【7】武道大会~予選~
武道大会の予選がいよいよ始まる。あたしはワクワクしして、格闘場にいる選手達を眺めていた。
でも、格闘場の選手は全員そっくりさん達だった。
恐らくワッカ運河の労働者達どうしの対戦なのだろうけど、全員いつもの作業ズボンのまま大会に参加してりゃ、そっくりに見えてもしょうがない。
同じ様な仕事をしていたら、使う筋肉も似たようなものになるからか、体付きまで似ちゃってるね。
だけど……。彼らは他人がたまたま似ていると言うレベルを超越していた。
その巨大な体格も、顔も、声も、髪型までもが似通っていた。
もはや笑うどころではなく、気味が悪くなる位にそっくりだ。
奇跡的なレベルでの偶然だよね。そう信じたい。
そんな事を考えていると、試合開始のドラが鳴って試合が始まった。
そっくりさん達は、皆一様に似通った武器を両手で持ち、警戒しつつにじり寄り始めた。
そうかと思えば、突然全員同時に吼えるた。その後は一斉に対戦相手に突進して行った。
『何だこれ。全員動きが同じだ』
そっくりさん達の、唯一違う点は武器だけだった。
両手で扱う重い武器なのは共通してるんだけど、ハンマーだったり斧だったり金棒だったり大剣だったりと、いくつかのバリエーションがあった。
やがて格闘場の中央で、お互いの武器が激しくぶつかり合う音が聞こえ火花が散っていた。
衝突した武器が反発しあってはじかれると、選手達もその反動につられて一歩下がる。これも一緒。
何度か武器を衝突させて、その反動で一歩下がるってのを繰り返すと、若干スウィングするタイミングがずれ始めて来た。
結局これは、少し武器を早く振れた選手が勝つパターンかな。相手の体をその武器で仕留めるまで武器の衝突の繰り返し。そんで突然ズドンと相手に武器が当たって終了。重い一撃だからたった一発で終わる。そんな感じか。
予想通り、最後はドスンと重い音がして、武器と接触した選手がふっ飛ばされて勝負がついた。何のひねりも駆け引きもない戦いだ。なんだこれ。
勝った方が両手を上げ、雄叫びを上げて叫んでいた。それも全員一緒。本当になんだこれって言葉しか出ない。
『えーッ!? 何だ何だァー? 今の試合はーッ!?』
武道大会ってあんなんで勝負が決まっていいもの? そうしなきゃいけない暗黙のルールでも存在してるの? 本当に訳がわからない。
あたしはすっかり目が点になってしまった。
しかし、第二試合では戦闘スタイルにバリエーションが見込める様だ。それはあのヘタレ格闘家が出る番だったからね。
『よかった。今回は少しは違う戦いになりそうだよね』
試合開始のドラが鳴らされ、選手達はまたにじり寄ってゆく。
その後、気合の入った掛け声を上げて、一気に相手に突進する。ここまでは一人を除いて同じ。ヘタレ格闘家だけはその場から動かなかった。
ヘタレ格闘家は、相手が力任せに振った重い武器を難なく避けると、相手の斜め横から膝の裏へ素早い蹴りを入れた。すると、筋肉の化け物は難なく体のバランスを崩していた。
間髪入れず、ヘタレ格闘家は円を描く様に回転し、体勢を崩している筋肉男の延髄に強烈な蹴りを入れた。
それで勝負はあっけなく終わった。
『へぇー。あのヘタレ格闘家って、思ってたよりやるんだね』
あたしは少しあの男を見直してあげようと思った。あくまでほんの少しだけ。
全くヘタレ発言さえなければね。パッと見だけはイケメンに見えなくもないし、実力だって一応あるみたいなんだけど、なぜかトークはヘタレなんだ。
ヘタレ発言が全てを台無しにしている。なんとも残念な男だ。
もしや、あたしを油断させる奥の手とか……? うん、それはないね。
「ふぅ……。何とか勝てたな」
どう見ても楽勝だった試合をヘタレ発言で茶番にした。いやぁ、ヘタレ道は奥が深いですなぁ。
それにしても、ヘタレ格闘家は勝ったってのに余り喜んでもいなそうだ。
『あんたさー。せっかく勝ったんだからもっと喜んだら?』
「ん? これでも喜んでるんだけどな」
『そうなの? 分かりにくいなぁ』
「まぁ、格闘家は顔に出さないものなのさ。
大体さ、喜んで次で負けたら格好悪いだろ?」
あくまでヘタレを決め込むか。能あるヘタレは爪隠すって事か。
格闘家やりつつヘタレ道も極めるとか、この男しか出来ない芸当かもしれない。
「まぁ多分、仲間内じゃオレが一番弱いからな……。
余り勝った経験がないから、どうしたらいいか分からないんだ」
『そうだろね。
何か、一番弱いやつの雰囲気があるよ。
ありがちな物語に出てくる、四天王の一番目の人みたいな。
やられた後に他の四天王から、だがやつは最弱。他の三人はもっと強いんだとか説明するの』
「四天王の一番目……? なんだよそれ」
『なら物語の盛り上げ役で、一話に主人公の仲間として出て来て倒される人でもいいけど?
