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【67】それでもまた日は昇る(3)

 再び、時は明け方に戻る。

 ジダンの拠点の上空には、黒い幕に逆さにぶら下がっている魔の者三人と、そのすぐ近くにスフェーンがおり、スフェーンの魔法によって作り出された、光の玉の影響で全てが赤みを帯びていた。

 東の空がぼんやりと明るくなり、肉眼で確認できる星々も半分程に減っている。直に太陽がその姿を見せるだろう。


 気に入らないと呟いた、スフェーンが放った直径三十メートル程の光の玉は、轟音を響かせてゆっくりと地上へと降下していた。

 それが向かう地上では、四方を光の壁に囲まれ、逃げ場を失ったジダンの人々が全てを諦めたかの様に、落下して来るものをただ見上げていた。


「ふぅ……、ついうっかりする所だったじゃなーい?」

 軽く息を吐いて呟いた後、スフェーンは魔の者に向かってにっと笑った。ついさっきまでぎこちない表情だったスフェーンの顔が、いつもの笑顔に変わっている。

「マトラがそんなにあたしに期待してるのなら、あたしにだって少しは好きにする権利はあるわよねぇ?」

 スフェーンが、降下する光の玉に向かってその手を差し伸べると、光の玉はジダンの村まで残り五十メートルと言う所で、ピタリとその降下を止めた。

 口元をにんまりとさせたまま、差し伸べた手のひらをきらりと光らせた。スフェーンは、光の玉に再び大量の魔力を注ぎ始めていた。すると光の玉は、再び勢い良く膨張を始めたのだった。


《あの魔導士は一体何をしているのだ?》

《全く考えが及ばぬ、あれの殲滅に必要な魔力は既に十分以上であろう》

《だが見よ、我々魔の者ですら想像を絶する魔力の量ではないか?》

《かつての人間……いや魔の者も含め、あれ程の魔力を持つ者など存在しない事は明らかだ》

 逆さになったまま、スフェーンの様子を見守っていた四人の魔の者達だったが、その目は驚愕の眼差しに変わっていた。


 光の玉は、急激にその大きさを増して行き、ついには四方の光の壁と接触してしまった。

 壁に接触すると、ドンと言う重い音が周囲に響き、ギシギシと言うガラスが軋む様な音を立てた。

 その直後、まさしくガラスが砕け散るが如くの音を立て、光の壁は粉々にはじけて消滅してしまった。

 地面との距離を保ちつつ、更に膨張して行く光の玉は、そのサイズを増やす事によって、スフェーン達に迫って来ていた。

 直径三十メートル程の大きさだった光の玉は、今や百メートルを越え、さらに膨らんでいるのだ。


「あんた達、早くそこから逃げないとアレに飲み込まれちゃうわぁ」

 スフェーンは、膨張して迫って来る光の玉から遠のきつつ、魔の者の四人にそう言うと、魔の者達はあわてた様子で足元の黒い幕と一緒に移動し始めた。


《だがしかし、この魔法は……》

《うむ、過去に見覚えがある》

《そうだ、思い出したぞ、我々があの魔導士によってラーアマーで受けたあの魔法だ》

《大きさは遥かに異なるが、確定的に明らかである》


 膨張を続けるその光の玉の正体は、スフェーンが四人の魔の者に対して使った、大魔法ディメンジョン・フレアーだった。

 多次元に展開する特性のあるその魔法は、発動展開後のエネルギー損失が少なく、魔力さえあればいくらでも膨張させる事が可能なのだ。

 しかし、大魔法と言われる故に、そもそもの発動に必要な魔力は、通常魔法に比べるととてつもなく多く必要であり、マトラ王国の魔導士でもこれを使える者は少ない。

 ましてや百メートルを越える規模で展開できる魔導士など、スフェーン以外には皆無と言って良いだろう。

 幼少の頃より、人並み外れた膨大な魔力を持ち、今も成長し続けているスフェーンであるから成立する技なのだ。


 ところで、スフェーンの魔力成長率は異常とも言える。たった一年足らずで魔力容量が倍にも成長するからだ。しかも近年になり、その成長度はさらに加速していた。

 通常の魔導士は、魔力容量は生まれ持ったものであり、修行によって多少は向上するものの、スフェーンの様に天井知れずで成長して行く事はあり得なかった。

 スフェーンの師であるアローラも、一般的に言えば尋常ではない魔力容量を誇ってはいたが、それは生まれながらの素質であって成長によって得たものではない。

 その為、通常魔導士は限りある魔力を最大限に生かし、最大の効果を得る知恵を学習するのが常識だ。その常識はアローラですら例外でなく、先の魔の者のエクトの強襲において、極限まで節約したにも関わらず枯渇した魔力を、その命を削って捻出する必要にも迫られた。

 因みに、命を削って魔力と引き換えにすると言っても、それに必要なエネルギーは余りにも膨大であり、身をただ削って足りるものではない。アローラは体内核融合を行う事によってそれを実現していたが、それは重い水を溜め込むと言うアローラの体質を生かしたものであり、他の誰にも真似する事はできないであろう荒業だ。

 だが、魔力の枯渇を経験した事のないスフェーンは、不用意に魔力を無駄遣いする気があった。


 その様な、スフェーンの魔力容量の成長の理由を、たった一つだけ説明できるものがある。

 それは、特殊能力と呼ばれるもので、ごく最近に人間……と言っても確認出来ているのは、マトラ王国内のみではあるが、確認される様になった現象だった。特殊能力は、人間が魔力を持ち始めた約五百年の歴史と比べると日の浅い能力である。

