【36】最後の晩餐
司祭議会によって、あたしは歴代の神の子としては初の”一時解任”を言い渡されたのだった、まる。
後から聞いた事だけど、この一時解任の処分には異を唱える意見が多かったらしい。解任するしないについてじゃなく一時って処分にね。ある聖職者は「例え浄化がうまく行ったとしても、一度汚れてしまった事には変わりない」とか、「この際次の神の子が現れるのを待とう」とか、過激な聖職者は「神託を剥奪する事は出来ないのか」とか諸々出ていたらしい。
だけど、何と言われようとあたしはどうでも良かった。全てあたしが自分で考え行動した結果なのだから。
「……ナバー……シンナバー?」
物思いに耽っていると、誰かがあたしを呼んでいる事に気が付いた。
『あ、えッ!?』
「大丈夫? ボーっとしちゃって」
目の前で、イシェルが心配そうな顔をして、あたしを覗き込んでいた。
『あ、ごめん! ちょっと考え事してた』
「もしかして、言いたくない事だったのかな……、ボクってデリカシーないよね」
そうだった、教会の外に出た理由を聞かれてたんだっけ。
『大丈夫だよ。あたしが教会の外に出た理由はね、自分で考えて自由に行動したかったからなんだから』
「そうだったんだ、神の子って不自由なんだね」
イシェルは胸を押さえ、ふーっと息を吐く。
『うん。だから教会の学校に入らないで、魔法学校に入学したんだし』
「アハッ! アレにはあたしもビックリしたよ。まさかあんたと同じクラスになるとはね」
『えーッ!? だって教会って退屈なんだよッ!? アウトローを気取るならやっぱり今流行りの魔法学校だよッ! キャッチフレーズはキミの物語が始まるだったんだよッ! 時代はアウトローッ!』
もちろん、魔法学校に入る事は、両親から猛反対されたんだけどさ。それを半年がかりで説得したんだ。あの時、あたしは本当に頑張ったと思うよ、自分を褒めてあげたい位だ。
「んんー……懐かしいわぁ。あの時のあなた達って、こーんなちっちゃかったわよねぇー」
アローラ先生は、当時のあたし達の身長を、大体な感じで手で表現した。でも、その手はテーブルの上頭一つ分位で手を止めている。そこまでは小さくなかったと思うんだけど。
「いいなぁー、魔法学校ってどんな感じなんだろう? ボクも魔力があったら入れたのに……」
「あらぁ? 魔法学校も、普通の学校も、雰囲気は似たようなもんなのよぉ? 授業のほとんどが魔法に関する事だから、ちょっと騒がしいけどねぇ」
ちょっとね……多分相当騒がしかったよ。毎日学校内のどっかしらで魔法による爆発が起こってたんだから。その半分位はあたし達が原因だったかもしれないけど。
『ねぇ、イシェルも学校には通ってたんでしょ?』
「うん。でもボクの村は小さかったから、学校って感じじゃなかったかな? 村の大人達が交代で先生してくれてたし」
『へぇー、村の大人が先生なんだ? イシェルの村って何て名前の村なの?』
「ずっと西のエムトって言う村なんだけど……すっごく小さな村だよ?」
そう話してる途中で、少しイシェルの表情が曇った様に見えた。
『エムトって言う村なんだ、やっぱり村も三文字なんだね』
あたし達が立ち寄るのは魔戦士組合のある街ばかりだから、エムトの様な小さな村には行った事がない。せっかくだし、その内にイシェルの故郷にも寄ってみたいな。
「エムトの村って……。あなたエムトの村の出身だったの?」
見ると、アローラ先生が酷く驚いた表情でイシェルを見つめていた。
「あれ? アローラ先生、イシェルの村を知ってるの?」
惣菜を頬張りつつ、スフェーンはアローラ先生に顔を向けた。
「んーん、わたしも大分前に地図でチラッと見ただけで詳しくは知らないわぁ? そうなのぉ、随分遠くから来たのねぇ」
なーんだ。ただ遠いから驚いてたのか。凄くビックリした様な顔してたから、てっきりそこに何かあるのかと思っちゃったじゃないか。
『よーしッ! 今にイシェルの村にも行こうッ! 使い古しの哺乳瓶とかおまるとか発掘するよッ!』
「アハッ! いいねそれッ! いこーいこーッ!」
「うっ、うん……おまるはないと思うけど」
イシェルは余り気乗りしない返事をした。哺乳瓶やらおまるやらを発掘しよう、なんて言われたら仕方ないだろうけど。
「さぁさぁ、お話はこれ位にしてそろそろ戻りましょぉ? もうわたし達だけよぉー?」
アローラ先生が手をパンパンと二回叩いて言った。懐かしいな、これって魔法学校でも先生がよくやっていた、生徒達の注目を集める為の動作だよ。
『あ……本当だ……』
アローラ先生に言われて食堂を見渡すと、既にあたし達だけになっていた。軍の兵隊は、食事を速やかに済まして、今はどこかで待機してるのだろう。あたし達はいそいそと、トレイを片付けて宿舎に戻った。
魔戦士組合に戻ってすぐ、アローラ先生があたし達に言った。
「毎日7時に、軍から作戦とかの説明があるんだけどぉ。その後どうなるか分からないから、すぐに行動できる様に準備しておいてねぇ」
『はーいッ! あたし達はもうシャワーも浴びちゃったからいつでも出られるよッ!』
気合を入れて、ファイティングポーズを取るあたし。
「あらぁーそうなのぉー? それじゃぁスフェーンとわたしもシャワーに行こうかしらぁ」
これには我ながらしまったと思った……。それなら先に浴びるんじゃなかったか。だけどその程度で引き下がるあたしではない。
『あ、そうだッ! せっかくだし二人の背中流してあげるよッ!』
そして、あたしは背中をごしごしする仕草をした。これは言ったもの勝ちだと思う。スフェーンの毎日のお世話は欠かしたくないからね。
「シンナバー? そんな気を使わなくていいのよぉ?」
スフェーンは遠慮する様に言った。あぁ……毎回お世話してるのに、まだ気を使っていると思われてるのか。むしろ「はやく背中流してぇー?」とかコキ使われたいのにッ!
