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【34】欲望と興味津々

 あたし達はお昼の食事を終えた後、宿舎に戻り数時間の仮眠をとる事にした。

 アローラ先生と親衛隊に習った事なのだけど、魔物は夜中に攻めて来ると言う事から、万全の体調で挑む為らしい。


 お腹一杯食べた勢いで寝てしまったけど、昼の三時頃に目を覚ます事が出来た。周りを見渡すと、他の皆はまだ眠ている様だった。

『ヘタレ起きて?』

 あたしはまだ寝ているヘタレ格闘家を揺り起こした。

「んあ? どうかしたか?」

『今のうちに特訓したいんだけど』

 この旅にヘタレ格闘家を引き込んだのは、戦い方を教えてもらう為だ。一緒に旅を始めてまだ間もないけど、まだ一度も教えてもらってはいないんだ。

「特訓? ふわぁ……、今何時だ?」

『もう三時だよ、今やんないと暗くなっちゃうよ』

「もうそんな時間かぁ……ぐぅ」

 事もあろうか、ヘタレ格闘家は会話の途中でまた眠り始めてしまった。

『ちょっと、起きてよ』

 あたしはヘタレ格闘家を眠りから引き戻そうとゆさゆさとゆすった。しかし、全然起きる様子がない。それどころか馬乗りになったり、足で踏んづけても全くの無反応だ。

 こうなったら魔法で強制的に起こすしかないかと思った時、ヘタレ格闘家のたくましい腕が伸びて、あたしの肩を掴んだかと思うと、そのまま力強くぐっと引き寄せた。

 驚いたあたしは、ありったけの力で踏ん張ってみたけど、その腕力にあっけなく屈してしまった。

 ヘタレ格闘家に両腕で抱きしめられ、そして彼の大きな胸板に顔をうずめて、あたしはしばらく時が停止した様に思えた。余りの出来事に思考が止まり、声すら出す事も忘れて固まったまま、しかし時間はゆっくりと過ぎているのだろう。

 いくつヘタレ格闘家の心臓の鼓動を数えただろうか。しっかりと脈打つ鼓動を聞いている内、何だかとても心地が良くなって来た。いつしかあたしは体の力をすっかり抜いて、目を閉じてヘタレ格闘家の温もりを感じていた。

 彼の左手が伸びて、あたしの髪をゆっくりと撫でると、少しぞくっとして、思わずヘタレ格闘家の肩にぎゅっとしがみ付いてしまった。ヘタレの右腕で、背中を抱きかかえられる圧迫が心地よい。そう言えば、男の人にこういう風にされた事って今までなかったな。


「へっくちっ!」


 そんな中、あたしは誰かのくしゃみの音で唐突に我に返った。反射的に、ヘタレ格闘家の腕を振り払って飛び起きると、その場から少し離れた所に座った。

「あれ? シンナバー起きてたの?」

 イシェルは眠そうに目をこすりながら、むくりと起き上がった。バンダナを外しているイシェルの黒髪が、窓から差し込む光に反射していい艶を出している。

 あのくしゃみの主はイシェルだったのか。その様子から、あたしとヘタレ格闘家が抱き合っていたのは見られてない様だ。とりあえずホッと胸を撫で下ろす。

『う、うん』

 そう答えながら内心、凄く胸はドキドキしていた。あんな所をイシェルに見られたら、きっと大変な事になるだろうから。

「ふぅ、よく寝たな」

 横で声がしたと思うと、ヘタレ格闘家がスムーズに上半身を起こした。わざとらしい……本当は寝たふりしてたくせに。あたしがヘタレ格闘家を睨むと、彼の口元が少しにんまりとした。


