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【40】4体の不思議な魔物達

 エクトの街の東西南北の護りは、今の所致命的な問題も起こらず持ちこたえている。

 街の中央では、それぞれの状況が壁上の監視によってアキレサンド将軍に報告されていた。その報告内容も、まだ余裕あるものだった。



 ――街の南側

 スフェーンは囮である南へやって来る魔物を、いかに早く殲滅するか考えていた。

 今の状況は「敵が来たら倒す」と言ういつもの戦法なのだが、それでは主導権が相手にある。相手が時間稼ぎをしようと思えば、それに従う事になる訳だ。実際、魔物は最初程来なくなっていた。

「考えてる時間がもったいないわぁ。

 まずは攻めてみて、考えるのはそれからね」

 スフェーンは体に風を纏うと、ヒュンと言う音を残して南へと飛び立った。

 最初に放った魔法が崩した、地平線の辺りまで速度を落とし、辺りに魔物が潜んで居ないか注意しながら飛んだ。しかし、退避してしまったのか魔物は全く見つける事が出来なかった。

 だが、さらに先に進むと、大勢の魔物が集結している場所を見つける事が出来た。

 暗闇の中、おびただしい数のカンテラの光が則正しく並んでいる。おそらくこれが、次に進行する予定の部隊なのだろう。その数は、軽く千体を数えるのではないかと思われた。

「へぇー、魔物でも整列したりするのねぇ」

 スフェーンのみならず、この世界の人間達は、魔物がどの様な存在であるかを理解していない。ただ人間に対し、無条件に襲ってくる悪しき存在と言う認識しかないのだった。


「エスカトロジー・クエイクッ!」

 スフェーンが地面を指差して叫ぶと、魔物が集結している大地全体が不自然に歪んだ。地面の異変に、慌てふためく魔物達だったが、それも一呼吸程度の時間であり、その歪んだ地面全体はすぐに大爆発を起こした。大地が破けたかと思う程の、脅威の地鳴りが鳴り響いて土煙が上がり、魔物達のカンテラの灯は一つも見えなくなってしまった。

 このエスカトロジー・クエイクは、秒速500メートルを超える速度で大地を振動させる大魔法だ。音速を超える速度によって全域に発生する衝撃波と、振動の摩擦で発せられる高熱により、大地に息づく生命は例外なく奪われる。実に名前通りの恐ろしい魔法なのだ。この魔法が発動した大地は、その後しばらく生命が活力を失い、例え種を蒔いたとしても芽を出す事はないと言う。

 空中に浮かぶスフェーンにまで、魔物の集結していた百メートル四方程の地面から発せられる熱気が届いた。

 やがて土煙が晴れると、真っ暗闇の大地が現れた。大勢の魔物達が集結していたはずのその暗い地面には、もはや何者の存在も確認する事はできない。地面は砂地を丁寧に均した様に、まっ平らでつまらない景色に変わってしまっていた。

「ちょっとやり過ぎたかしら?

 でもこれで、やっと二千匹位やっつけられたんじゃなーい? それでも後六千匹も居るのかぁ……」

 シンナバーの神託で告げられた、南の魔物の残りは約六千体。スフェーン達、南の護りは三人で八千体もの魔物を相手にしなければならないのだ。

 スフェーンはふうっと息を吐くと、また地面を注意深く見ながら南に飛んだ。


 一キロ程進んだ所で、スフェーンの周囲に突然魔法が連続していくつも展開され始めた。丸い空間が収縮を起こし、光の点になった後、雷の様な音を発して爆発を起こした。とっさにスフェーンは纏っていた風の一部をシールドに変えて防いだ。

「ビックリしたぁ! 今のはコンプレッション・エクスプロージョンよねぇ? 魔法を撃ったのはだぁれぇ?」

 辺りを見渡し、魔法を撃った主を探したが、真っ暗闇の地面には、何者の姿も見つける事は出来なかった。

「隠れちゃったのかしら? まぁいいわぁ先に進みましょ」

 それから少し進んだ所で、また周囲にいくつもの魔法の展開が行われた。さっきと同様に空間が急速に収縮を始めて行く。スフェーンが手でなぎ払う様な仕草をすると、発動しかけていた魔法が乱れてフッとかき消された。

「誰なのかしら? 無駄な事はやめて出て来たらぁ?」

 そう言い辺りを見渡すスフェーン。しかし、やはり辺りには誰も確認する事が出来なかった。

「ふぅ……」

 スフェーンは再び息を吐くと、空に向かって人差し指を掲げた。すると、スフェーンのはるか上空に、眩い光を発する玉が現れた。眩い光に照らされ、地面にはスフェーンの影が映っている。

