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【76】王都マトラ

「今後、あなたが成長する為には、マール・アルマに会わなければならないわ」

 これが、スフェーンがガーネットから言われた言葉らしい。

 マール・アルマが、実質現在マトラ王国の実力ナンバー1の魔導士で、彼女は王都マトラに住んでるそうだ。

 スフェーンに「最強の魔導士」って看板を背負わせておいて、真のナンバー1が他にいるとか裏番長みたいだよね。

 王都マトラはこの国の首都。この三年で、あたし達も何度か通りがかっていた。

 と言っても、行きがかり上の通過点で通っただけだから、滞在時間は短かった。おかげで、街の中を殆ど見れてないのだけどね。


 マトラ王国の最南端であるこのエクトから、王都への道筋は、まずはワッカ運河を使ってコウソまで戻り、そこから定期便のバスでバイチ、そして王都マトラ直通の、やはり定期便のバスに乗れば到達可能だ。

 物資の流通の流れは、地方から王都に常に流れてるから、当然便の本数も多い訳だね。スムーズに移動できるかもしれないよ。

 このエクトに来る定期便は、ここから発送される多少の荷物や人を乗せて、コウソへと引き返す。

 荷物よりも人を乗せる事の方が多いけど、その数や量は少ないので、来る時より大分軽くなって船速も上げられるらしい。

 エクトに来る時は一日近くかかってたけど、エクトからだと川の流れも下りになる為、5時間位は早く到着出来るのだとか。


 あたし達は、ガーネットに出発の挨拶をすると、午後の便に乗り込み出発した。

 その時に、ガーネットが言ってたのだけど、アローラ先生の葬儀は国葬として王都で大々的に行われるらしいので、参加する事をすすめられた。何度も、何度も。

 話からすると、国葬に間に合いそうな気がするけど、国葬って軍の偉い人しか出られなかったりするんだろうか。

 それとも、ラーアマーの旗持ってた人達みたいに、広場とかで参加出来たりするのだろうか。

 荷物が余り乗ってない、イカダ船の広々とした甲板の上で、あたしは寝ころんで空を見上げて考えていた。


 あたし達を乗せた定期便は、次の日の早朝にコウソに到着した。

 この便は、朝の便として荷物を載せたら出発する様だ。

 桟橋に次に乗せる大量の物資が積み上がっていて、そのそばで上半身裸の筋肉男達が、筋肉を誇示する様なポーズをとっていた。なんだあれ。


「あはァ! 黒いから銅像が置いてあるのかと思ったー!」

 スフェーンが言う通り、上半身裸で日光の下で働く筋肉男達は、皆よく日に焼けて真っ黒だ。

 あたし達が降りると、筋肉男達はさっそく積み荷を乗せ始めた。

 荷物を投げたりしてガサツに扱うのかと思いきや、二人一組で声をかけあって丁寧に扱っている。甲板に降ろす時も全く音がしなかった。しかもすごく早い。

 それを可能としてるのが、彼らの鍛えらえた巨大な筋肉なのかもしれない。パワーはあるけど瞬発力には劣るから、戦い向きではないのだろうけど。

 あたしは武道大会での彼ら独特と思われる、妙な戦い方を思い出していた。


 今回、コウソに用事はないので、朝のバイチ行きの定期便を待って、昼前にはバイチに到着した。

 後は、王都への定期便に乗ればいいだけだけど、乗り物で移動するのって、ずっと揺さぶられてるからか案外辛いんだよね。なので、ここで一泊する事にした。

 翌朝ゆっくり目に出ても、昼には王都に到着する予定だ。

 バイチから王都への距離は、歩きでは早朝に出て夕方位までかかるけど、定期便に乗れば二時間もかからない。結構早い。その訳は街道にある。

 王都とバイチの間は、ほぼ真っすぐな街道が作られている。

 地面はよく整地されていて、殆どまっ平らなのでそれ程揺れない。

 余り揺れないので、速度が出せる。

 速度が出るから結局ちょっと揺れるんだけど、街道が出来て物資の輸送時間は半分以下になったそうだ。

 バイチとコウソの間も、同じように街道で繋がれていた。

 今思えば、エクトに増援がすぐ来ていたのは、この街道とわっか運河のおかげによるものだろう。


 そんな訳で、あたし達は王都マトラの関所前に到着した。

 ここで定期便のバスを降ろされて歩きになる。空になったバスは、簡単なチェックを受けると街の中に入って行った。

 マトラの首都には関所があるので、身分証明書の提示が必要なのだけど、あたし達魔戦士組合員は、バッヂの確認と名簿の記入に、その場での簡単な持ち物のチェックを行って、決められた通行料を支払うだけの楽々スルーなんだ。

