【68】酒場
戻って来たイシェル達に起こされて、あたしは昼寝から目を覚ました。
目を覚ました時、あたしの側にはヘタレ格闘家は居なかったが、ちょっと離れた所に座っていた。ヘタレ格闘家が髪を撫でていた気がしたのってやっぱり夢だったのかな。
むくりと起き上がり、うーんと伸びをしながらヘタレ格闘家の方を見たら丁度目が合った。だけど、ヘタレ格闘家はすぐに目線を外してそっぽを向いてしまった。
やっぱ違うか。別にあたしがヘタレ格闘家の事を好きって訳じゃないし、逆もない訳だしいいけどね。とりあえず、ヘタレが好きらしいプリーストには一回会って、ヘタレのどこが好きかとか根掘り葉掘り聞いてみたいとは思うけども。
『おはよう。やぁ、すっかり待ちくたびれて眠ってしまったよ。それで、話はついたんだねッ! 聞かないから教えてごらん?』
気になってる事をダイレクトに伝えてみた。これにどういう反応するかで、聞いていい話か悪い話かが分かるかもしれない。
「アハッ! 聞かないって言って思いっきり聞いてるしぃ」
相変わらずと言うか、スフェーンはいつも機嫌がいい。白々しく言ってみたけど、果たしてイシェルと何話してたのかを話してくれるだろうか。
そう思ってじっとスフェーンを見ていたら、イシェルが横から割り込んで、あたしのすぐ目の前にすっと手を差し出した。
「んとね、急で悪いんだけど……」
イシェルはちょっと困った様な表情をして言った。上目遣いになった丸い目をくりくりとさせて、あたしの事を見ている。どきり。これは久々に来た、ヤバいよ。イシェルにこういう仕草されるとあたしは胸の辺りが切なくなるんだ。イシェルにはスフェーンとは違った魅力があるんだよね。
『うん?』
話の感じからすると、どうもさっきあたしが振った、二人の密談に対する回答じゃなさそうな予感がする。むしろ、話題を逸らされた感じ。これはしつこく聞かない方が良さそうな予感。
「今すぐこの村を出発しようと思うの、今すぐ出れば夜までにはエクトに着けると思うし」
それは余りにも唐突な話だけど、この言葉の裏にはちゃんとした理由がある様に思える。確かに、ここもあんな事があって居づらくなっちゃったし、特に断る理由も存在しない。何だか中途半端な気分だけど、あたしはそれもありかなと思った。
イシェルの提案に誰も異論を唱える事も無く、準備出来次第村を出発してエクトに戻る事にした。不思議なのはなぜかヘタレが何も言わなかった事かな。いつも何かしらは言うのに珍しい。
荷物は少ないから準備はほぼ必要ないけど、この集会場は掃除してかなくちゃね。あたし達はあわただしく掃除をすると、カルーノの家に挨拶をしに行ったんだ。
カルーノは部屋で何か調べ物の様な事をしていた。部屋を見渡すと、いくつもある本棚にはたくさんの難しそうな本が並べられていた。それらを広げて見つつ、ノートに何やら書き込んでまとめている様だ。そのノートに書かれたものを見ても、何をしているのかは分からなかったけど。
本だらけって何かあたしの家を思い出すなぁ、あたしの家は教会だから神様がらみのものばっかだった。もちろんあたしは、それらの本は一度も読んだ事はないんだけどさ。面白くないし。あたしが物珍しそうに部屋の中をぐるりと見渡していると、ヘタレ格闘家に余り見るなと注意されてしまった。
「そうか、わざわざ来てもらったのにすまなかった」
カルーノはペンを置くと、椅子を回転させてこちらに振り返った。
「今回の事は何て言ったらいいのかしら、どうにも言葉が見つからないわぁ」
「いや、その点については気にしないで欲しい。迷惑かけたのはこっちだからね。だけど、また機会があったらぜひ来てほしい。いつでも歓迎するよ」
