【65】それでもまた日は昇る
エクトの街の司令部建屋の屋上で、ガーネットが西の空を眺めている。
夜明け前の空はまだ少し薄暗く、靡く風は少し肌に涼しい。その横に長身で細身の体をした青年、ヘリオ・ブラッドが寝てる所を起こされた為に不機嫌な顔で立っていた。
「ふわぁー……ねむっ。こんな時間に起こしやがって。ってかさっきからずっと西の方を見てるけど、あっちに何かあるのか?」
ヘリオは、ガーネットの視線の先を目を凝らしたが、特に何も見つける事が出来ず、そのまま視線を空に向けると両手を上げて伸びをした。
少し前に激しさのピークを迎えた魔者の進撃は、双方に多大な犠牲を払った後、かつての落ち着きを取り戻していた。
魔者の要塞であるラーアマーはエクトの南に位置するが、現在のそこはヘリオのバーサーカーの能力により、要塞としての機能を完膚なきまでに破壊され、もはや廃墟と言っていい有様だった。つい先日までは、数万の魔の者が駐屯して賑わっていたのが嘘だったかの様に。
しかしそれでも、魔の者と人間の関係は何も変わってはいなかった。マトラにとって魔の者は魔物のままであり、魔物は人間を滅ぼして、世界を我が物にしようとしている悪しき存在と言う一般常識もそのままだった。
しかし、それでも魔の者達はまた近い未来、エクトへの進撃を再開するのだろう。その裏づけは、人間と魔の者が五百年間も繰り返して来た戦いの歴史による。特に何もない様に思えるこの土地をめぐって、人間と魔の者達は長期に渡って熾烈な争いを続けていた。殆どの者がその理由すら知らずに。
「もうそろそろね」
ガーネットは、風に軽く靡く長い髪を手でふわっと撫でると、ヘリオを横目でちらりと見つつにやりとして口元をくっと上げた。その様子を見てヘリオは首を傾げた後、再び西の遥か地平線の先へと視線を向けた。もう間もなく夜が明けようとしている。
「日の出見たいんならこっちじゃないぜ?」
頭の後ろで手を組むと、ヘリオはまた眠そうにあくびをした。
「いいから黙って見てなさい、とても面白いものが見れるんだから」
「はぁ、早くベイカに帰りてぇな……」
仕方ないと諦めた様な表情で呟き、ヘリオは西の方角へ顔を戻してため息をついた。因みにヘリオの言ったベイカの村とは彼の出身地である。
「ん……、んあ? 何だありゃぁ!?」
今までぼーっとしたヘリオの表情は突如一変した。その眼差しの先、西の空には昇り始めの太陽の如くぼんやりと光が現れはじめている。その光は次第に強くなり、朝焼けの如く西の空を真っ赤に染めた。しかし、それは間違いなく太陽の光などではない。
「やっと始まった様ね、あなたもしっかりと見ておきなさい」
ガーネットの言葉が聞こえているのかいないのか、ヘリオは西の空を染め付けている謎の光を息を呑んで見つめた。
***
朝、と言ってもすっかり日が昇った頃に、あたしは自然と目が覚めた。
この所、ずっとイシェルに絶叫させられて起きてたから、こうやって静かに目覚めるのはとても久しぶりだ。
村の人達は気を利かせてくれてるのか、いつもなら集会場に誰かしらが来ている時間のはずだけど、今は誰一人来て居なかった。
あたしは布団からむくりと起き上がって、部屋の中を見渡してみた。隣のイシェルは明け方と変わらず、布団を頭からかぶって丸まったまんまだ。一番奥のヘタレ格闘家は疲れてる様で、気持ちよさそうに眠っている。二人は明け方までずっと起きてたからね。もうしばらく寝かせてあげよう。
さて、二人の間のスフェーンはまだ寝ているのだろうか。あたしは体内から発する聖なる光によって、睡眠薬を解毒出来たから明け方に一度目が覚めたけど、スフェーンは起きずにずっと寝てたんだから、もう目が覚めててもおかしくないはず。
