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【57】見えない心の糸と意図

 朝食を食べていると、入り口のドアが開いた。


 あたし達がドアの方を見ると、そこにトリッサが立っていた。

 あれ、トリッサって昨日出てくって言ってたはずなんだけど、何で帰って来たんだろう。いや、帰って来ていいんだけど、何がどうなってるのかがさっぱり分からない。

 すぐにサフレインの顔を確認すると、彼女も驚いた顔をして言葉を失っていた。


「ただいまー」

 トリッサは、昨日の事がなかったかの様にただいまを言った。

『お、おかえり?』

 あたしは事情が飲み込めず、思わず疑問系になってしまった。それに釣られた様に、他のみんなも疑問系でおかえりを言っていた。

《トリッサ……?》

 ザブトンパンを手に持ったまま、サフレインはトリッサの名前を呼んだ。サフレインも事情が飲み込めてない所を見ると、やはりトリッサからちゃんとした説明が必要になりそうだ。

「はぁー、おなか空いたぁー。

 今日はまだ何も食べてなくてね」

 トリッサはそう言うと、スープの鍋を開けてお皿によそい始めた。

 サフレインは、思い出した様にザブトンパンを引き出しの中の袋から出すと、テーブルの上のパン皿へと補充していた。


「うん! おいしいッ! やっぱザブトンパンとスープっておいしいなぁー!」

 席に着いたトリッサは、やたらとおいしいを連発して食べていた。

 サフレインから昨日のケンカの事すら、何も言われていないあたし達は、完全に置いてけぼり状態だ。

 一人ならまだそれとなく聞けるんだけど、二人が揃ってしまっては「昨日のケンカは何だったの?」とか聞く訳にはいかない。それとも、外野は何も言わずに見守るだけにすべきなのだろうか。もう、この空気どうしてくれんの。


 困っていると、イシェルがあたしをつついた。

 見ると、アゴをクイっとさせて「何か言ってよ」と言う様な顔をしている。この状況じゃ何も聞く事はできないので、あたしはイシェルに首を振って返した。すると、イシェルは自分の顔を指差し、次にトリッサの方を指差した。

「トリッサあのさ」

 イシェルは少しムッとした顔をして言った。トリッサがサフレインに謝らない事が、やはり気に入らないのだろうか。

「なに? イシェル」

 トリッサは、昨日の事件前に戻ったかの様な口ぶりだ。

「実はボク達、昨日トリッサとサフレインがケンカしてるの聞いちゃったんだ」

 そう来たか。相手に説明さずに介入する手段を選ぶとは、いつもダイレクトアタックなイシェルらしい選択だ。

 トリッサは少しだけ何かを考える様な顔をした後、急に椅子から立ち上がった。トリッサが腰掛けていた椅子が、後ろへ倒れて大きな音を立てる。その動作と音に、イシェルは一瞬ビクッとした。

「サフレイン!」

 トリッサは、サフレインに真っ直ぐ顔を向けると、大きな声でサフレインの名前を呼んだ。

《は、はいぃ?》

 サフレインは声を裏返す程動揺し、見開いた目でトリッサを見る。あたし達も大体そんな感じの顔をしていた。一体どうなるのか、不安と希望が渦巻く感覚に苛まれる。

「ごめんなさいッ! 全てわたしが悪うございました!

 言い訳はしません! 本当にごめんなさいッ!」

 トリッサは、テーブルに手を付いて深々と頭を下げた。余りにも下げすぎた為、テーブルにゴチンと頭をぶつけていた。サフレインはその様子に、十秒程あっけに取られていたのだけど、じきに口元を少しゆるませた。

《う……うん、わかったよ》


 何ともあっさりと許してしまった。あたし達なら、絶対そこに付け込んだりするんだけど、サフレインって素直な良い子なんだな。

 トリッサのとったこの方法にはあたしも賛成したい。理屈をごちゃごちゃ並べずに、一番伝えたい事だけを言うのが一番だと思うから。

 でもって、少し解説を織り込むと、急に立ち上がったり椅子を倒す事で、構えていた壁を一気に取り払う事が出来た。凄い高等技術だよ。トリッサがそこまで計算して行動する人かはわからないけど、効果は覿面だったに違いない。

