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【4】旅の目的~それぞれの想い

 あたしは練習を切り上げて、スフェーンとの待ち合わせの広場へ向かった。


 この広場には、大きな時計台が立っていて、商人達は一様に時間を気にしていそいそと歩いている。

 その時計台の針を見ると、五時までには後五分あった。

 どうやら、スフェーンはまだ来ていない様だ。あたしは商人たちを眺めつつ、ベンチで待つ事にした。


 夕方の広場は、商人たちがひっきりなしに行き交っている。急いでる人々をぼんやりと眺めるのも贅沢でいいね。

 その内、街灯にも灯火がつけられた。まだそんなに暗くないけど、ちょっといい雰囲気になって来た。

 時計台を見ると、五時を少し過ぎた位置を示していた。ぼーっとしてるのも退屈だし、そろそろ来てくれないかなって思った時、スフェーンが用事から戻って来た。


「ごめーん! 待ったぁ?」

『ううん? 今さっき来たとこだよ。用事はもう済んだの?』

「んー、明日もう少しだけ回って見ようって思うー」

『そっか、大変だぁ。じゃぁそろそろ宿に行こか』

「うん、お腹空いちゃったね」

 そう言って、スフェーンは「んーっ」と伸びをした。



          ***


 スフェーンは、ホテル前から部屋に案内するまで、終始目が点になっていた。


「随分立派なホテルだけどぉ、高かったんじゃなーい?」

『うん高いよーッ? ナント一泊1万丸だよッ! 高級だよッ!』

「うわッ! そりゃ高すぎだろぉ!」

『いやいやぁー! いつもそれなりの所に泊まってるけど、時にはそれなり以上の所にも泊まってみるもんなのだよ』

「あら? それよりベッドが一つしかないじゃなーい?」

『うん、二人部屋はここしか空いてなかったから。だってね、一人っつだともっと高いんだよ?』

「そだよねぇ、しょうがないかぁー」

『そうそう、しょうがないんだよガマンガマン! ところでお風呂を見てごらんよッ! 凄いんだよッ!』

 あたしはスフェーンの背中を押して、お風呂場に案内した。

『壁がキラキラ光るんだ。スッゴイきれいでしょ?』

「おーッ! ゴージャスッ! シンナバーでかしたッ!」

 わぁい! 褒められたよッ! さぁて、食事の時間までまだ時間があるし、香炉でローズ・アブソリュートを炊いてみよう。


『スフェーンは知ってる? 世間じゃ香りを使ったヒーリングって言うのが流行ってるんだって。あたしも流行に乗って買ってみたんだけど、炊いてみてもいい?』

「へぇー、魔法以外にもヒーリングって言うのがあるんだ? やろーやろーッ!」

 あたしはローズ・アブソリュートを炊いた。

 甘くゴージャスな薔薇の香りが部屋に広がる。

 順調順調、全て計画通りだ。


「これって何て言う香りなのぉ? いい香りよねぇ?」

『ローズ・アブソリュートって言うんだよ』

「ふぅん、ローズ・アブソリュートねぇ……」

 スフェーンはベッドに横になって、目を閉じて香りを楽しんでくれている。

 さぁ、そろそろ何らかの効果が出て来てもいいんじゃないか?


『あれ? スフェーン?』

 返事がない、ただ寝ているだけの様だ。

 ガーン! 用事で疲れたらしく、横になってすぐ寝てしまったじゃないかッ! くっそォーッ!

 スフェーンは寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っている。それは全くの無防備だ。今なら何でも出来そう。

 でも、いくらスフェーンが今無防備だからって、あたしから行ったんじゃダメなんだ。スフェーンからじゃないと。

 もうフテ寝だッ! お腹空いてるけど、フテ寝してやるんだッ! ゴハンになるまで寝てやるんだッ!


 あたしはスフェーンの右横にあお向けになり、せめてもとスフェーンの手を取って目を閉じた。

 すると、スフェーンはあたしの手をブンと振り払い、反対方向に寝返りを打ってしまった。

 ギャフンッ! 無意識とは言え悲しいじゃないか。


『そうだッ!』

 あたしはいい事をひらめいた。

 左手を持ったら逆に寝返りを打ったって事は、右手を持ったら左に寝返りを打つって事じゃない?

