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【73】神託の女神

 突然だけど、あたし達は三日後にラーアマーに行くことが決まった。

 ラーアマーは、あたし達が戦った魔物達の要塞で、今は壊滅的な状態になっているはず。

 魔物の国かぁ、正直言うと結構興味あるんだ。以前は言葉が通じない上に、無条件で襲ってくる相手の国なんかに興味なかったけど、なぜかあたし達が学んで来た魔物の情報と事実が違ってて、魔物はやみくもに襲って来たりはしないし、ちゃんと言葉も喋るし冗談も言って笑うって事が分かったから。サンプルがステクトールの人達だけだから、ラーアマーが同じとは限らないっちゃそうなんだけど。

 気になってた化け物タイプの魔物も、ステクトールでは普通に見かけたけど、見た目の印象に反して他の村人と全然変わらなかった。目をつむってたら、人間も魔の者も化け物も区別はつかないだろうね。

 そう考えながら、あたしはサフレインを思い出していた。白く儚い後ろ姿を。サフレインはもうこの世にはいないんだなって思うととても切なくなった。


 ラーアマーに行くメンバーには、なぜかスフェーンは含まれなかった。理由は分からないけど、あたしもスフェーンはちょっと心が疲れてる様に見えるから、休ませてあげたいので賛成したい。今の状況なら、あたし達が魔物に襲われたりする事もないだろうから。

 それで、ラーアマーに行くメンバーは、ガーネットとあたし。もちろん、もれなくイシェルとヘタレ格闘家、それに軍の人たちも付いてくるけど、必須なのはあたしとガーネットの二人だけなんだって。後は好きにしたらって感じみたい。不思議不思議。何であたしが必須なの? ガーネットの寂しがりや戦記?

 しかもね、あたしは見物気分で行くつもりだったのだけど、ガーネットはあたし達に魔物についての勉強会を開くそうだ。せっかくなので魔物の国の知識とマナーを教える会だって。何で? あたしが変な事しそうだから? でも、せっかくと言ってるので学んでおいても損はないか。何しろ無料だし。


 ……、その勉強会が終わった。想定外な事に、勉強会は丸一日のスケジュールで、筆記テストと実技まであったよ。

 思ったよりギッシリつまったボリュームに、ちょっと疲れたけど面白かったよ。だってね、勉強会で学んだ事は何一つ学校で教わってなかった事だったんだよ。何でデタラメを教えてたんだろ。

 まず、魔物の国にはちゃんと名前があったんだ。アクエラ連邦国って真面目そうな名前。その中に二つの国が入ってる形になってて、一つが魔の者の統治するイスレル王国。もう一つが化け物タイプと散々な言われようだったワニマグ王国。それにしてもワニマグかぁ……。何か直感的で分かりやすいよね。

 アクエラ連邦国には、アクエラ委員会と言うものがあって、そこが何をするにも決定権を持ってるらしい。二つの国に王様がいるのに委員長の方が偉いのか。あたしは勝手に、二人の王様が委員長に叱られてる様子をイメージしていた。イメージは、生徒会の委員長と委員長じゃない学級委員の関係ね。

 そして最後がひどい。いやすごいのかな。神託の女神って言う存在について学んだよ。でも神託の女神って言うと、台所の女神とかみたいにどこかあか抜けない感じがするんだけど、もうちょっといい名前はなかったのだろうかってのは置いておく。

 で、神託はもちろん知ってる。だってあたしが物心つく頃からやってた事だからね。それの女神って言うのがいるらしいんだ。神託をくれる存在。確かにあの言葉がどこから出て来るのか不明だったんだけど。

 神託の女神は、大昔から神託を通して人類を導いて来た神様らしい。けど、大昔か……。多分あたし達人間がまだいない頃の話だよね。とにかく神託の女神様が居て、あたしみたいな神託をする者がその窓口になっていたと考えればいいのかな。それも人間がやる前は魔物とかがやってたって事だもんね。ちょっと不思議。

