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【32】アローラ先生

 三年ぶりに出会ったアローラ先生は、以前と全く変わっていなかった。


 栗色の美しい長い髪を、青地に白いラインの入ったリボンで結い、トレードマークと言えるブルーの改良ローブ、そして頭に白いリボンの入った青いとんがり帽子と言う、清楚で絵に描いた様な魔法使いらしいスタイルだ。

 正直に言えば結構地味なんだけど、その知的に見える整った美しい目鼻立ちに相まって、見る者を男女問わずハッとさせるなんとも罪な女なのだ。

 お供の一人、バーライトと言った髭の剣士は、アローラ先生の親衛隊長なのだそうだ。しかも他に4人もの親衛隊員が居て、常に先生の身辺警護はかかさないと言う。全くいい年してしょうがない人だよ。


 アローラ先生を見ていて、あたしはある未解決だった問題を思い出した。

『そう言えばッ!

 アローラ先生って細いのに、何で体重が一般女性の1.5倍もあるのかって謎が未解決だったよねッ!

 何でッ!? 何で何でッ!?』

 あたしは、アローラ先生にずんずんと顔を近づけて迫った。

「うッ!」

 近づいたあたしの顔に、体を引くアローラ先生。

「アハッ! 懐ッかしいナァーッ!

 結局先生は答えてくれなかったっけーッ!」


『ここであったが100年目!

 ナナフシの謎に迫ってみようッ!

 さぁ今日こそは洗いざらい白状して下さいなッ!』

「くッ! そんなどうでもいい事まだ覚えてたのぉ!?

 それにナナフシじゃなくて七不思議ぃ!」

 アローラ先生は、しまったと言う顔をして苦笑いした。彼女は本当に細くて一見するととても軽そうに見える。だけど、その体重は不思議な事に、成人男性並みだったのだ。当然生徒達の間でも噂になっていて、魔法学校の七不思議の一つにも入れられていた位だ。財宝の金の延べ棒を飲み込んで、隠し持っているんじゃないかとか、背中のチャックを開けると、中から大男が出て来るんじゃないかとか言う噂まで飛び交っていた。

「さぁて、オレ達親衛隊は街の見回りにでも行ってくるか……」

 バーライトは、自分は何も聞いてないと言う風なそぶりで、アローラ親衛隊4人を引き連れて見回りへと出かけて行った。全員で行っちゃって、先生の身辺警護はいいのかな。

「あー、オレも街の様子を見て来ようかなぁー?」

 ヘタレ格闘家もわざとらしく言い、親衛隊の後ろに付いて行った。男共は場の空気を読んだんだろうけど、この手の七不思議の謎の場合なら遠慮はいらないと思うんだけどな。


「シンナバーもスフェーンも、男の人の前であんな事言っちゃいけないよ? アローラ先生も困ってるでしょ?」

「あらぁー! あなたってなんてかわいい子なのぉ!?

