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【46】ステクトールの村に向かって

 夜明け直後。あたし達はエクトの街を離れる前に、街から北に三キロ程離れた所に出来た、真新しくも何もない地へとやって来ていた。

 その大地は超高熱によって溶かされた後、雨によって急激に冷やされた為か、地面が溶岩石の様に脆く砕けていてとても歩きにくかった。この何もない地は二日前までは青く草木が茂っていたと言うのに、今は焼け焦げた匂だけがする風が吹いているだけだ。

 焦土の中心地、つまり一番焼けている所にたどり着くと、あたし達は無言のまま辺りの岩を積み上げてアローラ先生の墓標を作り、その後ずいぶんと長い時間祈り続けていた。



 ステクトールの村はワッカ運河を渡り、西に向かって半日程歩いた所にあるらしい。

 桟橋で小さな船を借りて対岸に渡ると、その先は道と呼べるものは存在せず、大分先まで水辺特有の丈の高い草が生い茂っていた。それらを掻き分けてしばらく進むと、唐突に森の入り口が現れた。


『わぁッ! イシェルッ! 服がバッタだらけだよッ!』

 イシェルの着ている黒い布には、緑色をした細長いバッタがたくさんくっついていた。丈の高い草を掻き分けて歩いたせいだろうけど、あたしやスフェーンやヘタレ格闘家には全く付いていないのに、なぜかイシェルにだけたくさんくっ付いていた。これって服の色のせいなのだろうか。

「ギャッ!? 何でボクにだけ……」

 慌ててイシェルが服をバサバサとして、服についたバッタを振り払っていた。全てのバッタを振り払ったイシェルは、ふぅっと息を吐いて歩き出したけど、その頭に巻いたバンダナに緑色のバッタが二段に重なって誇らしげにしがみ付いていた。


「クスクスクス」

『(笑ったら失礼だよ、あのバッタ達はあたし達には違いは分からないけど、きっと美形でエリートのカップルなんだから)』

 あたしはイシェルの頭にくっ付いた、二段に重なったバッタを見て、クスクス笑っているスフェーンを小さな声で注意した。

 すると、スフェーンはさらに苦しそうに笑い出し、その様子に気が付いたイシェルは振り返ると怪訝な顔で首をかしげた。

「しかし、こんな森の中進んで、ステクトールとか言う村にたどり着けるんか?」

 場の空気を読めないヘタレ格闘家は、早くも道の心配をしだした様だ。まだ十分程度しか歩いてないと言うのに。

『方向さえ分かってればきっと大丈夫だよ。神様の信仰だって、まずは闇雲に信じ込む事から始めるんだよッ!? 疑いの心は罪なんだッ!』

「信仰心の全くないお前が、その例えを言ってもな」

『残念だよ……ヘタレは死んだらヘタレ地獄に直行だね。さようならヘタレ』

「その程度で地獄決定かよ。そもそもヘタレ地獄って……。神の子なら迷える子羊を救ってみせろ」

『しょうがないなぁー、これが最後のチャンスだよッ!

 ホラッ、そこの緑色の変なのをごらんよッ!』

 あたしはイシェルの頭にしがみ付いている、二段に重なったバッタを指差した。

「あぁ? そのバッタがどうしたんだよ……ん?」

『どうやら異変に気が付いた様だね』

「プッ……ブハァッ!」

 てっきりヘタレ格闘家が笑ったのかと思ったら、スフェーンがお腹をかかえて苦しそうにしていた。ヘタレ格闘家はと言うと、顔を少し近づけてバッタを確認したものの、それがどうしたと言う顔をしただけだった。


「それで、方向は合ってるのか?」

 せっかく今のトレンドを紹介したのに、容赦なく話を戻すヘタレ格闘家。せっかくのバッタの誇らしいポーズも、ヘタレ格闘家には通用しなかったか。非常に残念だよ、ここまで笑いのツボが合わないとは思わなかったさ。