 自己申告なので、名前を偽っても確認手段がない事から、イマイチ意味がなさそうな気がするけどね。

 一般の人や商人などの場合は、目的別に通行手形が発行されるのだけど、ちゃんと有効期限があるから、そっちは多少マシかもしれないけど、その通行手形も簡単に作れそうに見えた。多分、形式だけの関所なんだろうね。

 推奨はされてないけど、商人でも魔戦士組合員に登録する事は可能だ。だけど、それだと持ち込む品物に別途通行料がかかってしまうので行われる事はない。商人の組合が発行する通行手形は、荷物の料金がかからないのだ。一般人が魔戦士組合員に登録するのなら特に問題はないだろうけど、こちらにも当然条件があるので行われる事はなかった。噂によると、魔戦士組合員の偽造バッヂは存在するらしいのだけど、その対策もされて来ているらしい。

 関所のメインの目的は通行料の徴取なので、さほど問題はない様だけど、水際対策については不十分さが感じられる。


 あたし達は街の中に入る為、関所の順番待ちの列に並んだ。

 ここは、あちこちからの定期便が集まる場所なのだけど、商人は大体トラックや馬車のまま街に入るので、乗ったまま道に並んでいる。

 あたし達は歩きなので、それとは別の列だ。


「なんだ、通行手形の有効期限が切れてるじゃないか。更新をそっちの窓口で行ってくれ」

 通行手形はその場で更新が可能だ。関所の軍人が窓口を案内していた。

 有効期限なんて見ればすぐわかりそうなんだけど、気が付いてなかったって事は、その程度のものなんだろうね。


「あの男……」

 イシェルが、あたし達の前に並んででいる男をじっと見つめて呟いた。

『あの人がどうしたの?』

「多分だけど、あの男は悪い奴」

『えっ、そうなの?』

 その男は一見すると、ごく普通の村人に見えた。

 大体の村人と同じく背中に荷物を背負っているけど、武器を持っている様子もない。


 武器と言えば、イシェルって片手剣を持ってるはずだけど、一見どこにも見当たらないんだよね。

 服の下に持ってるとしても、イシェルの体格だと隠せる大きさじゃないし、一体どこにしまってるんだろ。

 関所では武器も確認されるんだけど、その時にイシェルが武器をどこから出すのか見ていよう。


 イシェルが悪い奴と言った男の順番が来た。

 男は通行手形を見せた後、背中の荷物を降ろして中身を見せていた。その中身は普通の生活用品だけの様だ。

 それらもすぐに終わり、街の中へと入って行った。


「普通に入ってっちゃったわぁ?」

 何事もなく通過した様子に、スフェーンが「あらら」と言う感じで言った。

 あたしも、ちょっとした捕りものがある事を期待していた。通行手形や荷物には問題はなかったって事か。

 イシェルは、相手の思考を読む事が出来る。

 そのイシェルが悪い奴と言った男の事だ、ここで何かしようとしている可能性はある。

 人が多いから、追跡するのは難しいだろうけど、一応注意だけはしておこう。


『でさ、あの男はどんな感じで悪いの?』

 もう少し具体的な情報が欲しかったあたしは、イシェルに聞いた。

「うーん、どんな感じと言われると困るけど、ここで何かをしようとしてるのは間違いないよ」

 具体的ではなかったけど、ここで何かするって事は確実らしい。

 イシェルがこういう時は、まず間違いなく何かが起こる。滞在中は気を引き締めていた方がいいね。

 そうこうしている内に、あたし達の番になった。

 あたしは魔戦士組合員のバッヂを見せて、名簿に名前を記入した。そして、両の腰の片手棍を見せる。最後に通行料金だ。これで終わり。かーんたんなもんだよ。

 すぐさま、イシェルの方を見る。イシェルは、体のどこかにしまうには長すぎる剣を、どこからともなく出していた。

 いやぁ……、一体どこにしまってたんだろ。おかしいでしょ。それとナイフが多数。ハリも多数。それらで、机の上は山盛りになった。手品師かな。

 いやぁ……、一体どこにしまってたんだろ。おかしいでしょ。関所の軍人も、その様子に驚いていたよ。

 その後、机の上に山盛りになったナイフとハリを、イシェルは素早くしまった。あっという間の出来事だった。

 片手剣も、服の中にするすると入って消えた。その際の金属的な音はまったくしない。

 いつも武器をどこに、そしてどうやってしまってるのか。イシェル最大の謎だった。何しろ、イシェルの体に触れても、武器らしきものを触れる事はなかったからね。どこを触ってもやわらかなイシェルの体に到達する。