 とにかく、一時はどうなる事かと思ったけど、トリッサも頭を冷やしてくれたお陰でまるっと収まった様だね。これで安心してこの村を出て行ける。と言ってもまだ出発はしないけどね。

 あたしがふーっと息を吐くと、ヘタレ格闘家も同じ様に息を吐いた。何気に彼も心配していた様だ。ヘタレ格闘家の場合、トリッサの失敗風な味付けがまた食べれる……とか、そんな所かもしれないけれど。

 しかし、イシェルはまた難しい顔で首を捻っていた。あれ程ブチ切れて、あっさり終息した事が不思議なのだろうか。

 悪いと思ったらなるべく早く謝る。もし納得出来なかったら、落ち着いて話し合う。そういうのって大事だと思うんだけど。

 あたしの場合、話し合う以前に、あたしがあからさまに悪い場合しかないから、考えたり話し合ったりする必要なんてないけどさ。


《うぅっ……》

 トリッサを見つめるサフレインが唐突泣きはじめた。

「ど、どうしたの?」

 あわてて声をかけるトリッサに、サフレインは大粒の涙をぽたぽたと落とし始めた。

《だって、だって、トリッサがもう声かけないでなんて言うから》

 トリッサは、サフレインの横に移動するとサフレインの灰色がかった髪を優しく撫で始めた。

「そうだね、わたし……サフレインに酷い事言っちゃったね、もうあんな事言わないって誓うから」

 あぁ、何ていい話なんだ。朝からこんないい事が起こるなんて、今日はとてもいい日な気がする。根拠なんて無いけどきっといい日に違いない。

 横の席のスフェーンも、サフレインの背中を撫でていた。彼女の場合は趣味と実益を兼ね備えてそうな気がしたりしなかったりもするんだが。

「そうだ、今日はちょっと二人で出かけようか」

 おやっと、早速デートのお誘いですか。こういう事があった後って親密度がぐんと上がったりするもんだ。聞いた話によると、親密度を上げたくて、わざとこういうトラブルを起こす人もいるらしい。

 あれ? まさかこれも計算だったりするんだろうか。いや、トリッサは計算とか出来そうには見えないし、それはないだろう。

「そうねぇ、行ってらっしゃい。

 畑の手入れなら、あたし達だけで大丈夫だからぁ」

 流石スフェーン様はおいしい所を持ってくな、あたしも負けてはいられないぞ。

『今日から数えて十月十日後が楽しみだよッ! あ、ダメだ! よく考えたら二人とも女じゃないかッ!』

「ブッ! それはあんた達だって同じでしょぉ?」

 スフェーンは、あたしのボケに対して確実につっこんでくれるね。イシェルとだと、ボケと天然で場の空気を歪ませる訳だけど、それはそれである意味楽しめる。

「ねぇ、シンナバー。

 ボク男になりたいんだけど、シンナバーの魔法でどうにかできないかな?」

 ほらね。だけど、こういう所がイシェルらしくてかわいい所なんだ。二十一歳で五つも年上のお姉さんだって事なんて忘れてしまう程に。

『イシェル、残念だけど無理だよ。

 でも、イシェルが男だったらアゴヒゲとかしそうだよねッ!』

 あたしがおじいさんとかがよくやる、アゴヒゲを撫でる仕草をして見せると、イシェルも同じ様に真似をした。



 それからトリッサは、サフレインとデートへと出かけて行き、あたし達は畑の手入れに出かけた。

「ねね、シンナバーってアゴヒゲ嫌いなの?」

 イシェルがさっきのネタの事をまだ言っている。

『別に好きも嫌いもないけど、イシェルが男だったらしそうだなって適当に思っただけだよ。

 当然根拠などありませんのであしからずッ!』

 すると、イシェルはふーんと言って納得した。

「ボク達の子供が作れたらいいのにね、ボクが男だったら産ませられるのに。

 シンナバーが男になってボクが産んでもいいけど、やっぱりボクがシンナバーにしてあげたいからね」

 イシェルはあたしの下腹部に手を当てて、撫でながら言った。

 してあげたいか。自分が相手に影響を与える方が、相手を支配してるって満足感をより得られると言ったとこだろうか。こういうのって多分、与える側である男性目線じゃないと分からないんだろうね。そう思うものなの?