 とか思いつつも、あたしもよくよく考えたら、何で二段になったバッタが面白かったのかの理由が分からなくなって来たけどね。とりあえずスフェーンの笑いのツボにはストライクだったらしい。苦しそうに笑い続けるスフェーンを気にして、怪訝な顔でたまに振り返るイシェルを傍から見ているのは悪くはなかった。



 森の地面は高低差が余りなく、枝葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日の間を進むのは、思っていたよりも歩きやすかった。この調子で難なくステクトールへ辿り着く事を切に願う。

 上を見上げると、ゆらゆらと風に揺れる葉の間から、太陽の光がチラチラと光って見えた。この太陽の方向からすると、もう今は昼過ぎといったところか。

「ねぇ、食事はどうするの?」

 相変わらず頭にバッタを乗せたまま、イシェルは振り返ると後ろ向きで歩き出した。

「そうねぇ、そろそろお腹も空いてきたし、どっかに座ってお弁当食べるぅ?」

『待ってましたッ! プリンいらない人いる? 居たらもらうよー!』

「アハッ! プリンなんて持ってないじゃなーい」

『今のは学校のクラスに必ずいる、一日の台詞がそれだけのクラスメートの物真似だよー』

「アハハハッ! 居た居たッ! でもあんたも言ってたよねッ! スイーツの類はまず余らないのに」

『違うよッ!? あたしは好き嫌いなく何でも受け付けてたじゃないッ! スイーツ専門はおチビの……あぅ』

 しまった……。あたしとした事が、ついおチビの話題を出してしまったよ。この話題は地雷なのだ。思った通り、場の雰囲気が今の一瞬でおかしくなった気がする。

「うんうん! おチビたん甘いもの好きだったもんねぇ」

 ちょっと心配したけど、スフェーンがちゃんと返してくれてホッとした。一瞬起こった妙な空気を感じ取ったイシェルは、あたしとスフェーンの顔をかわりばんこに見ていたけど、少しすると「ふむ」と納得して前を向いて歩き出した。


 それから少し歩くと、大きな木が根元から折れて倒れており、そのお陰で日差しが地面にまで射している所へと出た。

 この地面だけスポットが差し込む様に明るく、背の低い草が茂って天然のジュウタンを作っていた。

「ねね、ここらでお昼にしようよ」

 そう言ってみんなの返事を待たずにイシェルが草の上に座り込むと、その頭にしぶとくしがみ付いていた二段のバッタもピンと跳ねて草むらへ飛び込んでいた。

「あの木が倒れたおかげで、ここだけ光が射してるのねぇ」

「ともかく昼飯にはいい場所だな」

『やほーいッ!』

 あたしは明るい場所に出た事に嬉しくなり、一面に茂っている草に向かってダイブすると、草を掻き分けて泳ぐ仕草をした。すると、イシェルはあたしの背中にうつ伏せに乗り、背中にふーっと息を吐いた。その息が、あたしの服を通り抜け、背中に当たるのを感じた。

 草の布団ではしゃいでる、あたしの横にスフェーンとヘタレ格闘家も座り、パンとイチゴのジャムとバターを取り出し、昼食の準備を始めた。

「今日のは、保存食用のパンじゃないから嬉しいでしょぉ?」

 スフェーンはそう言って、あたしとイシェルにパンを手渡してくれた。

 町経由で旅をしていると言っても、場所によっては移動に何日もかかった事も多い。そういう場合は、硬く焼き固めたパンを食べてるんだけど、水分が少なくボソボソした食感は、余りおいしいとは言えない。今回は半日の距離な上に、村にお店もあるらしいので保存食でなく、普通のパンを買っていたのだ。

 そんなあたし達の旅でも、一つだけ全く気を使う必要がないものがあった。それは火種だ。魔法のお陰で、どんな時でも焚き火をする事ができると言うのは便利極まりない。パーティーに魔法使いを一人連れていれば寒さに震える事はない、もし今に長い旅をする機会があったとしたら、仲間に魔法使いを一人は入れる事を強くオススメする。


 食事の後、あたし達は少しだけ昼寝をすると、またステクトールの村を目指して歩き始めた。


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