『いいのいいのッ! 師弟水入らずに水を差したいんだからッ!』
「アハッ! シンナバーって人の世話焼くの好きだよねぇ」
「そうねぇー、きっと将来いいお嫁さんになれるわぁ」
お世話する相手は、あたしが厳選した相手だけだけどね。
「良かったねー、イシェルパパ」
スフェーンがイシェルににっこりとして言った。
「ボクだって……、シンナバーにだけ苦労かけさせないつもりなんだから」
そう言って、あたしの顔を見つめるイシェルは真顔だった。
「ふぅー。禁断の愛っていいわよねぇ」
アローラ先生は両手の手のひらをほっぺたにあてうっとりした。
「ほらーッ! 時間ないんだから早く行こうよッ!」
あたしはアローラ先生とスフェーンの背中を押して、シャワー室に行く様に促した。
「あ、ボクも行くよ!」
慌ててイシェルが参加表明。予想はしていたけどイシェルも付いて来るらしい。
シャワー室に入ると、あたしはわさーっと服を脱いで服をカゴに入れた。
「んー……、シンナバーは余り変わってないのねぇ、ちゃんとご飯食べてるぅ?」
アローラ先生は、あたしをじっと見つめて言った。
『むっ、それはいわゆるセクハラ発言ですかッ!? いつか訴えてやるッ!』
あたしはビシッとアローラ先生を指差した。
「アハッ! そう言えばシンナバーっていつも男の子に間違えられてるよねッ! 着てる服はちゃんと女物だし、髪だってパッツンで長いのに」
それは確かに。イシェルみたいに真っ黒な服装なら分かるけど、完璧に着こなしてるつもりの時でも、デフォルトで男の子になっている事がほとんどだ。
武道大会の時なんか、ピンクのドレスの女性みたいに、とんだ勘違いする場合もあったしな。まぁ、その原因があたしのプロポーションにあるっては予想してる。だけど、こればっかりはどうしようもないんだ。
「シンナバーはそれでいいんだよ。ボクが大好きなんだから問題ないよ」
脱ぐと凄いナイスバディのイシェルが、あたしと二人の間に立って味方をしてくれた。これはある意味説得力がありすぎる。
「あらまぁ、イシェルって本当に立派よねぇ」
「えぇ、とても立派ですよね」
スフェーンとアローラ先生が、イシェルのと自分の胸を見比べてるのがおかしかった。
***
準備を整えたあたし達は、7時に軍が行う説明に立ち会う為、間敷居のない部屋で待機していた。すると定刻の頃に一人の兵士がやって来た。
「失礼します! 本日の作戦会議は食堂で行う事になりましたので、お手数ですが食堂にご移動願います!」
「わかったわ、みんな食堂ですって」
あたし達は兵士の後を追って食堂へと向かった。建物の外に出ると、街の街灯が煌々と輝き、一見賑わった大きな街の様にも見えるその様子は、今の危機的状況を忘れさてくれる程だった。
食堂の入り口に近付くと、中に大勢の兵達が既にテーブルに付いているのが見えた。今の残存兵力は200名位だと言う話だから、見張りを除いた兵士が全てここに集まってるのかもしれない。
食堂の入り口をくぐると、兵達の視線が一斉にあたし達へと集まった。視線が集まるのは少し緊張するな。それはスフェーンやイシェルも同様らしく、どことなくぎこちない動きをしていた。ヘタレだけはいつも通りぬぼーっと歩いてる訳だけど。アローラ先生とバーライトや親衛隊は慣れているらしく、涼しい顔をして歩いている。
案内役の兵士は、偉そうな将校服を着たいかつい男の前で止まり、あたし達にその横に並ぶ様に誘導した。
「アローラさっ……さん、彼らが新顔の組合員ですな?」
いきなり噛んだいかつい軍人は、あたし達一人一人を眺めながら言った。男の顔はとてもいかつく、体もガッシリしている。いかにも武力を重んじる軍人と言う感じなのだけど、魔戦士組合員と言う事にしているアローラ先生に敬語を使うのは、先生が強大な力を持つ魔法使いだからだろうか。
「えぇ、紹介した方がいいかしらぁ?」
「はい、では私が挨拶をした後でお願いします。
ゴホン! えー、私がエクトの指揮を取っているアキレサンド将軍だ」
アキレサンド将軍が、その野太い大きな声で喋り始めた。何かイメージ的には教頭先生って感じだな。話が長くならなければいいけど。