 さて、関所も通過した事だし、しばらく滞在する宿でも探すとしようかな。まだ、武道大会の賞金も使ってないから、そこそこの所に泊っても大丈夫だし。

 宿が決まったら、ここの魔戦士組合に寄ってみるのもいいね。そこで、マール・アルマの事を聞けばきっと一石二鳥だよ。

「まずはどうするんだ? 用事があるんだろ?」

 ヘタレ格闘家が、スフェーンにこの後の予定を聞いた。

「うん、だけどまずは宿じゃなーい? ねー」

 スフェーンが、あたしの方を見て言った。

『そうそう、宿が何より優先だよッ!

 後から行って、部屋がいっぱいだったら困っちゃうからねッ!』

 そんな訳で宿探しだ。とは言っても王都は何度も泊った事はあるから迷う事はない。

「ここには、どの位の期間滞在するの?」

 イシェルがスフェーンにたずねた。

「どうかしらねぇ、あたしもまだわからないわぁ。

 もし、長引きそうだったら、みんなは好きに行動しててねぇ。

 何なら他の街に行っててもいいしぃ」

 あたし達の旅は、スフェーンの人探しって名目があり、この街に来たのもスフェーンの用事の為。

 もちろん、自分の用事を優先していい。だけど、自然とスフェーンに合わせるスケジュールになる。

 イシェルはわからないけど、ヘタレ格闘家はあたし達に戦い方を教える為に一緒にいる。

 だから、あたし達がそれなりに上達したら、そこで別行動になるのだろう。

 あたし達は、宿場地区へとやって来た。

 とりあえず、いつもここで利用してる所に向かってみると、何故か満室だと言われた。

 えーッ!? そんなぁ。いつもガラガラなのに。いつも遅く来ても大丈夫なのに。

 ここは、そこそこでリーズナブルで、落ち着く間取りで気に入ってたんだ。

 見ると、新装開店とか書いてあった。ちょっとボロっちぃ感じが落ち着くし、そんなだったから穴場だったのに。


 考えてても仕方ないし他をあたろう。思えば、ここ以外よくわかんないんだよね。

 ふらふらと探し歩くと、何だか場違いな感じの高級ホテルばかりになって来た。

「まさか、ここらに入ろうとしてるのか?」

 実を言うと、あたしもちょっと引きぎみだった。ヘタレ格闘家は勘弁してくれと顔に書いてある位に青ざめていた。さすが、ヘタレ道を究めた男は一味違う。

「ここらだと、あっと言う間にシンナバーの優勝賞金を使い尽くしそうじゃなーい?」

 多分ね。ここらは、お一人様で最低二桁万丸って感じがするよ。普通は武道大会の時に居た、ピンクのドレスのマダムみたいなセレブとかが泊る所なんだと思う。

 出入りしてる人達の身なりも立派で、冒険者って感じの流れ者なんて一人もいない。そればかりか、警備員があたし達の事をじっと見ている。これは、少しでも近づいたらやられるかもしれない。

