた。

「それヤバい! 気を付けて!」

 ナシルが叫んだ時には既に遅かった。スフェーンは、丸太に縛り付けられて、ナシルの横に並んだ状態になっていた。

「アハッ! 何これありえなーい!」

 何故かスフェーンは笑ったが、そこから力づくで抜け出す事は出来ない様だ。

「あぁーッ!」

 ミシリエはその様子を見て叫んだ。そして、部屋の中へ入ろうとするのを、ルビーが制止した。

「部屋には入らない方がいいよ、同じ様になるだけだから」

「でもぉ……」

 困った表情のミシリエだったが、どうしたらいいのか分からず、様子をうかがうだけだった。


「いっ!?」

 ナシル達の周囲に黒い穴が次々と現れ始め、それが周りを回転しはじめた。

 その内、黒い穴から奇妙な生物が押し出されてきた。その見た目から、この世のものではない事がすぐに分かる。

 じきに黒い穴から全ての部分が押し出されると、周囲を取り囲んだまま奇妙な踊りをはじめた。その手には松明が握られている。

 ナシルとスフェーンの足元を見ると、いつの間にか薪が並べられており、その周囲に漆黒の穴が空いていた。

「ナシル―! これってさ」

「ね、すごく嫌な予感しかしない」

 スフェーン達の様子は、どこかの民族が、生贄を神に捧げようとしている様にしか見えなかった。どこからともなく、太鼓を叩く音も聞こえ始めている。

「(いいわぁ。今度は驚いてくれてるわねぇ)」

 その声に、またしてもルビーが振り返るが、やはり誰もいない事が分かると少し顔が青ざめた。


 周囲で踊っていた奇妙な生物が、やがて二人の足元にある薪に松明の火をつけようとした時、床の黒い穴はシャボン玉がはじける様に消滅した。その現象に驚いた様に、奇妙な生物が距離をとった。

 そして、スフェーンの腹部から「スハースハー」と言う様な妙な音がし始めた。

「ちょっ!」

 スフェーンは何かに強く締め付けられ、腹部で息を吹きかける様な感覚を感じた。しかし、腹部周辺には何も見当たらなかった。

「なになに!? 何この音ッ! スハースハーって!」

 スフェーンから聞こえる謎の音に、不信を感じたナシルが言った。

「うわわわッ! ここに何かいるーッ!」

 スフェーンは、腹部が冷たくなったり、暖かくなったりを繰り返す現象に驚き、無意識に魔法を発動した。

 発動させた魔法は、周囲を軽く吹き飛ばす程度の威力を抑えたものであったが、窓ガラスは全て吹き飛ばされ、ナシルはその爆風に巻き込まれて吹っ飛んでいた。奇妙な生物も例外ではなく、部屋の隅に固まって転がっていた。

『クスクスクスッ』

 怪しい笑い声が部屋に響く。

「うひぃ!? 何この笑い声!?」

 縛り付けられた状態で、床に転がったナシルが言った。

「みんな! ちょっと避難しよッ!」

 いつの間にか拘束から抜け出しているスフェーンは、ナシルの縄を切ると、部屋の外へと走って行った。それに続き、ミシリエとルビーも走って行った。


「ふぅ。何だかわからないけど、驚いてくれた様ねぇ」

 部屋の入口で、潜伏していたアローラが姿を現わすと、ふーっと息を吐いた。

「それにしても、さっきはなぜ重力シールドがはじけたのかしらぁ?」

 重力シールドは、シールドとしてはかなり高度の魔法であった。それを破る事は容易ではない。それがとんでもない魔力を込めた魔法であったとしても、通常魔法では非常に困難な事だった。通常は、複合属性を加味した大魔法レベルでないと不可能なのだ。

 それが、何の魔法も発動していなかったあの空間で、突然はじけたと言う事は、少なくとも複合属性の大魔法に匹敵するものが、そこに存在したと言う事になってしまうのだ。その理屈にアローラが気が付かない訳がなかった。

『ぷーっ! クスクスクス』

 アローラがそう言った時、すぐ近くで謎の笑い声が聞こえだした。

「ひっ!? キャャァァァーッ!」

 この時、虚をつかれたアローラの思考は、重力シールドがはじけた事と、謎の笑い声がした事から、実は本当に幽霊の様なものが存在すると結論付けてしまった。

 慌てて走って逃げていくアローラを見て、笑い声の主が笑いながら姿を現した。

『ギャハハハハハッ!』

 想定通りのシンナバーである。シンナバーは一階で下に降りて行った時、みんなを脅かしたら面白いだろうと考えて、姿と音を消す魔法を自分にかけていたのだった。途中、アローラが子供達を脅かす為に来ている事に気が付き、アローラ含めて脅かしてやろうと考えた。