 その光の玉によって、照らされた大地を注意深く確認するスフェーンは、そこに反射して光るものを見つけた。

「何あれ……水晶玉? もしかして今のってトラップだったのかしら?」

 地面に半分だけ埋められた、水晶玉の様なものがキラリと光っている。さらに周囲を見渡してみると、他にもいくつも同じ様な玉が埋められているのを発見した。スフェーンがそれらの玉を一つ一つ指差すと、それらは次々と粉々に砕け散って行った。

「こんなものがあるのねぇ、まんまと時間稼ぎされちゃったわぁ。

 でも、こういうものを埋めたって事は、この先に来て欲しくないって事でしょぉ?」

 スフェーンは口元をクッと上げると、再び空に向かって人差し指を翳した。空に浮かんでいた玉は、スフェーンの頭の後ろへと移動して止まり固定された。意図した訳ではないだろうが、その光は神の光輪の様に神々しく輝いて見える。

「どっちみち、あたしが南に進んでるのもバレちゃってるんだろうし、暗くて何も見えないんじゃ探しにくいものねぇ」

 仕方ないと言う表情をした後、スフェーンはさらに南へ向かって進み始めた。


 スフェーンが向かっている、南の方向約二キロメートル先に、人間がエクトの要塞を築いていたのと同様に、魔物も戦略拠点の要塞を構えていた。

 その要塞は、エクトと拮抗する戦力を見せているが、その規模ははるかに大きかった。高く積み上げられた要塞の壁は、漆黒をベースとしており、そこにまるで血管が浮き上がっているかの様に、多くの不規則にからみつく赤い線が走っている。その異様な雰囲気は、見た人間を間違いなく圧倒させるだろう。

 スフェーンが魔物の要塞に近付いていると言う情報は、魔物の偵察部隊によって既に要塞の指揮官達へと伝達されており、速やかに作戦の変更が行われていた。ターゲットがエクトの街から、要塞に接近する者に変更されたのだ。

 この変更された作戦は最初から想定されていたもので、魔物達の書き上げたシナリオが一つ先に進んだ事を意味していた。あくまで戦いの主導権を握っているのは魔物側だったのだ。


 スフェーンは、前方の大地に現れた数体の魔物に気が付き、その場で停止していた。

「あらぁ? あなた達は何なのかしらぁ?」

 魔物に話しかける様な言葉を発したスフェーンだったが、魔物が言葉を話すなどとは思っておらず。ただの独り言として呟いていた。

 その証拠に、スフェーンは次に何も言わずに標的の魔物に対して、魔法を発動させていた。魔物達の周囲に無数のオレンジ色に輝く小さなフレアが発生する。それは、空中で楕円に変形し、標的の魔物達に狙いを定めると、まるでシャワーの水の如くの勢いで次々とターゲットに向かって弾け飛んで行った。圧縮された超高温の火の玉の雨は、魔物に着弾するとたたましい音を上げて爆発した。魔物の居た周辺十メートル程の大地は真っ赤に燃え、周囲の空気を呼び込んだ炎が竜巻状の渦を巻き起こして空に向かって立ち昇っている。

「うん?」

 エイム・フレアーの発動によって、二次的に呼び起こされた炎が消えた後、果たして数体の魔物達はその場に立ったままで居た。その様子を見て、口を尖らせて不満な表情をするスフェーンは、初めて魔物の数を数えていた。

 そこに立つ魔物の数は四体、一目で数えられる数である。今まで敵の数を数える必要性を感じる事のなかったスフェーンにとって、数などはどうでもいい事だった。それを初めて数えさせたこの魔物は、今までの魔物達よりも高い実力を備えている様だ。

「今の防いだのぉ? もしかして話とか出来たりするぅ?」

 スフェーンは頭の後ろの光の玉を空に残し、スルスルと高度を下げて魔物達の前へと降り立った。魔物達は戦闘態勢を取る事もなく、黙ってスフェーンが降りてくるのを見つめていた。


《あぁ、何と言う事だろう……、この様な人間が存在してしまっているとは》

 唐突に一体の魔物は、眉間に指を当てて苦悩し始めた。

「ア……アハッ! 魔物って喋れたんだッ! はじめましてって言えばいいのかしら?」

 スフェーンは内心驚いていた。魔物が知性を持ち合わせているなど考えていなかったからである。くどい様だが「魔物は人間に対し、無条件で襲って来るだけの存在」と言うのが、人間側の鉄板の常識だ。常識と言うものは、時に理由や想像すら奪ってしまう。だからこそ、スフェーンは千体を超える魔物へも、躊躇せずに攻撃が出来たのだ。


