【33】魔力を持つ者と持たぬ者
再会の喜びに、テーブルを囲んでじゃれ合った後、アローラ先生は、エクトの街について話してくれた。
エクトの街は、その当初から、魔物と戦う為に作られた要塞の街だったのだそうだ。
魔物との戦いの歴史は、500年程前にまで遡る事が出来る。当時は、この辺一帯はまだ魔物の勢力圏内だった。そこへ、マトラ王国軍が攻め入って魔物に勝利すると、軍はここを拠点として防衛を開始する事になった。
最初は、ただの軍の拠点に過ぎなかったのだけど、じきに建物が増えて商人達も定着し、その規模は徐々に拡大して行った。しかし、現在の様な防壁が作られてから、まだ10年も経っていないと言う。
『アローラ先生、この国が戦ってる魔物って一体どんな相手?』
「そうねぇ、魔物って区切りはさて置いて、能力値の非常に高い生命体って思ったらいいんじゃないかしら?」
『ふむふむ、強いのか……魔物はやりがいのある相手……っと、よしッ!』
あたしは、手のひらに持ったエア手帳に書き込むふりをした。
「その魔物って、数は多いんですかぁ?」
次いで、スフェーンが質問した。
「対立してる魔物しか分からないけど、多分人間よりはずっと少ないんじゃないかしら」
500年も戦ってる割に、人間って魔物の事を余り分かってはなかったんだね。
あたしは、もっと昔はどうしてたのかも気になった。人間の歴史はたった500年ではないだろうし、それより過去にだって、対立する事はあっただろうから。
「ボクも聞いていいかな? 魔物ってどんな形してるの?」
不安そうな表情をするイシェルは、まだ魔物の事をオバケみたいに怖がっていそうだ。
「んー、魔物って一口で言っても色々なのよ。
人間みたいなのも居るし、中には大きいのもいるの」
『へぇー、大きさや種類が違うんなら、魔物同士でもトラブルなんて事もありそうだよね』
「あるんじゃないかしら。今後人間は、少し魔物を理解して行く必要があるかもしれないわねぇ」
あれ? 大昔から人間も魔物も存在していたはずなのに、何だか魔物の情報が少なすぎる気がするな。あたしはそれをちょっと不思議に思ったけど、深く考える事はなかった。
『アローラ先生ッ! マトラ王国の歴史って何年位なんですか?』
あたしは授業を受ける生徒らしく右手をビシッと上げた。
「あらシンナバー、あなたが歴史に興味を持つなんて珍しいわねぇ? 在学中もそうだったらと思うわぁ。
まず、マトラ王国は、王歴の通り500年以上の歴史があります。
マトラ王国が、この地だと初めての人間の王国ね。
それまで人は、あちらこちらに集落を作って、小数で固まって住んでいたらしいわぁ」
『へぇー、王国が出来て、案外とすぐに魔物と戦い始めたんだね。
その寄り固まり時代って、魔物と戦ったりする事ってなかったのかな?
