【6】お祭りを楽しもう
建物の中に入るとちょっとした広間があり、出場選手達が大勢集まっていた。
この広間は天井も高く、ちょっとした屋内のイベントが出来そうな程広い。ざっくり百人程の選手たちが入っても、視野に入る映像的な意味ではむさ苦しいのは避けられないけれど、狭苦しさは特に感じなかった。
広場前面の壁が一段高いステージになっていて、その上から進行係らしき男性が最後に入ったあたしを見ていた。
「選手の皆さんは、もう揃ってますかね?
はいっ! ではこれより、コウソ商工会主催、第三回武道大会を開催いたします!
お名前をお呼びしますので、呼ばれた方は前に出て順番にくじを引いてください。引いたくじに書かれた数字で、対戦相手が決まります」
あれ? 今のが開会の言葉? 随分地味な始まり方するんだね。かと言って長々と喋られても困るけど、やけにあっさりとしたもんだ。
それで、対戦は今くじで決めのか。強い人に当たるといいなぁ。
係員は選手の名前を読み上げ始め、呼ばれた選手は次々とステージ前で箱に入ったクジを引き始めた。
少ししてあたしの名前が呼ばれたので、待ってましたとばかりにステージ前へと移動した。
「この箱の中から紙を一枚引いて下さい」
そう言って係員の差し出す箱に手を突っ込むと、中に小さい紙がたくさん入っていて指に当たった。
あたしはぐるぐるとかき回し、適当に一枚つまんで係員に渡した。
「はいっ、シンナバー・アメシスさんは17番です!」
係員から17と書かれたバッヂを受け取ると、別の係員が名簿に書かれたあたしの名前の横に17と記入していた。
そんな感じで選手たちが次々とくじを引いて行き、全員が終わると進行係がまたステージに立った。
「すぐにトーナメント表を作りますので、それまではここからは出ずにお待ち下さい」
ふむ、結構大会の準備って時間かかるもんなんだね。その場でトーナメント表を作るのは不正しない為かな。前もって対戦相手が分かっちゃうと、対策したりするかもしれないとかで。
他の選手がその場にドカりと座ったのに習い、あたしもドカリとその場に座った。
「よぉ」
あたしが座ったとたん、後ろから知らない声がして、同時にポンと肩を叩かれた。
声のした方向を見上げると、派手なオレンジ色の服を着た、頬に大きな十字のキズのある長髪の格闘家が立っていた。
オレンジ色の服の胸には見た事が無い文字だかが書いてある。読めない。
「一回戦はお前と当たるといいのにな」
その男は馴れ馴れしく言い、あたしの横に座った。
『ん、それは何で?』
「周りを見てみろよ、どいつもこいつも化け物みたいな体格じゃねーか。
正直参加した事を後悔してる位だ」
確かに、見渡す限りその大半は上半身裸の量産筋肉男だらけだよ。
そのせいか、この広間がやけに湿気ている様な気がする。臭くないのがせめてもの救い。
『ウン! その表現いいねッ! 化け物って言い方!』
「コイツ等はな、ほとんどがワッカ運河で荷下ろしとかして働いてるやつ等だ。
毎日重労働して鍛えてるからきっと体力は凄いぜ」
『あれ? 毎日戦って鍛えてるんじゃないの? ……なんだ』
「おいおい、なんだはねーだろ。あの体格だぞ?」
『化け物だからね』
「化け……、まぁいいか。
お前だって、その化け物となんて当たりたくはないだろ?」
『うん、当たりたくないねー。
だって、戦って鍛えてないんじゃすぐ終わっちゃいそうだから』
何となく、戦闘には向いてなさそうな筋肉だとは思ってたけど、そういう事なのか。
あの筋肉男達には当たりません様に。
「凄い自信だな……。
あんなのに、お前のその細腕じゃ太刀打ちできる様には思えないんだがな」
『そんなのやってみないとわかんないよッ!? あきらめたらそこで試合終了なんだよッ!?
あんたはどうなのさ? ヘタレ格闘家はさ!』
「くッ……。言ってくれるよな。
オレは戦闘にはそれなりの心得はあるが、あんな化け物が相手じゃどうだろな」
『どうだかとか言ってないで、単に楽しめばいいんじゃないの? お祭りは楽しむものでしょ?』
「あ? お前何言ってるんだ!?
いいか? もしダメだと思ったら絶対すぐに降参しろよ。いいな」
『えーッ!? なんでッ!?』
「お前……。コイツ等が何でこの大会に参加してると思ってるんだ? 合法的に人を殺せるからだぞ?」
『あぁ、そうなんだってね。
もし間違って対戦相手を殺しちゃってもお咎めナシってルールなんでしょ?』
「だからダメと思ったら、すぐに降参するんだ。殺される前にな……」
『いいねーッ! そういう緊張感って好きだよッ!?』
その男はあたしのワクワクした姿を見て呆れた様な表情をしていた。
「ん? お前の持ってる武器って片手棍か?」
『そッ! 片手棍二刀流だよッ!』
「その体格で、刃物を使わないってのも珍しいな。
あ、そういや世の中にはとんでもないバカがいるらしいぞ」
その「バカ」ってワードにあたしはピクっとした。
『とんでもないバカ?』
「あぁ、知り合いから聞いたんだがな。
ヒーラーのくせに、片手棍二刀流振り回して大暴れした挙句、あのモグラ一族を軽く全滅させたってバカな女がいるらしい。
しかも戦闘中に寝てパーティーメンバーを壊滅させちまったんだってさ。ホントにとんでもないバカだよな!」
『んー? どっかで聞いた様な話だなぁ。
で、そのモグラ一族って強いの?』
「何だぁ? お前も知ってたのか。つい最近の話だぞ?
