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【66】それでもまた日は昇る(2)

 時を少し遡り、この日の明け方。


 東の空と大地との境界線が徐々にはっきりとして来た頃、ステクトールの村からもっと西の方向、山一つ越えた先にそれは起こった。

 通過する光を歪ませ、ゆらゆらと七色に光る薄い壁が同時に四枚、交差する事で真ん中の地面を取り囲み、一辺百mを越える巨大な四角形を作って空高く立ち上がって行く。

 風が吹き、その光の壁に当たると、コーンと言う鐘の音の様な、神秘的に思える澄んだ音を放った。

 この光の壁に囲まれた地上には、小さな街が存在していた。そこに住む人々もこの事態に気が付いて、わらわらと建物から外に出始めている。

 その中には逃げようとする者も居たが、周囲を全て光の壁に囲まれている事が分かるとパニックを起こしていた。


《我々はここまででいいのだな?》

《左様、我々がすべき事は、このままの状態を維持し続け、例の魔導士を待つ事である》

《だが……、待ち続けても無駄と言う事はないのか?》

《確かにその可能性は否定できない。しかし、確率的には低いであろう》


 光の壁の立ち上がる上空で、四人の魔の者が向き合って会話をしていた。それも重力に逆らい、地上に頭を向け空に足を向けている。その彼らの足元には、真っ黒な円形の薄い膜が存在した。その薄い膜からは、地上と同様な重力が発生していた。

 魔の者達は光の壁を立ち上げた後、「例の魔導士」と言う人物を待ち続けていた。


 そこへ新たなる人物がやって来たのは、十分程の後の事だった。

「あらぁ? 久しぶりねぇ。でも、何でみんな逆さまになってるのぉ?」

 やって来たのはスフェーンだった。


《心配の必要はなかった様だな》

《うむ、それも予想より早かった》

《そのお陰で無駄に魔力を浪費せずに済んだ訳だ》

《では早速、例の指令書をこの魔導士に提示するのだ》


 相変わらずスフェーンの方には顔を向けず、四人の魔の者達は会話をしていた。

「例の指令書ぉ?」

 首を傾げるスフェーンの目先に、魔の者は懐から筒を取り出して差し出した。それをスフェーンは首を傾げたまま受け取り、封印をといて中に丸めて収められている紙切れを取り出して開いた。そして、人差し指の先に小さな光を宿し、そこに書かれた内容を読み始めた。


《確かに渡したぞ、これで我々のすべき事はほぼ完了か》

《うむ、計画は順調という事だな》

《だが、あれをどう解釈するかはこの魔導士次第だぞ?》

《問題はない。この魔導士が来た事実が全ての裏付けであり、それは確定的に明らかだ》


 内容を読み終えたスフェーンは、強張った表情をして黙って居た。

 スフェーンが読んだ書文は、マトラ王国王室名義の指令書だった。その内容は、魔の者との一時休戦の協定を結ぶ双方の意思表明の為、四名の魔の者と共に共通の敵である、ジダンの拠点を殲滅すべしと言う内容であった。

 命令に反する事は国家への敵対と見なされ、アウイン家一族は元より同行している者、つまりシンナバーやイシェル達にも重罪を適用するとも書かれている。命令……いや、これは脅迫と言っていい。

 国家への敵対と判断されれば、間違いなく命を繋ぐ事はできないだろう。最初から選択の余地などは許されてはいなかったのだ。絶対的な強制力の行使。逆に言えば、それほど重要な任務を託す事が出来る、期待された存在と言う事でもあるのだが。


 だが、スフェーンが一番驚いたのは、この命令書がスフェーン宛てだったと言う事だった。

 言うまでもなく、スフェーン達はこれまで自由気ままに旅を続けて来た。しかし、この書文がスフェーンに届いたと言う事は、王国はスフェーン達の足取りを完全に把握していたと言う事になる。

 しかも、エクトの軍指令から出されたものであればまだしも、遠く離れた王室からでは少しタイミングがずれるだけで、スフェーンはこの場所を訪れる事はなかった。その事から、スフェーンはこの書文の信憑性に疑念を抱かせた。