「知っての通り、我が軍の戦況は良い状態とは言えない。
だが、全員が一丸となって力をあわせれば、必ずや勝機を得られるだろうと信じている」
言い終わるとアキレサンド将軍は、胸を張っていかつさを誇張した。
「あなた達、順番に名前とクラスを言ってねぇ」
あたし達は、アローラ先生の言う通りに簡単な自己紹介をして行った。すると、最後にスフェーンが自己紹介した時に、数名の兵士がざわつきはじめた。
「何をざわついている?」
アキレサンド将軍がその兵士達を睨むと、ざわついていた中の一人が真っ直ぐ上に手を上げた。
「どうした?」
アキレサンド将軍は、手を上げた兵士を指差すと、その兵士はその場にすっくと立ち上がった。
「質問失礼致します! スフェーンさんって、もしかして“あのスフェーンさん”でありますしょうか!!」
横目でスフェーンを見ると、困った様な顔で苦笑いしていた。
「あのとは一体何の事だ?」
アキレサンド将軍は、この兵士の言う事がさっぱり分からない様子だ。
「将軍、わたしから説明しますわ」
スフェーンが苦笑いするだけなのを見かねてか、アローラ先生が間に入った。
「あ、あぁ……申し訳ありませんがお願いします」
「どうやら知ってる方もいる様ねぇ。
この子は皆さんの期待している通り、マトラ最強のソーサラーのスフェーンで間違いありませんわぁ」
アローラ先生がそう言ったとたん、兵士達から歓声が上がった。まるで希望を失いかけていた者達に希望の光が芽生えたかの様だ。地鳴りの様に響く異様なテンションの歓声が食堂中を満し始めている。
「騒々しい! 静粛に!」
アキレサンド将軍が一喝すると、我に帰ったのか兵士達はすっと静まった。
「いやはや……お恥ずかしい」
「いいえぇ、今の状況ならば自然な反応ですわぁ? それともう一人」
アローラ先生があたしを見つめた、嫌な予感がする。
「この子……シンナバーは、未だこの国唯一の神の子ですわぁ? もしかしたら何かしら力になれる事があるんじゃないかしらぁ? 二人ともわたしの自慢の教え子なのぉ」
未だにと言うのは、実はあたしが教会を出て10年経過した今も、次の神の子は現れてはいないんだ。もちろん、過去には神の子が不在だった時代もあったらしいけど、それはほんの一時の事で、すぐに次の神の子が現れたらしい。あたしも次の神の子が現れると思ってたんだけど、一向に現れる事もなかった。それをあたしなりには気にしていたんだ。
『全くッ! アローラ先生ったら何でそんな事まで言っちゃうのーッ!? 凄いプレッシャーだよッ!』
10年も前に神の子を放棄したあたしが、今更何の役に立てると言うのだろう。
「おぉッ! 神の子がナボラから去ったと言う話は聞いていましたが、あなたがそうでしたかッ!」
とたんに将軍の口調が敬語に変わった。また食堂の窓を共鳴させる程の歓声を上げ始める兵士達。異様な空気が一層変になってしまったじゃないか。
「はいはいはいっ! 神の子のあなたが最凶のプリーストって噂は本当なんですか!」
もはや将軍が指す前に質問してる。それに対して、あたしもスフェーンの様に苦笑するしかなかった。スフェーンの気持ちがよくわかったよ。
「我々にも神託してもらえるのでしょうか!」
あちゃぁ……、やっぱり出たか。神託問題。これにはちょっと戸惑いを隠せない。
「いいじゃなーい? ケチな事言わず、ちょこっと神託してちょーだい」
首をかしげて微笑み、あたしにウィンクをするアローラ先生。
『ケチとかじゃなくて……神託ってそういうもんじゃないんだよッ!?』
すると、アローラ先生がクスリと笑って小声で言った。
「あなた自身の未来の為に神託を使いなさい」
あたしはその言葉に軽い身震いを覚えてしまった。神託を自分の為に使うだなんて、今まで一度も考えた事がなかったからだ。昔は教会の外に出る為に神託を拒んでいたけれど、今となっては使わない理由もなくなっている。
『うー、でもでも……もうできないかもよ?』
あたしは両手を握り締めた。
「大丈夫、あなたならきっとできるわぁ」
そう言って、アローラ先生はあたしの頭を撫でた。その途端、あたしの体の中心の熱いものが燃え上がって行く様な感覚を覚えた。