【50】悪戯の副作用
イシェルは今回は最初から女性と見られていたけど、一人称が「ボク」な為に男性と勘違いされた。
見た目は女性に見えて、本当は男性だったのかと混乱しかけた村人達ではあったが、単にイシェルはボクっ娘であると説明して村人達も納得してくれた。
これが一般的な反応なのか。そう考えると、余り説明を必要としなかった、マトラ王国の人達って多少なりとも理解してたって事だね。
村人でも多分、トリッサとサフレインは、ちゃんとした理解を示してくれているはず。
彼女達は、どの様な経緯でカップ……じゃなくて引き合ったのだろうか。二人はずっとこの村で育ったのかな。その内にでも聞いてみよう。
「挨拶も済んだし、お仕事手伝ってもらっちゃおうかなぁ」
集会場に居た村人にあたし達が一通り挨拶を済ませた後、トリッサはあたし達に仕事の手伝いを願い出た。あたしもお世話になったお返しに、何か手伝える事はないかと考えていた所だ。
『うんッ! あたし達ができる事なら何でもするよッ!』
「やったぁ! 言ってみるもんだね
畑の手入れなんだけど、大勢居るからすぐ終わると思うよ」
あたし達が歩き出そうとすると、カルーノがトリッサを呼び止めた。
「トリッサ、悪いけどキミはちょっと残ってくれるかい? 次の行事の説明をしたいんだ」
「あら、じゃぁサフレインはみんなを畑に案内してくれるかな?」
トリッサは、サフレインに苦笑いしつつ頼んだ。
《うん……じゃぁみなさん、こちらへ付いて来て下さいー》
あたし達は、先導するサフレインの後に続いた。少し歩いた所で振り返ると、トリッサ達は全員集会場の中に入ってしまったのか、既に見当たらなかった。
前を歩くサフレインの身長は、あたしやスフェーンよりも少し高かった。だけど、体の線は儚さを感じる程に細い。そして、薄灰色がかった髪が光に反射する様は、神秘的な雰囲気さえ感じられた。
しかし服装は、神秘的な雰囲気とは言い難く、動きやすそうな白いブラウスに、水色のスカートとかなりラフなスタイルだった。
魔の者は肌が真っ白で、白いブラウスを着ると、服と腕の境界線がなくなって、ぼんやりした印象を受ける。
うーん、もう少し濃い色の服の方が映えそうなんだけどね。極端を言えば、イシェルの真っ黒い服装でも、サフレインの白い肌には合いそうだよ。さすがにまっ黒の普段着じゃ、この村に住むには似合わないだろうけど。
村へと続く、小さな道を歩きながら周囲を遠くまで見渡すと、村の周囲の広い空間が畑になっている様だ。その面積は、村の自給自足も十分に出来そうに思えた。昨日は薄暗かったからよく見えなかったけど、畑には様々な種類の野菜達が植えられているのを色の違いによって判別できた。
『ねぇ、サフレインとトリッサって年いくつ?』
あたしはサフレインの肩に手を置き、左横から覗き込む様にして問いかけた。その肩は見た目通りに華奢で、やさしく扱わないと壊れそうに感じるものだった。
《はい、トリッサもわたしも十六ですー》
サフレインは、あたしの手を嫌がる様子もなく、にこっと笑って答えてくれた。因みに、サフレインの肩に手を置いたのは、単なるスキンシップであって他意はない。若干は魔の者への興味とかはあるけどね。
『おーッ! あたしとスフェーンと一緒なんだねッ!』
《あ、他のお二人は違うのですかぁ?》
『そー、イシェルはちっこいからロリに見えるけど、実はお色気担当のお姉さんで二十一歳だよッ! いわゆる脱ぐと凄いタイプ』
あたしはサフレインに、両手でボンキュッボンをして見せた。
《そ……うですか、わたしも年下だとばかり……ごめんなさい》
「ちっこい……ハァ」
イシェルはガックリと肩を落とすと、スフェーンがイシェルの肩をポンポンと叩いて慰めていた。
『それとヘタレはね……えーっと年齢不詳。
ここだけの話、言えないみたいだから相当いってるんだと思う……』
あたしはサフレインの耳に近づけて言い、ヘタレ格闘家をチラッと見ると、ヘタレ格闘家も反応してこちらへと視線を向けて来た。
「(丸聞こえなんだが……)オレはそんなにいってないぞ」
『ふふん、はたしてそれはどうかなぁ?』
あたしは不適な表情で、にやりとして見せる。
「あのな……二十三だ、聞かれなかったから言わなかっただけだし」
『えッ!? じゃぁイシェルより年上って事!? 最年長じゃないか! 王道的に言うと最長老様だよねッ?』
「どんな意味を込めた驚きだ、それに王道的に言う場面なんて存在しねぇッ!」
中々いいテンポだ。ヘタレ格闘家もツッコミが上達したもんだね。
『因みに最長老様って言うのは、大体ストーリー上に都合のいい特殊能力を持っておってな……んむぅー?
