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【59】儚い幻想

 今日の夕食は、骨付き肉と野菜のシチュー。それに主食のザブトンパンだった。しばらく野菜中心な食事だったから、お肉は魚以外では久しぶりだ。

 食事を終えた後、あたし達がいつもの様に食器を洗って片付けた。テーブルに戻ると、トリッサが淹れてくれた紅茶が乗っていた。紅茶のいい香りが部屋中に漂う。うーむ、最初この村に紅茶があるとは思ってなかったなぁ、だからって今度はお茶畑を探そうなんて思わないけどね。

 あたし達は椅子に座って、寛ぎながら紅茶の香りを堪能した。


 いい香りでほっこりしたあたしは、トリッサとサフレインがどこにデートへ出かけたのかを聞いてみる事にした。

『ねぇ、トリッサとサフレインはどこでデートして来たの?』

《えぇっ!? デッ!》

 見る見るうちに顔を真っ赤にさせるサフレイン。頬に手を当て恥ずかしそうにしている。サフレインって本当に素直だしかわいらしい。でも、白い肌に整った顔立ちのサフレインには、どことなく儚さも感じる。所謂、守ってあげたくなるタイプに該当する。

「あははっ! デートか、そう言えばそうかもね」

 サフレインとは対照的に、トリッサはオープンなタイプだ。スフェーンとどことなく似てるけど、多分決定的な程に何かが違う。

「教えてぇー! 一緒に暮らす二人がどこに行くのか興味あるわぁ」

 またもさりげなく、サフレインの肩に手を置くスフェーン。一見オープンに見える行動をする反面、頭の中は常に計算し続けている。

『お花畑だよねッ? お互いに花の首飾り作ってかけるのッ!』

 あたしは横で黙って紅茶を飲んでいる、イシェルのもみ上げ周りの左右の髪を一束つまんで鼻の下で結ぶと、こんな風にと二人に見せた。

「そ、それもいいけど、のんびりと釣りに出かけただけだよ」

 釣り? その割に夕食は肉料理だったけど、釣ったお魚は何処へ?

 結ばれた髪を梳くイシェルに向かって、お魚の形を手で表して首を傾げると、イシェルは両手の手のひらを左右に広げて、わかりませんのポーズをして返した。

《クスクス、実は夕食で食べたお肉って、その釣りで釣り上げたんですよー》

「うわッ! サフレインったらバラしちゃって!

 まぁ、釣りしてたら偶然イノシシが溺れながら流れて来てね、それに針がひっかかってさー、まぁラッキーだったよ」

「プーッ! 何それぇー!? 最高に面白くなーい?」

 スフェーンは腹を抱えて爆笑した。釣りに出かけたのに別なのを釣って帰って来たとかいうネタは、スフェーンの笑いのストライクゾーンだ。

『いやぁー、イノシシを川で釣ったって話なんて初めて聞いたよッ! いい思い出し笑いのネタになったねッ!』

「頼むから思い出さないでー」

 あたし達は、恥ずかしそうに照れるトリッサに親しみを込めて笑った。大分親しくなれて来たかもしれないな。


《ところで、皆さんはどこにいらしたんですかー?》

 おっと、サフレインに聞かれるまで話すのを忘れてたよ。あたしは、小麦畑探索隊が見事小麦畑を見つけた事を二人に報告した。

《小麦畑を探してたんですかー? 言ってくれれば……》

『ノンノンッ! あたし達はこれでも小麦畑探索隊だよッ! 自力で見つけなきゃねッ!

 ここだけの話、小麦畑の探索って言うのは口実で、ただ散歩してただけでした』

《そうなのですか? そんな楽しみ方もあるのですね》

 冗談なのか本気なのか……。もしかしたらサフレインって相当天然入ってるかもしれない。

「あの事は聞かないのか?」

 ずっと黙ってたヘタレ格闘家が、あの事について触れた。そしてあの事とは……!

『あの事?』

 あたしはポカンとした顔をして、ヘタレ格闘家を見つめた。

「あぁ? もしかして忘れたのか?」

『あー、アレねッ! そう言えばそんな事もあったかな? うん、懐かしいねッ!』

「……忘れてやがるな」

 ヘタレ格闘家は、やれやれと言う顔をする。

 ご明察。あの事と言われて、あたしが思い浮かんだのは、人前でとても言えない事ばかりだった。

「シンナバーは忘れてるみたいだから、ボクが話すね」

 イシェルは森で感じた気配の事を二人に話した。村人の気配ではなかった事や、村の方から西に向かって進んでいた事も。

「さぁ? この村は外部とは交流はなかったと思うけど、西へ行っても何もなかったと思うし……」

 トリッサは何の事かと言う様子で答えた。サフレインも特に変わった様子もない。

 どうやらこの村と、あの気配は全く関係なかった様だ。この村の方角から歩いて来た様に思えたけど、たまたまだったのかな。

 もし、全くの外部の存在だとしても、この小さな村で商売をする利点もないし、まさかのエクト攻略の拠点にするとしても距離があり過ぎる。


「じゃぁ、ただの通りすがりかしらぁ?