 なら、もしその寝返りに巻き込まれたりしたら、多少はスフェーンにしてもらう臨場感を味わう事ができるんじゃないのかって言うひらめきなのだ。ナイース!

 あたしは背中を向けたスフェーンに目一杯近寄ると、左手を伸ばして右手を掴んでみた。

 すると、スフェーンはすぐに手を振り払って、あたしの方向に寝返りを打った。


『ヤハーイ! 成功だよッ! ウェルカムだよッ!』

 と、思った瞬間、あたしの目から星が飛び出した。

 本体より先に左手が先に飛んで来たみたいだ。それで、手の甲があたしの顔面にクリティカルヒットした。

 一人でヒィヒィ顔押さえて何やってんだろ。おかげですっかり目が冴えてしまったじゃないか。

 これはもっと研究が必要だね。今日のところはこの位にしておこう。

 とりあえず、手を掴めば逆方向に寝返るって習性がある事がわかった。それだけでも大きな収穫だろう。あたしはふぅとため息を吐いた。


 カーテンを開いてみたら、その奥に出窓があった。その出窓の真ん中の大きなガラス窓を開けてみた。

 窓の下は、ホテルの前にある大通りだ。

 辺りは大分薄暗くなっていて、通りの様子も大分落ち着いて来ていた。大部分の商人たちも宿に戻ったのだろう。

 道の両脇には、柔らかい光を放つ街灯が点いている。

 これも結構いい雰囲気だね。後でスフェーンと見ようかな?

