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【42】1つの時代の終焉

 ――エクトの街の北側

 戦略的にかつ休みなく攻め寄せる魔物達に、アローラ達は徐々に押され始めていた。最初に二十名いた軍の魔導兵も半数に減り、ルクトイもオーバーヒート気味となり、その体からは白煙をあげ始めていた。

「アローラさん、もう魔力が……」

 広域に広がる敵を殲滅し続けた為、魔導兵達の魔力も尽きようとしていた。

「わかったわ、魔力を使い果たした者は街に退避してちょうだい。後はわたし達で何とかするから……」

 そう言ったものの、アローラの魔力の消費も激しかった。魔法を撃つ度に酷く息を乱している。

「大丈夫か?」

 バーライトが声をかける。しかし、バーライトも息を乱し、かなりの手傷を負っていた。その様な状況を後方のシンナバーが回復魔法で支援し、皆何とか立っていると言う状態だったのだ。

「ハァハァ……、ま……まだ大丈夫よぉ」

『やっぱり、あたしも前に出るよッ!』

 いつの間にか、アローラ達のすぐ後ろまで来ていたシンナバーが言った。

「シンナバー、あなたは後方支援でしょ? あなたを失ったらわたし達はすぐに全滅する事になるの。後方支援はとても大事な役目なのよ」

 少し困った表情で、シンナバーを見つめるアローラ。

「シンナバー。回復ありがとうな、凄く助かってるぜ」

 ニッと笑って見せるバーライト。

 二人の顔を何度か交互に見た後、シンナバーはとぼとぼと定位置へと下がって行った。

 シンナバーが定位置まで下がった事を確認すると、バーライトがアローラに小さな声で言った。

「アイツ等、いい子に育てたな」

「でしょう? わたしの自慢の教え子達だもの」

 アローラはバーライトに微笑んだ。


 その時、軍の魔導兵の一人が叫ぶ声が聞こえた。

「アローラさんッ! ルクトイがッ!」

 魔導兵が指差す先のルクトイの体は、あちこちから青い光を撒き散らし、その体を真っ赤な炎が包んで燃え始めていた。オーバーヒートしたまま尚も運用した為、とうとう発火したのだ。燃え上がるルクトイは、尚も大きな目を光らせて主砲を撃ち続けている。主砲を撃つ度に、激しく青い光が吹き出していた。

「あれももう限界ね……。残りのは少し後退させて休ませてあげて。

 東と西にも頑張ってもらいましょう」

 燃えはじめたルクトイは、しばらくすると動かなくなった。残った四体のルクトイは、主砲を撃ち出すのを止めて後退して行く。ルクトイの体から白い煙がもくもくと噴き出し、その煙はなまぬるい風に吹かれて北へと流れて行った。


 この時、魔物達は人間側の攻撃が薄くなったのを察知し、残る全ての魔物を進行させ始めた。それに加えて、ザサス司令の言っていた切り札も、更なる活動を開始していたのだった。

「おいおい、またかよ」

 バーライトはうんざりとした顔をした。巨大な生物の足音がアローラ達の元へと近付い来ていたのだ。その周囲には魔物の大群も平行して押し寄せている。

「魔力を温存させてはもらえそうもないわねぇ」

 その巨大な生物は、あの召喚獣のベヒモスだった。角を前に突き出し、凶悪な顔をして迫って来る。

 すぅっと息を吸い込んで、アローラの指が空を差した。

「本当、これが最後だったらと思うわぁ」

 空に巨大な雲の輪が現れ、その雲をぐるりと紫色の光がほとばしる。その雲は最初はゆっくりと一回転し、その後急激に回転を強めて巨大な竜巻へと成長した。この魔法は紛れもなくニブル・トルネードだった。

 電離分解を伴うこの巨大竜巻は、光に触れた物を一瞬で蒸発させて行く。その様はさながら、まるでリンゴがかじられて行く様に見える。大規模な魔法故に、大量の魔力を必要とする大魔法だ。

 空高く立ち上る気流は、周囲の魔物達を容赦なく吸い込み、耳を劈く様な轟音を上げた。かくしてこのニブル・トルネードによってベヒモスは消滅し、同時に中央の魔物達の多くも殲滅させる事に成功したのだった。