 何だか凶悪そうな気配だったらしいから、何かに巻き込まれてるんじゃないかって心配したわぁ」

 スフェーンは胸に手を当てて微笑んだ。あれ、気のせいかな? 今スフェーンの輪郭がボヤけて見えたよ。

 あたしは目を擦ってからスフェーンを再び見つめた、しかし余計にボヤけてしまっている。それどころかまるでお酒に酔った様に、壁や天井がぐるぐると回り始めていた。

「それより、この紅茶おいしかったでしょ?」

『うん、いい香りがするよね。

 これも村で作ってるの?』

「そう、この村で作った紅茶の葉に、わたしが特別にブレンドしたスペシャル」

 なぜかあたしの声もトリッサの声も遠くから聞こえる様な気がした。そして、あたしは急激に意識が遠のいて行くのを感じ始める。

「ごめん、あたし眠く……」

 スフェーンは喋りながらテーブルにうつ伏した。その横のヘタレ格闘家も、手を顔に当てているのが見える。そしてイシェルは……。

 横のイシェルは、あたしの手をつねりながら、徐々に崩れかけていた。あたしの目を見つめる丸い目が、段々と閉じられて行く。

 あたしは、ほとんど首の力を失いかけていたが、最後にトリッサ達の方へと振り返った。すると、にんまりと微笑むトリッサが映り、サフレインは酷く驚いた顔をしていた。

 そうか……、イシェルは正しかったんだ。あたし達がもっとイシェルの忠告を聞いあげていたら。

 そして、ついにあたしは体を支える事すら出来なくなり、テーブルへ崩れ落ちるとそこで意識が途絶えた。



          ***


 トリッサは椅子から立ち上がり、ランプの灯りをカンテラに移すと、入り口のドアを開けてそのカンテラを地面へ置いた。

 サフレインは、急にうつ伏したシンナバー達を、驚いた表情のままで見渡している。

《トリッサ、みんな急にどうしちゃったの?》

 トリッサは、入り口に立ったまま、サフレインを見つめてすまなそうな顔をした。

「サフレイン……。わたしの事が好きなら、これから起こる事は全て目を瞑って、最後までわたしを信じて欲しい」

《え……、これからの事って一体?》

 唐突に切り出された言葉を理解出来ず、サフレインは困惑の表情を浮かべた。ランプの光が、サフレインの薄灰色がかった長い髪に反射し、その白い肌が一層儚く見せる。

「この子達……、特にシンナバーとスフェーンは、これからのマトラ王国で強力な戦力になると思われてるの」

 トリッサは、テーブルにうつ伏せになっている、シンナバーの横に立つと、その肩へそっと手を乗せた。

 その様子に、サフレインは何も言わず、ただトリッサを見つめ続けていた。

「でも、この子達は今夜ここを出て行くんだよ。

 わたし達はそれを見送るの、いいね」

 トリッサは、サフレインの薄灰色がかった髪を、やさしくするりと撫でると、そのまま肩に手を下ろしてやさしく口付けをする。

 サフレインの目は自然に閉じ、トリッサの背中に手を回してぎゅっと引き寄せる。そして、手が届く範囲全てを確認するかの様に手を滑らせる。静かな部屋に、トリッサとサフレインの息遣いと、互いの体に手を滑らせる音が響く。

 サフレインは思った。この手の感覚から伝わって来るトリッサは、みんな自分の知っているトリッサだと。この時、サフレインは何が起こっているか全く分からなかったが、何をすべきなのかを明確に理解する事が出来た。

「いい子だね」

 そう呟き、トリッサの右手はサフレインの左手を掴んでぎゅっと握り締めた。


「もういいかね、ずっと待ってるんだが」

 その声は、突然にドアの前から聞こえた。サフレインは、その声に驚いて、反射的に体を強張らせる。

 ドアの前には、黒い服装をした男が二人、腕を組んで並んで立っていた。動きやすそうな服装をして、腰には取り回しの楽そうな曲刀が下げられている。だが顔は、黒い墨が塗られた様に真っ黒で、表情は確認する事はできない。