 ところで女神様って名前ってないのかな。誰も聞かなかったのかな。それとも名乗らなかったのかな。あたしも神託中に疑問を感じた事はなかったけど、女神の存在を聞いた今は「誰なのあんた?」って思えて来る。

 今だから言うけど、あたしの頭の片隅にはこんな疑惑があったんだ。それは”神託ってあたしがトランス状態になって、でたらめ言ってるだけなんじゃないか”って事。完全にそうじゃなかったみたいで一安心だよ。それについてだけは女神様に感謝できるかな。

 ガーネットがあたしを連れて行く理由が、ちょっとわかってた気がして不安が……。魔物……じゃなくてアクエラか。アクエラの人々の前に、あたしがしゃしゃり出て「神託します!」とか言ったらどう反応するだろうか。「ふーん」とか「で?」だったら嫌だなぁ。それはさすがにないか……ないな。



          ***


 そして、とうとう三日後が当日になった。あたしは若干のディスられるんじゃないかと言う不安と、それを吹き飛ばすだけの興味があった。

 特にワニマグ。マニマグ王子とかいます様に。「お~いワニマグ!」って言ったら「ワニ!」とか「マグ!」とかフランクに言ってくれる王子ね。全体的に茶色い感じの。

 スフェーンは相変わらず元気だけど、まだステクトールの事は話してくれない。早く聞きたいけど、スフェーンから話してくれるまで待とう。


「シンナバー、出かける準備はできた?」

 ガーネットが着替え室にやって来た。あたしは今、司令塔にある着替え室にいる。一人で着替えられるのに、着替えを手伝ってくれる女性達に囲まれて、あーでもないこーでもないと、好き勝手された所だった。

 おまけにお化粧まで。あたしも一応女だから、ちょっと位はお化粧した事はあるけど、冒険に出てからはほとんどした事がなかった。結構しっかりメイクしてたけど、鏡を見ると清楚に見える美少女が映ってる。意外な発見だ、あたしもちゃんと化粧すればそれなりになれるのか。少なくとも今なら少年には見えない。そして、意外な事にナチュラルメイクだ。これならママもオッケーさ。

『できたよッ! 超カッコイイ服だよねッ!』

 あたしが着てるのは、懐かしの「神託をする者の装束」だった。スフェーンに昔「白い変な服」と言われたやつ。よくわからないひらひらがいっぱいついてるんだけど、実は結構気に入ってたりする。

 ナボラを出た後ろめたさもあって、着る事はなかったけど、それを渡されたって事は、あたしは着てもいいって事だよね。

 あたしはちょっとうれしくて、体を動かしてひらひらをなびかせて楽しんだ。

「あはッ! 謎の美少女誕生! あ、その服って懐かしいじゃなーい?」

 スフェーンも覚えている様だ。あの時は変な服って言ってたけど今はどうだろ。

『久々に見た感想は?』

「ちょっと変だけど、それがシンナバーっぽくていいわぁ」

 スフェーンは衣装を見てニコニコしている。えー、あたしっぽいイコール変ってどういう事なの。あたしは全然変じゃないよね。

「シンナバーきれい……」

 イシェルは尊いものを見る様に、うっとりした目であたしを見てる。黒い服装のイシェルと真っ白なこの衣装は、結構見映えがするかもしれないな。そしてセンターがスフェーン様。ヘタレは後ろの左右どっちかで振りかえるポーズとかで。今後、キメのポーズが必要になった時はそうしよう。まずないだろうけど。

 ヘタレ格闘家のあたしを見た反応は無言だった。驚く顔で固まっちゃったよ。何がどうなんだ。一言位言えばいいのに。


 ラーアマーへは軍の車に乗って行くらしい。

 エクトで兵達がきれいに整列をして見送ってくれるのはいいのだけど、何だか堅苦しくて緊張する。あたし達はそそくさと乗り込むと、すぐに車は出発した。

 車……と言っても、こういう時用の車なんてここにはないので、でっかい王国のマークが入ったトラックの荷台に、雨避けの幌が被せてあって、両サイドに長い椅子があるだけの、兵を乗せて運ぶ実用的なやつだ。

