【74】コバルトと青いネコ
別シリーズ作品の主人公たちを登場させてみました。
その晩、あたしは不思議な夢を見ていた。
人の様に二足歩行で歩く、不思議な青いネコと出会う夢。そのネコの身長は、イシェルと同じ位はある大きなネコ。これは確実に夢だよね。
≪こっちなのよ≫
青いネコは、あたしをある場所へと案内している。ぴょんぴょん跳ねながら歩いていく後ろを、あたしは訳も分からず小走りでついて行った。
何かを潜り抜ける様な感覚がすると、そこは草の生い茂る原っぱだった。空は暗く、たくさんの星が輝いていて、大きな月が出ている。その月明りを浴びると、そのネコはコバルト色に輝いて見えた。
後ろを振り返ってみたけど、後ろには原っぱ以外には何もなくなっていた。
風が吹いて草の臭いが運ばれて来る。一体ここはどこなんだろう。今まで一度も見た事もない場所だ。
≪ほら見て≫
青いネコの指さした先には街があり、この原っぱからだとちょうど見下ろす感じでよく見える。知らない街だ。建物の作りも、何か見た事がない作りをしている。家々の屋根の上に妙なヒモがつながっていて、そのヒモが所々にある木の柱に繋がっていた。謎のヒモ。この街の家は、謎のヒモで繋がった妙な街だった。
≪こっちに来るの≫
青いネコに誘われるままに歩いて行く。夢にしては足元に踏みしめる草が妙にリアルだ。それに草をなでる風の音もよく聞こえる。
原っぱから街へ降りていくと車があった。でも見た事もない形をしてる。車の形はよくわからないけど、あたしの知ってる車は、荷物を載せるトラックと、定期便のバス位だ。これは、それらよりもずっと小さい。
その車を横目で見つつ街を歩いて行く。街には点々と街灯があった。エクトにも街灯はあるけど、この街灯の光はそれよりもずっと明るかった。
壁に面白い絵が描かれた、丸や四角の鉄板が張り付けられている家をよく見かけた。それには文字らしきものも書かれているけど読めない字だった。
でも、絵だけで意味がわかる。大体は食べ物とか飲み物の看板の様だ。
家の前に、小さな陶器の鉢植えが、たくさん並んでいる家の脇を歩く。見るものみんな初めてで面白かった。
歩いていると、後ろから車が走って来た。脇に避けると、車はそのまま道を真っすぐ走って行った。なんか、運転してるのが犬だった様な気がしたけど、夢ならそういう事だってあるだろう。
犬が乗っていた車はやっぱり小さくて、トラックやバスではなかった。そう思っていると、道端にトラックも置いてあった。だけどちょっと小さい。そして道も狭い。車の大きさは、この道に合わせた大きさなのかもしれないな。
道は土が固められて平らに整えられてはいるけど、あちこち凸凹してる所がある。車がその凸凹を超えると、ボヨンと跳ねるのがちょっと面白かった。
気が付くと、さっきまで居たあの青いネコがどこにもいなくなっていた。心細くなると、街の営みの音が凄く聞こえて来る。妙にリアル過ぎて、これは本当に夢なのだろうかと疑問が沸き上がった。
その時ふと、どこからともなくいい匂いがして来た。嗅いだ事のない匂いだったけど、何だかとてもお腹が空いて来た。
あたしは困ってしまった。これから先、どこへ行ったらいいのか。そして、お腹が空いて来てしまった事にも。
気が付くと、大きな白い建物の前に出た。その建物も大きいけど、木でできているみたいだ。
「急患だーッ! どいてくれッ!」
あたしの後ろから大きな声がして、それとともに体の大きな男が子供を背負って走って来た。あたしがあわててどくと、男は真っすぐ建物の中へと駆け込んで行った。その時、あたしは何かが地面に落ちた事に気が付いた。
『なんだろコレ?』
拾い上げてみると、それは不思議な素材で作られた子供のおもちゃだった。さっきの男が落としていったのだろうか。
大事なものかもしれないので、あたしはそれを届けるために建物の中へと入って行った。
建物の中に入ると、さっきの男が息を整えつつも慌てた様子で、白い服を着た男と話していた。その周囲に白い服を着た女も居て、ベッドに子供を寝かせてて手当していた。
子供は、服が黒焦げになっていて、一目で全身大やけどを負っている事がわかった。白い服を着た女達は、子供に塗り薬と包帯を巻いているだけで、魔法での治療をしようとする様子はなかった。もしかすると、ここには魔法治療士がいないのかもしれない。
大きな男は椅子に座らせられて泣いていた。
「ちょっと目を離した隙に、焚火の穴に落ちてしまったんだ。お願いだ、この子を助けてくれ!」