あたしは静かに布団から出ると、スフェーンの布団の前まではいはいをして移動した。そして、にやにやしながら布団をめくってみると……。なんと、既にもぬけの殻じゃないか。
布団の中に手を差し込んで温もりを調べてみたけど、ひんやりしていて温もりは感じられなかった。つまり、スフェーンが布団から出て、大分時間が経っているって事になる。
一体スフェーンは、一人でどこへ行ったのだろうか。とりあえず、あたしは集会場の外に出てみた。薄暗い集会場から出ると、周りの景色がとても眩しく、かつカラフルに感じる。ぐるっと見渡してみたけど、それらしい影は見つからない。まさか、畑の水やりを一人で行ったとも思えないし。
部屋に戻ったあたしは、せっかくなのでスフェーンの布団に潜り込み、かすかに残っている香りに包まれ至福の時を過ごす事にした。きっとスフェーンの事だから心配ないよ、お腹が空けば戻ると自分に言い聞かせて。
その数分後、再びあたしはむくりと起き上がった。眠るどころか、匂いへの集中すらできない。時間の経過に苦痛を感じ始めていたんだ。だってやっぱり、スフェーンの事が気になって仕方ないんだもの。
とにかく村の中を探してみよう。イシェルとヘタレ格闘家を起こさない様に、そっと布団から這い出して再び集会場の外へと出る。
空の太陽は、もうお昼に近い場所で輝いている。どうりでお腹が空いて来た訳だ。今日のご飯はどうしたもんかな。今までは、トリッサ達の家で食べる事が出来たから気にもしてなかったんだけど。
もうダメだって時は、あたしがそこらの雑草とかからカレーを作り出そう。ご飯までは作り出せないけど、カレースープにはなる。前にも触れたけど、カレーのルーだけは、何からでも作り出せるのがあたしの特技なのだ。実はアメシス家の人間ならそれが普通だったりするんだけど、具体的に何の草をどうするとかは説明できないのであしからず。
そんな事を考えていたせいで、余計にお腹が空いてしまった。なぜかこういう時って、具の入ってない塩むすびを両手に持って互い違いに食べたくなるんだよね。ほら、食いしん坊がよくするやつ。
食いしん坊の食べ方を真似しつつ歩いてたら、いつの間にかトリッサ達の家があった所に来てしまっていた。
やっぱり土台だけになってしまっている。明け方にも見たけど、その時思った以上にさっぱりとしてしまっているな。土台の溶け具合からすると、これは火事なんてもんじゃない。恐らくサフレインの魔法によるものだろう。二人がどうなったかはこの状況で大体想像がつくけど、イシェルははたして話してくれるのだろうか。
「ちょっとあんた!」
土台を眺めていると、唐突に背後から怒った様な声がした。声の主の方へと振り返ると、そこにはあたしと同じ年頃の女の子が不服そうな顔をして、腰に手を当てて立っていた。
『あたし?』
あたしは人差し指で、自分の鼻の頭を指差した。辺りには他に誰も居ないから、間違いなくあたしに対してかけられた言葉だろうけど、念の為に確認をしてみる。
「あんた以外に居ないでしょ? あんたさ、トリッサ達のとこに泊まってた人よね」
女の子は、土台だけになったトリッサ達の家を、あごで指し示した。
『そうだけど?』
「そうだけどって、一体この状況は何なの? 二人はどこ行っちゃった訳?」
あたしの言葉が気に入らなかったらしく、女の子の表情がまるで犯人を問い詰めるかの様に変化した。
『えーとえーと……』
心底あたしは困ってしまった。だってこの女の子が言った事は、あたしが知りたい事と同じだったのだから。だけど、同じ村の住民なら仕方ない反応だろうね、どこの馬の骨かもわからないあたし達が来てこうなったんだし。
「ニレ、やめなさい」
あたしが返答に困っていると、いつの間にかカルーノが近くにやって来ていて助けてくれた。
「カルーノ! あなたは事情を知ってるのね? だったら、これをちゃんとみんなに説明してくれないと!」
