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【38】北と南のソーサレス

 エクト街の真上には、丸く整った赤い月が昇っている。

 辺りには生ぬるく、少し湿った風が吹き、草の匂いが強く感じられた。


 ――街の南側

 南で待機するスフェーンは落ち着きをなくし、じっとしている事が出来ずに辺りをウロウロ歩き回っていた。

 もっともそれは無理もなく、スフェーンは戦争の経験はこれが初めてだった。

 加えて、北を護るアローラの事が気がかりで仕方ないのだ。

 スフェーンの心臓は、目が回りそうな程速く脈打ち、過呼吸を起こしそうになっていた。


「ハァハァ……」

 スフェーンは足を止め、全く動悸が収まる様子のないその胸を押さえた。

「スフェーンさん、大丈夫ですか?」

 軍の魔導士の女性が、スフェーンの様子を見かね、落ち着いた口調で声をかけた。

 この魔導士の女性が、この状況で落ち着いて居られるのは、やはり豊富な実戦経験によるものなのだろう。

 この時スフェーンは、魔力の大きさが絶対的な強さではないと言う事を知る事となった。

「ごめんなさい……ハァハァ……少し、息が苦しくって……」

「それはいけませんね。わたしがおまじないをして差し上げなければ」

 魔導士の女性は、スフェーンの側に近寄り、スフェーンをギュッと抱きしめると優しくキスをした。

 スフェーンは、唐突過ぎる出来事に、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、風が吹くと同時に、その場にへたり込んでしまった。

「な……、何が起こったの?」

 スフェーンのその言葉に、魔導士の女性はふふっと笑い、へたり込んだスフェーンの前に腰に手を当てて立った。

 そして、すっと腰を曲げ、顔を覗き込む様にして再びキスをした。

 辺りを二つの風が通り過ぎ、魔導士はゆっくり上体を起こして離れた。

 この時、月明かりでは分からなかったが、スフェーンは顔を赤らめていた。

「コラ! かわいい子だからって、からかうのも大概にしなさい!」

 もう一人の魔導士の女性が、キスをした女性の背中をペシッとはたいた。

「アハハッ! いかがでしたか? おまじないの効果は」

 スフェーンにキスをした女性は、手を差し出してスフェーンが立ち上がるのをサポートした。

「ふぅ……。あれぇ? 治まってるッ!?」

「ほらね? コレってとっても効くおまじないなんですよー?」

「あ、ありがとう」

 荒治療が功を奏したのか、スフェーンは心に余裕が生まれているのを感じていた。

「さて、もうそろそろ配置をした方がいいですね。

 わたし達、軍の魔導士が左右に分かれ、スフェーンさんが中央と言う配置の予定です」

「では、わたし達は配置に付きます!

 もし、生き延びられたらさっきの事みんなに自慢しちゃいますねーッ!

 うぉー、みなぎって来たぜェーッ!」

 あっけに取られているスフェーンを残し、二人の魔導士達は明るく笑いながら暗闇の中へと消えて行った。


 いつもの調子を取り戻す事が出来たスフェーンは、夕方にアローラと二人で出かけた時の事を思い出していた。

 スフェーンがアローラと出かけていたのは、実戦用の魔法技術をアローラから学ぶ為だった。

 その技術とは、通常一つ一つ発動させて行く魔法を、同時に複数コピーして発動させると言う常識外れながら、有り余る魔力を持つスフェーンにとってはもってこいの技術だった。もちろん、こんな事は魔法学校で教えられる事はない。

 アローラはこれを、魔法コストと時間的効率を最大限に生かせる、ソーサラーの究極形態だと言った。今まさに八千もの敵を相手にしなければならないスフェーンには、もってこいの技法と言えるだろう。

「魔法の威力と発動速度なら、誰にも負けないって思ってたけど、まさかこんな凄い方法があったとはね……。まだまだ先生には遠く及ばないなぁ」

 そう呟いた時、スフェーンの左側の空が白夜の様に輝き、少ししてけたたましい炸裂音がバリバリと鳴り響いた。そして、さらに青白い光が地面に転々と現れ、周辺の景色を歪ませると、また爆発が起こった。どうやら左を担当する魔導士は、予定より早く魔物と接触した様だ。

「こっちにも魔物が近付いてるな」

 スフェーンはそう言うと、人差し指を薄暗い地平線になぞってすっと滑らせた。遅れて地平線に青白い光が走り、周辺の景色を歪ませた後に、大爆発を起こす。それから数秒遅れて耳を劈く様な痛々しい炸裂音と、腹の奥まで響く低い地鳴りが地面を這うように伝わって来た。いかに魔法の発動がすさまじいものであるか、イメージとしては真夏の大きな雷が一番近い。