 残った魔物達に魔導兵達が魔法を撃ち込み、魔物達も魔法で反撃していた。既に魔力の消耗が激しい魔導兵達は、魔法を受け止める程のシールドを張る事も出来ず、光が消える様に一人、また一人とその数を減らして行った。


「アローラッ!」

 巨大竜巻が消え去ると共に、アローラは苦痛の表情を浮かべ、ガクッと力尽きる様にその場に崩れ落ちて行く。それをバーライトが素早く腕を差し伸べて支えた。

「本当、嫉妬……しちゃうわぁ」

 バーライトに体を支えられてアローラが呟いた。

「お前……?」

「わたしにもっと魔力があれば……本当はとても悔しかったんだから」

 アローラの体からは、ふつふつと白くぼんやり輝く煙の様なものが噴き出し始めていた。魔力を使い果たし、その代償として体そのものを消費し始めているのだ。シンナバーの回復魔法により、その煙は徐々に収まって行った。

 アローラは当初からシンナバーから受けた回復魔法の大半を、魔力へ変換して蓄え温存していた。出来るだけ魔力の無駄を抑え、一つでも多くの魔法を撃ち出す事を優先していた。その為、魔力を撃ち出す体力はほとんど回復される事はなく、もはや体力は限界に達していた。

「もういい、街はまた後で取り戻せる、だが……お前は」

『アローラ先生ッ!』

 シンナバーが叫んだ直後、アローラ達に襲い掛かろうと密かに忍び寄っていた魔物に向けて、光のシャワーの矢が放たれた。

 その無数の光の矢は、魔物に突き刺さると神秘的な高音を発した。光の矢が突き刺さった魔物は、十メートル程後方へと飛ばされてそのまま動かなくなった。

 周囲には、その他にも二体の魔物が近寄って来ていたが、間髪居れずにその二体にも光のシャワーの矢が放たれ、そして金属的な高い音を響かせて突き刺さった。その二体も同じ様に後方へ飛ばされた後で、地面に転がると動かなくなった。

 魔物が次々と飛ばされて行く音に気が付いたバーライトが、ハッとした表情で辺りを見渡した。その後、この光の矢を放った者がシンナバーだと分かると、片手を上げて礼を表した。

