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【58】謎の気配

 おしゃべりしつつ、森を散歩する麦畑探索隊。実際麦畑があるとすれば、村からそんなに遠くではないだろう。


「いくら何でも、この先にはないんじゃないか?」

 後ろから付いて来ているヘタレ格闘家が、もっともな意見を言った。

 既にあたし達は、まっすぐ西へ三十分近く歩いている。辺りはもはや人が歩いた形跡もなく、周囲の木々も切り株どころか雑然と好き勝手に生えている感じだ。

「そうねぇ、そろそろどっちかに曲がらなーい?」

「ボクもそう思うよ、どっちがいいのかな?」

 スフェーンとイシェルは、左右をキョロキョロして見渡した。かと言うあたしは、ヘタレ格闘家が言うまで、小麦畑を探す事をすっかり忘れて、トークに夢中だったよ。ただ適当に真っ直ぐ歩いてみただけでね。みんなはちゃんと麦畑を探してるって思ってた訳か。


 あたしは、足元に落ちている木の枝を拾い、地面に突き立てた。

『旅人は、道に迷ってしまった時、木の枝が倒れた方向へ進むらしいよ』

「えーッ! あたし達って道に迷ってたのぉ!?」

「そうらしいな……」

『雰囲気を盛り上げる出まかせだよッ! ほら手を離すよッ!』

 あたしは掴んでいた木の枝をそっと離した。すると、枝は南の方向に少し湿った音を立てて倒れた。

「南だね」

『南だよッ! さぁみんな南国へ向かって進もう! 目指すは麦畑ッ! 念の為言っとくけど、例え見つからなくても泣かない事』

 あたしが南東の方角へ向かって歩き始めると、みんなも続いて歩き出した。ぐるっと回りつつ村へ戻る作戦だ。いくらあたしでも、このまま木の枝頼りに歩いてって、本格的に遭難しようなんて思っちゃいないのだ。


「シンナバー、あのね」

 少し歩いた所でイシェルはあたしの袖を引き、少し上目遣いで丸い目を申し訳なさそうにさせている。

『うん? イシェル、どしたの?』

「んと、んとね、トリッサとサフレインの事……なんだけど」

 イシェルは目線を落として少し俯く。この後にネガティブな内容が来るのはほぼ間違いないと言った感じだ。

『あの二人は今頃どっかの花畑で、楽しく花冠とか作ってるかもね。

 あ、もしかしたら狩りでもしてるのかな?』

「ボク……、あの二人に何だか不安を感じたの」

 不安? 確かにネガティブな事だったけど、イマイチピンと来ない。そこらから聞こえてる、木をつつく鳥のくちばしの音が余計に思考を鈍らせる。イシェルの黒目には周囲の景色が鮮明に映り込んでいた。

『え? 大丈夫だよッ! ちゃんと仲直り出来たじゃない』

 そう言って、イシェルの肩をポンと叩いた。

「ごめん、そういう意味じゃなくてね。

 あの二人何かおかしいの、んーん、トリッサが……」

 俯いていたイシェルは再び顔を上げると、丸い目があたしのを見つめた。

『トリッサがおかしいってどういう事?』

「仲直りしてたけど、何だかそういう感じがしないの」

 見た感じじゃとってもいい雰囲気だった。トリッサはサフレインにちゃんと謝ったし、もうしないって誓ってた。一緒に暮らす程仲が良い相手なんだし、わざわざ嘘を言うとも思えない。

 あたしは、イシェルの不安を理解して受け止めてあげられなかった。


「イシェルたーん、気になるのも分かるけどぉ、もう少しだけ様子を見てあげたらぁ?」

 スフェーンはにんまりと笑って見せ、イシェルの頭をわしわしとなでた。

『うん、あたしもスフェーンの言う通りだと思うよ?