おーやおや、どうやら今回の最長老様は、ヘタレとか言うしょうもない能力をお持ちの様だ』
あたしは天を仰ぐ仕草をして、大げさに残念がって見せた。
「そのしょうもない能力を、押し付けて来てるのはお前だがな」
ヘタレ格闘家がいい加減にしろとばかりに、あたしの後頭部を鷲づかみにして揺すった。それに「あーうーあーうー」と声を発してふざけるあたし。
「ふーん、ヘタレさんってボクより年上だったんだ? ふぅん」
イシェルは顔半分だけヘタレ格闘家へ向け、横目を向けて気のなさそうな声を発した。
「ふぅんって、どういう意味だよ……」
ヘタレ格闘家は左目周辺を手で押さえて、右目でイシェルを見つめ返す。
「ボクは何だか頼りないから、年下かと思ってたよ」
イシェルはそれだけ言うと、ヘタレ格闘家に向けていた顔を元に戻した。そして、あたしに走り寄ると、サフレインの背中に置いていたあたしの手を、さりげなく取ってきゅっと握った。
「心配しなくていいわぁ、今にあたしがお似合いの男の子を紹介してあげるからぁ」
「……そりゃどうも(コイツには何故か逆らえん)」
ヘタレ格闘家は、あたし達と反対側に顔を向けて言った。
サフレインは小川の側まで来ると、近くに置いてある桶を指差した。
《この桶に水を汲んで、畑にやさしく水を撒きますー》
「サフレインって水魔法使えるんでしょぉ? 魔法使えば簡単じゃなーい?」
スフェーンは、不思議そうな顔をしてサフレインに問いかける。確かに水属性の魔法を扱えるのであれば、水桶を使わなくても水撒きが可能だからだ。
《はいー使えます。でも、どうせなら心を込めて育てたいですから》
サフレインはスフェーンににっこりと微笑んだ。何だこの女神様は。サフレインマジ天使。
「サフレインってやさしいのねぇ、わかったわぁ。
ところで水をあげる畑ってどこぉ?」
スフェーンはおでこの前に手を翳し、辺りを見渡すしぐさをした。
《えーっと、あっちの方ですー》
サフレインは、遠くの方を指差して見せた。あたし達も、サフレインが示した指の先へと顔を向ける。
『方?』
「方なんだぁ」
「ふむ」
方角しか言えないと言う事は、ここから結構な距離があると言う事だろうけど。水桶は、側に置いてある台車に乗せて運ぶらしい。あたし達は、桶を小川に沈めて水を汲むと台車に乗せていった。
たくさんの水桶が乗った台車を、あたし達が少しの力を込めて押すと、思いの外軽く動き始めた。台車は時折ガタゴト音を発し、地面の小さなでこぼこを越えてゆく。すると水が桶から少し跳ね、台車からも流れ落ちた。
それでも、この畑の脇道は山の中にある村にしては、とても整備されていると思う。地面には小さな轍が出来ているものの、大きな凹みにまでは成長してはいない。きっと、カルーノ達は定期的に道を平らに慣らしているのだろう。
『あのさ、あのさ』
あたしは、またサフレインに声をかけた。
《はい?》
さっきと同じ風に、サフレインはあたしの方に顔を向けて返事をする。
『サフレインって好きな人居るの?』
そう聞いたあたしはもちろん答えは分かっている、サフレインとトリッサは恋人同士だって事はね。だけどそれは本人達から言葉で聞いた訳じゃなく、雰囲気から察した事だった。だからって確認したい訳じゃないけど、本人の口から聞きたくなったのだ。
《え……、いきなり何を言うんですかー》
サフレインの顔が見る見る内に赤くなって行く。いいね、いい反応だ。何だかとっても初々しく感じるよ。
「あらぁ? サフレイン顔が真っ赤よぉー?」
スフェーンも、意地悪そうな声で言う。
《えッ!? あ、あのあの》
サフレインは、頬に手を当てて慌てている。その内に、耳までが真っ赤になって行った。