 歩いて行けと言われるよりはマシだけど、ラーアマーまでちゃんとした道がある訳じゃないので結構揺れる。しっかりしがみ付いてないといけなくて大変だったよ。

 一時間位でラーアマーに到着した頃、イシェルは完全にグロッキー状態になっていた。イシェルは乗り物が苦手らしい。

 ラーアマーは、エクトの様に高い塀でぐるりとかこまれた要塞だった。街の規模はエクトよりも大分大きいらしいけど。

 塀は話に聞いていた通り、かなりのダメージを負っていた。壁の中央が大きく裂けた様になっていて、そこから街を貫通して何かが反対側の壁まで通った様な跡があった。

 何が起こったか見たまんまで言うと、巨大な何かが地面をえぐりつつ街を真っすぐ突き抜けていった感じだ。

 これは、あたしの想像する一般的な魔法の規模ではないな。物凄い事がここで起こっていたに違いない。スフェーンがやったのだろうか。それとも他の誰かだろうか。

「え、何あれ……」

 グロッキーになってると思っていたイシェルも、街が裂けた様子に驚いていた。見たままを伝えられないのは残念だけど、思わずそんな言葉が出ちゃう位、ビックリな状態と言っておこう。

 ヘタレ格闘家も、黙って崩れたその様を見つめていた。

 入口で待っていると、少ししてラーアマーの巨大な門が開いた。ぶっちゃけ壁に大きい穴が空いちゃってるから、入り放題で防犯的な意味合いでは意味がなくなっちゃってはいるのだけど。

 車が巨大な門をくぐると、あたしが想像した以上の数の魔物が、道の左右にずらーっと並んでいて、あたし達が行くべき先を示していた。

 それとどういう訳か、すごい歓声が上がっていた。ついこないだ戦争をしていた相手に送る歓声とは思えない、ハイテンションぶりだ。これは社交辞令にしては大げさ過ぎる。むしろ引くレベル。一体何が彼らをこうさせているのかと疑問に思って、あたしは車の後ろから様子を伺ってみた。

 あたしが顔を出すと、一層歓声が大きくなった。どういう事かと思ってよく見ると、人々……、ある者は白いイスレルの民、ある者はワイルドルックなワニマグの民が、あたしを見て喝さいを上げているじゃないか。

 そして、その手には各自が今日のために急いで作ったと思われるマトラ王国の旗と、もう一つは知らない国の旗が握られており、それを盛んに振っている。その旗は、小さな子供達までが握りしめていた。何というアウェイ感ゼロな空間だろう。

「シンナバー、手を振ってあげてもいいのよ」

 ガーネットが、意外な事を言った事に少しとまどった。この国はあたし達マトラ王国の敵のはずだったんだけど、まるで今はもう違うかの様だ。

 あたしは必死に旗を振る子供達に微笑ましくなり手を振ると、子供達は顔を見合わせてからさらに激しく旗を振っていた。

「すごい歓迎ムードだな……。ついこないだ戦争してた相手にどういう事なんだ?」

「もうボクの思考は考える事をやめてしまったよ」

 ヘタレ格闘家とイシェルは、周囲の雰囲気に圧倒されている様だった。


 あたし達の乗った車が広場で止まった。飛び降りようとしたらガーネットに止められて、兵が荷台に降りる為の橋がかけていた。確かにこの服で飛び降りるのは似合わないかもしれない。その橋を渡って車から降りると、さっき道を挟んで並んで旗を振っていた人々も、ぞくぞくと広場に集まって来ているのが見えた。

 周囲を見渡してみると、ラーアマーの建物は大分壊されているけど、その作りはマトラ王国のものよりずっと良かった。マトラ王国よりも文明が進んでいると言う話は本当なんだね。