「じゃぁ行くか?」

『え?』

 ヘタレ格闘家は、足を上げた反動を利用してすっくと立ち上がると、入り口の外を指さした。

「なになに? 二人でどこ行くの?」

 イシェルは、あたしとヘタレ格闘家が揃って出かける事に、少し驚いた表情をした。

「ちょっとシンナバーをしごきにな、イシェルも来るか? 特訓だ、ただし武器はいらない」

 余裕の表情でイシェルも誘う涼しい顔のヘタレ格闘家。その顔に、何か満たされた感じがするのは気のせいだろうか。

「特訓するんだね、もちろんボクも行くよ」

 イシェルは、外していたバンダナを手に取るとキュッと締め、外へ向かうヘタレ格闘家にあたしと共に続いた。

 ヘタレ格闘家は、ルクトイが並んでる広場の先でくるりと振り向いて止まった。

「ここらでいいか」

 広々としたこの場所なら、特訓の場所として申し分ない。

『いいよ、でもどうやって特訓するの?』

「武器も魔法も使わずに、素手で相手の腕以外にタッチ出来れば勝ちってルールでどうだ? 手でのみ防御していい。相手の手に触れたら防衛だ。防衛したりされたらその手は一度ひっこめないと、相手の体に触れても無効となる」

「わかった」

『うん、誰と誰でやんの?』

「ペアは組まない、自分以外は皆敵って事だ。

 試合と違って、戦場では一対一とは限らないからな」

 ヘタレ格闘家の提示した特訓は、極めてシンプルな遊びだった。

「準備はいいか?」

 その言葉に、あたしは精神を集中した。

「いいよ」

 そう言うイシェルの目にも鋭さが宿った。それは武道大会で見たあの目だった。

『うん』

 体が熱を帯びて来る、とてもいい感じだ。

「よし、はじめ!」

 ヘタレ格闘家の合図であたしとイシェルは、ヘタレ格闘家を左右から挟み撃ちする様に、向かって行った。

 腕の長さに不利があるから、直前でタイミングをずらして一気に内側へ飛び込もう。

 あたしはイシェルが、ヘタレの間合いに入る、ほんの僅かの後にタイミングを合わせた。

 ヘタレ格闘家は、イシェルに注意を取られ左脇が空いている。チャンスだ、あたしはそこを狙って右手を伸ばす。が、どこから手を伸ばして来たのか、ヘタレ格闘家に右手首を捕まれ、腕を外側にグイッと一捻りさせた。すると、あたしの体勢は簡単に崩れ、そのまま地面に滑り込んでしまった。

『わぁッ!』

「わひゃッ!?」

 イシェルの声を聞いて、あたしはすぐに起き上がると、彼女もあたしと同じ様に地面に滑り込んでいるのが見えた。ヘタレ格闘家がした事は、最初の位置から一歩も動かずに、上からあたし達の伸ばした腕を摘み、外側へと少し捻っただけだった。

「二人とも詰めに隙があるな、最後タッチする事だけしか考えてないだろ?」

 なるほど、もっと色々工夫しろって事か。

『うむッ!』

「わかった、次はもっと気を付けてみる」

 再び、ヘタレ格闘家に向かって飛び出すあたしとイシェル。またさっきと同じ所を狙って手を伸ばした。同時に気配にも注意すると、ヘタレ格闘家が腕を掴みに来ている気配を感じる事が出来た。

 そこで、右手を引っ込めつつ、左手を差し出してみる。すると、左手の上からヘタレ格闘家の手がかぶさり、そのまま左手を地面方向と落とされた。またも、地面に滑り込まされるあたしとイシェル。

『えぇーッ!? 何でーーッ!?』

「何でも何も……なぁ? 余りにも動作が予想通りだったからな」

「ヘタレさんって凄いよね、二人同時に倒しちゃうなんて」

『イシェルッ! 次はもっと本気でやるよッ!』

「うんッ!」

 その後、空が夕日色に染まり始めるまで続けたけど、結局ヘタレ格闘家にはかする事すら出来なかった。凄くいい特訓になったと思うけど、二人がかりでも全く歯が立たない事に衝撃を覚えてしまった。

