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【54】お風呂でじゃんけん

 狩りから帰ったあたし達は、ヘタレ格闘家に釜番を頼んでお風呂に入っていた。


「湯加減どうだー?」

『熱いよッ! ゆだった!』

 あたしは湯船から洗い場へと飛び出すと、閉まっていた窓をパカーっと開け、つっかえ棒をはめ込んだ。外から涼しい空気がふわっと入り込んで気持ちいい。

 窓からは夕暮れの空の下、森の影が穏やかな風景を作っているのが見える。

「ギャッ! 何窓開けてるの!?」

 あたしの後ろで、スフェーンに洗われているイシェルが驚いて叫んだ。

『だって熱いんだものッ! ヘタレはあたしをゆで殺すつもりですかッ!?』

「ったく……さっきぬるいって文句言ってたのは誰だ……ん?」

 ヘタレがそう言いながら立ち上がると、丁度あたしと目が合った所で動きが止まった。じっと見つめるヘタレ格闘家に、あたしは少し首を傾げた。

「うわぁーッ! ヘタレさん! 見ちゃダメッ!」

 イシェルは泡だらけのまま、大慌てであたしの前に立ちはだかった。


 世間一般的に、女性が殿方にやすやすと肌を見せるべきではないって常識は当然知っている。

 だけど、あたしやスフェーンなどの魔女と言う存在にとっては、その常識は特別な条件以外では当てはまる事はない。不思議な事に全く何とも思わないんだ。むしろ、同性に見せる方が別の意味で気合が入る位で。なぜ、何とも思わないかについての理由はよく分からないのだけど。もしかしたら男性に対して恋愛感情が湧かない事と関係しているのかもしれない。

 そして特別な例と言うのは、男性が魔力を持つ場合。男性が魔力を持つ事は滅多にないけど無くはない。魔女は魔力を持つ男性に対してなら恋愛感情が発生するそうだ。

 割合的に多数となる魔女に対し、少数の男性の魔法使い。子孫を残せる組み合わせである為か、当然モテまくる事になるのだろう。

 だからか知らないけど、うちの父……フェルドスパー・アメシスは、神父のくせに魔女達にモテまくってる。それも未だにだ。まぁ、これはその内に話す事として今は置いておく事にしよう。


『仲間はずれもかわいそうだし、ヘタレも一緒に入る? 狭いけど』

 あたしは、ヘタレ一人男であるばかりに、頻繁に仲間はずれにされる事を少し気にかけていた。

「ちょっとッ!」

 ボーっとして、窓の外に突っ立ったままのヘタレ格闘家を誘うと、イシェルが驚いて声を上げた。

「あらぁ? 面白そうじゃなーい? あんたも来ればぁ?」

「な、スフェーンまで!」

 スフェーンは明らかに別の興味がありそうだ。イシェルは魔女じゃないから、これが恐らく普通の女の反応なのだろうか。その割に、自分の事は隠そうとしないのはどうしてなのか。

『どうやら反対派はイシェルだけだね、でも多数決で入っていい事に決まった様ですよ?』

「えー……」

「お……おぉ」

 イシェルは、つまんなそうな顔をして、不満げな声を上げた。そんな事は気にせず、ヘタレ格闘家は仲間に入れるのがうれしいのか、さっさと入り口の方へ走って行った。


 ヘタレ格闘家は凄い勢いで服を脱ぐと、ドアを開けて洗い場へと入って来た。その瞬間、あたし達三人の視線は一斉にヘタレ格闘家へと向けられる。当然の事だけど、その視線は若干下の方で止まりがちだ。興味の対象と、恋愛感情は必ずしも一致するものではないのだ。