 広場には式場の様なものが設営されていて、あたしは何とその中央に座らせられてしまった。みんなの視線があたしに集中する。隣にガーネットが座るけど、他の軍人やイシェル、そしてヘタレ格闘家は、ステージに向かって左側の席へと案内された。頼みの綱はガーネットのみとなってしまった様だ。

「キョロキョロしない」

 あちこち見てたら、ガーネットに怒られてしまった。何だか引率の先生みたいだ。


 あたし達が全員席に着いた後、アクエラ連邦国の偉い感じの人が入場し、なぜかあたしの前で止まると、次々に挨拶をして行った。あわてて勉強会でおさらいをした、昔やってた挨拶返しをするあたし。昔は自然にやってた事なのだけど、十年もやってなかったから、ぎこちなくできるまで練習したんだ。冷静にかつにこやかに。あたしだってやればできる子なのである。今だけは最凶なんて言わせやしない。

 挨拶は、一番最初にイスレル人のミカルラ・ルエ・イスレルと言う、イスレルの王族がして来た。ミカルラは肩書として”アクエラの委員会の”と言っていた。委員会って事は、実質国を動かしてる偉い人って事か。ミカルラのその見た目は、魔の者らしくサフレインの様にどことなく儚くとても美しかった。まるで、リアルお人形さんだ。

 その次が、ザサス司令と言う、ラーアマーで軍の指揮をとっていた人。人間で言うと五十代半ば位の、がっちりした体をしているミスター軍人と言う感じのイスレル人の男だった。魔の者なのに全く儚くない。

 その後にもぞろぞろと挨拶をしていく。その中にはワニマグ人も混ざっていたのだけど、残念ながらワニマグ王子はいなかった。

 ステージに向かって、右側に並んで座っているアクエラ連邦国の人達を見て、あたし達はこの人たちと戦争をしていたのかと思った。ついこの間の事だけど、状況の変化から随分と年月が経っている様な錯覚をしてしまうな。

 はじっこの奥に、あの四人の逆さ魔導士が座っているのを見つけた。今日は逆さになってない。彼らは挨拶には来てなかったけど、多分偉い人だけが挨拶する事になってるのだろう。今日はぶつぶつと何かを言う事もなく、横を向いている事もない。真面目に静かに椅子に座っている。そのギャップに思わず吹き出しそうになったけど、足をつねってこらえた。

 しかし、今日のこれは一体なんの式典なんだろうね。事前に何も聞かされてないし、聞く事もなかったよ。だってね、まさかこんな舞台に乗せられるなんて思わなかったから。普通にトコトコ街の見学とかするんだと思ってた。ガーネットも「せっかくだから来てみれば?」みたいなノリだったし。知らない国を見学するのも楽しいかもって思って来ただけだから。おのれおのれぇー! 何かガーネットにうまい事はめられた気がして来た。思えば勉強会がうさん臭かった。神託についての勉強とか。マナーとか。衣装を用意されてるのもうさん臭かった。そもそもあたしが気が付かなかったのが、今となっては信じられない。あたしのバカッ!

「どうかしたの? シンナバー」

 あたしの様子に気が付いたガーネットが、微笑みを浮かべて声をかけた。この微笑みが憎たらしい。

『むぐぐぅ……』

 あたしはぐぅの音しかでなかった。もうなる様になれ。


 開会の挨拶は、ザサス司令が行った。その時に、この式典が何なのかも判明した。それは停戦協定式典だった。実際は、もうとっくに停戦してるけど、式典を開いて双方の国の代表が調印して、歴史の記録とするみたいな感じのものだ。だけど、それについてはあたしは全然驚かない。

 実際は、それはむしろ形式上なだけで、本当のメインは別の事だった。そうだった事にしこたま驚いた。例えば本のタイトルと内容が違う位の裏切り感だ。例えば「リンゴがどうの」ってタイトルだったくせに、リンゴは一番最初だけしか出ないとか、それすらないみたいなの。

 そもそもマトラ王国と魔物、アクエラ連邦国が何で戦っているのか。その根本となる理由があたしに関連していたみたいだ。いんや、あたしにと言うのは正確ではないね。なので訂正! あたしの能力の神託と戦争が関係している事が分かった。