「これがスフェーンって言うソーサラー、こっちがプリーストのシンナバー」

 トリッサは、二人の男にスフェーンとシンナバーをそれぞれ指を差して示した。

「分かった」

 二人の男は、スフェーンとシンナバーをそれぞれの肩に乗せて担ぐと、ドアの外に向かって歩き出した。

「ちょっと待って、後の二人は?」

 その言葉に、シンナバーを担いだ後ろの男だけが立ち止まり、トリッサの方へ顔を向けた。

「ほぉ、その娘がお前のアレか。はじめましてだな。で、今後はよろしくしてくれるんだろ?」

 黒い男の口がにやりとする。

「サフレインは関係ない。わたしがいくらでも相手してやるよ!」

 トリッサは、サフレインを自分の背後に隠す様にした。

「ふん、また来るぜぇー。

 そいつらはお前が始末しろ、川に流せばいいだけだ、その位はできるだろう?」

 そう言い残すと、男達は外の闇へと去っていった。


 男達の足音が遠のき、部屋は再び静けさを取り戻した。

 トリッサとサフレインの他、テーブルの椅子にはヘタレ格闘家とイシェルが残されている。

 サフレインは椅子に腰掛けたまま、不安の表情を浮かべてトリッサをじっと見つめている。トリッサはその表情に気が付き、にこりと微笑んで見せた。

「わたしが何とかするから、サフレインは部屋に行ってて」

 そして、トリッサがサフレインの体を起こして、立ち上がらせた時だった。

「うがぁぁぁぁぁーーッ!」

 突然、ヘタレ格闘家は雄叫びの様な声を張り上げると、両手でテーブルをバンと叩いてすっくと立ち上がった。

「え……?」

 目を丸くして呆然とし、ヘタレ格闘家を見つめるトリッサとサフレインの二人。

「ったく、イシェルのやつ、両足に刺しやがって……」

 そう言ったヘタレ格闘家の足には、左右共に銀色に輝く針が突き刺さっていた。その針は、紛れもなくイシェルの針であった。

 ヘタレ格闘家は、その針を抜く事もせずにイシェルの横に立ち、トリッサに真っ直ぐに顔を向ける。

「ここはお前に任すわ」

 イシェルの頭をヘタレ格闘家は軽くポンポンと二回叩くと、すぐに外へと向かって走り出した。

 トリッサ達は黙ったままヘタレ格闘家を見送り、残されたイシェルに視線を戻すと、そこにはいつもの丸い目をしたイシェルがトリッサ達を見つめていた。

「本当は、ボクがシンナバー達を追いかけたいけど、ヘタレさんにここは荷が重過ぎるからね」

 イシェルは、スムーズに椅子を後ろに押し出して立ち上がると、そっと椅子をテーブルに戻した。

「な、何で……あんた達は起き上がれるの?」

 酷く動揺するトリッサは、思わず自分の頬に手を当てた。

「紅茶……美味しかったよ。

 あのまま朝までぐっすり眠れたらって思えて残念でならないけど」

 イシェルは、テーブルの上のティーカップを手に取ると、カップの中をトリッサ達に見せた。カップの中に紅茶は残ってはいなかった。

「どうして? 全部飲んでるのに、なら起きれる訳が……」

 そう言いながら、トリッサは右手でサフレインの背を押して、自分達の部屋へ押し込む様に入れていた。その目は何かを気にする様に、周囲にむけて動いている。

「シンナバーは、一番最後でボクを信じてくれた。だから、ボクはこうして動けてるの」

 シンナバーは、崩れ落ちかけていたイシェルに、最後の魔法をかけていた。解毒の魔法を。シンナバーは、目の合った相手に魔法を発動させられる、彼女にしかない特殊能力を持っていたのだった。

「あの二人組の男、ボクは何者か知ってるよ」

 言葉を失った様に、黙りこくったトリッサに構わず、イシェルは話を続けた。丸い穏やかだった目は、いつの間にか鋭さが宿っていた。

「ボクが旅を始めた目的だからね」

 イシェルは、懐から取り出した黒いバンダナを頭に巻き、きゅっと音をさせて縛った。同時にサフレインが入って行った部屋のドアが小さく開き、その隙間にトリッサは手を差し込むと、何かを手にして戻した。

「わたしにはあんたが思う程、シンナバーは思ってくれてるとは思えなかったけど?」

 トリッサは、手にしたものを両手に一つずつ持ち、イシェルへ向けて狙いを付けた。一見短銃の様にも見えるそれは、シリンダーと筒の部分が異様に太い。

「そんな事はとっくに分かってるよ」

 イシェルはふっと笑い、口元をくっと上げた。その反応にトリッサは「え?」と声を漏らす。

「でも、ボクはシンナバーを絶対諦めたりはしないよ。キミとは違ってね」

 トリッサは、イシェルのその言葉に反応して、クッと歯を食いしばって睨みつける。

「今まで言わなかったけど、あんたの事が大嫌いだったよ」

「知ってたよ、ボクもキミの事が大嫌いだもの」


 イシェルが言い終わった瞬間、篭った炸裂音が部屋に鳴り響いた。


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