 シンナバーはアローラ達を回復しつつ、襲い掛かろうとした魔物三体を神聖魔法スプレット・バニシュで撃退していたのだった。


 アローラは目を一度閉じ、それからゆっくりと開けるとバーライトの体を支えにしながらゆらりと立ち上がった。

「シンナバー、あなたにちょっとお願いがあるのぉ」

 シンナバーは味方への回復魔法を維持したまま、アローラ達に近寄って来た。

『先生……?』

 シンナバーは心配そうな顔をして、バーライトに支えられてやっと立っているかに見えるアローラを見つめた。そんなシンナバーの表情に、アローラは微笑んで返した。

「悪いんだけどぉ、ちょっとスフェーンの様子を見て来てくれないかしらぁ?」

『でも、そうしたら回復が……』

「こう見えても、まだわたしには奥の手があるの。だからまだ戦えるわぁ」

 アローラのその声はいつも通りだった。シンナバーがバーライトの顔を見ると、バーライトは無言のまま頷いた。

『……分かった。急いで行ってくるけど無茶し過ぎちゃダメだよッ! 約束だからッ!』

「大丈夫よぉ、わたしもお嫁には行きたいもの」

 その言葉にシンナバーがくすりと笑って表情を緩ませた。シンナバーは急いで味方への強化魔法をかけ直し、急いで街の方向に走って行った。


「さてと……」

 アローラは周囲の様子を見渡した。それは北に残された兵力を確認する為だった。

 街に戻った者を除いて、現在戦闘可能な魔導兵は四名だ。それに加え、ルクトイは冷却の為に後方に下がらせてはいるが四体が健在であった。

「あなた達、街の手前まで下がってぇ。

 街の兵にも援護してもらって、そこを最終防衛ラインにしましょう。そちらの指揮はお願いねぇ」

 アローラは魔導兵に指示を伝えた。

「で、でも……アローラさん達は?」

「わたし達はもう少しここで頑張ってみるわぁ。

 撃ちもらした敵はお願いねぇ」

 片目を閉じてウィンクをするアローラに、魔導兵は顔を赤らめて頬に手をあてた。

「わ、分かりました、ご武運を!」

 そう言って、魔導兵達は後方へと下がって行った。


 最前線に、アローラとバーライトの二人だけが残された。

「もう一踏ん張りしないとね」

「……むぅ?」

 アローラが下腹部を押さえると、眩い光りを発して輝きだした。

 それをバーライトは不思議そうな顔で見ていた。

「ちょっと本気出しちゃうわぁ、アシストはお願いねぇ」

「あ、あぁ……分かった」

 バーライトは剣を収め、両手でアローラを支えた。


 アローラは接近する魔物を次々と魔法で確実に殲滅しつつ、南へ向かって前進を始めた。

 その様は、魔力が枯渇したとはとても思えない程だった。魔物から絶えず集中攻撃を受けているが、それを強力なシールドを展開して防いでもいるし、魔物が集中すればそこに向けて大魔法を撃ち込む事も躊躇なく行っている。何しろさっきまで息も絶え絶えだった様子が、今は不思議と全く見られなくなっていた。

 それは圧倒的であり、一方的とも言える戦闘だった。これが魔物達に十年の間、最高の脅威として恐れられたアローラの真の実力なのだ。


「ワハハハッ! 見ろ、お前の凄まじさに魔物供も恐れをなしているぞ!

 だが、その光っている腹は一体何なのだ?」

「言ったでしょぉ? わたしにはまだ奥の手があるって。それと女性にお腹の事とか聞いちゃダメよぉ」

「そうだったな、すまんすまん……うッ!?」

 バーライトがアローラを見た瞬間短く声を上げた。その目は魔法の光によって照らされたアローラの髪へと向けられていた。

 アローラは美しい栗色の長い髪をしていた、さっきまでは確かにそうだった。バーライトは今、アローラの髪に異変が起きている事に気が付いてしまったのだ。

「アローラッ! おいッ!」

 バーライトは、後ろで束ねられたアローラの髪を掴むと、アローラの目の前まで引いて見せた。

 だが、アローラは目の前の髪を見る様子もなく、バーライトの方へと顔を向けた。

「どうかしたのかしらぁ?」

 バーライトは再びアローラの目の前に髪を引き、それを左右に振って見せた。

「何ってお前……(ハッ!)」

 アローラの栗色の髪は、いつの間にか真っ白になってしまっていた。魔力が枯渇し、体を代償に魔力を作り出していたアローラは、栗色の美しい髪を失ってしまっていたのだった。それどころか、目の前で髪を左右に振って見せた事に全く反応がないと言う事は……。

「それにしても真っ暗ねぇ、早く日が昇らないかしら」

 バーライトが空を見上げると、空はうっすらと明るくなって来ていた。それに加え周囲に燃える炎が足元まで照らしている。

「……そうだな、全くもって真っ暗だ」

 アローラが魔法の威力を上げたのは、視覚を失って標的を定める事が出来なくなっていたからだった。敵の位置はシールドに当たった敵の魔法から、おおよその発動位置を逆算して反撃していた。こうする事ではたから見ると、全く問題がない様に見えていたのだった。ただし、これらの事はアローラ自身も気が付いていなかった。

「オレならこの暗闇でも、敵がどこに居るかを感じ取る事が出来る。お前の手を持ってその方向を示そう」

 バーライトは今すぐアローラを抱えて戻り、シンナバーに魔法治療を頼みたい気持ちを必死に抑えて言った。

「そう? じゃぁお願いするわぁ」

 バーライトはアローラの右手を掴み、魔物が居る方向を示した。

「三十メートル先に二つだ」

 方向と距離の情報を得て、アローラが魔法を撃つ。そのコンビネーションによって、一面の魔物を殲滅して行った。


《アローラよ、随分と難儀している様だな》

 アローラ達のすぐ後ろで突然声が聞こえた。バーライトがその声の方へと振り向くと、いつの間にか年老いた魔物がそこに立っていた。そして魔物がニヤリと笑い、アローラに向かって真っ直ぐに指を差すと、その指先が怪しく光輝いた。