モグラ一族と言ったらずっと軍も手をこまねいてた程だ。ザコ一匹なら大した事ないが、とにかく数が多いらしい。
それをたった一人で半数程のザコモグラを倒した上に、ボスモグラまでも倒したんだってよ。ありえねぇ話だ」
『えッ!? そんな強いの? じゃぁアレとは違うか……。弱かったし』
「威力偵察では、モグラ一族は軍の一小隊並の戦力とも言われてたそうだぞ。
ともかく、世の中にはそんなとんでもないバカもいるって事さ。
この大会に出てないのは幸いだよな。どうせそのヒーラーも化け物みたいな体格してんだろうな」
男はうんざりした表情をした。
『そっかー、世の中には凄いのがいるもんだね。
一回は見てみたいものだよ』
「やめとけよ。そんなバカとパーティーなんて組んだら、間違いなくロクな事にならねーって!」
あたしはなぜか、格闘家の男が「バカ」という度にムカっとした。
「お待たせしました、トーナメント表が出来上がりました」
その時、またあのハンドベルが鳴り、ステージの上で進行係から案内があった。トーナメント表が完成した様だ。
「お、完成した様だな。ちょっと見に行くか」
『うん、化け物と当たらないといいねッ!』
あたしとその男は、壁に貼られたトーナメント表を見に行った。
広間の壁に、ブロック毎に分けられた紙が貼られている。どうやら参加者は101人で、20人で1ブロックになってるらしい。
『17は18番となのか。相手の名前は……ウヌフヌウ? これだけ? え、これって名前なの?』
「今オレの名を呼んだのはお前か?」
あたしの言葉に横にいた大男が反応した。
上半身こそ裸じゃないけれど、量産型の筋肉男達の誤差の範囲内だろう。
『えッ!? あんたヌヌフヌウって言うんだ』
「ウヌフヌウだ! お前が17番のシンナバーってやつか?」
『そ、相手はあんた?』
「イラつくやつだな。後で永久に動けなくしてやるから覚悟しとけよ」
『ちょっと聞くけど、あんたってワッカ運河で働いてる人?』
「そんなの見りゃわかるだろ? 魔戦士組合のファイターだ」
見てもわかんないよ……。上を着ているかどうかの違いで見分けろって事なの?
まぁでも、魔戦士組合員ならばちょっとは期待はできるかな? ウヌフヌウとか言うやつは、背中にトゲトゲの付いた長い金棒を背負っていた。
「それでは参加選手の皆さん、この先の予選会場に移動をお願いします」
へぇ、最初は予選からなんだ。二人っつ対戦してくとなると、なかなか順番が来なそうだなぁ。
係員によって奥への扉が開けられた。そこから選手たちはぞろぞろと予選会場に向かって行った。
「よぉ、どうだったよ」
声をかけて来たのは、さっきのヘタレ格闘家だ。
『うん、フヌフヌとかって魔戦士組合のファイターだって。あんたは?』
「フヌフヌ? 随分と変わった名前だな……。
オレは最悪な事に化け物が相手だった」
『そっか、残念だったね』
「あぁ……。とりあえず、お前が負けるまでは見ててやるさ」
ヘタレ格闘家は暗い表情をして、足取りも重そうに見えた。
そんなに嫌なら参加しなきゃいいのに……。
少し歩いて予選会場に到着した。
そこは観客席がぐるりと周囲を取り囲む闘技場で、中央には白い線で書かれた四角いマスが五つあった。
もしかしたら、五つに分けられたブロックで同時に進められるかな。
観客席を見ると、まだ予選だからなんだろうけど観客の入りはまばらだった。
その少ない観客の中から、一際目立つピンク色のドレスを着た女性を見つけてるのは容易な事だった。
やっぱりまだ居たのか。あーぁ、棒のついた双眼鏡みたいなの使ってこっち見て手を振ってるよ。
あたしはそれに気が付かないふりをした。
「これより予選を開始します!
1番2番はブロック1の格闘場へ、21番22番はブロック2の格闘場へ」
進行係は選手が大体まとまった頃を見計らい、各ブロック毎の案内をはじめた。
予選はすぐに始まるみたいだね。五つの格闘場に、それぞれのブロックの1番2番の選手が向かって行った。
さてみんなどんな戦い方するんだろね。
あたしは脇にある控え用の椅子に腰掛けて、ワクワクしつつ格闘場に立つ選手達を眺めていた。