 神託の歴史は人間の歴史よりも古くて、人間が現れる前は先人類がそれを行っていたってのはやっぱりその通りだった。それも、ほぼイスレル人が独占状態。それのおかげで、圧倒的な有利な立場に立って、世界を制覇してったみたい。ワニマグ人も、生まれ持った身体の丈夫さや戦闘能力を駆使して健闘はしてたけど、世界はイスレル人のものになるのも時間の問題かと思われていたそうだ。

 だけどある時、イスレルの民はふと気が付く事になるんだ。人間の力の存在にね。人間は少し前から存在はしてたけど、力もなくて取るに足らない存在だったから放っておいても害はないって思ってたらしいんだけど、いつの間にか無視できない存在になっちゃってたの。何で人間が現れたのかについて、イスレル人は神が自らに課した試練だと解釈したとか。

 うーん、それだと人間がイスレルの民のために存在してるみたいで、ちょっと都合が良すぎるんじゃないかな。自分達が世界の中心だって考えだよ。


 式典では予想通り、あたしは神託をする事になった。これは中央に座らされた時に覚悟決めてたよ。と言っても、神託はあたし自身が喋る訳じゃないから、事前に何を言うか考えとく必要もないから何て事もないし、何度やろうと減るものでもないから覚悟と言ってもやるんだなって思っただけなんだけど。

 神託を開始して、あたしは感情があふれて仕方なかった。神託の女神と呼ばれる者は言っていたよ。アクエラの民を愛していると。そして今後の行く末についても。その内容はアクエラだけに留まる事じゃなくて、あたし達人間にも関係する事だったんだ。今回はあたしもちょっとまいった。悪い意味じゃなく世界が開けた気分になったよ。今まですごい狭い視野で世界を見ていた事に気が付いた。今なら少しは信じてもいいかもしれない。神託の女神の言う事ならば。

 神託が終了し、あたしに体が戻った。周りの様子はと言うと、皆さん勘極まりない状態でした。

 ザサス司令は顔を真っ赤にして苦しそうに泣いてるし、ミカルラは泣いてる姿も美しいと思った。他の大勢の民も、皆それぞれの反応を示していた。共通してるのは、皆あたしに向かって……くれぐれもその対象はあたしに対してじゃなくて、神託の女神に対してなんだけど、祈りを捧げている事。神に仕えるあたしでも今まで見た事ない熱心な捧げ方だよ。マトラの人々は見習った方がいいかもしれない。

 アクエラの民は、神託を百年以上行えてなかったそうだ。人間よりも信託の歴史の古いアクエラの民は、それだけ女神への想いは強いと言う事を実感した日だった。結果的にいい経験をしたと思う。

 だけど、だけどね。かと言って、あたしがナボラに戻るか、戻れるかってのは別の話。神託がいかに重要であるかって事は身に染みて理解できたけど、あたし自身の人生を無条件で捧げられる程人間ができてはいないんだ。だって今は目的があるのだから。だからもう少し、もう少しだけ時間を下さい。


 式典が無事に終わり、ミカルラはあたしの所へやって来てこう言っていた。

《本日は本当にありがとうございました。

 あなたの神託のおかげで、わたくし達もこの先の希望を見る事ができました。

 アクエラの民を代表して礼をいたします》

 イスレルのお姫様に大層な感謝をされたけど、あたし自身はただ来ただけで特に何もしてないからちょっと困ってしまった。それもガーネットに騙されたから来ただけで、もし聞いてたら……。もし聞いてたらどうだったろう。今となっては来た事の成果は大きいと思う。しょうがないね、ガーネットの事は許してあげる。