「チィッ!」

 バーライトがとっさにアローラの前に立ちはだかった。年老いた魔物の指先が強く輝き魔法を発動させる。その次の瞬間、バーライトの左側面が弾け散った。

「グアァッ!」

「バーライトッ!?」

 バーライトの左上半身が弾け、左腕とその周囲の組織が周辺に音を立てて飛び散った。年老いた魔物にも、その血しぶきはかかっていた。バーライトは、そのままずるずると崩れ落ちると、支えを失ったアローラもその場に倒れ込んだ。バーライトは右手で消失した左半身を押さえ、必死に声を殺してもがいていた。その押さえた部分からは、とめどなく血が流れ出していた。

 年老いた魔物の後ろからは、他の魔物達もぞろぞろと集まって来ていた。魔物達は、襲い掛る事もなくアローラ達を見つめて周囲を取り囲む。その数はすぐに千をも数える事となった。この魔物達こそが、ザサス司令の言う切り札であり、その狙いはアローラただ一人のみだった。アローラさえ崩してしまえば、他の戦力は取るに足らない。と言うザサス司令の作戦だったのだ。

「オレは大丈夫だ……」

 バーライトはアローラに、自分に気を使わせない為に嘘を付いた。欠損した左半身の出血は激しく、誰の目から見てももはや数分の命である事は明白だった。

《感謝しろ。威力を最小限にしてやったのは、せめてものわしの敬意だ》

 年老いた魔物がそう言った後、近くの地面に巨大な魔方陣の光が現れ、その中から巨大な何かが光と共に浮かび上がって来る。


「あらぁ? その声は」

《アローラよ、十年ぶりじゃな》

 深いしわを刻んだ魔物の口元がにやりとする。

「エンク……」

 アローラはその年老いた魔物をエンクと呼んだ。

《人間最強の魔導士アローラ。お前には散々手を焼かされたが、最後はわしの勝利の様だな》

 エンクは勝利を確信したのか、満足そうにアローラを見下ろしていた。アローラは震える腕で体を起こし、エンクに向かって体を向けた。

「んー、どこをどう見たらそうなるのかしらぁ?」

《まだその様な事を……見よ! 我が下僕となりしアジ・ダハーカの姿をッ!》

 エンクは巨大な魔方陣から現れたものを指差して言った。その指し示す先には、ベヒモスを遥かに凌駕する巨大な化物が存在していた。

 その化物の姿は、まさしく巨大な竜であった。太く長い三つ首を生やし、その凶悪な顔に怪しく光る眼光がアローラを睨みつけている。竜の全身から金色の光が放出され、そのさらに外側を周囲の光をゆがめる黒い靄が取り巻いていた。


「なぁにぃー?」

 エンクはキョロキョロとしているアローラの視点が、どこにも定まって居ない事に気が付いた。

《むぅ? まさかお前……そうか、既に視覚まで》

 エンクは真っ白になってしまっているアローラの髪を見て言った。

「バーライト、わがままを言ってもいいかしらぁ」

 アローラは隣に横たわっているバーライトに向かって手を伸ばす。

「あぁ……、いいぞ」

 バーライトは、自分の血で真っ赤に染まった手で、アローラの手をしっかりと掴んだ。

「これからも、わたしと共に居てくれますか?」

「無論だ、それがどこであろうとも、常にお前と共にある事を誓おう」

 バーライトはニッと笑うと、アローラの手を強く握りしめた。

「嬉しいわぁー」

 微笑むアローラの目から一筋の涙が零れ落ちた時、アローラの下腹部の光は直視できない程の強い光を放ち始める。

《こ……!》

 エンクが何かを言いかけた時には、既にその光につつまれていた。その光は爆発的な速度で膨張し、アジ・ダハーカの巨体をも一瞬で飲み込んだ。

 完全電離プラズマと化した、その光は紫色の巨大な球体へと変化していく。


 ――街の南

 スフェーンは、魔物の要塞ラーアマーの建物を半壊させた後、一直線にエクトの街に向かって飛んでいた。

 うっすらと空が明るい、思いの外時間が経過してしまっている事にスフェーンは焦りを感じていた。

 十分程飛んだ所で見覚えのある丘が見えて来た。その丘は、最初に他の二人の魔導兵と居た丘だ。スフェーンはあの二人の無事を確かめる為、その丘に降下した。既に魔法の撃ち合いは行われておらず、辺りには相変わらず生ぬるい湿った風が吹いていた。