 地平線は真っ赤な炎を巻き上げて燃え、その炎の光は視界の果てまでを照らした。スフェーンのその一撃で、周辺にいくつか存在していたはずの小さな山々は、跡形も無く消滅してしまっていた。

 魔物とは、人間と共生する事を望まず、また人も野蛮な魔物とは、共生する事は不可能だと思っている。魔物は人間を滅ぼして、世界を我が物にしようとしている悪しき存在と言うのがこの世界の常識だ。だからスフェーンも、魔物を攻撃する事に全く躊躇する事もなかった。


「これで良く見えるわぁ」

 地平線は尚も赤々と燃え滾り、その炎が空に浮かんだ雲に反射して、空までが燃えているかの様に見える。

 その手前に爆発を逃れた魔物達が隊列を作り、凄い勢いで押し寄せて来ていた。魔物はアローラの言った通り、種類や大きさは様々だった。人の様なのも居れば、大きな怪物にしか見えないのもいる。

 見ると、魔物の魔導士が、スフェーンを狙って魔法を撃ち出し始めていた。しかし魔物の放った魔法は、スフェーンの張っていたシールドに阻まれて、空中で炸裂しては消えて行った。

「ふーん。魔物って魔法も使うのねぇ」

 いつの間にかアローラ口調に戻ったスフェーンは、人差し指を立て、魔物の数を数える様な仕草をした。直後、魔物達の頭上に次々と青白い豆粒程の小さな光の玉が現れ始め、魔物の頭上にくっついた様にピタリと追従した。

「ディメンジョン・フレアーッ!」

 スフェーンが叫ぶと、魔物の頭上を追従していた光の玉が、異なる次元と共鳴を始めて光を強めて行った。やがて魔物を飲み込む程の光へと成長すると、魔物の体は塵が飛ぶように消滅してしまった。


「今のでどの位倒せたのかしらぁ? まだ千体も倒せてないとは思うんだけどぉ」

 見渡す限り、魔物の存在は確認出来なくなった。左右に分かれた魔導士達の放つ魔法も、大分落ち着いて来た様に思える。

 シンナバーの神託では、南から来る魔物は囮と言う事だった。もちろん囮の目的は、ここに戦力を引き付けさせるのが目的だろう。それならば戦力を小出しして、時間を稼ぐ可能性はあるかもしれないとスフェーンは考えていた。



 ――街の北側

 スフェーン達が放った魔法の音は、アローラ達の耳にも届いていた。

「凄い音……南はもう始まった様ね、ここにも直にやって来るわぁ」

 アローラは、赤く染まった南の空を見上げて呟いた。

 向きを変えて北に視線を戻すと、アローラは遠くにいくつもの光が現れている事に気が付いた。

「あれは……」

 その光は少しづつ移動していた。

「本当に信託通りに来たわねぇ。

 それにしても、魔物も夜はカンテラが必要なんて意外だわぁ」

 タイミングからして、南の戦闘開始の音が合図だったのだろう。おそらくどこかに潜んでいた魔物達が前進を開始したのだった。カンテラの光は徐々に増え、街に向かって近付いていた。その数はおよそ千にも達しようとしていた。

「南の音が合図だったのかしら? でもあの様子だと、こちらが待ち構えてるとは思ってない様ね。もう少し近付いたら一気に殲滅しましょ」

 アローラは、トレードマークの青いトンガリ帽子の裾を片手で摘んで言った。

 魔物の形がほんやりと肉眼で確認できる程になった時、アローラは攻撃開始の合図を兼ねて魔法を放った。

「エクスパンション・ファイアストーム!」

 巨大な炎が竜巻状に現れ、魔物の中央勢力を飲み込んで行った。その魔法を合図に、二十名の魔導士達も、左右に残った魔物に向けて魔法攻撃を開始した。

 それに加え、さらに外側に配置されているルクトイ達も、外へ逃げようとする魔物に対し魔法を放ち始めた。ルクトイの大きな目玉が連続して光ると、雷の音の様な轟きが連続して響き渡った。不意をつかれた魔物達が、なすすべもなく駆逐されて行った。

 もちろん、ルクトイ本体を狙う魔物もいたが、接近する個別の魔物を多数の小さな目玉が別々に狙い撃つ。直線を描く青白い光線は、地面を裂いて走り対象物を次々と分断していった。ルクトイ本体への魔法攻撃は、周囲の空間に展開された反魔導バリアによって、まばゆい光を散らして分散していく。その様子を見る限り、ルクトイは攻守共に優れた現役の生物兵器という事がよくわかる。