《シンナバーさん。

 ぜひわたくしとお友達になりましょう。

 そしてもし、アクエラの民との事で困った事があったら、わたくしの名前を出して、わたくしとはお友達だと伝えて下さいね。

 わたくしも国民にはそう伝えます。

 お互いの幸せの未来のために》

 そう言って、ミカルラはにっこりとほほ笑んだ。それに対してどう返事すべきか困ったあたしが、ガーネットを見ると頷いていたので「ぜ……、ぜひ」と言って微笑んだ。こういう席がはじめてだったあたしには、これがせいいっぱいだ。

 それにしても、このミカルラの有無を言わさずお友達になってしまう姿勢。国の行く末を背負った者の外交行為だろうけど、学ぶべきものかもしれない。


 帰りの車の中で、遠ざかって行くラーアマーを眺めつつ、色々と知ってしまった事を考えていた。アクエラとももう友達か。それも国家間の外交レベルでの話で。重い、重すぎるよ。

 それと神託にしても、あたしがどうこう考える事じゃないのだけど、知ってしまうと考えてしまう。今までの神託でもその都度考えさせられて来たけど、今回は自国じゃなくて他国の、それも他国視点での神託は初めてだったからなおさら重く感じた。

 車で揺れるイシェルもヘタレ格闘家も話しかけて来ない。きっと二人とも思うところはあったのかもしれないな。などと思っていいたら。

「神託っておまえが喋ってた訳じゃなかったのか?」

 ヘタレ格闘家が唐突に口を開いた。ヘタレ……あんたの思うところはそこかいッ!

「ヘタレくん。

 神託って言うのはね、神託をする者……、えっと、今回の場合だとシンナバーのことね。

 その体を通じて、神託の女神と話をするって事なのよ」

 ヘタレ格闘家にガーネットが説明してくれた。ガーネットまでヘタレ呼ばわりしてるけど、まさかそういう名前だと本気で思ってはいないよね?

 ヘタレ格闘家は、ガーネットの話に「そうなのか」と一言だけ言った。

『今だから言える真実をバラしてあげるよ。

 実はあたしも頭がおかしくなって、勝手に喋り出す病気なんじゃないかと少しだけ思ってたッ!』

 話が途切れて重くなった場の空気と、あたし自身へのアフターケアを兼ねて暴露してみた。本当にちょっとだけ思ってた事なんだ。神託の内容が、あたしが全く知らない事ばかりでその線はなさそうだと一応結論付けはしてたけど。


「神託の女神は多分本物だよ。

 少なくとも、人間とか魔物とかじゃなかった。

 ボクは何も読む事ができなかったから」

 イシェルが唐突に口を開いた。

 イシェルは人の考えてる事を読み取る事ができる。神託中のあたしの思考を何一つ読み取る事ができなかったと言った。

 つまり、神託中は女神の心に加えて、あたし自身が考えてる事も読めなかったって事か。その時あたしはどこへ行っちゃってたんだろうね。一応意識はあって、神託の内容に対してアレコレ思ってはいたのだけど。

「あら、やっぱそうなのねー!」

 ガーネットが手をポンと叩いた。

 もしかしてイシェルもガーネットにうまい具合に使われてたって事? それで、あわよくば神託の女神の思考やら、アクエラ人の心を読んでやろうとでも考えていたのだろうか。

 ガーネットってとんだ食わせ者かもしれない。ちなみに食わせるって言ってもごはんを食べされるって意味じゃないよッ!

 そうすると、ヘタレ格闘家はどんな意味で連れて来たんだろう。ただの護衛目的とかかな。それとも、一応男の一人位は従えておこうと思ったとか。ヘタレ格闘家も黙っていればそれなりに見えるからね。黙っていれば。

『さすがはイシェル、今日もいい仕事してるねッ!

 そんで、他の人はどうだったの?