「ねぇ、魔戦士組合に行って、宿の事を聞いてみない?」

 イシェルがナイスな提案をした。それだ! こんな所をウロウロしてても不審者扱いされるだけだよ。

 あたし達は、魔戦士組合へとやって来た。魔戦士組合は、街の中心からは大分離れた所にあった。

 魔戦士組合の本拠地だけあって、建物もそこらの街にあるのとは違い、大きく立派だった。中に入ると結構な人であふれている。

 依頼の受付は順番待ちになっていた。重ねてあるカードをとって、番号が呼ばれるまで椅子に座って待つってシステムだ。

 あたし達は、今回は依頼を受ける訳じゃないので、入口に入ってすぐにある、案内カウンターの女性に、宿の事を聞いてみた。

「ちょっとタイミングが遅かったですね。もうじき国葬式典が行われる予定ですので、安い宿はなかなか空いてないんです」

 なんてこった。わざわざ来たのに泊る場所がないのか。国葬が行われるなら絶対立ち会いたいし、困ったぞぉ。周辺の街に引き返すのもシャクだし、野宿なんてしたくないし。

「ただ、今回の国葬は、魔戦士組合員も関係する所ですので、ご招待された方や資格がある方であればご紹介が出来ます。その場合、宿泊料金は組合持ちとなります」

 なんだってー!? もしかすると、アローラ先生の教え子であるあたし達なら、参加資格があったりするんじゃないかな。

『あたし達は、アローラ先生の生徒だったんだけど、資格があったりするのかな? それともないのかな?』

 あたしは、スフェーンとあたしを交互に指さして見せた。

「なるほど、アローラ様の生徒さん達でしたか。この度は……。ですが、大変申し訳ありません、アローラ様の生徒さんってだけでは資格はないんです。該当する方も多くなってしまいますので」

『うー……』

 そうなのかぁ。諦めて野宿するか、出直すかしかないのかな。

「王国最強の魔導士とか、神の子って肩書きがあってもダメなのか?」

 ヘタレ格闘家が、後ろからぼそっとつぶやくと、周囲の騒々しさがピタッと止まった。その代わり、小声でささやく声が、あちこちから聞こえる様になった。ヘタレ格闘家が余計な事を言うから、居心地が悪くなったじゃないか。

「え……? もしかして。お名前を頂いてよろしいでしょうか」

「あたしはスフェーン。スフェーン・アウイン。で、こっちが神の子のシンナバー・アメシスね。今年は神の子の他にも武道王もやってるのよぉ?」

 周囲のプレッシャーをものともせずに、割と大きな声で言い放った。一気に周囲の反応が強くなり、次々と周囲に集まって、人垣の輪を作り始めた。

『ぎゃぴッ!?』

 スフェーンったらなんて事を! 武道王もやってるって……。そんな”親善大使やってます”みたいなノリで言うかなぁ。もう二度とあの大会には出たくないよ。早く来年にならないだろうか。

「あらぁ? シンナバーったらぁ。本当の事なんだから、そんな謙遜しなくてもいいのにぃ」

 あたしは、余りの恥ずかしさに頭をかかえてうずくまった。スフェーンもこんな時におちゃめな事しなくても。割とガチな精神攻撃になってますよ。

 スフェーンは、あたしのあわてる様子をにやにやして楽しんでいる様だ。

「えっ。スフェーン様と、シンナバー様ですね! はい、でしたらご参加の事は伺っております!

 それと、お会い出来て光栄です……。

 握手とサインを頂いてよろしいでしょうか!

 ここの入口に飾っておきたいですっ!」

 あれ? この受付係、今参加を伺ってるって言った? もしかして、ガーネットが手をまわしてたのだろうか。他に思い浮かばないし、やっぱりガーネットってとんだ食わせ者だ。

 案内係の女性は、引き出しからきれいな色紙とペンを出した。この流れを断るのは難しかった。スフェーンは喜んで握手とサインをしてる。仕方なくあたしも握手して、色紙にはそれっぽいうねうねしたサインを書いた。ただし書いた文字は読めない。

「すごいね、二人とも有名人だったんだ」

 事の急展開にイシェルが興奮している。

『うはぅ、死にそう……今すぐ消えたい』

 あたしは、武道王と言われた事が恥ずかしくてたまらなかった。ヘタレ格闘家に手も足も出ない武道王なんているだろうか。


 気が付くと、すっかり周囲を輪で囲む人垣が出来てしまっていた。そんな中、スフェーンは全く動じていない。そればかりか、積極的に周囲にピースピースにスマイルでアピールしている。何という度胸。改めて惚れなおしました。じゃないや。あたしにはとても真似出来ないよ。

 周囲から聞こえて来るあたしに対しての声は、どういう訳か「神の子」と言うキーワードよりも、「あー、アレが”最凶”のプリーストか」とか、「まさか武道王だったとはね。そりゃ”最凶”だわ」とか、そんな感じの言葉が多かった。また出たな「最凶」ってキーワード。誰が最初に言い始めたのか、もしつきとめたらとっちめてやりたい。

 そんな落ち着かない状況になってしまったせいか、あたし達は受付の女性に会議室に通された。しばらくして王室から来たと言う文官達が来て、しばらく監禁される事となった。

 その文官達の話は、国葬式典にあたしとスフェーンにはぜひ出席して欲しいと言うものだった。「もちろん出るつもりだけど?」って言おうとしたけど、この場合の参加って、一般の見物でって事じゃなくて式典に出るって事だよね。見る側じゃなくて見られる側の方で。