《マトラの魔導士よ、書文の内容は理解出来たな?》

 四人の魔の者の内、いつも最初に喋る男がスフェーンに声をかけた。その声に反応する様に、スフェーンはその魔の者の顔の方へと顔を向ける。

「か……、書いてある内容は分かったけどぉ、これが本物かどうかなんてわからないわよねぇ? だってぇ、あたしが丁度よく来るなんて分からないでしょぉー?」

 少し引きつった表情で、スフェーンは魔の者の顔を順番に見つめると、どういう訳か四人の魔の者は皆スフェーンの顔を真っ直ぐに見ていた。今までほとんど相手の顔を見る事のなかった四人だったが、今は四人全員がスフェーンの目をじっと見つめているのだ。

「ほっ、本当に本物なのぉー?」

 四人の魔の者は、尚も真っ直ぐスフェーンを見つめ続けていた。先日の攻防では、一度も目を合わすどころか、会話すら成立しなかった魔の者達と、今は全てが噛み合っている。


《人間と言うのはどうにも疑り深いものだな》

《考えても見よ、それを偽って我らに何の理があると言うのだ?》

《もっとも、王国の刻印を知らなければ元も子もないか》

《だがその可能性は皆無に等しい、ましてやマトラの武のシンボルなれば》


 最後に喋った魔の者が、光の壁に囲まれた地上の中心を指差すと、スフェーンも指先を追って地上へと目を向けた。その地上には、ぽつぽつとカンテラの灯りらしき光りが燈っている。

 地上を見つめるスフェーンの口元がさらに強張り、その目からはいつもの自信にあふれたものではなく、困惑の色が感じられる。

「そっか、あの人達が……そのジダンなのねぇ」

《そうだ、速やかに命令に従うのだ》

 マトラ王国が排除しようとしている、ジダンと言う組織をスフェーンはよく知らない。知っているのは、ジダンはとても大きな組織であり、何やら良からぬ事をしているらしい、と言う噂程度の知識だった。

 それでも、スフェーンもジダンがマトラ王国にとって好ましくない存在と言う事は理解していた。ステクトールの近くに、こんな拠点を築いていては、いずれあの村にとって何かしらの脅威になる可能性もあると考える。

 十秒程スフェーンは目を閉じると、うんと頷いて目を開けた。

「宿命なのかしらねぇ」

 そう呟いた後、スフェーンの差し出した手のひらに煌きが集まり出す。そして、スフェーンの頭上に真っ赤な火の玉が形成され、その玉から雪崩の様な轟音が放だれ始めた。

 その光の玉は、急激に膨らみ始め、その様はまるで小さな太陽と思える程に成長して行った。

 直径三十メートル程にもなった巨大な火の玉から発せられる音は、低い地鳴りの様な音へと変化していた。その光は、薄暗かった周囲の空をうっすらと真紅に染め始めている。

 真下の地上では、上空に突如現れた光に手を翳して見ている者も見える。その後ろから小さな影が現れ、大きな影がする様に手を翳す真似をして見上げていた。


 スフェーンは、体が震い出すのを自覚した。それを押さえ込む為に、両手を交差させて自分の体を抱きしめる。ぎこちなく動く両腕の指先は、動かしていても震えているのを確認できる程だった。