気の利いた事の一言や二言言おうと思ったけど、あたしは何と言っていいかまるで思いつかなかった。あの二人、トリッサとサフレインを亡くした事実はやはり重い。悪いけど挨拶はスフェーンにほとんど任せてしまった。
カルーノの家を出ると、ニレが少し離れた所で物凄い顔をしてあたし達を睨んでいた。完全に憎まれちゃったみたいだけど当然か、ニレはトリッサやサフレインと特に仲が良かったみたいだし。
襲われたのはあたし達だからこっちが被害者なのだけど、もしあたし達がこの村に来なかったら、あの二人も死ぬ事もなかったのだろうか。そう思うと申し訳ない事をした気分以外にはなれなかった。
だけど、なぜあの二人は死ななければいけなかったのだろう。なぜトリッサは、あたしとスフェーンをジダンに引き渡そうとしたのだろう。それらを考えてみたものの、全く事情が分からないあたしには、その答えを見つける事は出来なかった。
村の出口に差し掛かると、地面が激しく焼け焦げて所々溶けた様になった所があった。夜の間にここで何かがあった事は間違いない。イシェルが悲しそうな目でそれらを見ていた。その目は全てを知っている様にも感じた。
この様子じゃまだ今は無理か……。もう少しすれば話してくれるのかな。あたしは悲しい目をしたイシェルの手を取ってぎゅっと握った。
行きの楽しさと違い、帰りはほとんど会話する事もなく、黙々と少し急ぎ足で歩いた。
そして、あたし達がエクトの街に到着したのは、空が暗くなりかけた頃だった。
やれやれ、急ぎ足だったからちょっと疲れたな……と、それより!
魔戦士組合員用の宿舎に入り、ごろりと横になった瞬間に、あたしはとても重要な事に気が付いた。
『おなかすいた……』
そう! これが今のあたしにとっては一番重要な事だった。
エクトの要塞の門をくぐった時、既に日は落ちて暗くなって来ていた。今はまだ日が長いし、もしかしたらヤバイかもしれない。
「あー、そう言えば食事って前に十七時って言ってたよね?」
イシェルが宿舎の時計を見上げて言った。イシェルの目線の先にある時計を見上げると、既に時間は十九時を過ぎていた。ヤバい……! これは一大事じゃないだろうか。
『ちょっと待った! あの食堂っていつも食べた後すぐ閉まってたんだよ! この時間だともう終わってんじゃないのッ!?』
あたしはあわてて手足をバタバタしてみせる。
「んー、そう言えばそうねぇ。ダメ元で行ってみるぅ?」
『スフェーン! ダメ元なんて安易に言うもんじゃないんだよッ! 負けに逃げ道を残したら最初から負けなんだよッ!』
あたしは寝ころんだ状態からぴょこんと飛び上がると、急いで食堂に向かって歩き出した。途中で後ろを振り返ると、スフェーン達がゆっくりと宿舎出口から歩いて来るのが見える。
全く……、みんな食事の大切さを全く理解してないな。もっと状況を把握して危機感を持って欲しいもんだよ。何たってご飯が食べれるか食べれないかのどっちかがかかってるんだから。
あたしはみんなを待ってられず、一人で食堂へと走って行った。
食堂は……と言うと。案の定、片付けすら終わってお店の人が床掃除をしている所だった。
それを見た瞬間、あたしはふにゃりと全身の力が抜け、食堂の入り口でずるずるとへたり込んでしまった。
「あーぁ、やっぱり終わってるじゃなーい?」
それは、後から来たスフェーンの第一声だった。
「うん、時間も遅いもんね」
それに対して、さも当然だとでも言うイシェル。
「ま、しょうがないだろ。オレはシャワーでも浴びて寝るわ」
ヘタレ格闘家まで諦めてる。あたしの中だと食いしん坊キャラ候補なのに。
『えーッ!? みんな簡単に納得し過ぎだよッ! やる気が全く感じられないッ!』
あれ程言ったのに、食事の大切さをいささかも理解していない。あれ程って所は全くのウソだけど。