悲願する男に、白い服を着た者達がこれではどうしようもない事を伝えていた。全身大やけどは自然治癒はもう期待でき来ない。早めに回復魔法を行うのが普通だけど、ここにはそれができる魔法治療士はいないと言う事か。
『ねぇ、ここって魔法治療士っていないの?』
見かねたあたしは、白い服を着た者達に声をかけた。
「ん? 何だね君は」
何だねと来たか。よく聞こえなかったのかな。あたしは今度はもう少し大きな声で言った。
『魔法治療士はいないの!?』
すると、白い服を着た者達は顔を見合わせて、明らかにおかしなやつが来た様な表情をした。
「今は君にかまってる場合じゃない。急いで手当をしなくてはいけないんだ、外に出ててくれないか」
白い服を着た男が強い口調であたしに言った。その治療についての話だったんだけど……。
『だから急いでるんだよッ! このままだとこの子はすぐ死んじゃうよッ!? だから聞いてるんじゃない! バカッ!』
「バカ……」
あたしが大きな声を出したせいか、白い服の男は言葉を失ってしまった様だ。
『ごめん。バカって言うのはちょっと言い過ぎだったよ。
でも、その子を救う方法は魔法しかないと思う。
魔法治療士がいないんなら、あたしが代わりにやるけど』
あたしがそう言うと、白い服を着た男はくっと歯を食いしばる様な仕草をした。
「私だって、この子を救いたいと思ってる。救いたいけど、これじゃぁもう処置のしようがないんだよ。
それを、魔法を使えなどと、人の命をバカにするにも程がある!」
白い服の男がそう言うと、大きな男は声をあげて泣き出した。
子供を見ると、苦しそうに息をしてはいるけど大分弱っている感じだ。その様子からするともう余り猶予はない様に思えた。
『できないならどいてッ! あたしがやるッ!』
もう猶予がないと感じたあたしは、強硬手段で子供の治療をする事にした。
「やめろ!!」
子供のベッドの前に立つあたしに、白い服の男が慌てた様子で止めに来た。
あたしが男の目を見つめると、男はその場に固まった様に動かなくなり、目だけが泳ぐように動いていた。白い服の女も、キャーキャー騒いでうるさかったので同じ様にしておいた。やっと静かになった。さぁ治療をはじめようか。
寝ている子供の上に両手を差し出すと、あたしは再生魔法を発動させた。手のひらが光り輝いて子供を照らす。その光が当たった箇所の組織がどんどん再生されていく。ほどなく全身の治療が完了した。
『終わったよ。これで大丈夫』
再生魔法を終えた子供は苦しがるのをやめ、今は目を開けて、何が何やらと言う表情で周りを見ていた。
「おぉぉぉっ! なんて事だ。よくわからないが、とにかくありがとう! あんたはまるで魔法使いの様だ!」
子供がすっかり回復した事に気が付いた大きな男は、あたしの手をとって喜んでいた。
『まるでじゃなくて、あたしは魔法使いなんだよッ! 正確に言うとプリースト! もっと正確に言うとプリーステスね! わかった!?』
「プリ? ま、まぁ……俺は英語はよくわからないんだが、何となくはわかったぞ!」
大きな男は、子供を抱きしめて喜んでいる。何はともあれ一件落着だ。
「「う……うぅ」」
いや、一件落着じゃないや、あんた達の事をすっかり忘れていたよ。
あたしは硬直してる二人にかけたマヒの魔法を解いた。
「ふぅ。一体何が起こったと言うのだ。あのひどいやけどがすっかり治っている。私は夢でも見ているのだろうか」
白い服を着た男は、何が起こったのかを理解出来ていない様だった。それでも定番の、私は夢でもの下りを言ったのは評価したい。
『そう、ここは夢の世界なんだよ。
それとコレ拾ったよ』
あたしはそう言うと、入口で拾った妙なおもちゃを、大きな男に手渡して大きな建物から出た。
だけど困ったなぁ。こんなに長くてちゃんとした夢は、今まで見た事がないからどうしていいかわからないよ。それにお腹もすいた。
≪終わったようなのよね≫
目の前に、さっきの青いネコが立っていた。
『もうッ! 道が分からないんだから、どっか行っちゃダメじゃないッ! それとお腹も空いたよッ! ハラペコだよッ!』
≪わかった。お腹が減ったのね、こっち来るの≫
青いネコはあたしと手を繋ぐと、ピョンピョンと飛び跳ねながらどこかへと案内した。
しばらく歩くと、小さな事務所の様な所に着いた。看板が出てるけど書いてある文字は読めない。
建物のガラス戸の中に、感じの良さそうな青年が居るのが見える。この青いネコの家族なのかな。それとも飼い主?
