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【39】西と東の戦士たち

 ――街の東側

 三人のアローラ親衛隊と、軍の兵二人は南から逃れた四体の魔物と交戦していた。

 暗闇の中、武器が何度も衝突する音が響き、やがて北と南から聞こえて来る魔法の炸裂音だけになった。

「ふぅ……、やっと片付いたか」

 親衛隊の一人が呟いた時、四体の魔物は地面に横たわっていた。

「ケガ人はないか?」

「クソッ! 大した事はないが、少し斬られた様だ」

 そう答えた軍の男は、わき腹に手を当てていた。

「まだまだ魔物は来るだろうから、一度街に戻って治療を受けてくるといい。

 どっちみち、そのケガではまともに戦えないだろう」

「そうだな、すまんが治療を受けさせてもらおう」

 ケガを負った軍の男は、小走りで街へと向かって行った。

「しかし、こう暗くちゃ戦いにくくてたまらん、あんた等はよく戦えるよな。

 今までも、こんな戦いよくやってたのか?」

 もう一人の軍の男が言った。

「まぁ慣れてると言うより、戦わないとやられるだけだからな」

 その言葉に小さな笑いが起こった。


「ところで……あの神の子とか言う娘の事だが」

 軍の男が声のトーンを落として言った。

「うん? シンナバーの事か?」

「あんた達には言いにくいんだが、あの神託ってのは本当に信じられるものなのか?」

 やはり、兵の中には疑問を持つ者もいる様だ。指揮官でも軍の人間でもなく、しかも今日やって来たばかりのシンナバーに、兵の配置を決められた事に、納得が行かないのは至極当然の事なのだが。

「いや、実はオレ達も余り詳しくは知らないんだが、アローラさんもああ言ってたし、シンナバーが神の子なのは間違いないだろう」

 アローラ親衛隊の一人が答えると、軍の男は声のトーンを上げて口を開いた。

「だが、神の子って普通教会に居るもんじゃないのか? 何でまた、こんな戦場にまでやって来たんだか……それに、出てきたと言ってるが、本当は追い出されたんじゃないのか? 言動も神の子とはとても思えんし」

 不信感をあらわにするその軍の男の言葉に、アローラ親衛隊達は困惑していた。アローラの為にも弁護してあげたいが、今日会ったばかりで素性を良く知らないのだ。

「シンナバーはとてもいい子だぞ。それに、シンナバーの神託は現に当たっているではないか? それに、アローラさんの弟子のスフェーンが来なかったら、戦どころじゃなかったんだし」

「あぁ、確かにな……。

 すまない、状況が状況で気が立っていた様だ」

 軍の男はどうにか納得してくれたらしく、落ち着きを取り戻した声で謝った。

「我々はこう思えばいい。神が我々の為に神の子を遣わしたのだと」

「神が? 信仰心のかけらもないオレ達にか?」

「なら、あんた以外にかもしれんな。最も、我々にも信仰心なんてもんはかけらすらないが」

 その言葉に少し間を置いて、再び笑いが起こった。



 ――街の西側

 北と南から聞こえる轟音に、真っ暗闇の中で待機しているイシェルとヘタレ格闘家は、戦争というものの凄まじさを感じ取っていた。

 二人は感覚を研ぎ澄まし、できるだけ遠くの気配を感じ取ろうとしている。その二人のそばを、生ぬるい風が吹きぬけて行く。


「……!」


 その時、イシェルは遠くから静かに近寄りつつある、複数の気配を感じ取っていた。横に居るヘタレ格闘家を横目で見ると、やはり彼もその気配に気が付いている様だ。

 接近しつつあるその気配は、ワッカ運河に沿って走っている。その気配の数は六つ。イシェルとヘタレ格闘家は息を潜め、物陰からその様子を感じ取っていた。

 やがて、街の西門近くの桟橋に辿り付いた魔物達は、辺りを警戒して人が居ない事を確かめていた。

 いつの間にか、イシェルがどこから取り出したのか、たくさんのナイフを手に持っていた。ナイフを手に持ったまま、ヘタレ格闘家に魔物の前に出て行く様に合図した。それに対してヘタレ格闘家はコクリと頷く。


「遠路はるばるご苦労さん」


 ヘタレ格闘家は物陰から出て、魔物達の前に姿を見せた。魔物達は反射的に驚いた後、すぐに戦闘体制に入った。

 魔物は月明りだけでは大体のシルエットしか確認する事はできないが、この六体は人間の様な姿をした魔物の様だ。それぞれを人間の基準で表すなら、大柄なのが一体、背の高いのが二体、ごく平均的な大きさなのが二体、そして小さなのが一体だ。

 この時、イシェルの思惑通りに魔物達の注意はヘタレ格闘家だけに向けられていた。彼らは戦闘態勢を取りながらも、ヘタレ格闘家がたった一人で余裕を見せている事に警戒をしていた。

 ヘタレ格闘家が、少々オーバーに地面を踏みつけて戦闘のポーズを取ったその時、イシェルは物陰から素早くナイフを投げた。一瞬の間を置き、投げたナイフは生物の体に突き刺さる様な、トンと言う音を複数立てた。その時、魔物から短い悲鳴の様な声が漏れたのをイシェルとヘタレ格闘家は聞き取っていた。