いつまでも食堂の前から動こうとしないあたしを、ヘタレ格闘家は帰るぞと言って肩に担ぎ上げて歩き出した。ヘタレ格闘家の肩に乗ったあたしは、普段見ない目線の高さを新鮮に感じた。
『おぉッ! 高いなぁーッ! でもさ、どうせならステクトールからずっとやってくれればよかったのに』
「無茶言うな、あそこからここまでどれだけ距離があったと思ってんだよ」
「ヘタレさん? どさくさに紛れてエッチな事はしないでよね」
なぜかイシェルが嫉妬してるけど、そんな心配しなくてもヘタレにはちゃんと相手が居るんだってば。……でも、一体どこに居るんだろう。プリーストだからナボラ辺りかな。あたし達と旅してちゃ、ヘタレ格闘家もあんまり会えなそうだけど。かわいそうなヘタレ。
「アハッ! 何ならイシェルも乗せてもらえばぁ?」
「えっ? ボクは遠慮する、キャッ!」
ヘタレ格闘家は軽々とイシェルを担ぐと、あたしの反対側の肩に乗せた。そして、あたし達が落ちない様にしっかりと支えていてくれていた。あたしは困った顔をして、無理やり肩に乗せられているイシェルを見て笑った。
魔戦士組合の宿舎に戻ったものの、あたしはやっぱりお腹が空いて仕方なかったので、荷物の中身を引っ掻き回していた。もちろん荷物を掴んでは投げ掴んでは投げの探し物の王道スタイルでだ。今の状況で、後先の片付けの事なんて考えてはいられない。
『ダメだ……、何にもないや、昼間だったら食材集めができるのに』
あたしはがっかりしつつ、諦めて取り出した荷物を袋の中に詰めなおした。
「アハハハハ! そうねぇ、シンナバーはカレーならどこでも作れるものねぇ」
スフェーンが腹をかかえて笑っている。
「お前ってホント、カレーばっかだな」
呆れ顔で失言をするヘタレ格闘家。
『何言ってるのーッ!? カレーをバカにする者はカレーでバカにされるんだよッ! それが因果応報なんだよッ! バカッ!』
あたしは、カレーをバカにする者はバカにされると言う事を教えてやった。
「カレーでバカにされるのってどんな状況だよ……どうせ最後にバカって言われたのがそれなんだろうな」
『もう。ヘタレは分かってないなぁー。ごはんがなくてもカレーは成り立つけど、カレーがなければそれは、ただのごはんでしかないんだ。そういう事だ! 後はわかるな?』
「いや、さっぱりわからん」
ヘタレ格闘家は、やれやれと言って後ろにごろっと寝転んだ。
「ダメよぉ、シンナバーがそんな話するから、お腹空いて来ちゃったじゃなーい?」
確かに……。スフェーンの言う通り、お腹が空いてる時に食べ物の話はしちゃいけないな。こんな時、普通の街なら酒場なりのお店があるから何とかなるんだけど……。ん、酒場。
『こ、これだッ!』
あたしは肝心な事を忘れていた。エクトの街には確か酒場があった。こないだの時は、事情が事情だったから営業はしてなかったけど。
「いきなりどうしたんだ?」
両手を顔の横で握って喜びを表現するあたしを見て、ヘタレ格闘家が言った。心なしかその表情はゆるく見える。
『酒場だよッ! まだ希望は残ってたんだッ! 今なら神様を信じてやってもいいよッ!』
「神の子の癖に信じてない上に上から目線かよ……そうか、酒場ならやってるかもな。で、どうするよ?」
ヘタレ格闘家は、スフェーンとイシェルに意見を求める。
「そうねぇ、酒場なら何か食べれるかもねぇ? ね、イシェルー?」
「うん、ボクもすっかりお腹空いちゃったよ」
そう言って、イシェルは目を輝かせた。なんだ、あたしだけ食いしん坊にさせといて、実はみんな食べたいんじゃん。素直に食べたいなら食べたいって言えばいいのに。
あたしは、食いしん坊役はやはりヘタレ格闘家がすべきだと思った。
あたし達は、ルンルン気分で酒場に向かって歩き出していた。