魔法使いだって居ただろうし』
「残念だけど、昔のそういう記録って残ってないのよねぇ。
多分、森とかに隠れ住んで、魔物からは逃げ回ってたんじゃないかしら?」
そうだとしても、何だか納得行かない。人間の知能があって、過去の歴史を記録した書物が何も残ってないって、不思議じゃない? 何かあって紛失したとしても、魔物が天敵なら、対策や攻略位は言葉で子孫に伝わるもんだと思うんだけど。
「シンナバー、気になるのは分かるけど、そろそろ本題に入らせてくれてもいいんじゃない?」
過去の歴史に固執し続けていたあたしを、スフェーンが注意した。
『あ、そうだね、ゴメンゴメン アローラ先生ッ! 本題をお願いしますッ!』
あたしがそう言ったら、アローラ先生がクスッと笑った。
「すまんが、俺から一ついいか? 戦闘について質問させてもらいたいのだが……」
ヘタレ格闘家が真剣な眼差しをして言った。
「はい、戦闘ね? どうぞぉ?」
「単刀直入に聞く……。
魔物に魔法が効果がある事は分かるが、物理攻撃は通用するのか?」
「うん、ボクやヘタレさんは魔法使えないものね。
攻撃が通用しなかったら、戦闘のじゃまになっちゃう……」
イシェルは元気なさそうに、テーブルにゴツンとあごを乗せて言った。
それは、あたしも気になった。兵の大部分は魔力を持たない為、武器を持って戦う事になるし、あたしも棍棒で殴りたいからだ。
ところで、兵の大部分は魔力を持たないって言うのは、魔力を持っている人間はとても少なく、確か割合的には500人だか千人だかに一人居るか居ないか程度だったはず。
この少ない理由は、この国の境遇が関係しているらしい。魔力は親から子に遺伝するのだけど、魔力を持つ人間は大抵若くして戦死するか、子孫を残せない場合が多いらしく、その絶対数が増えにくいのだ。
また、男性に魔力が遺伝する例は極めて少なく、大部分が女性に遺伝すると言う事も、増えにくい要因だと考えられている。
確かに魔女って言葉の響きからして、男にはもてなさそうだ。だからと言って、あたし達が女でばっかくっついてるのは、もてないからって訳じゃない。多分。”子孫を残せない場合が多い”って所にちょっと引っかからなくもないけど。
ヘタレ格闘家の質問に、アローラ先生は真面目な顔をして答えた。
「軍の兵の、そのほとんどは魔法を扱わないわ、それでもちゃんと戦ってるでしょ?
もし魔法しか通用しないとしたら、魔法使い以外はここに派遣されないんじゃなーい?」
「あぁ、確かにそうだな」
ヘタレ格闘家はアローラ先生の返答に納得した。
「ただし、魔物は運動能力が普通の人間よりも上だから、少々苦戦する事になるかもしれないわねぇ」
「そうか」
『ならあたし達は大丈夫だねッ! よく動く側の人間だし』
そう言ったらアローラ先生が、少し驚いた表情であたしを見て言った。
「まさかあなたまで殴る気? プリーストはパーティーの生命線なんだから、後方支援をしっかりしなきゃ」
『えぇーッ! だってだって……あたしだって殴りたい……』
あたしはわがままを言った。プリーストが本来、どんな立ち回りをすべきなのかは知っている。だけど、あたしは前に出て戦いたかった。ずっとそうして来たし、それで別に問題も起こってなかった気もするし。
「シンナバーよく聞いて? プリーストはねぇ、絶対に死んではいけないの。
一番最後まで生き抜いて、たった一人になったとしても、尚生き延びるのよ。
そして、また新しい仲間と旅をする事になっても、決してその事は忘れてはいけないわぁ」
真剣な顔で言うアローラ先生の目に、あたしは無意識の内に目に涙があふれて来て頷いてしまった。
でも、あたしはこの時まだ、アローラ先生の言う話の真意までは理解する事が出来なかった。
あたしは絶対死なない自信はあったし、メンバーの支援だってちゃんとしてれば、少しでも多くの敵を倒した方がいいと思ってたんだ。
心では全く納得していないあたしを、アローラ先生は「いい子ね」と撫でてくれた。
その後、アローラ先生は、先日この街を襲た魔物達について話してくれた。
魔物達の連れてきた召喚獣に、通常兵器は余り効果がなく、軍の主砲であるルクトイの攻撃にすら怯む事はなかったそうだ。
軍が後退を余儀なくされ、徐々に消耗して行く中、魔物達はとうとうこの街の目の前まで侵攻して来たのだと言う。
結果的に、アローラ先生の魔法で召喚獣は仕留められたのだけど、従来の軍の戦法が段々と通用しなくなって来ているのは確からしい。
「マトラ王国って兵器とか作って売ってるんだよね?
だったら、もっと強い兵器を作るとかすればいいのに」
イシェルが腕を組んで言った。
全くその通りだ、マトラ王国はずっと兵器を開発し続けているのに、なぜ未だに骨董品のルクトイしか配備していないのだろうか。
「そうねぇ、でもこの王国もがんばっては居るのよぉ、マトラ旧市街って知ってる?」
『知ってる知ってるッ! 昔の王都だよねッ!
