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【49】集会場

 あたし達は、人間と魔物が仲良く共生する村、ステクトールにやって来た。

 この村へ来たのは、旅の目的ではないけれど、しっかりとこの目で見ておく必要がありそうに思えた。


「ねぇ、あなた達の旅って急ぎ?」

 朝食の最中、トリッサがあたし達に尋ねた。

『うんとね、うんとね』

 あたしは、パンを持った手をテーブルに下げ、スフェーンの顔へ視線を向ける。

「大丈夫ぅ、急いでないよ」

 スフェーンは、にっこりとして言うと、ティーカップを手に取り、目を閉じて紅茶の香りを楽しんでいた。

 この旅の大目的はスフェーンの人探しだ。あたし達が魔法学校を卒業した三年前。突然失踪した、同級生のルビー・サファイヤ、通称「おチビ」を探す事だった。

『急ぎじゃないみたいッ!』

「よかった、ならもう少しこの村に居られる?」

 あたしはまた、チラリとスフェーンの顔を確認した。すると、スフェーンがあたしに頷いて見せた。

『うん、トリッサ達がいいのなら』

「なら決まりッ! 好きなだけ泊まってって!

 そうだ、みんなにも紹介しないとね」

『みんな?』

「うん、この村の人達だよ。

 朝食が終わったら集会場に行こう、あそこには村のリーダーもいるからね」


 あたし達は食事を終えると、トリッサ達と村の集会場へ向かった。

 集会場は、村から少し離れた森の手前にあった。森からそよぐ風が、木々の匂いとまざって辺りを通り過ぎて行く。

 建物の周りには、低い木の柵がぐるりと囲み、その内側にある花壇には、小さくてかわいい白い花が植えられていた。建物は木造の平屋建てで、大きな部屋が二つ、簡単な引き戸で仕切られている。間敷居を外せば、ここに村人全員が入りきるだけの大きさはありそうに思えた。

 外から建物の中を覗いた時、数人の村人が中に居るのが見えていた。やはり、人間だけでなく魔物も混ざってるようだ。トリッサの言う通り、この村では人間と魔物の分け隔てはないのだな。


「カルーノ!」

 トリッサが集会場の中へ向かって叫ぶと、中から見覚えがある男が出て来た。

「おはようトリッサ、大きな声出してどうかしたのかい?」

 カルーノと呼ばれた男に大きな声を指摘された為か、トリッサの顔が少し照れていた。

「あ……おはよう。

 えと、この人達ね。昨日から、わたし達の所に泊まってもらってるの」

「あぁ、キミ達は昨日の。

 おはよう、昨晩はよく眠れたかい?」

 男は、昨晩町の外れで会った親切そうな男だった。カルーノは、この村のリーダー的存在で、今は村人の家の補修作業の打ち合わせをしている所だったそうだ。

 この村では、住民の家は村で用意してくれ、その後の補修までもしてくれるらしい。ただし、それらの作業を行うのは全て村の住民である為、他の住民が助けを必要とした時は手伝う事になる。

 つまり、村人達はお互い、持ちつ持たれつの関係となる訳だ。この村の住民が親切なのは、そういう村の方針のおかげなのかもしれない。


「キミ達はマトラの人だね? ん……それは」

 カルーノの視線の先には、あたしの胸に付いている魔戦士組合員のバッヂがあった。

『これ? 魔戦士組合員のバッヂだよ?』

 魔戦士組合員のバッヂは、剣と盾を合わせたシルエットの上に、六精霊の属性を現す六つの角を持つ星形が乗っており、その中心には根本属性である光と闇が表現されている。

 魔戦士組合員にはバッヂを、よく見える所に付けなくてはいけない決まりがあった。

「魔戦士……、と言う事はキミ達って戦士か魔法使いなのかい?」

『そうだよ。あたしはプリーストで、スフェーンがソーサラー、ヘタレは格闘家、そしてイシェルが』

「ボクはシーフだから、泥棒じゃないよ」

 以前の教訓か、イシェルはあたしが言う前に自分の職業を名乗った。

「そうか、キミは人間なのに魔法が使えるんだね」

『人間なのにって?』

 あたしは、カルーノの言ってる事がよく分からなかった。マトラ王国でも魔法使いは確かに稀少な存在だけれど、魔法を使える事に驚く人は見た事がなかったからだ。

「この村には魔法を使える人間は居ないんだ、そこのサフレインの様に魔の者しかね」

『え? サフレインって魔法使えたのーッ?』

 あたし達が一斉にサフレインの方を見つめると、彼女は驚いた表情をしていた。

《それは……、わたしも一応魔の者と呼ばれる種族ですから》

 ちょっと困った様に言うサフレインの言葉からすると、どうやら魔物……じゃなくて魔の者は魔法を使えるのが当たり前の様だ。まぁ、確かにそうじゃなかったら、魔の者とは言われないか。

 人間は凄い低確率で魔法使いが生まれるけど、魔の者はみんな魔法が使える。あたし達は、そういう事も学校では教えられていなかった。


「カルーノさん?」

「何だい? えーっとキミは……」

「イシェルだよ。

 言っておくけど、シンナバーは神の子って呼ばれる特別なプリーストだし、スフェーンはマトラ王国最強のソーサラーだからね」

 ちょっと不満気な口調で、イシェルはカルーノにあたしとスフェーンの事を話し出した。

「何だって……!?」

 カルーノが顔色を変えたのを見ると、イシェルは得意そうな顔をした。

「それとね、シンナバーはコウソの街の武道大会で武道王って言う称号ももらってるの」

 うわーッ! イシェルったら何て恥ずかしい事を言うんだ。

『ちょっとイシェルッ!』

「シンナバー? お世話になってる人達に隠し事をする方が失礼だよ」

『うぐぅ……そうだけど』

 だとしても、武道王の事だけは言わないで欲しかったんだけどな、だってそのネーミングからして恥ずかしいし、ヘタレ格闘家にも歯が立たなかったし。

 横目でスフェーンを見ると、スフェーンはやれやれと言う表情をしていた。


「神の子とマトラ最強のソーサラーか……驚いた、うん、驚いたよ!