 つまり、マトラ王国には魔力の素質とは別に、特殊能力の素質を持つ者がいる事になる。

 どちらか片方を持つ者も居れば、両方持ち合わせている者も存在する。もちろん、どちらも持ち合わせていない者が、割合的にはほぼ全てであり、どちらかの素質を持つ者も、全体数からすれば極僅かだった。

 その特殊能力の種類も多種多様であり、イシェルやヘタレ格闘家の様に、自身の戦闘力にプラスとなるものなどは実用的なものの部類に入る。だが、大部分は本人にとって、何の役にも立たない場合の方が多い。特殊能力は、本人が望んで得られるものではないからである。

 スフェーンの特殊能力が、魔力成長であるとしたなら、当然ながらそれまでの魔法使いの常識を逸脱した存在となるだろう。


 等と言っている間に、光の玉はなんと直径一kmに達するまでに膨張してしまっていた。それを作り出したスフェーンは前人未到の魔力容量の持ち主だ。その光が反射して、空は真っ赤に染め付けられている。

 エクトのガーネットや、ヘリオが司令部建屋の屋上から見ているものはまさしくこれだった。

 とてつもなく巨大な光の玉であるが、周囲に熱を発散させる事はない。だからこそ、エネルギー損失が少ないのではあるが。


 スフェーンが地面に向かって指先をスッと下ろすと、巨大な光の玉は再び降下を始め、やがて地面に接触した。

 ジダンの村は、静かに光の中へと飲み込まれて行った。


「指令書には<ジダンの拠点を殲滅すべし>って書いてあったのよねぇ」


 この時、光の玉の真下のジダンの村の人々は、四人の魔の者が展開していた光の壁が破壊された事によって、周囲の山へと避難していたのだった。

 それを狙っていたスフェーンは、満足そうな顔をして、きゅっと拳を握った。すると、巨大な光の玉は急激にしぼみ始めて数秒で消滅し、ジダンの村のあった場所に巨大なくぼみ……クレーターが現れた。

 やがて、東の空からは太陽の一部が顔を出して眩しく輝き始め、クレーターにも長い影を作った。


《確かに拠点は殲滅した……》

《うむ、消滅はしたが……》

《しかしだ、これは命令を遂行したと言える結果なのだろうか》

《我々にとって何ら問題はない、よって速やかに撤収するだけだ》

「あらぁ? お帰りなのね、お疲れさまぁ」


 スフェーンは、黒い幕に逆さにぶら下がったまま移動を始める四人の魔の者に手を振った。

 四人の魔の者がスフェーンの前を通りかかった時、移動をピタリと止めると、一斉にスフェーンの方へと顔を向けた。

 そして、いつも会話で最後に話す魔の者が口を開いた。


《マトラの魔導士よ、一つだけ忠告をしておこう》

「あらぁ? なにかしら」

 スフェーンは、魔の者の忠告と言う言葉に意外そうな顔をして首を傾げた。

《人の感情と言うものは、お前の思ってる程単純なものではない。今後この様な行動を貫くつもりであれば、常に気を抜かぬ事だ》

「そう、忠告ありがとう」

 そう言って笑顔を向けるスフェーンであったが、この魔の者の言葉の真意を理解しようとは思っていなかった。スフェーンは、再び移動を始めた魔の者にただ手を振って見送るだけだった。

「さぁて、あたしも帰るとしますかぁ」

 スフェーンは、楽しそうに独り言を言うと、ステクトールの村へ向かって飛んで行った。

 その様子を、山の中からじっと伺っている者達が居た。

 彼らはクレーターと化した村を見て悲嘆したり、拳で地面を殴りつけたりしていた。この様な事を、今のスフェーンは知る由もなく、また考える事もなかった。



          ***



 場所を移し、同時刻のエクトの司令部建屋の屋上。

 ガーネットとヘリオは、赤い光の消えた西の空をまだ眺めていた。


「どうやら光は消えた様だが」

 ガーネットの方に顔を向け、説明を求める様な顔で言った。

「どう? いいものが見れたでしょ」

「まぁな。で、あれは一体何だったんだ?」

 ヘリオはくるりと向きをかえ、手すりに背中を向けて寄りかかった。

「マトラ王国最強の、魔導士様によるプロモーションよ」

「あぁ!? あのクソデカいのは魔法だったのか!? ありゃぁ、もはや魔法って規模じゃねーだろ。あの規模をたった一人でだと……?」

 ヘリオは呆れた声を上げた。

「そうかしら? わたしはあなたの、一撃でラーアマーを寸断する様な技も剣技って規模じゃないと思うけど」

 ガーネットも少し笑って呆れた顔をした。

「だけどさ、最強の魔法使いって一体誰の事なんだ? カローラとか言うのはこないだ死んだって言ってただろ……」

「あなたが言いたいのは多分アローラの事ね、間違いなくアローラ健在の時は彼女が実力では最強ね。だけど、最強って看板付けられた魔導士はアローラ健在の時から別に居たのよ」

「何だそりゃ? 訳わかんねぇ……」

「お国の事情って色々とあるのよ」

「はぁー……そういうもんかねぇ? そんで? あんたは何番目なんだ?」

「そんでって、今後アローラの代役を務める事になるマール・アルマが一番なのは確実として、次はアルミナかわたしのどっちって感じじゃないかしら」

「んん? 看板娘はどうなんだよ」

「彼女はこれからね、もっと色々と経験を積んでもらうわ」

 ガーネットはそう言うと、夜明けの空気は少し冷えると言って建物の中へ入っていった。

 残されたヘリオは、もう一度西の空に振り返った後、大あくびとくしゃみを同時にしていた。


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