10年位前に、何だかの事件が起こって、今の所に移ったんだったと思うけど』
マトラ旧市街なら、あたしもこの間魔戦士組合の依頼掲示板で見たばかりだし、あそこが魔物に占拠されている事は一応は知っている。
「確かマトラ旧市街の開放って、組合の依頼にあったよね」
『うん、あの依頼って、あたし達が組合に入った時にはあったよねッ!
旧市街って魔物に占拠されてたはずだし、なぜかずっと依頼出っ放しだから怪しくて受けてないんだけど』
「魔物……ね、あれは魔物とは全く違う……そう、ゴーストとでも言うべきかしら?」
『ゴーストッ! つまりイシェルが気になるお化けだねッ!』
「え……」
お化けと言う言葉に、イシェルが反応して青い顔をした。
「旧市街が今みたいになったのって、マトラ王国の兵器開発のせいなのよ。
10年前、マトラ王国って新しい強力な魔法を開発してたんだけど、それがもう大失敗ッ!
結果的に、街一つ廃墟にしちゃったのよねぇ」
『えぇッ!? マトラ王国、まさかの自作自演ですかッ!? もしかして釣りッ!?』
しかし、魔法一つで街を廃墟に変えちゃうなんて、とんでもない魔法を開発してたんだな。
「あれね、表向きは失敗だったんだけど、実験としては成功だったらしいのよ。
魔法を発動させた場所と、時間が問題だったってだけでね」
「発動に時間と場所の条件がある魔法? それさえ正しければうまく行ったって事ですか?」
「そう、だからマトラ王国も、決して何もしていない訳じゃないのよぉ?」
そう言って、アローラ先生がイシェルに微笑むと、イシェルはアローラ先生から目を逸らして俯いてしまった。
「そうだったんだ。ボク……、何も知らないくせに、適当な事言っちゃったんだね。ゴメンなさい」
「ウフフ、あなたはちゃんとこの国の事を考えてるのね、だから気にしなくていいわぁ。
後はここだけの話……。極秘事項だから、絶対に誰にも言っちゃダメよ?
今ね、王国ラボラトリーって所で新しい兵器を開発しててね、もし開発に成功すれば、その兵器が軍の一般兵にも支給される事になるわぁ」
アローラ先生は、国の極秘事項を楽しそうに話した。
そんな極秘事項を嬉しそうに話して……。もしかして先生も、その兵器の開発に関わったのかな?
『ふむり? それって武器か何かですか?』
「アクセサリーみたいなものかしら? このエクトに支給されたら相当戦力が上がる事になるわねぇ」
魔力を持たない人間が、装備するだけで能力を上げられるアイテム? 例えば、強化魔法みたいな効果があるものなのかな?
そういうの作られると、あたしとしてはかなり不満だな。”もうプリーストの強化魔法なんていらない”とか言われそうな気がして。もしそうなったらとてもガッカリだ。
あたしの想像は絶対当たりませんように……と、あたしは何年ぶりかに神様に祈った。
皆で色々話していると、街に鐘の音が鳴り響いた。多分これがお昼の合図の鐘だろう。
「あらぁ? お昼の鐘ねぇ、お話はまた後にしてお食事に行きましょ」
『わーいッ! おいしいといいなぁー! 楽しみーッ!』
あたしは、授業が終わった生徒の様に、歓喜の声を上げた。
「アハッ! やっとシンナバーの大好きな時間になったわねぇ」
「そうだね、シンナバーの大好きなカレーがあるといいね、ボクも同じのにするよ」
『カレー……(ごくり)』
「お前らまたカレーかよ」
ヘタレ格闘家が、ツッコミを入れたら皆がどっと笑った。
あたし達は、ウキウキしつつ食堂へと向かった。
この時はまだ誰も、いつ襲来するかしれない魔物への不安など、微塵も感じる事がなかったんだ。