 さて、お風呂の準備もしておこう。

 あたしはひたすらスフェーンのお世話をしている気分に酔った。

 その後、あたしもスフェーンの横で一眠りしていると、ドアを軽くノックする音がして目を覚ました。


「お夕食をお持ちいたしました」

 あたしが部屋のドアを開けると、女性スタッフが一礼して部屋に入り、食事の準備を整え始めた。

 グラスに入ったほんのり赤いキャンドルの灯りに照らされた料理。周辺の空間が更によいムードに包まれる。

 サラダにスープ。そしてブ……、じゃなくて”あの肉”にライス。さらに、ワインとデザートのケーキまでが同時に並べられた。

 コースを同時に全部並べられると、どれから食べようか悩んじゃうね。


 あたしはダブルベッドに寝ているスフェーンを起こし、二人だけの豪華な食事を始めた。

 だけど、既に空腹は頂点に達していたから、何をどう食べたかなんて覚えてないや。一気にたいらげてしまった……。とてもおいしかったです。


「へぇー! ここの料理っておいしーじゃなーい?」

『ねーッ! あたしもこんなおいしい料理って、凄い久しぶりに食べた気がするよ』

「そう言えば、シンナバーん家のカレーも、やけに美味しかったよねぇ」

『えーッ!? でも、一日一食はカレーだったんだよッ! いくら何でも毎日はどうかと思うよッ!?』

「ブッ! 毎日カレーだったのかいッ!」

『具体的には、お肉抜きの野菜のカレーね。今流行りの草食系カレー。よく言えば時代の先取りだけど、万年変わらずそのカレーだよッ!』

「あッ! お肉って言えばさー、さっきの料理に骨付き肉出てたじゃなーい? アレってあの肉でしょぉ? でも、あの肉って何のお肉なんだろ?」

『あの肉はブ……』

「ブ?」

『あ、あの肉はあの肉だよッ! 夢とロマンはあえて詮索しちゃいけないんだッ! わかるッ?』

「いや、あたしはあの肉に、別に夢やロマンまではもっちゃいないけど……」

 えー、そんなぁ。まさかスフェーンがあの肉にロマンを持ってないなんて。


 それから食器を台車に載せて廊下に出し、次の作戦に移行する事にした。

 次って言うのは計画の要。お風呂なのだ! 本日のビッグイベントその一の到来だね。


『さぁ、ゆっくりお風呂にでも入ろうよ』

「あらぁ? もうお湯入ってるのぉ?」

『うん、あたしがちゃんと準備しておいたよ。少し熱めに入れといたから、今頃は丁度いい温度になってると思う』

「へぇー、シンナバーって気が利くよねぇー? いいお嫁さんになれるんじゃなーい?」

『うむうむ、よく分かってるね。ほらほら、冷めないうちにゴーゴーだよッ!』

 口実の力を使い、無理やりにスフェーンをお風呂場へと移動させた。


「フゥ……。いい湯加減ねぇ。それにお湯もいい香りぃ」

 実はお風呂にもアロマオイルを垂らして置いたんだ。薔薇の香りのするオイルで、パフュームっていう大人の香りシリーズの一つなのである。

 そうそう、この部屋は、ダブルベッドの部屋だけに湯船もダブルなのだ。

 二人で横に並んで入れるお風呂っていいなぁ。

 あたしは普通のサイズでもいいのだけど、それだとどうしてもかわりばんこで入ろうってなっちゃうの。


 灯りのロウソクの炎がゆらゆらと揺れ、湯船の表面に反射している。

 さて……。ここできっかけを作らなければいけないんだけど、そう思うと段々緊張して来るな。


 ここでの計画はこうだ。

 まずスフェーンの手に偶然の様に触れて「あ……」とか恥ずかしそうな声を出して、強制的にあたしを意識させるんだ。

 次に洗いっこに持ち込んで、軽いスキンシップを絡めつつ、そういう方向の流れを作っていく。

 後は……。もう火の付いたスフェーン様のなされるがままに……。


『ッシャ! 失敗する気がしないッ!』

「なにがぁ?」

『えぁ、えーと。明日のね……。イメトレ?』

「おぉさすがぁ! 明日はガンバってねー? 用事が終わったらすぐ応援しに行くからぁ」

 クッ……、痛恨のミスッ! なぜあたしの口って簡単に情報漏えいしてしまうんだ。

 何とか誤魔化せたから良かったものの、あたしの口はもっと慎重に行動してもらいたいもんだよ。

 じゃぁ、早速スフェーンの手に触れ……ん? どこだどこだーーッ!? スフェーンの手が見つからないぞ!? 灯りが暗すぎて目視じゃ探せやしないし。

 あたしの手は迷子のようにバスタブの底をさ迷った。

 これ程探して見つからないとすると、もしかして肘を折り曲げてるのかな? こうなったらもう手じゃなくてもいいや……と思った時、ザバーっとスフェーンは立ち上がると湯船から出て行ってしまった。


「先に体洗ってるね」

『あ……うん……』

 ヤバイ。きっかけを作る前に、コマが次に進んでしまった。とりあえず洗いっこしなきゃ。


『あ、あたしが背中流してあげるよ』

「いいのよー? 気を使わなくても。その位自分でやるから」

 ノーッ。これは想定外の反応だよ。きっかけ作りそこなったのがとても痛い。


「ん……」

 あり? その時、目の前のスフェーンがフラリとよろけた。

 それをあたしはすかさず両手で支えてあげた。

 うわぁー! スフェーン様の体に触っちゃった……! ラッキー!