 それにもし芝居だったとしたら、サフレインと親睦を深める為の手口かもしれないよッ! せっかくだしオチが付くまで待ってあげようよッ!』

「アハッ! 手口とかオチってッ!」

 イシェルが不安を感じるのは、人の心を読めるが故なのだろう。その能力がどの程度までか未だにわからないけど、人は時として私益の為に策を練るもんだ。だからイシェルは、策を練りまくりなスフェーンの第一印象も悪かったんだと思う。

 トリッサだって仲直りする為に、一生懸命考えたりするだろう。あたしには心を読む力はないから、それがどんな感じに伝わって来るのかは分からない。でも、今の状況じゃイシェルの不安に対して、どうしたらいいか思いつかない。トリッサやサフレインがどういう人なのか、この数日じゃ把握できないのだから。

「うん……わかった、もう少し待ってみるよ」

 イシェルは、少し小さな声で言うと、また俯いた。


 それから少し歩いた所で、ヘタレ格闘家は急にあたし達の前へと回り込むと、左右に両手を広げて通せんぼし、あたし達の足を止めさせた。

「ちょっと止まれ、嫌な気配がする」

 それに対して何か言おうとした時、ヘタレ格闘家の手は既にあたしの口を塞いでいた。抗議しようとヘタレ格闘家を見ると、自分の口にも人差し指を縦に立て、静かにのポーズをしていた。

『(もぐもぐもむぐー?)』

「(もしかして敵? だってぇ)」

 あたしはヘタレ格闘家によって口を塞がれている為、まともに喋る事は出来なかったけど、スフェーンが目をギラ付かせて通訳をしてくれた。

「(さぁな、場所から言うと村人でも不思議はないが、オレの直感が用心しろと言っている)」

 オレの直感と来たか。直感っていつもは大体ハズレるもんだけど、ここぞと言う時になぜか片っ端から当たったりするとても気まぐれな特殊能力だ。

 あたしは、試しにヘタレ格闘家が見つめる方向へと神経を集中させてみた。すると、確かに遥か先に微かに人の気配を感じる。ヘタレ格闘家は、こんなのを歩きながら感じ取れるのか。

「(ボクがちょっと様子を見て来ようか?)」

 確かにイシェルの黒っぽい服装と言い、体の小ささと言い適任だったけど、ヘタレ格闘家は首を横に振った。

「(気配は村からは遠ざかって移動している、少しじっとしていれば遠くへ消えるだろう)」

『(むぐーッ!? むぐーむぐもぐむっむむぐー! むっむむむぐーむっむぐ)』

「(えぇーッ!? 悪いやつならやっつけようよッ! 制裁だよッ! 制裁ッ! だってぇ)」

 スフェーンはまた完璧に通訳してくれた。流石は幼馴染なパートナーだけはある。

「(却下だ)」

 せっかくの提案は、ヘタレ格闘家によってあっけなく却下された。あたしはその場に手を付いて、ガクッと落ち込もうとしたが、ヘタレ格闘家に口を押さえられている為に出来なかった。

 それからあたし達は、仕方なくじっと気配を殺しつつ様子を伺った。分かってもらえると思うけど、こういうやり方ってあたしはとても苦手だ。敵が出てきたら倒す、今まではそんなシンプルな作戦だけで十分だったんだ。軍の作戦とは違うんだから、アローラ先生だって許してくれるに違いない。と思ったけど、やっぱりやめておく事にした。


 退屈な時間が過ぎて行く。しばらくすると、ヘタレ格闘家はあたしの口からやっと手を離してくれた。

「大分離れたな、もういいぞ」

『ぶはーぅッ!

 もうねッ! ヘタレのせいで死ぬかと思ったよッ! 退屈でねッ!』

 あたしは側に生えていた草を根っこから引き抜き、近くの木に向かって放り投げた。木にぶつかった草の根っこの土が飛び散る。この動作の意味は、どんだけ退屈だったかをアピールする為のものである。

「ヘタレさん、その手を舐めたりしないでよね」

「しねぇよッ!」

 見るとイシェルは少しふてくされていた。もしかして、イシェルはヘタレ格闘家を自分のライバルみたいに思ってるのだろうか。そうだとしたらイシェルにとって、あたしを除いた全員がライバルと言う事になってしまうな。ヘタレ格闘家に限ってはないとは思うけど、妬いてくれるのは嬉しい様なない様な。

「でもぉ、何で隠れる必要なんてあるのぉ?」

 あたし達はステクトールのリーダー格であるカルーノや、その仲間達に滞在する事を認められている。今もただの散歩をしているだけなんだし、誰だったとしても気にせずに、挨拶すればいいと思うんだけどな。