 イシェルは視線をヘタレ格闘家に向けつつ、あたしとヘタレ格闘家の間に立って視界を遮断しようと試みている。イシェルの行動は、いつでも非常に分かりやすかった。

『来たね、じゃぁ早速だけどジャンケンしようか』

「ジャンケン?」

 ヘタレ格闘家は、ジャンケンの意味が分からず戸惑う表情を浮かべる。

「誰が誰を洗うか決めるんでしょぉ?」

 さすがスフェーンは分かってるね。だけど、スフェーンはもうイシェルを洗ったんだ参加できないよ。

『そうだけど、スフェーンはもうダメだからねッ!? イシェルを洗ったんだからッ!』

「え……? ボクがシンナバーを洗うんじゃないの?」

 組み合わせを決めるジャンケンの提案に、イシェルはまた不満げな声でぶつぶつ言っている。

『イシェル! ヘタレも同じ釜のメシなんだから、のけ者にしちゃダメだよッ! 分かった!? ヘタレは同じ釜のメシ!』

「アハハハッ! メシかよッ!

 しょうがないわぁ、じゃぁ三人で決めてぇ」

『三人? あ……』

 しまったーッ! あたしがスフェーンを洗える権利まで影響を受けてしまうじゃないか。大誤算だ、うっかりしてあたし自身を入れてなかったよ。どんだけあたしってドジなんだ……。


「じゃぁ、勝った順番に洗う相手を決められるんだね。

 絶対に負けられない……」

 イシェルはやたら気合を入れている。

「何だか分からんが、勝てばいいらしいな」

『そうだよッ! 用意はいいね? ジャンケンポン!』

 三人は一斉にジャンケンの手を出した。それをスフェーンは横から覗き込んだ。

「あらぁ?」

「何て事……」

「よっしゃー!」

 グッと親指を突き出し、勝利のポーズを決めるヘタレ格闘家。つまり勝ったのはヘタレ格闘家だった。そんな時でも、あたし達三人の視線はヘタレ格闘家の若干下の方に釘付けだ。


『ヘタレの勝ちか……ある意味想定外だったな。

 じゃ、イシェルとあたしで二番を決めよう』

 イシェルとのジャンケンではあたしが勝利した。ヘタレ格闘家の選択はあたしかスフェーンだから、50%の確率であたしはスフェーン様を洗える事になる。


 でも、あたしがスフェーンを選んでしまうと、イシェルはヘタレ格闘家を洗う事になるのか。既にそうなる事を予測してか、イシェルはガックリと肩を落として意気消沈だった。

「あんたは誰を選ぶのぉ?」

 わくわくした顔をして、スフェーンがヘタレ格闘家に問いかけた。

「ん、オレが勝ったから選んでいいんだよな?」

『うん、イシェルはスフェーンがもう洗っちゃったから選べないけどね』

「なら、オレはお前だ」

「フッ……」

 ヘタレ格闘家があたしを指差して言うと、イシェルは口から息を吐き出して、空気が抜けて行く袋の様にうな垂れて行った。

『へ?』

 あたしは自分が指名された事に驚き、思わずマヌケな声を出した。てっきりスフェーンを選ぶとばかり思ってたよ。

 でもこれは、不幸中の幸いだろうか。ヘタレ格闘家があたしを選んだおかげで、あたしはスフェーンを選ぶ事ができるんだから。

 でもでも……そうすると、イシェルはヘタレ格闘家を洗う事になるのか。


「次シンナバーだよ、ハァ……」

 イシェルはため息をついた。既に諦めている様子である。

『んーとんーと』

 イシェルって男性が苦手みたいだし……しょうがない。

『じゃぁ、ヘタレ』

「えッ!?」

「マ……マジかよ?」

 イシェルとヘタレ格闘家は驚いて、あたしの顔を見つめた。

『マジだよ、あたしを選んでくれたお返しにね』

 本当は選択の余地がなかったからだけど。


 ジャンケンの結果、ヘタレ格闘家とあたしがペアで、イシェルとスフェーンがペアという事になった。

「オレから洗っていいのか?」

『うん、よろ』

 ヘタレ格闘家はキラキラ目を輝かせている。ヘタレもこんな無邪気な顔をするんだね。

 タオルに石鹸を付けてふわふわと泡立たせると、ヘタレ格闘家はあたしを背中から洗い始めた。

 今初めて分かったんだけど、男性に洗われるのって結構緊張するもんだね。でも何で、ヘタレ格闘家はあたしを選んだんだろうか。自分の事ながら、あたしが一番魅力のない体をしてると思うんだけど。