それか、倒したと思って後ろ向いたら、実はまだ倒せてなくて、油断してやられちゃう人とかさー』
「さっぱりわからん……」
その後、ヘタレ格闘家としばらく話し込んでいると、いつの間にかあたしの順番がやって来た。
「17番、18番はブロック1の格闘場へ、27番、28番はブロック2の格闘場へ……」
『あ……順番だ』
「おっ? お前の番か。ガンバれよ?」
ヘタレ格闘家はニカッと笑い、あたしの背中をポンと叩いて送り出してくれた。
『ありがとッ! 楽しんでくるよッ!』
あたしはヘタレ格闘家に手を振ると、格闘場へと歩いていった。
その途中、同じく格闘場へ向かっている対戦相手のフヌフヌと目が合った。せっかくなので声をかけてみる事にした。
『よッ! フヌフヌ! やっと出番がやって来たねッ!』
「ウヌフヌウだ! わざとか!? てめぇは絶対に倒す!!
この金棒で全身の骨と言う骨を全て砕いてな!」
『そのキメ台詞いいねッ! 期待してるよッ!』
せっかくキメ台詞を褒めてあげたのに、フヌフヌはポカーンと口を開けていた。
おかしいな、褒められて伸びるタイプじゃなかったのかな。
とか思っていると……。
「シンナバー頑張ってぇーーーッ!」
うわぁ、ピンクのドレス着たあのおばさんの声が聞こえた……。
あたしは俯くと、足早に格闘場へと向かった。
格闘場とは言っても、地面に白い布でもって線が引かれただけの簡単なものだった。
あたしはその白線を跨いで格闘場の中に入った。
因みに試合開始後は、この線から出ても負けになるらしい。
向かい合った先を見ると、真正面にあのフヌフヌがいきり立っているのが見えた。
トゲトゲの付いた金棒を、ぐるぐると振り回してやる気満点だ。
あたしも両手に棍棒を持って、それをくるくる回転させてフヌフヌのやる気に応えてやったら、フヌフヌは凄い大声を出して、更にやる気をアピールしていた。
やがて中央のドラが鳴り響き、待ちに待った試合が開始された。
あたしがフヌフヌに向かって歩いて行くと、フヌフヌはこっちに向かって全速力で走って来た。
「ウォォォォォォォーーーッ!!」
フヌフヌはあたしの目の前でなぜか減速すると、手に持った金棒をあたし目がけて振り払った。
あたしが一歩下がって間合いの外に出ると、目の前を金棒がブオンと言う音を立てて通り過ぎる。
金棒が通り過ぎるのを待って、あたしはフヌフヌの懐へ潜り込み、両手に持った片手棍二刀流で、金棒を掴むフヌフヌの両手の甲をコン!コン!と叩いた。
すると、フヌフヌの金棒も金属特有のいい音で共鳴した。金棒はフヌフヌの手からすっぽ抜け、格闘場の白線の外まで飛んでドスンと落ちて、キーンと言う高音のいい音が響いた。
その時のフヌフヌはと言うと、まるで子供がよくやるオバケのポーズだ。その手をぶらぶらさせてつっ立っていたよ。
「こ……、降参する」
『なーに? 声が小さすぎて聞こえないよッ!?』
あたしは次のアタックを仕掛けるポーズをする。
「待てッ! 手の骨が折れた! 降参だッ! 参った!」
『えぇーーッ!? その程度なら心配ないよ、まだ戦えるよッ!?』
と言って足を狙うポーズをする。
「うわぁぁぁぁぁッ!」
フヌフヌはオバケのポーズをしたまま、大声を上げて格闘場から逃げ出してしまった。
魔戦士組合員だから、きっと動けなくなるまで戦うと思ってたのになぁ。
「勝者! 17番!」
あたしの勝利の判定が下された瞬間、ピンク色のドレスを着たあのおばさんの黄色い歓声が聞こえた。