 それに、利害のない人に襲われる方が理不尽だ。誰構わず襲う習性がある存在が居たとして、それは事実上不可能と言う結論に辿り着く様に。思えばあたし達が教わった魔物の行動も、これで簡単に論破出来た事だよね。それが当然だと思っているものだと、考える事すらないのだなと思った。


「ずっと気配を探ってたんだが、やはりあれは村人ではなかった」

 ヘタレ格闘家は、アゴを人差し指と親指で挟んで考え込むポーズをした。

『どういう事? まさかイシェルの苦手なオバケ?』

 イシェルに向かって両手をぶらぶらさせてオバケのポーズをしてやると、イシェルは一瞬の内にスフェーンの後ろに隠れてしまった。

「方向からすると、村の方から歩いて来たらしいが、あの気配からして村人ではない」

 どうやらオバケの部分はスルーされた様だ。しかし、村人じゃない気配なんて分かるもんなのだろうか。

「ふぅーん、あの村に出入りしてる外部の人間って事ぉ?」

「単に村と取引してる者かもしれんが……。

 ここは仮にもマトラの国外だ、村の外で出会う者には用心の必要がある」

 ヘタレ格闘家は、神妙な顔つきをして見せ、すっくと立ち上がった。あたしは、あれが何者かを確かめられなかった事が少し残念だった。

 あたし達は、さっきの気配が居た場所へ到着すると、それが向かった方向を見つめた。その方向に草が踏み固められ小さな道が出来ている。それにより、ここは何度も行き来されている道である事が分かる。

 外部の人間……もしくは魔の者であるとしても、何を目的としているのか。トリッサ達なら知っているだろうか、帰ったら聞いてみようかな。



 帰り道、村の程近くで見事に実りを見せている、金色の麦畑を見つける事が出来た。近場なのは予想通りだったけど、村の南側の森のすぐ先である。本当にすぐ近くだった。南側の森はすぐに切れ、その先はずっと湿地の平原がはるか彼方へと続いていた。

 麦畑は、既に半分程度は収穫によって刈り取られており、残りの麦も刈り取っている数人の村人の姿が見えた。麦たちは風が吹くと乾いた音を立てて棚引いていた。

「きれいねぇ」

 そう言う風に、髪に結んだリボンを靡かせているスフェーンの横顔を見ると、あたしはたまならい感情が湧いてしまう。スフェーンの方がもっときれいだよって言いたくて仕方なかった。そう思っていると、イシェルが目の前にジャンプして視界を遮った。

 少し空が赤くなって来ている。いつの間にか日も傾き始める時間を迎えて来ている様だ。空には鳥達が巣へと帰って行く様子も見えた。

『そろそろ帰ろう』

 トリッサやサフレインももう帰る頃だろう。あたし達は二人の家へと向かって歩き出した。



 空が真っ赤に染まる頃、あたし達は二人の家の前へと到着した。既にトリッサ達は帰宅しているらしく、中から食事の準備をする音が聞こえる。

「おかえりー! お風呂いい湯加減だよ」

 トリッサは、すっかり以前の様子に戻った様だ。その側で、野菜を切っているサフレインも幸せそうに見える。他には何も変わった様子はない。何の不安もないいつもの風景。あたしにはそうとしか見えなかった。


 言われるままにお風呂を済まし、あたしとスフェーンはタオルを頭に巻いたままテーブルに着いた。いつもの様に、隣にイシェルが座る。

 イシェルはタオルを巻かないけど、髪が乾かないうちはバンダナは着けない。まだ少し濡れている黒い髪を、あたしは指で整えてあげた。バンダナも似合うけど、たまにはちょっと変えたらいいのに。せっかく持ち合わせているお色気を封印してしまうのは、ちょっともったいない気がした。

 はたしてあたしがイシェル位の年になった時、どれだけ成長しているんだろうね。別に期待してなんかいないけど、その頃まで少年役を続けるつもりもない。

 イシェルの髪で遊んでいると、イシェルは手でそっとあたしの膝を叩いた。

 顔を覗き込むと、神妙な顔をして、首を捻る仕草をしているイシェルの顔が見えた。


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