酒場は、食堂を過ぎていくつか建物を数えた先の、三階建ての建物にある。その建物は真っ白くて四角くて、全く面白みのない建物だった。そんなつまらない建物だけど、娯楽の少ない要塞だけあって酒場は大きく作られていて、そこそこの賑わいも見せていた。
何とこの三階建ての建物が全部酒場みたいだ。でも、二階以上は軍用らしく、階段で兵が番をしていた。どうやら一般人が入れるのは一階だけの様だね。あたし達はキョロキョロしつつ、酒場の中に入って行った。
まず入ると、常連らしいガラの悪そうな輩共にジロリと睨まれる。そんで、酒じゃないミルクなどを頼もうものなら、そいつらが一斉にゲラゲラ笑い出して「子供は家に帰ってお母さんのおっぱいでも飲んでな」とか「ちげぇねぇ!」とか言われてしまう。それに意見しようものならボッコボコにされて、店から放り出されるのが定番だ。って言うのがあたしの酒場に対してのイメージ。
付け加えると、そこに憧れの英雄が都合よく現れて助けてくれるの。名台詞は「名乗る程の者じゃございません」。このセリフ、最初は意味不明と思われるんだけど、実は伏線が仕込まれてるっていう……。あれ、何の話だっけ。
まぁ、あたしにはそんなイメージがあるんだけど、ここの酒場はそんなアウトローさは微塵もなくて、多少ガヤガヤしてるけど食堂と大差ない雰囲気だった。そりゃ、軍の人間がほとんどの街な訳だし治安が悪い訳もないか。
酒場には、たくさんの簡素なテーブルと椅子が並べられている。そこに座る客層は、兵の家族らしき者や商人等で、魔戦士組合員らしき者は、あたし達以外には全く居なかった。お気楽組合員はあんな事があった後じゃ、そうそう来たりしないよね。
あたし達は、空いてるテーブルに座り、とりあえず食事を注文する事にした。テーブルに置かれた痛んだメニューを眺めると、そこにはあるものがない事に気が付いた。そのあるものとは……。
「ねぇ、シンナバー。カレーはないみたいだよ?」
そう、ここのメニューにはカレーがなかった。種類もそんなになくて、傾向として肉料理がほとんどだ。
『いいんだよイシェル、別にあたしはカレーしか食べれない訳じゃないんだから』
あたしは人差し指を立てて、その指先を左右に揺らした。
「アハッ、ほらほらシンナバーの大好きそうな、お肉料理がいっぱいあるじゃなーい?」
さすがはスフェーンだ。あたしの好みを理解しているね。これでお肉の横に揚げたジャガイモが添えてあれば満点だよ。
「そういや、前に肉食っていいのかって聞いたら知らないとか言ってトボけてたな」
ヘタレ格闘家め、あたしがトボけてた事がお見通しだったとは。
「アハハハハ! シンナバーって昔はお肉食べなかったんだけどねぇ」
『そうだよッ! 家に居た時まではねッ! 因みに食べなかったんじゃなくて、お肉が出なかったから食べれなかっただけだからッ! 別に好き嫌いしてて食べなかった訳じゃないんだからねッ!』
「ん? やっぱ禁止されてんじゃねーの? 殺生はダメってやつで」
『違うよッ! 別に禁止はされてないんだよ! ただ食べると怒られるから食べれないの! 食べ物を食べて怒られるっておかしいよッ!』
「普通それを禁止されていると言うんだが……」
そう言ってため息をつくヘタレ格闘家。
「まぁまぁ、今は怒る人は居ないんだし、いいんじゃないのぉ?」
『うむ。スフェーンがいい事言いました。よし、このビフテキって言うのを頼もう! どんなのかはわからないけど、ネーミングにセンスを感じるよ』
あたしが注文する料理を決めると案の定。
「じゃぁ、ボクもビフテキにしようかな?」
「なら、あたしもビフテキにするぅー」
「ん、ならオレもそれで」