『あー、面白かったぁ。さーて、あたしもこんな所にはもう用はないよっ……? ん?』

 シンナバーは、自分の袖を何かが掴んでいる事に気が付いた。

 捕まれた袖を見ると、そこには自分と同じ位の年頃の少女が立っていた。その少女は傷だらけで、薄汚れたボロボロの服を着ており、そしてひどく衰弱している様に見えた。少女は、悲しそうな目でシンナバーをじっと見つめている。

『あ、他にも人がいたんだ。ここで何してるの?』

 シンナバーが少女に声をかけると、悲しそうだった顔が一気に安堵の表情へと変化した。

《女神様……。袋の中を調べて……》

 そう言うと、少女はシンナバーの目の前で、朽ち果てる様に消えていった。

『……ギ。ギィエェェェェーッ!』

 シンナバーは大声で叫ぶと、一目散に走り出した。


 ――廃墟の一階

 一階の出入口にたどり着いたスフェーンとナシルは、自分達が入って来たドアのガラスが、何故か修復されている事に気が付いた。

「うっそぉー! 何でガラスが割れてないのーッ!」

「ヤバイよ! 閉じ込められたのかも! もうガラスを割るしか……」

「どいてぇーッ!」

 そこに、ルビーとミシリエが走って来た。ルビーは小細工魔法を使い、ドアの真ん中を開くと外に飛び出した。それに続き、ミシリエとスフェーンとナシルも外に出た。

 入口のドアは閉まったままだったが、その中央は丸い円を描く様に穴が空いた状態となった。これは、ルビーの使った小細工魔法によるものである。


 廃墟の診療所の前に、スフェーンとナシルとミシリエとルビーは、疲れた表情をして立っている。

「ここって、やっぱガチでヤバいとこだったか……」

 うーむと言った感じで、ナシルがアゴに手を当てて言った。

「やっぱってホントだよッ! 本当に何か起こるとかありえないんだけど!」

 ミシリエはナシルに怒った。

 そこにアローラが走って出てきた。

「えーッ!? なんで先生が出て来るの!?」

「ハァハァ……。み、皆さんお揃いで、ど、どうかしたのぉ?」

「今凄い事が起こって出てきたとこなんだけど、先生も今凄い顔して出てきたのって、やっぱ中で何か起こったって事?」

「うー、うん。そうかしら? そうかも。やっぱ、オバケってホントにいるのねぇ」

 そこに、シンナバーが大慌てで出てきた。


『うわぁぁぁー! ヤバいのがいるよッ! ヤバいのがいるよッ!』

 シンナバーは、息を乱しながら”ヤバイの”の事を必死で訴えた。

「うん……知ってる。ヤバイのがいるよね」

「うん、絶対ヤバすぎる!」

「ヤバいよね……」

「ヤバいからもう来ない」

「そうねぇ、ヤバいのがいるから、これからは真っすぐお家に帰りましょ」

 スフェーン、ナシル、ミシリエ、ルビー、そしてアローラは口々に”ヤバイの”の事を言った。

「うわ……、シンナバー! あんた、ちょっとそれ!」

 スフェーンは、じわじわと浮き出して来ているシンナバーの服についたものを指さして言った。

 それについて、他の子供達やアローラも驚いた様子で見ていた。

『なにって、うわわっ……なんだこれーッ!』

 シンナバーの服には、どういう訳かたくさんの子供の手形がついていた。それは徐々に赤黒くなり、まるで血の様に思えるものとなった。

 決定的な物的証拠が残った事で、廃墟の診療所がヤバイと言う噂は学校中の生徒、及び教師全てもが知る事となり、それ以降長らくこの廃墟の診療所へ近づこうとする者はいなかった。

 ナシルも、ピアノの音などの未検証ないわく付きを、再び検証しに行こうとは言わず、それからは割と大人し目の場所での活動をしていた。


 だが、”本当にヤバいの”の存在が明らかとなったのは、それから一年もの月日が経過したある日、軍の調査が入った事で発覚する事となる。

 それは、あの開かずの間だ。

 開かずの間にぶら下がっていた大きな袋。あれには全て人間の、それも子供の死体が詰め込まれていたのだった。いつ頃詰め込まれたのかは定かではないが、既に白骨化していた為、かなりの年月が経過していると思われるそうだ。

 そして、その犯人は未だ不明であり、それらしい捜索依頼も出されていない事から、子供達の特定は不可能とされた。

 調査までに一年もの日数を要した原因は、シンナバーが最後に聞いた少女の言葉は、軍にも伝えられていたのだが、いわく付きの噂が立ちはだかり、捜査部隊に任命された兵がことごとく辞めてしまう為だった。

 そのせいで、調査開始までに長い日数を要してしまったのだ。


 それらの話を後に聞いた子供達、及びアローラまでが、しばらくは夜のトイレに行けなくなったと言う。


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