 その表情は……。目を不自然な程見開き、口元は笑う様な形をしたまま固まっている。

「気に入らないわぁ」

 小さな声で漏らしたその言葉は、巨大な光の玉から発せられる轟音に遮断されて、魔の者達の耳へは届かなかった。


 巨大な光の玉は、ゆっくりと地面へ向かって降下して行った。

 空に浮かぶ雲はうっすら紅く染まり、遠く離れたエクトからもそれがかすかに確認出来た。



          ***



 スフェーンとイシェルは、二人して集会場の外へ出て行ってしまった為、ヘタレ格闘家と二人きりとなってしまった。

 今、この集会場はとても静かだ。そしてとても暇である。


『ヘタレと二人きりになるのも久しぶりだねッ! 早速だけど好きな人は居るの? まてよ、居ないか、いやその顔は居るな』


 あたしは暇つぶしにヘタレ格闘家に絡んだ。最近のヘタレ格闘家と来たら、こっちから話しかけないとあんまり喋らないんだ。最初の頃は、やたら話しかけて来たもんだけど。


「何だそりゃ? 思春期の子供の会話みたいだぞ」

『えーッ!? 知らないのッ!? 男女で二人きりになったら、こういう話するんだよッ!? これは定番なんだよッ!?』

「知らんわっ! じゃぁさ、お前は……どうなんだよ、好きな人いんのか?」

『あたし? 居るに決まってるじゃん! こう見えてもれっきとした乙女だよッ! こう見えてもッ!』

 あたしは胸を張って、エッヘンと言う仕草をして見せた。

「そ……か、乙女だもんな……。ハハ」

 なぜか、ヘタレ格闘家の肩がガックリとした様に見えた。うーん、ヘタレ格闘家には今一ウケなかったか。

『ねぇ、ヘタレの好きな人の話してよ。面白いネタだったらいくらでも聞いてあげるよ? つまんなかったら容赦なくスルーするけどねッ!』

「あいや、オレは……」


 口篭るヘタレ格闘家。これは、居るか居ないかのどっちかの反応だね。当たり前だけど。

『あ、その反応は居るんだねッ!? 詳しく聞こうじゃないかッ!』

 それからあたしは、ヘタレ格闘家に色々しつこく問質してみた。ヘタレ格闘家は渋りに渋ったけど、やっと少しだけ話してくれたんだ。驚く事に、ヘタレ格闘家の想い人はプリーストなんだとか。そのくせ毒舌で、いつも思いつきで後先考えずに行動するんだってさ。

 一見おしとやかで実はって言うパターンはインパクトはあるんだけど、それがプリーストって言うんならあたしは驚かない。だって聖職者って根本的にみんな毒舌なんだよ。もし機会があったら聖職者同士の会話を聞いてみるといいよ、常にけん制し合ってて、どうすれば相手をとっちめられるか、お互い常に探ってるんだ。あたしなんて全然へなちょこクラスだよ。

 もしかしたら、あたしがそう思ってるだけかもしれないけど。


『ふーん、ヘタレとプリーストかぁ』

 意外な組み合わせに、あたしはにんまりとしてみせる。

「だったらなんだよ」

『何でも? まぁうまく行けばいいね。岩影からでも応援するよ』

 そう言ったとたん、ヘタレ格闘家はつまらなそうな顔をしてそっぽを向いてしまった。

 あれ、今のはちょっと投げやり過ぎたかな。岩陰じゃなく物影にすべきだったろうか。まぁ何と言うかさ、ヘタレの好きなプリーストに一回会ってみたい。当然どういう人が好みなのかを見てみたいって言う、ただの興味本位からだ。その時、ヘタレ格闘家は、どんなでれ顔でそのプリーストと話すのだろう。

 集会場は、また静けさで満たされ、あたしはその場に寝転んで、窓から見える空を見上げていた。



 そのままずっと空を見上げながら、スフェーンとイシェルの帰りを待っていたはずだったのだけど、あたしはいつの間にか眠ってしまっているらしい。

 いるらしいと言うのは、あたしの髪に触れる優しい感触によって、徐々に意識が戻って来ている最中と言う事なんだ。体はまだ目覚めていないけど、頭は起きている状態。でも、もうすぐ目が覚めるよ……ほら。

 と思ったものの、あたしは後目を開けるだけと言う所でそれをするのを止めた。それは、あたしに触れるているのがヘタレ格闘家の手だと気が付いたからだ。

 思えばヘタレ格闘家って、前にも同じ様な事をした事があったっけ。いつも深くは踏み込まず、ちょっと離れた所から見守っている様な。何だか何を考えているのかわかりにくい男だなぁ。


 幼い頃、母があたしをこんな風に寝かしつけてくれていた事を思い出し、なんだか幸せな気持ちでいっぱいになっていた。

 だから、今はもう少しこのままで居よう。


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