予想はしてたけどみんな同じにすると言う。これって考えるのがめんどくさいとかじゃなくて、単に料理をよく知らないからじゃないのかと最近思って来た。世界には色んな食べ物がたくさんあるんだから、できるだけ色んなものを食べた方が、人生もお得だって思うんだけどね。まぁ、あたしもビフテキってものが何かはわからないんだけど。
店員にビフテキ四人前と、飲み物を頼んだ。あたしが頼んだ飲み物は、近頃大きな街で噂になっているサイダーっていう泡の出る不思議なやつだ。まだスフェーンと二人だけで冒険してた頃に、一回だけ飲んだ事あるんだけどとっても甘くて、でも泡が何だかピリピリ辛くてで病みつきになる味だった。
「ほぉ、これがサイダーってやつか。一見ただの水みたいだが、随分と泡が出るんだな」
ヘタレ格闘家は、サイダーのビンを持ち上げて、底の方から覗き込むと、立ち上る泡を不思議そうな顔で見ていた。
『あれ? ヘタレはサイダー飲んだ事なかったんだ。泡が出て面白いよッ! ほらイシェルも飲んでみなよー!』
そう言ってあたしはイシェルのコップにサイダーを注いだ。
「う、うん……、でもこれってお酒じゃないよね?」
『お酒じゃないよッ! ほらっ!』
なかなか手を出そうとしないイシェルに、あたしはサイダーを注いだコップ差し出す。
「アハハッ! イシェルたん大丈夫よぉ、おいしいから飲んでみてぇ?」
スフェーンは、コップにサイダーを注ぐと飲んで見せた。その様子を見て、イシェルはやっとコップを手に取ると、ちびちびと舐める様に飲み始めた。
最初は警戒してる様子で飲んでいたイシェルだったけど、味が気に入ったのかすぐに普通に飲んでいた。
「なぁ……。口の中がチクチクするんだが、これって飲み込んでも大丈夫なのか?」
とか言うヘタレ格闘家は、彼らしいヘタレた台詞を言った。
『スフェーンもイシェルも飲んでるじゃない、大丈夫だよッ! 一気ッ! 一気!』
あたしはそう言って手を叩いてリズムをとると、ヘタレ格闘家はそれに釣られた様にサイダーを一気に飲み干した。
しばらくお喋りをしていると、注文したビフテキが運ばれて来た。そのビフテキを見たまま説明すると、まず木のお皿の上に加熱された一センチ程の厚さの鉄板の様なお皿が乗っていて、その皿の中に程よく焼かれた牛肉がジュージューと音を立て、脇にいくつかのジャガイモとニンジンが唯一の彩りを与えている感じだ。目の前に置かれたビフテキは、とてもいい匂いを発している。それを一目見ただけで、よだれがこぼれそうになってしまった。
まぁ、ヒフテキは、名前がちょっと違うだけでビーフステーキと同じものだった。何となく名前が似てるから、もしやと思って選んだんだけど、想定外のものじゃなくてよかった。厳密には違うのかもしれないけど。
あたしは今とても空腹だ。だが焦ってはいけない、このビフテキにはまだ味がないんだ。じゃぁどうするか、それはまずテーブルの脇に置かれた小さなビンに入った岩塩をかけるんだ。あたしは指先で崩しながら、岩塩をパラパラとふりかけた。
テーブルの上には岩塩以外に砂糖や黒胡椒、後はショウユとか呼ばれてる黒い液体が置かれている。ビフテキにはこのショウユって言うのをかけてもおいしいんだけど、最初の半分はお肉そのものの味を味わいたいから岩塩をかけるんだ。それで、後半はショウユをかけて食べるのが、いつものあたしのステーキの食べ方。
ナイフとフォークを使って、お肉を一口サイズにカットして口に運んだ。口の中にじんわりと広がっていくお肉の味がたまらない。いいお肉ではないけど、適度なチープさがあるのが酒場の味って感じがする。
「お前って、いつも幸せそうに食うよな」
あたしが目を閉じ、全神経を集中してお肉の味を堪能していると、その様子を見たヘタレ格闘家がしみじみと言って微笑んだ。