 何がって、よくマトラ王国がキミ達の旅を容認してるなって事にね」

 それはそれ、マトラは国民を強制してないからね。国や軍に入るかどうかは、まず本人の意思が必要だ。

 とは言っても、魔戦士組合員も広い意味では王国の兵である事には違いない。イザって時になれば、この間みたいに特例が出されるんだろうね。

「ボクが言っておいて何だけど、キミはここに居て、何で神の子の事を知ってるの?」

「まぁね、ここにも一応は外からの客は来るからさ。

 それにしても、この村にそんな大物が来るとは光栄だよ」

 カルーノの視線は、あたしとスフェーンを行ったり来たりしている。

『あのッ! あのッ! 昔はそうだったけど、今はもうそういうんじゃなくて……普通の女の子になったって言うか』

 あたしが神の子であると言う事。いや、かつてその役目をしていた事は余り話したくないんだけどな。自分の意思で教会を出たのだけど、そういう話題もなるべく触れない様にして来たんだ。

「謙遜する事ないよ、ついこの間神託してたじゃない」

『うぅ、でもあんまり当たってなかったし……』


 そう、あたしのした神託は正しくはなかった。その通りに導く事が出来なかった。

 もし神託の通りになれば、魔物に押されて戦闘の場を街の中へと移す事になっていた。その為にヒーラーを街の中央に集めた配置をしていたんだ。ヒーラーをもう少し外に展開していたら、もしかしたらアローラ先生達は死なずに済んでいたかもしれないのに。

 神託とは、確実に訪れる未来を見る能力ではない。いくつもある近未来の可能性の中から、最も最適な一つが神託の意思によって選ばれ、そこに行きつく為の助言がされるだけなんだ。それは分かってるんだ。でも、あの時は神託の通りになって欲しくなかった。

 もしかして――あたしがアローラ先生の言う事を聞かず、他の誰かがスフェーンを呼びに行ってくれてれば良かったのだろうか。もし、そうしていたならば、また違った今が訪れていたのだろうか。

 この時、あたし自身が神託の事を大きく誤解していたのだけど、現時点でそれに気づく事はなかった。


「どうしたのぉー?」

 唐突に声がして我に帰ると、スフェーンがあたしの肩に手を置いて顔を覗き込んでいた。

『わぁッ! ビックリしたーッ!』

 突然目の前一杯にスフェーンの顔が現れた為、あたしは声を上げてたじろいだ。

「大丈夫? 何か考え事してたみたいだけど」

 イシェルは心配そうな顔で、あたしの腕を掴んだ。周りを見渡すと、村の住民であるトリッサ達もあたしの方を見ている。

 その時、今日聞いた中で一番驚きを込めた声がした。

「えぇ……!? キミ……本当に女の子なのかい?」

『へ?』

 その声の主はカルーノだった。見ると彼の目はあたしの方へと向けられていて、しきりに何かを探している様に動いている。この反応って……毎度過ぎて今更驚いたりもしないけど、一体みんな何を探そうとしているのかと聞いてやりたいもんだ。答えは分かってはいるけどさ。

 その謎の探し物をしてるのはカルーノだけではなく、集会場に居た村人達も同じだった。そればかりか、トリッサやサフレインまでもがじっと、あたしの体を見つめているじゃないか。いやいやいや、同性でまさかね。

「確かに……」

 後ろでヘタレ格闘家がボソリと呟いた。そう言えば、やつも最初に間違えてた気がする様な。

『こらーッ! みんなしてッ!』

 くそぅ、もういっその事性別には「少年」って言う種類があったら良かったのに。

「みんなの探し物はちゃんとここにあるよ」

 イシェルはあたしの後ろから手を伸ばすと、密やかなるソレを迷う事なく掴むと、ぐいっと寄せて小さな山を作った。

『わぁッ! イシェルーッ! 何してるのぉーッ!?』

 だがしかし、そのおかげで迷子になっていたみんなの目は、一斉にイシェルの作り出した小さな山へと固定されたのだった。

「あらぁ? 流石はイシェルねぇ」

「ボクはシンナバーの体の事なら、何でも知ってるつもりだからね」

 イシェルはとても嬉しそうだ。でもさでもさ、ここでそういうカミングアウトしなくても良くない? だって、女の子同士って、やっぱり世間の理解を得られにくいんです。


「えぇ……!? 今度はキミが男なのかい?」

 すると、なぜかカルーノがさっき以上の驚きの声を上げた。その視線の先は、イシェルの立派な膨らみへと固定されている。

「え? ボ、ボク!?」

 イシェルは、その丸い目を見開いて戸惑った。最初に男と思われてる事には慣れてるけど、その逆は余り経験がないのだろう。


 不思議に思い、イシェルの服装をよく見てみたら、いつの間にか着こなし方が、少しだけ女性っぽくなって来ている事に気が付いた。昨日までは確かに見せる事のなかった胸元が、今はほんの少しだけだけどオープンになり、相変わらずの黒い布も体のラインが綺麗に出る様に工夫されている。

 どんな心境の変化があったのかは知らないけど、女性らしさに自分から目覚めてくれたのは、あたしとしても嬉しい。だって、せっかくいいものを持ち合わせているのだから。


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