ニレと呼ばれたその女の子は、トリッサ達の家の土台を指差した。
「わかってる、後でちゃんと説明するよ」
「そう、ならいいけどさ」
ニレと言うその女の子は、カルーノの言葉に少し納得行かないと言う表情をしつつも、その場から立ち去って行った。
「いきなりニレがすまなかったね。あれから眠れたかい?」
カルーノはあたしににっこりと微笑んだ。その笑顔はとてもいい表情なのだたけど、あたしはそれをちょっと疑問に感じた。村の住民二人が恐らく死んでしまったと言うのに、そんな風に笑って居られるものなのかと。
『ありがとう、おかげでよく眠れたよ。だけどこれの事はあたしもよく分からなくて』
あたしは、熔けた土台を指差して見せた。
「うん、その事だけど、もう少ししたら集会場に行くけど、知ってる事だけでいいんだけど話を聞かせてもらえるかな? それと、おなか空いてるだろう?」
何とカルーノは、あたし達の食事を用意してくれていた。カルーノの後ろから来た、魔の者の男性が持つ大きなお盆の上には、おにぎりと真っ赤な色をした丸い実の漬物、そして煮物っぽいものがてんこ盛りで乗せられている。
何と言うグッドタイミングだろう。丁度そんなおにぎりを食べたいと思ってた所だよ。そのおにぎりが塩味だけで具なしならパーフェクトだ。喜んで両手に持って頬張らせてもらうよ。
食事の心配がなくなった事で、やっとあたしは本来の目的を思い出した。
『あ、そうだ! スフェーンを見かけなかった?』
「スフェーン? いや、キミ達の仲間は他に見てないなぁ」
カルーノは右手を首に当てて首をかしげ、辺りを見渡していた。もしかするとスフェーンは村の中には居ないのかもしれない。
『そっかー、まったくどこ行ったんだろう』
「見かけたら戻るように伝えとくよ」
それから村の集会場に、食事と飲み物を運んでもらい、寝ている二人をそのままにして、あたし一人で食べ始めていた。
期待通り、おにぎりの中に具は入っていなかった。これは多分、てんこ盛りの漬物や煮物をおかずにして食べるって事だろう。煮物は適度な塩加減が絶品だ。赤い丸っこい実の漬物は何だかとてもすっぱいけど、おにぎりにやたら良く合う。
あたしがもくもくと食べていると、ヘタレ格闘家とイシェルが匂いに誘われてか起きて食事の席に混ざった。
二人の様子は、多少大人しさを感じるものの、大体普段通りに戻ったみたいだ。しばらく暗い雰囲気が続いたらどうしようかと思ってたから安心したよ。でも会話は昨日の事には触れず、ごく当たり障りのない内容のみだけれども。
余り時間ないし、ここへカルーノが来る事は話しておかないといけないな。会話の区切りがついた所を見計らい、その事をイシェルとヘタレ格闘家に告げた。すると二人は少し間を置いてから小さく頷いた。
それから少しして、カルーノと数人の村人が集会場へとやって来た。なのに未だにスフェーンは戻らない。一体どこに行ったんだろう。
カルーノは、昨日起こった事件による村への影響などを大まかに話した後、あたし達に詳細を求めて来た。その事であたしが知ってるのは、紅茶に睡眠薬を入れられた事と、トリッサ達の家が土台だけになった事だけだった。なぜそうなったかの理由なんてさっぱりだ。
最初に話し始めたのは、ヘタレ格闘家だった。その説明はシンプルで、紅茶に睡眠薬を入れられた後、あたしとスフェーンが黒い服の二人組みに連れ去られてしまったので救助したと言うもの。それに、あたしとスフェーンは薬で寝かせれていたので何も知らないと、付け加えてくれた。実際何も知らないんだけどね。
因みに、黒い男の二人組の内の一人には逃げられてしまったらしい。あたしがヘタレ格闘家の背中で目が覚めたのは、その帰りだったのかな。ヘタレ格闘家に貸しが出来てしまったか。
ヘタレ格闘家が終わると、次にイシェルが話し始めた。