 女同士じゃどうあがいても、子孫を残す事はできない事はあたしも分かってる。だから、イシェルがそういう事を考える真理も理解できる。

 だけどね。イシェルがもし男の子だったら、今ここに一緒には居ないだろうな。前にも言ったけど、あたし達魔女ってイマイチ男にはピンと来ないみたいなんだ。別に嫌とかじゃないんだけど、恋愛対象としては見る事はできない。

 それはヘタレ格闘家に対しても変わらなかった。想像でしかできないけど、世間一般的な異性への恋愛感情は、スフェーンやイシェルに沸き起こるくすぐったい感情が近いんじゃないだろうか。あたしは一度もそういう経験がないから、これは憶測でしかないのだけど。

 もし、あたしが普通の女だったら、ヘタレ格闘家を意識したりするのだろうか。ヘタレ格闘家はどうなんだろう、あたし達の誰かに恋心を寄せたりとかするのかな。


 あたし達は畑の手入れを済ますと家へと戻った。家の中にはトリッサとサフレインはもちろん居ない。二人が居ないこの家は、主が居ない寂しい雰囲気がする。

 作り置きのスープとザブトンパンで、少し早い昼食を取ると、あたし達は村の周辺を探索する事にした。

 そう思ったのはザブトンパンの存在だ。この村をぐるりとドーナツの様に囲ってる畑には、パンを作る原料の麦が見当たらない。きっと麦畑はどこか別の所にあるはずだ。

 等と言ったものの、別に麦に興味がある訳でもなく、ただ散歩するのに目的が欲しかっただけなんだけどね。ともかく、麦畑探索隊を急遽結成して出発だ。誰かに聞けば一発だろう等とは言ってはいけない。



 あたし達は、エクトの街の反対方向、つまり西へ向かって歩き始めた。村の中央の道を突っ切り、集会場の先から森へと入る。

 森の中を歩くと早速鳥達の声が聞こえて来た。小動物の影もチラホラ見かける。

 所々に木を切った切り株を目にした、これだけ木があれば永遠に家を作る為の材料には困らなそうだ。

 あの村はまるで小さな国だな。しかも魔の者と人間が共に協力し合って暮らしてる。マトラもいい国だとは思ってたけど、この村は言ってみれば理想的な村だ。

「森といえば、誰かさんがこういう匂いしてたっけ」

『そう言えば、誰かさんの匂いがするね、ここでかくれんぼしたら犬でも探せないかも』

「ん? 気になったんだが森って匂いなんかするのか?」

 ヘタレ格闘家は周囲の空気をくんくん嗅いだ。

「え? するじゃない」

 イシェルは両手を広げると深呼吸した。

「プッ! ヘタレたんったらホント面白いんだから!」

 スフェーンは腹をかかえて笑った。

『イシェル、自分と同じ匂いはわかんないんだよ? だってヘタレの祖先は森だから』

 ヘタレ格闘家は、はいはいそうですよと言う顔をした。

「え……、ヘタレさんのご先祖様ってやっぱり森だったの?」

「ブーッ! アハハハハハ! イシェルたん大傑作ッ! 苦しいッ!」

 スフェーンは苦しそうな顔で笑い続けた。まさかとは思ってたけど、イシェルがこういうネタまで本気で信じるとは思わなかった。


 あたしは爆笑しているスフェーンを、キョトンとした顔で見ているイシェルに、とてもたまらない感情が湧き上がった。


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