『ハァッ! ハァッ!』

「ハァハァ……ボクもう……限界」

 イシェルは風船の空気が抜けた様に、その場にぺたりと座り込んでしまった。あたしももう体力の限界だ、息が切れて立っているのも辛い。

「ふむ、二人とも段々といい動きになって来たな。

 空が少し暗くなって来たし、そろそろ食事の時間じゃないか?」

 全く息を乱す事もなく、涼しい表情のままのヘタレ格闘家。心底実力の違いと言うものを思い知った特訓だったな。だけど、ヘタレ格闘家の言う様に、あたし達は今までより、ずっと動きが良くなった気がする。これを続けて行けば、ヘタレ格闘家に近づけるかもしれない。

「二人とも大分疲れてるみたいだが、こういうのって魔法で回復できるのか?」

『う……うんッ! できるよッ! で……でももう少し待って』

 まずは呼吸を整えるのが先だ。

「もしかして、ヒーラーが居れば特訓の効率も上がるって事なのか?」

「魔法って凄いよねぇ、普通なら座ったりして休んでも体力ってなかなか戻らないのに」

『魔力は回復するのに時間かかるけどね。ふぅー……よっし』

 あたしは呼吸が落ち着くと、回復魔法を発動した。周囲に緑色の光がドーム状に広がり、ヒーリングフィールドが形成される。この魔法は一定の範囲内の生命の回復をサポートする魔法だ。

 この回復魔法には単体と範囲があって、複数が対象の場合、範囲でかけた方が単体よりも魔力は多く消費するけど効率がいい。

「凄い、どんどん楽になってくね」

「ほー、これが回復魔法なのか、と言うかお前ってやっぱヒーラーだったんだな」

『うん、リクエストされれば癒しの言葉のサービスもするよッ! ほめ殺しだってするよッ!』

「遠慮する……、オレにはこれだけで十分だ」

「ボクはサービスして欲しいかも、シンナバーになら何言われても嬉しいからね」

 うーん、イシェルなら本当に喜びそうだ、もしやMっ気があったりするのだろうか。



 その後、魔戦士組合の宿舎へ戻ると、スフェーンとアローラ先生の姿が見えなかった。

『あれ? スフェーンとアローラ先生は? もうじき食事なのに』

「さっき二人で出てったぞ」

 一つ奥の部屋で、バーライトが親衛隊達と剣や鎧の手入れをしながら言った。

『そっかぁ』

「それより特訓してたんだろ? 奥にシャワー室がある。ざっとでも汗でも流して来たらどうだ? 後10分位で夕飯だが」

「えっ? シャワーあるの? 昨日お風呂入ってないしシャワー浴びたいなぁ……」

『行こっか、ヘタレも浴びといたら?』

「んあ、そうするか」

 ヘタレ格闘家は、荷物をごそごそとかき回し、白いタオルを出して肩にかけた。

「最近の子って随分とオープンなんだな」

 なぜかバーライトと親衛隊が驚いた表情をしていたけど、あたし達は気にせず急いでシャワー室へ向かった。


 肝心のシャワーは、ただ壁からシャワーのパイプがいくつもニョキッと出てるだけで、それぞれの敷居がなかった。

「シャワーってこれだったんだ……」

 開放的なシャワー室にイシェルが戸惑っている。バーライトがオープンって言ってた意味がやっと分かったよ。

「あぁ……、ならオレ食事の後にするわ」

『なんで? 時間ないんだから早く浴びちゃおうよ』

 あたしはワサーッと服を脱いでカゴに入れ、シャワーを浴びようとした。

「わッ! シンナバー何してるのッ!? 男の人の前でいきなり服を脱ぐなんてッ!」

 シャワーのハンドルに手をかけた時、イシェルが慌てた声を出した。

『何ってシャワー浴びようとしてるんだよッ! 服のままじゃ浴びれないでしょッ!?』

 二人の方向にくるりと振り返ると、イシェルがヘタレ格闘家の前でピョンピョン跳ねていた。あたしをヘタレ格闘家に見せない様にしようとしてるみたいだけど、身長が低い為に顔には全然届いていなかった。