イシェルの説明によると、あたしとスフェーンを危険に晒した原因を作った上に、トリッサはマトラ王国の排除指定になっている、ジダンに協力した為「ああするしかなかった」と言った。
その言葉であたしの予想は確定に変わった。でも、あの土台だけになった家の状況や、イシェルのあの泣き様から、きっと苦汁の選択の末だったろう。イシェルにはジダンに関わった相手が誰であろうと、そう決断せざるを得ない理由があるんだと思う。
それにしても、イシェルはジダンの事を心底憎んでる様な気がする。何か過去にあったのだろうか。そういう事については、今まで何も話してくれた事はない。だけど、自分から話さない限りは聞くのもやめておこうと思う。イシェルの背中のあの傷からして、ちょっとやそっとの事があったとは思えないから。
とにかく、ジダンがどういう組織なのか未だよく分かってないけど、マトラ王国が排除しようとしているのは確かだ。敵と思ってて間違いはないだろう。
イシェルが話し終わった後、カルーノは目を閉じ机に肘を付いて両手を合わせ、突き出した二本の親指で額を押しながら何か考えていた。それが数分間続き、集会場が無言の圧力の様なもので満たされて息苦しい。他の村人も、カルーノが話しはじめるのをひたすら待っているだけだった。
「そうか……。キミ達を危険な目に遭わせてしまってすまなかった」
数分後、静かに口を開いたカルーノは、申し訳なさそうに頭を下げた。そして、トリッサ達については。
「あの二人は村になじんでいたと思ってただけに残念だ。まさかジダンとか言う悪い団体と繋がっていたなんて全く知らなかったよ。だけど、これを教訓にして住みやすい平和な村を作って行こうと思う」
と、付け加えた。
「やっぱりな、あの二人はちょっとおかしいとは思っていたんだ」
カルーノの後ろに居た村人の一人が言うと、他の村人も口々に悪口を言い始めた。その様子を見て、あたしは心が痛んでしまった。
「はい、じゃぁ話はここまでにしよう。オレ達はこの辺で失礼するよ。話を聞かせてくれてありがとう。後で夕食を届けさせるからね」
カルーノはそう言って、他の村人達の悪口談義を止めて席を立った。それに続いて他の村人達もその場を後にしよう立ち上がる。
「カルーノさん?」
出口へ向かって歩き出していたカルーノを、イシェルが呼び止めた。
「うん? 何だい?」
くるりと振り返ったカルーノの顔はなぜか微笑んでいる。またか。何でカルーノは笑って居られるんだろう。
「キミは、これでよかったの?」
なぜかイシェルがそう問うと、カルーノは少しの間ぽかんとした表情をした後、すぐに笑顔に戻り、一言「あぁ」とだけ言って集会場を後にした。
今のは一体……。二人だけ分かってる事があるみたいだけど、あたしはそれを詳しく聞く気にはなれなかった。
それから少しして、スフェーンは何事も無かった様に帰って来た。その様子はいつもにも増して明るい。
「お腹空いたわぁ、何かなーい?」
そう言うと、置いてある煮物達の匂いに気が付いたのか、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草をした。
『全く! 帰ってくるのが遅いよッ! 村の人が持ってきてくれたおにぎり、スフェーンの分残してあるからお食べッ!』
あたしはおにぎりを一つ掴んでスフェーンの口に無理やり押し込んだ。じたばたするスフェーンの口へとぐいぐいと押し込んでやった。
「今までどこ行ってたの?」
おにぎりを頬張らせたスフェーンに、イシェルは頭のバンダナを結び直しつつ質問した。
「もぐもぐ!」
スフェーンがその質問に対して何か言ったけど、当然言葉にはならず、喉につっかえたのかコップの水を一気に飲み干して、ふーっと息を吐いた。
「お前ら……、まずはゆっくり食べさせてやったらどうだ?」