 例えばミカルラとか』

 おそらく外交目的であたしに接して来たんだろうとは思うんだけど、一応どんな思惑があるのか聞いてみたいと思った。悪い事を考えてるなら注意しないといけないからね。

「ミカルラってあのお姫様だよね。

 あの人、見た目と中身が同じ位きれいな人でびっくりしたよ。

 もしかすると、アクエラの人達全般なのかも。

 みんな心がきれい……。

 だけど、きれいすぎてちょっと落ち込んじゃった」

 ミカルラは、イシェルが驚く程のきれいな心の持ち主だった。戦争までした相手と対面してたと言うのに、見た目も中身もきれいだったって凄いな。彼女の言う言葉は本心から出てるものなんだろうね。

『イシェルは、今のノラネズミ感があるのが魅力なんだから落ち込む事ないよッ! 誰だか忘れたけどノラネズミは本当は美しくて、金持ちだって言ってたじゃない。

 あれ、それは歌だったかな?』

 記憶が曖昧だけど、昔そんな事を聞いた様な気がした。

「そうなんだ。ノラネズミって美しくてお金持ちなネズミなんだね。

 もしかしたら、ボクが前見かけたのは違ったのかも、お金持ってる感じには見えなかったから」

 いつもの反応だ。やっぱイシェルはこうでなくっちゃ。


 その日の夜、スフェーンに今日の式典の事を話した後で、イシェルがマトラとアクエラとの戦争の時の事や、ステクトールのあの日の出来事を話してくれた。

 アクエラとの戦争で、魔の者であるイスレル人から悪魔と言われた事に始まり、ステクトールであたしとスフェーンが連れ去られて行く時の事や、ヘタレの足に針を刺して起こした事。

 それと、トリッサとサフレインの事、そして二人と戦った事、そして……二人を殺す事になってしまった事も。

 それは、あたしが戻って来た時、イシェルのあの泣き方から推し量れるものだった。

 あたしは泣きながら話すイシェルを、ぎゅっと抱きしめてあげる事しかできなかった。人の心を読む事ができるイシェルには、本当に辛かっただろう。きっと彼女たちにも、そうしなければならない理由があったに違いないのだから。


 イシェルが話し終えて落ち着いた頃、スフェーンもステクトールでの出来事について話してくれた。

 王室から指名された命令書の事、それを遂行しないと自分の家族やあたし達の身の保証がなかった事。命令に従って、ジダンの村を壊滅させた事、それでも村人を殺す事はできなかった事。自分の勝手な行いのせいで、関係のないステクトールが襲われるきっかけを作ってしまった事。

 そして、自分がやらなかったせいで、他の誰かがジダンの村人を殺さなければならなかった事の後悔の念。

 二人の話はとても重かった。重かったけど、ちゃんとあたしに話してくれた事がうれしかった。


 後、スフェーンの話を聞いて今後の予定が決まった。

 スフェーンはマトラ王国の王都に居ると言う、マール・アルマと言う大魔導士に会う必要があるらしい。

 方向的に戻る必要があるのだけど、どっちみちこの先にマトラの領地はないし、付近に新たな魔戦士組合のある街も存在しない。

 マトラの王都は、この三年の間にも何度も通ったけど、ただ通過点として宿をとった以外で落ち着いて滞在した事はなかった。

 今度は少しの間滞在するかもしれないみたいなので、スフェーンが用事をしてる間、あたし達は休暇を楽しもうと思う。

 ずっと旅をしっぱなしだったし、たまには王都で休暇をじっくり満喫するのもいいかもしれないね。

 そんな訳で、あたしたちの今後の目的が決まった。うーん、王都かぁ、おいしいものって何があるんだろう。楽しみだなぁ。


<資料>

アクエラ連邦国:魔物の国の正式名称。人間が支配する土地を全て合わせた以上の面積がある。人間が魔力を持った後に誕生した。人間タイプの正式名称がイスレル人、化け物タイプの正式名称はワニマグ人である。二つの国が合体した状態で、イスレル国とワニマグ国はそれぞれ領内の事のみ権力を持つ。その二つの国の上にアクエラの委員会が存在している。


ミカルラ・ルエ・イスレル:魔物の国の正式名称「アクエラ連邦国」。魔の者の王であるイスレル王の娘。アクエラの委員会の一人。儚く美しい容姿を持つ。シンナバーと有無を言わせずお友達になった。


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