「悪ぃな……オレは囮だったんだ」


 顎を少し上げる様にしてよろける六体の魔物達。イシェルの投げたナイフは正確に、六体の魔物の喉元を捉えていた。

 大柄な魔物が、喉に刺さったナイフに手をかけて、引き抜こうとしたその瞬間、ナイフは一瞬光を放つとけたたましい音を立てて爆発した。喉元から煙を上げる大柄な魔物は、力なく両手をだらりと垂らして地面に倒れて動かなくなった。その一部始終を見て、他の魔物達が唸る様な声を上げた。

 ヘタレ格闘家はその隙に、魔物達のすぐ側まで間合いをつめていた。そして、間合いに入ると暗闇にも関わらず、ほぼ同時に三体の魔物の息の根を止めてしまった。それは一瞬の出来事だった。三体の魔物はうめき声と共に地面に崩れ落ちた。


「もう分かったと思うけど、そのナイフは引き抜こうとすると爆発するんだ」


 背の高いのと小さいのの二体だけとなった魔物は、ヘタレ格闘家から距離を取って構えた。だが、その内小さな一体が、地面に手を付いてしゃがみ込んでしまった。

 背の高い魔物がすぐにそれに気が付き、小さな魔物に逃げろと言わんばかりにワッカ運河の先を指差して、小さな魔物の体を無理やり起こすとその背中を押した。

 ヨロヨロとした足取りで、運河に向かって歩き始める小さな魔物を確認した背の高い魔物は、くるりと振り返ってヘタレ格闘家の前に両手を開いて立ちはだかった。

 息苦しそうに呼吸する魔物の喉の辺りに、小さな金属片が月明りを反射している。この魔物の喉には今もイシェルの投げたナイフが突き刺さっているのだ。


《ウガァァーーッ!》


 しばらく睨みあった後、背の高い魔物は突然大声を上げると、ヘタレ格闘家に襲い掛かって来た。

 それをヘタレ格闘家は軽くかわし、避けた反動を蹴りの勢いに変えた。そこから繰り出される蹴りは、魔物の後頭部の辺りに当たり、魔物は地面に激しく叩き付けられた。


《アァーッ!!》


 背の高い魔物が地面へと落ちた時、逃げたはずの小さな魔物がすぐ側で声を上げた。しかし、またすぐにしゃがみ込むと、両手を地面に付けて咳き込んでいた。小さな魔物の顎をつたい、ポタポタと血が地面に滴っているのが見える。

 イシェルは、あえてこの小さな魔物を追う事をしなかった。相手の心を読む事ができるイシェルは、この魔物が必ず引き返してくると分かっていたからだ。

 そして、ヘタレ格闘家の蹴りを食らい、地面に叩きつけられた背の高い魔物は、ピクリとも動く事はなかった。小さな魔物は地面にしゃがんだまま、二度と動かなくなった背の高い魔物を見つめていた。


「悪いけど、ボク達はキミを逃がす訳には行かないんだ」

 イシェルがそう言うと、小さな魔物は静かに立ち上がり、右手をイシェルに向けてかざした。

 その手のひらに眩い光が現れた時、トンと言う軽い音が暗闇から聞こえると、手のひらの光は静かに消滅して行った。その光が消えようとした時、小さな魔物はイシェルに何かを言った。

 その後、小さな魔物は目を閉じてゆっくりと倒れ込んだ。倒れた小さな魔物の胸には、月明りを反射して光るナイフが輝いていた。



 イシェルが魔物に刺さったナイフを回収していると、ヘタレ格闘家は驚いて声をかけた。

「それは抜いても爆発しないのか?」

「ボクのナイフだよ? 爆発しない様に抜けるに決まってるじゃない」

 いつも通りの言葉だが、声は酷く落ち込んでいる様に感じられた。

 イシェルは全てのナイフを回収し終わると、布でナイフに付いた血のりを拭き取っていた。その横でヘタレ格闘家が、魔物の死体を担いで西門の側へと運ぼうとしていた。

 魔物が全て運び終えられた後、イシェルはカンテラに火を付けて、並べられた六体の魔物を確認した。


「えっ。これが……魔物?」


 イシェルは衝撃を受けた。

 その六体の魔物、それは人と見紛う程によく似た姿をしていたのだった。

 最後、小さな魔物を逃がす為に、自分を犠牲に襲って来たのは男性の魔物だった。そして、一番最後に倒された小さな魔物は、まだ幼さを残した女性の魔物だった。


「あのね……ヘタレさん」

 そう言うとヘタレ格闘家に背中を向けて、イシェルは少し俯いた。

「何だ?」

 イシェルの背中が、小さく震えている事にヘタレ格闘家は気が付く。

「ボク……ボク……、この子に悪魔って言われたんだ」

 ヘタレ格闘家が、何も言わずにイシェルの肩に手を置くと、肩を震わせてすすり泣くイシェルの声が聞こえて来た。


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