≪ここなのよ。ここがわたし達のおうち≫
そう言うと、青いネコは躊躇せずガラス戸を開けた。
≪ただいまなの≫
「やぁ、おかえりココロ。おや、もしかしてお客さんかな?」
その青年はにこやかに笑うと、あたしを歓迎してくれた。ココロと言うのがあの青いネコの名前だろうか。
あたしはご飯をごちそうになり、青年にお礼を言った。
見た事のない食べ物ばかりだったけど、とてもおいしかった。お米は同じだけど、こっちの方が甘い味がして、やわらかくておいしかった。それと、茶色いスープの中に、白くて四角くてやわらかいのが浮かんでるスープが気に入った。それと、赤くて丸くてすっぱい漬物。これはステクトールで食べたのに似ていた。それの名前は「うめぼし」と言う名前だそうだ。うめぼしか、なかなか刺激的な食べ物だね。
お腹を満たした後、青年は青くて不思議な楽器を取り出して奏でてくれた。それに合わせて青いネコが歌っていたんだけど、聞いた事のない歌なのに、安らぎとやさしさを感じる不思議な歌だった。
「もしかしてだけど、君はこの街の人じゃないのかな?」
青年は、あたしと青いネコの顔を代わりばんこに見ながら言った。
≪そうなのよ。
わたしが連れてきたの。
コテローのやけどを治してもらったのよ。
もうちょっとで死んじゃうとこだったの≫
青いネコはそう言って耳をくりんと回した。
「えっ、そうだったのかい? それは本当にありがとう。私からもお礼を言うよ」
青年は頭を下げて、あたしにお礼を言った。
『うん。ここは初めて来たよ。食べ物がおいしくていいとこだよねッ!』
「やっぱりそうか。何ていうとこから来たんだい?」
『マトラ王国だよ。歩いて来たから、そんなに遠くないと思うけど』
「マトラ王国……? ふむ。そっか。またいつでも来てね。歓迎するよ」
あたしは青年にご飯のお礼を言い、そろそろ帰らないとと青いネコに告げた。
≪じゃぁ、わたしが送っていくのよ≫
「うん、いい星空だし、散歩がてらに私もご一緒するよ」
青いネコが先頭を歩き、その後をあたしと青年がついていく。
「君と同じ様に、ココロも別の所から来たんだ」
『へぇー、そうだったんだ。今は一緒に住んでるの?』
「そう。ココロと穏やかに暮らしているよ。
この先もずっとずっと続くといいな」
『そうなるといいねッ!』
そう言ったものの、青年の言葉には何だか深い意味が含まれてる様な気がした。
「そうだ、君は木星って知ってるかい?」
青年は空をみあげながら言った。
『わかんない。モクセーってなぁに?』
「木星はね、ココロのふるさとらしいんだ」
『ふーん、そういう所があるんだ。あたしは聞いた事ないけど遠いのかな?』
「そうだね、遠いよ。すっごくね……」
『でもさでもさ、そこから来れたんなら、きっとまた行けるよね』
「うーん……、そうなのかな。うん。そうだよね」
モクセーと言う所は知らないけど、ここから随分と遠い所なんだろうと言う事は何となく分かった。
その時、ガタゴトと音を立て、巨大な何かが走って来るのが見えた。
それも見た事のないものだった。長い箱がいくつも繋がった形をしている乗り物だ。
『えっえーっ!? ナニあれナニあれッ! 箱がつながって動いてるよッ!!』
四角い箱がいくつも繋がって走っている。その箱から、大きな笛みたいなものを吹く様な音が聞こえた。何だかあたしのテンションも上がる。
「あぁ、君は汽車を見たのってはじめてかい?」
『あの箱ってキシャっていうのッ!? あたしは生まれて初めて見たよッ! すっごーいッ!』
あたしはうれしくなって、両手を広げてくるくると回って見せた。