 そうよねぇ、この子達ったら、まだ女心が身についてないんだからぁ。

 あなたはまだ小さいのに、女心がよく分かってるわぁ」

 アローラ先生はそう言いながら、イシェルの頭をいい子いい子した。小さい子供みたいに扱かわれた事で、イシェルは困惑の表情を浮かべている。

「ブッ! アハハハハッ! 先生最高ーッ!」

『先生! イシェルはこう見えてももう21歳なんだよッ!? これ以上は大きくならないんだよッ!?』

「えぇッ!? そうだったのぉ!? ごめんなさいねぇ、余りにかわいらしいからぁ」

『それでも、おっぱいは先生よりずっと大きいけどねッ! 栄養はみんなここに行っちゃったのかも』

「うひゃッ!?」

 あたしは、イシェルの胸を後ろから両手で掴むと、ぶるんぶるんと揺すって見せた。アローラ先生は、自分のささやかな胸と見比べて、ショックの表情を隠せない様子だった。

「え……、あなた女の子だったの!? 男の子だとばかり」

 アローラ先生はイシェルの事、幼い男の子だと思っていたらしい。だけど、イシェルの露出もメリハリもない、黒ずくめの服装からするとそれは仕方が無い事かもしれない。

「ふん、ボクはどう思われてもいいよ。シンナバーさえ居ればね」

 そう言って、イシェルがあたしの手をギュッと握ると、みんなの視線もそこに落ちた。

『ア、アハハ……』

 カミングアウトするなら最初が肝心だと言わんばかりの行動力――、恐れ入ったよ。

「ふぅん、そういう事ぉ。シンナバーったら、年上の女性を落とすなんてやるじゃなーい?」

「んーん? 逆だよ、ボクがナンパしたの。シンナバーを落としたのはこのボクの方だよ」

 イシェルの自信満々な丸い目が、一際キラキラとしていた。

 こうやってイシェルは、着実に周囲の地盤を固めて行く。そして、あたしもこのまま行くんじゃないのかと、徐々に思い始めて来てもいた。


 アローラ先生が、突然両手をパンと叩いた。

「そうそう! イシェルを見てて思い出したんだけどぉ。あなた達とよく一緒だったおチビたん……。そう、ルビー・サファイヤはどうしてるのぉ?」

 おチビネタ来たッ! スフェーンは何て言うつもりなんだろう。

「おチビたんは魔法学校を卒業した後、突然行方不明になっちゃって……。

 それで、あたしとシンナバーで探そうって旅を始めたんです」

「あらぁ、そうだったの……。わたしもこれから新しい街に着いたら探してみるわぁ」

「そのルビーって子が、スフェーンの心に決めた人なんだよね? ボクも全力で応援するよ」

『なッ!?』

 イシェルがスフェーンの事まで暴露してしまった。そして、もう完璧とばかりな得意顔をした。これも、彼女なりに考えた作戦なのだろう。また、頭の中であたし達の関係図が変化して行く様な気がした。

「ヤだぁーッ! イシェルったら本当の事言わないでぇーッ!

 でもありがとぉーッ! ガンバるぅーッ!」

 スフェーンは両手でほっぺたを押さえ、真っ赤な顔で照れていた。

「あらあらぁ、あなた達ったら……みーんな女の子同士でくっついちゃうのね。

 ホント、しょうがない子達だこと」

 アローラ先生は呆れた顔をして、両手を左右に広げてやれやれと言うポーズをした。


「ふぅ……しょうがないなぁ。

 そんな事カミングアウトされたら──」

 アローラ先生は、あたし達のカミングアウトを聞いた事で観念した様だ。

「わたしはねぇ、特殊な体質で、重い水が体に溜まるらしいの」

『重い水?』

「えっとね、まず水には軽い水と重い水があってぇ、水をコップに入れるとするでしょぉ?

 その中身のほとんどは軽い水なんだけど、ほんの少しだけ重い水が混ざってるのよ。

 それらは一見同じに見えるんだけど、重さは重い水の方が二倍あるのよ」

 まさか、こんな所で授業の続きを受ける事になるとは思わなかった……。

「なるほどぉ、じゃぁ先生は、その重い水が溜まってるって事なのね」

『物は言い様だねッ! 明日使えるあの手この手に採用だよッ!』

 ウソかホントか分からないけど、先生の体重の謎は全く面白くない無駄知識でまとめられた。


          ***


 しばらくして、アローラ親衛隊とヘタレ格闘家がゾロゾロと戻って来た。

『おかえりーッ! どうだった?』

「ん? 街を一周して来たが、今は特に問題はないな」

『えぇッ!? それだけッ!?』

「あぁ? 他に何かあるってのか?」

『どういう街だったとか、面白いものを見たとか』

「そういう事なら、コウソよりもデカい街だったな。後は崩れた建物がたくさんあったぞ」

『アウチッ! ま、ヘタレレポーターじゃ仕方ないか……ご苦労であった』

「レポーターって何だ? あぁそうだ、食堂の前通ったらこれくれたぞ。みんなで食えってさ」

 ヘタレ格闘家は、手に持っていた紙袋から、丸いお饅頭を手にとって見せると、残りを袋ごとあたしに渡した。

『うわぁーお饅頭だーッ!

 お散歩でお饅頭ゲットするなんて、なかなかの散歩スキルだねッ!』

 何だ、ヘタレもやればできるじゃないか。

「スフェーンとシンナバー、入り口の横に飲み物の箱が積んであるから10本かな? 持って来てぇ? 折角だしお茶しながらお饅頭をいただきましょ」

『「はーいッ!」』

「あ、多いからボクもお手伝いするよ」

 あたし達は、入り口の脇に積まれた木の箱から、緑汁と書いてある謎の飲み物のビンを10本出して、栓抜きでフタを開けてみんなに配った。


 テーブルを囲み、あたし達はおいしくお饅頭と緑汁を頂いた。

 緑汁はちょっと苦かったけど、お饅頭の甘さとよく合っておいしかった。

「あの、アローラ先生って、何でこの街に居たんですか? 魔法学校は?」

 いつの間にか、元々の彼女の話し方に戻ったスフェーンが、アローラ先生に言った。

「学校はねぇ……、辞めちゃったぁ」

「えぇーッ! 何でぇーッ!?」

「だってぇ、あなた達も卒業させたし、そろそろ潮時じゃなーい? って思ってぇ」

 魔法学校は、入学から卒業まで同じ教師が担任になる。教師は幼なかった生徒達が段々と成長して行き、やがて13歳で成人するまでの6年間を見届ける訳だ。

『分かったッ! 婚活だねッ!』

「ブッ! ゲホッ! ゲホッ!」

 なぜか、婚活って言ったらアローラ親衛隊長のバーライトが咽ていた、これは何かありそうなロマンス!