『まさかと思うけど、相手はトリッサじゃないよね?』
サフレインの反応って、分かりやす過ぎてかわいいなぁ。あたしは少し悪戯心がうずき始めた。
《あぁぁぁぁの、えーッ!?》
『違うならさ、あたしね……トリッサが好きになっちゃったみたいでね、告ってもいいかな? もうこの熱い恋心を抑えておけないよ!』
最後のフレーズの所は、目いっぱい苦しんでる様に言ってみた。
「えッ!?」
唐突に隣のイシェルが驚きの声を上げ、あたしの顔を見上げた。
《ダメですッ! トリッサとわたしは……あっ!》
ハッとして、両手で口元を押さえるサフレインに、あたしはニヤリとして見せる。
『ププーッ! まんまとひっかかったねッ! サフレインはトリッサが好きなんだッ! 全国の皆さん、聞いてくださーいッ! 重大発表ですッ!』
《あわわわわわ、ひどーいッ!》
尚もサフレインは取り乱していた。
「アハハッ! シンナバーってば本当にひどいよねぇ?」
『ひどいッ!? それはちがうよッ! あたしはサフレインが言えなかったのを、ちょっとだけお手伝いをしただけだからッ!』
《もーう! トリッサには、今の事とか言わないで下さいよー》
困った顔で、必死そうに言うサフレインの表情に、あたしはちょっとゾクッとした。このゾクッを味わいたくて仕掛けをしているんだ。我ながら悪趣味だとは思うけどさ。
それから少し歩き、あたし達は水やりをする畑へと到着した。
《この畑ですー。
水桶を持って、野菜一つっつに手のひらを使ってお水をかけてあげてください》
サフレインは腕に水桶を持ち、器用に手のひらを使って野菜に水をかけて見せた。
「わかったわぁ」
「んじゃぁ、始めるか」
『よーし! 泣いても笑っても容赦なくぶっかけるぞッ! みんな覚悟しろッ!』
あたしは人差し指をビシッと差し出して、みんなの顔に向かってそれぞれ指差した。
「プーッ! あたし達がぶっ掛け合ってどうするッ!」
あたしとスフェーンのやり取りを見て、サフレインはポカンとした表情をしていた。
あたしが水桶を担ごうとした所で、横に居るイシェルに袖をひっぱられた。
『なに? イシェル……えぇーッ!?』
見ると、イシェルが丸い目を見開いて、ポロポロと大粒の涙を流してあたしをじっと見つめていた。
「やぁだ……」
イシェルは袖を掴んだまま、小さな声を発した。その口元はブルブルと震えている。
『なになに!? 一体どうしたのーッ!?』
「冗談でも、あんな事言わないで、ボク……死ぬ程苦しいよ。うぅっ」
あんな事って、さっきトリッサを好きになったって言った冗談の事か。
『ご、ごめん……!』
アウチッ! まさかイシェルが、あんな冗談を真に受けるなんて思わなかったよ。
「次やったら、絶対許さないんだから」
少し怒った口調でイシェルは言うと、あたしの改良型修道着を力任せにめくり上げる。
『ひゃーッ!?』
繊維の千切れる音がして、はじけたボタンが足元に転がったのが分かった。肌蹴たあたしの胸に、イシェルは顔をすり寄せ、何度か頬ずりをしたかと思うと、まるで赤ん坊の様に涙を流しながらあたしの胸を吸い始めた。
あたしの背中に回したイシェルの腕には、絶対に離れるもんかと言わんばかりの力が込められていた。あたしは困りつつもよしよしする様に、イシェルの頭を撫でてあげた。
側に立っているヘタレ格闘家は、無言で飛んだボタンを拾い上げ、そっとあたしのポケットに入れてくれた。そして、台車から水桶を降ろすと、無言のまま畑へと向かって行った。あっけに取られていたスフェーンとサフレインも、ヘタレ格闘家の後に続いていく。
肌に当たるイシェルの息遣いが少しこそばゆく、吸われている胸は少し痛かった。辺りを通り抜ける風が、あたしの肌を撫でて通り過ぎていく。