そう言うヘタレ格闘家に、あたしは不満そうに口を尖らせた。
スフェーンはよっぽど空腹だったのか、五個はあったおにぎりやおかずを全部たいらげてしまった。そして、満足そうにお腹をさすった後、どこに行っていたかを話してくれたんだ。
話によると、スフェーンは明け方に何かを感じて目が覚めたそうだ。その時、外はまだ薄暗さが残っていたと言うから、あたし達が眠り始めた時間とそんなに変わらないはずなんだけど、あたしは既にぐっすりと寝ていたから気が付かなかった様だ。
で、その何かって言うのはとても強力な魔力の反応で、それはここからは山一つ越えた所で発動していたと言う。魔法の規模は大きく、大きな街を消滅させられる程のものだったらしい。
大きな街と聞いて、あたしはまたエクトに魔の者による襲撃があったのかと思ってしまったけど、そうではなくてステクトールの村からさらに西の方向、もちろんマトラの地図には何も記されていない場所で起こったらしい。
その場所に何があったか想像できるものと言えば、やはりジダンと呼ばれる組織のキャンプ……? いや、大規模な魔法を使った事から拠点や要塞と言える規模のものがそこに存在したのだろうな。あたしとスフェーンを連れ去ろうとした連中もそこから来たのだろうか。
でも、一体誰がそんな事をしたんだろう。いくら状況が落ち着いたと言っても、エクトの戦力を割いて、貴重なソーサラーを派遣するとも思えないし、アローラ先生みたいに、強力な魔法が扱える魔法使いが派遣されている様子もなかった。ガーネットなら使えるかもしれないけど、責任者が留守にして行ける訳もないだろうし。
スフェーンが魔法が発動した地点に着いた時、辺りには人影らしきものは何も見つける事が出来なかった。そこにはただ大きなクレーターが出来ていただけだったと言っていた。
離れていたと言っても山を一つ越えた程度の距離、魔法の規模からしてそれなりの音が聞こえて来るはずだ。スフェーンは強力なバリアを張って、その中で発動したんじゃないかって言っていたけど、スケールが大きすぎる。誰かがシールドを張って、別の誰かがその内側だけに魔法を発動させたのかな。そうなると実行者は複数居るって事か。
この村を出たらまたエクトに戻るけど、その時に聞いた方がいいのかな。この村もちょっと居心地が微妙になってしまったし、これからどうするかは考えないといけないか。
「あのさ、スフェーンちょっといいかな?」
イシェルは、スフェーンの後ろから右腕の袖をついついと引っ張った。
「うん? イシェルたーん、なぁにぃー?」
「ちょっと話があるんだけど、少し付き合ってもらえるかな?」
「いいわよぉー? イシェルたんの頼みならあたしは何でも聞いちゃうッ!」
スフェーンが目を閉じてキスをする真似をすると、イシェルはびくっとして反射的に体を遠ざけた。
『なになに? どこか行くの?』
説明欲しさにあたしは、すかさず二人の間に入ってみた。この二人が完成するなんて心配は必要ないと思うけど、あたしの知らない所で色んな事が起こりまくっているのが少し口惜しかったんだ。
「あ……ごめんね。ちょっとスフェーンと二人で話がしたいんだ、すぐ戻るからシンナバーはここで待ってて」
『だってさ、わかった? そこで大人しくヘタレてるんだよッ!』
実はちょっと悔しかったので、ヘタレ格闘家にトスを送って誤魔化した。
「お前がだよ……」
「本当にゴメンね、すぐだから」
イシェルはあたしに手を合わせると、申し訳なさそうな顔をした。
『ギャハハハッ! 冗談だよッ! 絶対嫉妬なんかじゃないんだからねッ! 本当だよッ!』
それから、イシェルとスフェーンは集会場の外へと出て行った。あたしは静まり返った部屋の窓から見える空に視線を移すと、なぜかヘタレ格闘家も同じ方に顔を向けた。