 エクトを背に左へ向かうと、魔導兵が小さな岩に腰掛けて休んでいるのを見つけた。スフェーンは小走りで近付くと、その魔導兵に声をかけた。

「よかったぁ、無事だったみたいねぇ」

 スフェーンがその魔導兵の肩に手を置いた。すると、その魔導兵はそのまま力なく地面に倒れ込んでしまった。ゴロンと言う音を立てて地面に転がったその魔導兵は、目を見開いたまま丁度スフェーンを真っ直ぐ見る形になって止まった。その魔導兵は、スフェーンにキスをしたあの娘だった。

「え……?」

 地面に転がった魔導兵の腹部には、鋭い刃物が突き刺さっていた。そこから大量に出血した形跡があり、腰掛けていた岩にも血溜まりが出来ていた。岩に溜まった血は、岩の下へと流れて地面にまで跡を残している。

 スフェーンは、その魔導兵と目が合ったまま少し後ずさりした。すると、スフェーンにキスをしたあの唇が目に入った。


 しばらく放心状態のまま立っていたが、遠くで魔法が炸裂する音が聞こえると我に返った。スフェーンは、もう一人の魔導兵の安否を確認する事にした。

 右側へと向かうと、魔導兵と魔物の間でまだ戦闘が続いているのが見えた。遠くから見える魔導兵のシルエットと、周囲を取り囲む魔物の影がいくつか見えた。

 スフェーンが天を指差すと、空から魔物に向けて巨大な稲妻がほとばしった。痛々しい雷の音が鳴り響き、魔物達は人形の様に地面に倒れた。

「ふぅ……、助かりました。

 魔力が尽きてしまって、もうダメかと思ってました」

 その魔導兵は、片腕に傷を負ってはいるものの、命には別状はなさそうだった。それを確認するとスフェーンはホッとした表情を作った。

「よかったわぁ、あんたまで……」

 スフェーンが言いかけた所で、その魔導兵が目を見開いてスフェーンの顔をじっと見つめた。

「もしかして……あの子」

 スフェーンは少し困った表情でこくっと頷いた。その瞬間、魔導兵は両手を顔に当ててしゃがみ込んでしまった。

「そう……ですか……」

 顔に手を当ててしゃがんだまま、その魔導兵は小さな声で言った。


『スフェーン!』

 遠くでスフェーンを呼ぶ声が聞こえた。スフェーンが声のする方向を見ると、シンナバーが手を振りながら走って来ている。

「あらぁ? シンナバーどうしたのぉ?」

 シンナバーはスフェーンの前まで来ると、息を切らせながらも慌てて話し出した。

『どうしたのぉ? じゃないよッ! アローラ先生がまだかって言ってるよッ! 早くッ!』

「分かった、この人お願いッ!」

 スフェーンは顔色を変えると、風を纏って北の空へと消えて行った。


 ――街の北、最終防衛ライン

 スフェーンはアローラの姿を探していた。

 辺りを見渡すと、四名の魔導兵とルクトイ四体、そして一般兵までもが最終防衛ラインを死守しようとしていたが、神託の予言通りに街の中に魔物の侵入を許す事になっていた。魔物達はルクトイが後退しはじめたのを見計らい、おそらく待機していたと思われる集団が怒涛のごとく雪崩れ込んでいた。

 北はまだ魔物と交戦中の真っ最中だったのだ。スフェーンは空中からそれらを確認するも、そのまま防壁の外の魔導兵の側へと降下した。

「アローラ先生はッ!?」

 スフェーンが慌てた声で魔導兵に問いただす。

「ア……アローラさんは、この先でバーライトさんと一緒に戦っているはずです」

 魔導兵が指差した方向を確認し、スフェーンがまた風を纏って飛び出そうとしたその時だった。


 まだ薄暗さの残る中、アローラ達の居るはずの方向から突然日の出の太陽の様に強烈な光が輝いたかと思うと、それは魔法と言うには余りにも規模の大き過ぎる爆発を起こした。

 爆発の光を、スフェーンは遠く離れたこの最終防衛ラインに居て、まるで真夏の太陽を浴びるかの様に感じられた。そのすぐ後に、地を這って伝わって来る地響は体の中心まで響いた。そして、最後にスフェーン達を通り過ぎて行った衝撃波は、街の壁をもきしませたと言う。


 この日、一人の魔導士の時代が終焉を迎えた。だがその生涯については、後の世に人々の口から伝えられる事はなかった。


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