 そのヘタレ格闘家はまっすぐあたしの方を見ていたけど、少しすると思い付いた様に服を脱ぎ始めてシャワーを浴び始めた。


『へぇー、ヘタレって綺麗な体してるんだねッ! 脱ぐと凄いタイプの典型だねッ!』

「あん? そうか?」

 男性の裸をまじまじと見たのも今日が初めてだけど、量産筋肉男達みたいに無駄に筋肉太りしていないヘタレ格闘家の体は、まるで人間の男性の見本の様だった。

 それにしても、女性と違って男性って根本的に作りがしっかりしてるんだね、女性が細い枝でくみ上げたものだとすると、男性は丈夫な丸太で組み上げられている様な。これなら戦闘能力や防御力に差があって当然と言った感じだろうか。

「あぁぁぁ……どうしようどうしよう」

 イシェルはあたしとヘタレ格闘家の間で右往左往していた。あたしにヘタレ格闘家を見せない様にする事と、ヘタレ格闘家があたしを見れなくする事と、どちらを優先すべきかの判断が付かないで居る様だ。あたしは、パニックを起こしているイシェルの服を掴み、ワサーッと剥ぎ取ってカゴに入れてやった。

「ひゃッ!?」

 イシェルは驚いて声を上げると、反射的に両手で胸を隠し、ヘタレ格闘家に背中を向けてその場にしゃがんだ。

「ひどいよ……いきなり脱がすなんて」

『ほらッ! 早くしないとご飯の時間になっちゃうよ!?』

 あたしは無理やりイシェルを引っ張ると、シャワーを頭からかけてから石鹸で洗い始めた。


「あぅー……、せっかくシンナバーが洗ってくれてるのに凄く落ち着かない」

『時間ないんだから、落ち着かなくて当たり前だよッ!

 はいっ、今度はあたしの背中お願いッ!』

 シャワーを止め、イシェルに石鹸を手渡すと、あたしはイシェルに背中を向けた。イシェルは叱られた子供の様に、あたしの背中を洗い始めた。

「プッ!」

 あたし達の様子を見て、なぜか突然ヘタレ格闘家が噴出した。

『なになに!? 思い出し笑い!? 思い出し笑いっていやらしい証拠だって知ってた!?』

「あいや……、何でもないぞ?」

「ヘタレさん? シンナバーをあんまり見ないでね。本当は、ボクだって男の人には見せたくないんだ」

 その通り。イシェルはヘタレ格闘家に、なるべく背中を見せる様にしている。これって一昨日の逆だね。あの時は、絶対に背中を見せようとしなかったのに。


『次はヘタレだからねッ! 背中洗ってあげるよ』

 イシェルがあたしの背中を洗い終わったのを見計らい、あたしはヘタレ格闘家の背中を流してあげる事にした。

「あぁ!? オレもか?」

『うん、届かないから座って』

「オレはいいって、自分でやれるから」

 ヘタレが言い終わった時、とうとう夕食の時間の鐘が鳴ってしまった。

『いいから早くしてッ! ご飯の時間だよッ!』

 仕方ないと座ったヘタレ格闘家の背中を、あたしは洗い始めた。

 だけど……、実は洗うってのは口実で、男性の体を間近で観察するのがあたしの真の目的だ。当然いやらしい意味からではなく、ただの興味からなのは言うまでもない。あたしにとって男性は恋愛対象でも、欲求のはけ口でもなかったからだ。


 やっぱり、触れてみると良く分かるな。背中の感触が女性と全く違うんだ。女性だとクッションみたいにふかふかした感じだけど、男性はゴツゴツとした感じ。当然、骨格もボディーラインも違う。

「しょうがない……ボクも手伝うよ。

 シンナバーだけにさせる訳にはいかないからね」

 そう言うイシェルも本当は男性の体に興味がある様だ。さっきからチラチラと見ていたのは知っている。イシェルってこういう動作をする時、もの凄く分かりやすかった。


 あたしはそうそうないこのチャンスに、ヘタレ格闘家の体を目に焼き付けた。おそらく、それはイシェルも同じだった事だろう。


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