「ちょっと地味だけどぉ、限りある魔力は効率良く使わなきゃ。

 それにしても、こっちが風上で良かったわぁ」

 アローラの放ったエクスパンション・ファイアストームと言う魔法は、広範囲を焼き尽くす炎属性の大魔法だった。

 炎の基本属性と言う単純な魔法故に魔法のコストは意外と少ない。この炎属性の魔法は酸素を消費し、広範囲を焼き尽くした後に無酸素状態の重い空気を作る。

 その重い空気は風によって風下へと地べたを這う様に流れるのだが、それによって更なる効果が期待できるのだ。酸素の存在しない空気は、目に見えないだけに凶悪だ。


 次々と撃滅されて行く魔物達。だが、中央から燃え盛る炎を掻き分けるかの如く、巨大な何かが地響きと共に近付いて来ていた。

「アローラ、あれは……」

 バーライトの表情が険しく変化する。その巨大な何かは高温の炎を全く物ともせず、エクトの街に向かって真っ直ぐ突進して来ている。その様を目の当たりにした魔導士達は、余りのスケールに衝撃を受けてたじろいでいた。

「やっぱり召喚獣ねぇ、あれは通常魔法じゃ倒せないわぁ」

「だが、アレはこの間のやつともまた違う様だな」

「そうねぇ、悪魔と呼ばれるベヒモスを喚び出せるなんて、流石は魔物だわぁ」

 落ち着いた口調と裏腹に、アローラの表情は硬かった。

 ベヒモスと呼ばれるその召喚獣は、牛の様なシルエットをした筋肉質な体に、悪魔を彷彿させる凶悪な顔が付いていた。その頭から前面に押し出す様な二本の長い角が生え、口には鋭い牙が生えていた。肩の高さは十メートルを超え、体長は二十メートルを越す程だ。見た者を一瞬で戦意喪失させる可能性もありそうだ。

 魔導士達はたじろぎつつも、ベヒモスに魔法を放ち始めた。しかし、ベヒモスの周囲に絡まる様に爆発が起こるものの、それらを全く受け付けている様子はなかった。体に炎を巻きつけたまま、ベヒモスは前進を続けている。

「やっぱりビクともしないな」

「召喚獣には、ああ言う魔法は効果が薄いのよ、むしろ剣で攻撃した方がいい位ねぇ」

 ベヒモスは突如上体を反らし、次に大きく口を開くと、その口から青白く輝く炎を激しく吐き出した。

「うおッ!?」

 そうバーライトが叫んだ時、アローラは既に重力シールドを発動しており、ベヒモスの炎を防いでいた。ベヒモスの炎がアローラの重力シールドで分断される。しかし、凄まじい威力で広がる炎は、他の魔導士達にも襲いかかっていた。魔導士達は慌てて風のシールドを展開するが、シールドを透過する高熱によって燃えだしてしまった。その結果、直撃を受けた三名の魔導士は即死してしまったのだった。

「この化物がぁぁーッ!」

 バーライトは怒りを込めた声を張り上げ、高速で剣を振り抜いた。その剣の切っ先から真空の刃が飛び出し、ベヒモスの右目に直撃した。右目を閉じて空に顔を上げて咆哮するベヒモス。

「ニブル・トルネード!」

 アローラが人差し指で空を指差すと、ベヒモスの真上に巨大な竜巻が発生した。竜巻は耳を劈く程の轟音を轟かせて、ベヒモスを巻き込んでいった。

 巨大な竜巻に包まれたベヒモスの体は、点々と発光し、発光した箇所はリンゴを齧る様に削れて行った。最後はリンゴの芯の様になったベヒモスの体が突如にひしゃげ、ボロボロに崩壊しながら激しく回転してやがて消滅した。


「ふぅ、何とか倒せたが……」

 辺りの様子を見渡すバーライト。

「さっきの炎で、魔導士が三人直撃を受けたみたいねぇ」

 炭化した三人の魔導士の死体が煙を上げて燃えていた。また、近くに転がる魔導士は片足を消失し、さらに全身に大やけどを負っていた。その魔導士は、地面に倒れて苦しそうな声を上げてもがいている。

「シンナバー! 急いで治療してあげてッ!」

 余りの惨劇を目の当たりにしたシンナバーは、後方で固まってしまっていたが、アローラの声で我に返った様だ。

『あ、はいッ!』

 シンナバーは負傷した魔導士の元に駆け寄ると、すぐに再生魔法を発動させた。眩い光が消失した部分ややけどを負った肌を包んで徐々に再生されて行った。

「ありがとう、お陰で助かったわ」

 再生魔法によって、大やけども失った片足も取り戻せた魔導士が、シンナバーにお礼を言ってペコリと頭を下げた。点々と燃える炎の光によって見えたその笑顔に、シンナバーは安堵の表情で応えた。


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