《我々は魔力を持った人間が最初に現れた時、速やかに対処すべきだったのだ》

 もう一体の魔物が、苦悩したままの魔物に顔を向けて言った。

《その様な無駄な論議は、今更何の意味も成さない。我々は今後の対策を考えるべきではないか》

 別の魔物が二番目に話した魔物を見て言った。

 完全に無視されているスフェーンは、困惑の表情を浮かべて魔物達の話を黙って聞いていた。

《では、これがアローラと言う人間の魔導士か?》

 最後に口を開いた魔物がスフェーンを見ずに指を差した。会話を始めてから四体の魔物は、スフェーンの方を全く見ようとしない。

「アローラ先生を知ってるの!? でも、あたしは先生じゃないわぁ」

 スフェーンは話題に上がっている人間が目の前に居るのに、それを完全に無視して会話がされる事に耐え難くなって来た。

《その可能性は確定的ではないものの否定もできないが、この人間は異常にまで高い魔力を持った魔導士である。つまりアローラの可能性は高い》

 スフェーンは驚愕した。今”アローラではない”と否定した言葉を魔物は信じなかったのか、聞いてなかったのか、それとも言葉が伝わらないのか、その何れかであっても、今までスフェーンが出会った人間達には居ないタイプだった。


「もしもーし? 聞こえてますかぁ?」

 悲しそうな表情で、スフェーンは魔物達に声をかけた。しかし、魔物達は尚もスフェーンの事を見ることはなかった。

《この人間がアローラであるならば、我々は目的をほぼ達成した事にもなるのではないか?》

《そうとも言える、我々の計画はどのパターンであっても極めて順調なのだ》

 相変わらずスフェーンを完全に無視して話し続ける魔物達。

「何だろぅ……この不思議な空気は……イヤすぎる」

 目を閉じて言うスフェーンは、遂に魔物と会話をする事を諦める事にした。その代わり、魔物達の後ろに歩いて回り込むと、魔物達をしげしげと見て暇を潰す様に観察しはじめた。

 この四体の魔物は、人間とほぼ同じと言っていい外見をしていた。じっと観察しても、色が抜けた様に真っ白な肌である事位しか、この四体の魔物と人間の違いは見つからなかった。

《人間最強である魔導士のアローラが、ここに来た時点で我々の勝利が確定した》

《その通りだ、つまり我々はこれ以上戦う必要はないと言う事だな》

《それで、このアローラはどうするのだ?》

《研究のサンプルとして、捕獲する事をあらゆる面から考えて推奨する》

「だから! あたしはアローラ先生じゃないんだってばッ!」


 後ろから大声を上げたスフェーンに、驚いた表情で魔物達は振り返った。スフェーンは魔物達がやっと自分を見てくれた事に少しうれしく感じた。

《否定しているな》

《あぁ、否定している》

《では、アローラではないのか?》

《その可能性は否定できないが、確定的とは言えない》

 スフェーンの顔がやや引きつり、これ以上付き合ってられないと言う表情が顔に現れた。

「悪いけどぉ、もうこれ以上付き合えないわぁ」

 そう言って、再び風を纏い始めたスフェーン。

《人間が逃げようとしてるよ》

《あぁ、確かに逃げようとしている》

《捕獲はどうするのだ?》

《ともかく捕獲はしておくべきだ、それだけは確定的である》

「アハッ! よく分からないけどさようならー!」

 手を振りつつ少し浮き上がった時、スフェーンの足元が真っ黒く変色した。次の瞬間、スフェーンはその真っ黒い地面に凄い勢いで叩き付けられてしまった。

「ぎゃふぅーッ!?」

 仰向けに倒れて声を上げた後、すぐに起き上がろうとするスフェーンだったが、指先一つ動かす事も出来ずうーうーと唸るだけだった。

「うえぇーッ! 動けないじゃなーい?」

 わーわー言ってジタバタするそぶりを見せるスフェーン。しかし声だけで全く身動きが出来ていない。

《捕獲出来たな》

《あぁ、捕獲出来た》

《それでは戻るのか?》

《我々はここに残る意味はない、速やかに戻る事が最良の選択であろう》

「戻……!」

 それを聞いて、スフェーンは身動きするそぶりをやめた。

《このサンプル、うつ伏せにならなくて良かったな》

《あぁ、うつ伏せでなくて本当に良かった》

《うつ伏せだと困るのか?》

《眼球が飛び出す事は確定的明らかだ》

「眼球ぅーッ!!」


 四体の魔物が南に向かって歩き出すと、スフェーンの乗った地面が、周辺ごとボコッと言う音を立てて浮き上がった。


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