「そうだ、今度また来たら汽車に乗ってみようか」
『えぇっ!? キシャ! 乗りたいッ!』
≪わたしは汽車に乗った事あるのよ? すっごく遠くまで行けるの≫
いつの間にか青いネコは、あたしの横に来ていた。その顔はちょっと得意そうに見える。
『へぇー、じゃぁモクセーって所にも行けるんじゃない?』
「あ……」
青年がしまったと言う感じの声を上げた。もしかして、モクセーって言っちゃいけなかった言葉だったのかな。
≪んーう。木星には汽車では行けないの≫
青いネコが、何だか悲しそうな顔をした。
『あ、そうなんだ。あたしよく知らなくて。ゴメン』
≪いいのよ。あなたにこれをあげる≫
青いネコは、丸いガラスの玉をくれた。きれいなガラスの玉だ。マトラ王国にもガラス玉はあるけど、こんなに丸い玉は見た事ないや。
『おぉッ! これはガラス玉だね。大事にするよ。ありがとうーッ!』
≪ビー玉って言うのよ? コロコロするの≫
『ビー玉かぁ。きれいー!』
あたしはビー玉を、星と並べる様に空にかかげて眺めた。
≪着いたのよ? ここを真っすぐ行くと帰るの≫
青いネコがそう言ったので辺りを見渡すと、あたし達はいつの間にかあの原っぱに来ていた。いつ原っぱに入ったのだろう。全然気が付かなかったよ。
遠くに、あの箱の繋がったキシャって乗り物の音が聞こえる。
「それじゃ元気で。またおいで」
『わかった。二人とも送ってくれてありがとうねッ!』
そう言って、あたしは言われた方向へと向きを変えて歩き出した。
≪あなたのこれからは、大変な事ばかりだけど、きっとうまくいくのよ≫
少し歩いた時、あの青いネコが突然言った言葉にハッとして振り返ると、もうそこには誰も居なくなっていた。
あたしは再び言われた通りの方向に向きなおすと、原っぱを真っすぐに歩いて行った。じきに何かをくぐる様な感覚がしたと思うと、目の前が暗転して何も見えなくなった。
徐々に薄れていく意識の中、あたしは青いネコが最後に言った言葉を思い出していた。あの言葉をつい最近どこかで聞いた様な気がしたからだ。意識が途切れる直前に、それを思い出した。あぁ、思い出した。ラーアマーの神託の時に、神託の女神が最後に言った言葉と同じなんだ。次の瞬間、あたしの意識はぷっつりと途切れた。
むくり。はたしてあたしは、エクトの魔戦士組合員の宿舎で、布団から起き上がった状態となっていた。むくりの辺りで起き上がったらしい。
周りを見るとまだ真っ暗で、外に出てみるときれいな月が出ていた。この月、さっき夢で見た月とはちょっと違うかな。
あたしは、さっきまで見ていたのはやっぱり夢だったのだと思った。まだ朝まで大分時間がありそうだから、もう一度寝ておこう。
そう思って何となくポケットに手を入れると、そこに何か丸いものがある事に気が付いた。
取り出してみると、それはあの青いネコにもらった、ガラス玉の様なものだった。
『ビー玉』
あたしはガラス玉を空にかざすと、一言だけつぶやいた。
<登場人物補足資料>
ココロ:木星がふるさとと言う青い宇宙ネコ。存在の椅子取りゲームに負けて世界の終わりを迎えた別次元の同座標に存在した世界から(私・ボク)の世界へとやって来た。探偵の青年と住んでいる。人の思考を読み取る事が出来、重力を自在に操る事が出来る。宇宙ネコに関わると何らかが変質する。歌を歌うのが好き。宇宙ネコシリーズに登場したもう一人の主人公。
私・ボク:宇宙ネコの主人公。探偵をしている。読者的な視点。宇宙ネコの過去を調べる事を引き受け、調査をしてるうちに宇宙ネコに魅了されていく事になる。