「アハハッ! 婚活もいいわねぇー? でも残念ながら違うのよぉ」

『なーに? それは婚期を逃しそうな程、大事な事だったんですか! 訂正、逃しそうじゃなくて逃した!』

「その訂正は不要です……。シンナバーの毒舌もさらに磨きがかかったわねぇ……しょうがない子。

 まいっかぁー。多分、あなた達にも関係する事になりそうだから」


 その後、アローラ先生は全ての事情を話してくれた。

 まず、学校を辞めたのは本人の意思ではなく、マトラ王よりある計画を命令された事にあった。

 その計画は、マトラ王国の軍と、同位置のレベルにある民間組織、魔戦士組合の強化と統率だ。

 魔戦士組合には優れた人材が居るものの、今現在はまとまりがなく、冒険者としてバラバラに行動している。そこで、魔戦士組合員の中から、特に優れた人材を指標として選出する事で、統率力を上げようと言うものなのだそうだ。

 その計画の必然性を考えると、この国の防衛力は軍だけじゃ足りないって事なのかもしれない。それは、軍の兵約5千人を一夜にして失った状況からも推測できる。

 しかも、この国は魔物達以外に、国内に巣くうジダンにも手を焼いているんだから、あたしが王様なら悲鳴を上げたくなるかもしれない。


「今のわたしは、魔法学校のアローラ先生じゃなくて、マトラ王国の武官のアローラなの」

 アローラ先生が、視線を少し下げた。

「それと、彼らがわたしの親衛隊って言ってたのは冗談で、彼らはれっきとした王国の騎士なのよ。ここの兵には、みんな魔戦士組合員だって言ってあるけどぉ」

「えーっ、何で隠してるんですかぁ?」

 スフェーンは不思議そうな顔をして言った。

「だってねぇ、わたしのもらった地位って結構高いのよぉ。

 言ったら、こうして自由に戦えなくなっちゃうじゃなーい?」

 アローラ先生は、片目を瞑ってウィンクした。

「アハッ! 戦いたいって誰かさんみたいだッ!」

 スフェーンがあたしを見て笑った。

『先生も血気盛んだねッ! そりゃお婿も見つからない訳だよッ!

 いっその事、ヘタレがもらってあげれればいいのに。ああ見えても強いし……。あっ! ダメか、ヘタレには諸事情があったんだっけ』

「ちょッ! 何でいきなりオレに振るッ!

 つーか、オレの諸事情が男好きってやつなら即否定するぞッ!」

 それまで黙って聞いていた、ヘタレ格闘家が超高速で反応した。そんな反射神経で断るなんて、アローラ先生もかわいそうだ。

「ほらほらぁ、そんな無茶言ったら困っちゃうでしょぉ?」

「んあ、いや……。オレは別に嫌と言う意味で言った訳ではなくて、今はまだ考えてないって意味で……」

 なら、ヘタレ格闘家って、いつも何考えてるんだろうと思った。

「ワハハハッ! 心配するなッ! アローラの婿候補なら我ら親衛隊も探してる所だッ!」

 バーライトは豪快に笑って言った。

『そうだったんだぁ。あたしはあんた達に”その気”があったりするのかと思ってたよッ!』

「ほほぉー! 鋭いな。我等は親衛隊だぞッ? 皆、当然その気があるに決まっておろう? なぁ!?」

 バーライトに言われ、親衛隊メンバーは笑いながら当然だと頷いていた。この髭の剣士、愉快な男だな。アローラ先生を任せても大丈夫そうだよ。ほら、アローラ先生だって否定してないじゃないか。


「それでねぇ。今、わたしの計画は、もう国の方では進行中なんだけどぉ、近いうちに魔物の資料が必要で、この街に来たら丁度こんな時だったって訳。その資料も今はもう集まったけどねぇ」

 アローラ先生は、魔物の資料の入っているらしいカバンを指さして言った。

 しかし、アローラ先生がそんな任務をしていたなんて。この国って裏では色々やってるんだね。

『そかそか、また結婚遅れちゃうかもしれないけど頑張ってねッ!

 それと、あたし達にとって、先生はいつまでも先生だからッ!』

「そうそう、あたしも先生の事、ずっと師匠だと思ってるよー!」

 スフェーンがキリッとした表情で言った、その目力の強さにあたしは少しクラっとしてしまった。

「シンナバー……スフェーン……」

 感極まったアローラ先生の目に、涙の様なものが光ったのが見えた。それにあたしはとどめを刺す。

『付け加えると、例え結果的に結婚出来なかったとしてもッ! だよッ!』

「コラッ! わざわざ付け加えるかッ!」

 アローラ先生が笑って、あたしの鼻を指ではじいた。それを見てみんなが笑っていた。


 はたして、あたしのリップサービスは喜んでもらえただろうか。


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