 そんなあたしの考えをよそに、ヘタレ格闘家は随分と楽しそうに洗っていた。


 ヘタレ格闘家に洗ってもらった後、交代であたしが彼を洗ってあげた。

 うーん、この感触……。男の体って本当にしっかりと作られてるね。骨もしっかりしてるし、筋肉の量もずっと多い。音で表現すると、女はふかふかで男はぎっしりって感じだな。


『ふぅー、はいッ! 終わったよッ!』

 ヘタレ格闘家は表面積が大きいからちょっと大変だった。

「お、おぉ」

「アハハ、随分と楽しそうだったわねぇ。

 次はあたしも洗ってみたくなったわぁ」

 スフェーンは湯船に肘を付き、あたし達の様子を眺めながら言った。

 その後ろに、イシェルがこちらに背を向けたまま座っている。イシェルはチラリと横目で見るとまた壁の方へ顔を向けていた。想像通りだけどやっぱ拗ねてるな。


 あたしとヘタレ格闘家は、イシェルとスフェーンと交代する為に湯船に入った。が、湯船はヘタレ格闘家と入るには少し小さすぎる様だ。

『狭い、狭すぎるよッ!』

 ヘタレ格闘家に湯船を半分以上占領され、あたし達は湯船にひしめき合う事になってしまった。無理して湯船にしゃがんでみるもののとても窮屈だ。

「なら、こうするしかないな」

『わぁッ!?』

 すると、突然ヘタレ格闘家はあたしを抱える様に引き寄せ、自分の膝の上に乗せた。ヘタレ格闘家の胸が、あたしの背中の背もたれになる格好だ。

「うむ、やはりぴったりだな」

 耳元で言うヘタレ格闘家の声は、密着しているあたしの背中からも振動によって伝わって来る。

 なぜかこの声にあたしは安心感と懐かしさを感じ、すぐにあたしは小さい頃、父とこんな風にお風呂に入っていたのを思い出した。

「ちょっと、ヘタレさん?」

 しかしこのヘタレ格闘家の行動には、イシェルが敏感に反応した。

『イシェルーッ! これ面白いッ! 背中からヘタレの声が聞こえたよッ!』

「声……?」

 イシェルは意味が分からないのか、ポカンと言うした顔をした。

「あぁ? 何が面白いって?」

『声がね、背中から伝わってくるのッ!』

「あぁ、そういう事か。

 今お前の声も伝わって聞こえて来たぞ」

 あたしはヘタレ格闘家に寄りかかり、さらにヘタレ格闘家の首に耳をくっ付けてみた。喋ってもらうとヘタレ格闘家の声が密着させた耳から聞こえて来る。

「アハハッ! シンナバーってホント子供みたいな事好きだよねぇ」

「え? え? なになに? ボクよくわかんないんだけど」

 イシェルは相変わらず何のことかと言う顔をして、みんなの顔を順番に見ている。

『えーッ?! じゃぁ後でイシェルもやってみようよッ! 面白いからッ!』

 その後、イシェルにやってあげたら凄く驚いて感動していた。イシェルは何と、今日初めて体から声が伝わる事を知ったと言う。とても懐かしい小さい頃の遊びだけど、久々にやってみると楽しいもんだ。


 この日、夕食直前になって、トリッサはまたどこかへと出かけて行った。出口まで見送るサフレインを見て、イシェルは首を傾げ、あたしの方に振り返ってまた首を傾げた。

 トリッサは夜中になっても帰らず、サフレインが何度も外へと出たり入ったりを繰り返すドアの音を耳にしながら、あたしは眠りに落ちていった。


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