 ラーアマーの事もあって、何だか嫌な予感しかしない。どうやって切り抜けようかと思っていたら、スフェーンが二つ返事で承諾してしまった。スフェーン様の言う事ならば、喜んで従うしかない。不安しかないけど、アローラ先生の国葬だから苦手でも参加しなきゃね。

 国葬の日取りは明後日だそうだ。二日も前からホテルがいっぱいって、結構な規模で行うんじゃないだろうか。国家を上げて盛大に執り行うって事かな。

 とりあえず、明後日までの宿を確保出来た。その後はいつも泊ってるとこに移動になる感じかな。

 そうだ、スフェーンはマール・アルマの事を、文官に聞いてみたらいいんじゃないかな?

『ねぇ、スフェーン。マール・アルマって人の事、聞いておいた方がいいんじゃない?』

「あー、そうだった。シンナバーありがとー!」

 すると、文官の顔色が変わった。それは、何かを恐れる様な表情だった。

「マ、マール・アルマ様ですか……? 二位武官の」

「そーなの。ガーネットがあたしに会うようにって。だから、会わせて欲しいのだけどぉ」

 スフェーンが言うと、何だか文官の様子がおかしいくなって来た。

「さ、三位武官のガーネット様からのご紹介なのですね……。

 あ……、はい。こ、国葬式典の後になると思いますが、こちらでセッティングさせていただきます……必ず。えぇ必ず!」

 文官の壊れかけた様子が気になるけど、これでスフェーンの用事の方も大丈夫そうだね。

「そ、それでですね。神の子であるシンナバー様には、明日にでも王室から正式に書簡が発行されると思いますので、打ち合わせの際に内容をご確認いただく事になると思います」

 そうだろね。うん、わかってた。あたしが参加するって事で、お国にとっては重要な意味が発生するって事はね。と言っても、あたし自身に用がある訳じゃないって事も理解してるよ。だから調子に乗ったり、偉ぶったりなんてしないよ。あたしって所詮そんなものなんだ。

『……分かりました』

 あたしは、またあの服を着るのかなと思った。

 ふと見ると、あたしとスフェーンの後ろで、イシェルとヘタレ格闘家が暇そうにしている。

「あの……」

 と思ったら、イシェルが口を開いた。いつもこのタイミングでイシェルって喋るけど、もしかして、あたしの思考を読んでるんだろうか。

「はい?」

「ボク達って、何か出来る事あるのかな? 護衛でも何でもいいんだけど」

 いい提案だ。イシェルやヘタレ格闘家が近くにいるとあたしも心強いよ。

『この二人は鬼の様に強いですよ』

 あたしは自分の口調が変化している事に気が付いていなかった。普段のあたしではなく、神の子としての立場で振る舞っていた様だ。

「鬼の様に……ですか。承知いたしました。では、護衛の方向で検討させていただきますが、必ずしもご希望通りになるかどうかはお約束出来ません。それは、あらかじめご了承下さい」


 文官達の話が終わり、あたし達は会議室から一般フロアに出てきた。また一斉に組合員たちの注目を浴びた気がするけどもういいや。明後日はこんなもんじゃないんだから。

「さっきはごめんね。何か、ボク達だけ蚊帳の外なのが悲しくて」

 イシェルはふぅと息を吐いてうつむいた。あぁ、かわいいなぁ。イシェルは(ハァハァ)

「あーん、イシェルたーん! あたしは、うれしかったわぁ~! 護衛になったらお願いねぇ!」

「う、うん……」

 イシェルはスフェーンにすりすりされ、頭をぐらぐらと揺らした。

『うんうん、イシェルありがとー!』

 すかさず、あたしも二人に混じって、イシェルの頭をぐらぐら揺らした。そのどさくさにまぎれて、二人の臭いをスーハースーハーと嗅ぐ。何というこのパラダイスッ! みなぎってきたッ!

「や、やめ。め、めが……まわるぅ」

 あたしがスフェーンとイシェルをがしっとつかんで、不必要にグリグリしたせいで、イシェルは目をまわしてしまった様だ。

「あはッ! イシェルたーん! かわいいッ!」

 スフェーンもノリノリだ。スフェーンは、人目を最初から気にしてなさそうだね。

「まったくお前らは」

 ヘタレ格闘家は、目が点になっている周囲の反応を見てあきれていた。


 この時、あたし達を「じぃぃーっ」と見つめている目があった事を、この時はまだ気が付かなかった。


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