 スフェーン様の感触はふわふわしてて気持ちよかった。

 こんな時だけは神様に大感謝祭だ。

 今あたしの頭の中じゃ、大勢の村人達が神に感謝する為の太鼓をドンコドンコと叩いているよ。おまえはきっとやるヤツだと思ってた。そんな事を言ってる村人付きだ。


『大丈夫?』

「ふぅ……。ワイン飲んだから酔ったのかなぁ? ありがとー」

『やっぱあたしが洗うよッ! 椅子に座ってッ!』

「んー、ごめんねぇ」

『いいのいいの!』

 あたしはスフェーンを椅子に座らせて、タオルに石鹸を付けてよく泡立てると、ゴシゴシと洗ってあげた。

 その間、スフェーンはじっと目を閉じていたのだけど、それは酔ってるからなのかな? それとも気持ちがいいからなのだろうか。

 まぁともかく、将来スフェーンのお世話をするとしたら、毎日こんな感じでできる訳か。たまらないな。


『そうそう、いいマッサージ法を教えてあげるねッ!』

「マッサージぃ? おしえてー」

 よし、いい反応だ。

 あたしは、グッと手を握り締めて歓喜したい気持ちを何とか抑えた。

 そして、むくみに効果のあるマッサージをスフェーンにしてあげた。

 たまった血液を流してあげるのってお肌にはいいのは本当だけど、余すところなく合法的に触る為の口実なのは言うまでもない。

 おかげで十分に堪能させてもらえたけど、きっとスフェーンはあたしの目的なんて知る由もないだろう。

 知らず知らずの内に全身に毒が回るかの如く、最後は仕留められてやるんだ。キシシ。


『(ハァハァ)どうだった?』

「ありがとぉー! すっかり疲れが取れちゃったよ。じゃぁね、今度はシンナバー座って? あたしが洗ったげるぅ」

『わぁぃ!』

 ヤッタッ! やっぱ今日は最高の日かも。だとしたらこの後の期待も膨らんじゃうよね。

 スフェーンはゴシゴシとあたしの体を洗ってくれた。

 幸せ……。今日はとってもいい日だよ。

 これじゃ、明日は優勝しちゃうかもしれないよ。

 お風呂から上がったスフェーンは、頭にタオルターバンを巻き、ベッドに腰掛けて涼んでいた。


『スフェーンってさぁ、モテるよね』

 あたしはベッドに横になって、スフェーンを眺めながら言った。

「うん? そうでもないけどなんでぇ?」

『だって、魔法学校卒業する時、下級生からプレゼントいっぱいもらってたし。あたしなんて何ももらえなかったんだよッ!?』

「あー! あったあった! あんたよく覚えてるなぁーッ! でも女の子からばっかじゃない? アレってモテたって言えるのかぁ?」

 魔法学校を卒業する時、スフェーンは下級生の女の子達からプレゼントをもらっていた。

 だけど彼女達は、スフェーンが学校内最強の魔法使いという肩書きを持ってから付いた「にわかファン達」だ。

 それに対しては、あたしは幼い頃からずっと憧れてた訳だから年季が違う。


『もしさ』

「もし?」

『スフェーンをずっとずっと好きな女の子がいてさ。その子がすっごくすっごく真剣に付き合って下さいって言ったらどうする?』

「どうって……、うーん……。どうすんだろ? とりあえずは困るかなぁ?」

『困るって何で?』

「えぇっと……、その返答にも少し困るかも」

『おチビが好きだから?』

「……うん……」

 スフェーンは口ごもりつつ頷いた。その顔は完全に恋する乙女モードになっていた。

 あたしはスフェーンが魔法学校の時から、同級生のルビー・サファイヤと言う名前のおチビな女の子の事を好きなのは知っていた。

 スフェーンがクラス中にカミングアウトしたからね。後から出てきたくせにってとても悔しかったよ。

 結局、一方的にスフェーンの片想いだったんだけど、今こうしてあちこち旅をしているのは、卒業を期に行方が分からなくなった彼女を探す為なんだ。


『もし、おチビが見つからなかったら?』

「ごめん……。今はもしとかは考えたくないかな」

『あ、ゴメンゴメン。変なこと聞いちゃって。見つかるといいねーッ! おチビ!』

「……うん」

 その言葉から、何となく不安を感じているのが分かる。

 スフェーンはおチビが好きだったけど、おチビはスフェーンを完全に拒絶していた。スフェーンのラヴコールが少々強烈過ぎたのが原因かもしれない。恋い焦がれるスフェーンに対し、おチビはスフェーンを恐怖していたんだ。

 そんな不器用で切ない片想いが三年前にあったんだ。

 そして、あたしはスフェーンの一番側に居て一部始終をずっと見ていた。これもこれで切ないよね。


「もう寝よっかぁー」

『う、うん』

 せっかくいい雰囲気だったのに、すっかり暗い空気に包まれてしまった。

 何で、あたしはおチビの事なんて聞いちゃったんだろう。

 それでも、あたしはその壁を乗り越えなければと思ってるんだ。

 それはとても難しい事かもしれないけれど、必ず叶えてやるんだ。


 あたしはスフェーンの背中を見つめる内、いつの間にか眠りに引き込まれて行った。




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