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【31】担任教師

 エクトの街へ到着したばかりのあたし達を待っていたのは、魔物との戦争に強制参加を余儀なくされると言う運命だった。


 南の要であるこのエクトの街周辺は、魔物との抗争の為に、マトラ王国の全兵力の大半をつぎ込まなければならない程の厳しい状況だった。

 数日前、魔物に攻められる前までは、街は5千人以上の兵で賑わっていたそうだ。それが今の状況と来たら……。


「現在、一般人及び商人はエクトの北の一時避難所に避難している為、必要な物資は軍が避難所から運搬しているが、それは主に食料や一部の雑貨に限定される。

 ワッカ運河から、最後の物資が届いたのは不幸中の幸いなのだが、この状況だと安全面の問題から、しばらく定期便の運行が滞る可能性がある」


 あたし達はこの街の状況について、軍の兵隊から説明を受けていた。今の話は物資に関しての事だけど、今は必要最低限の物資しか手に入りそうもない。街に着いたらイシェルの新しい服を買おうと思っていたど、その希望はあっけなく絶たれてしまったと言う訳だ。


「それで、エクトの残存兵力はどの位いるんだ?」

 いつの間にか、ヘタレ格闘家がリーダーの様に振舞っている。一見頼りなさそうに見えるけど、いざと言う時は男ってやるもんなのかな。正直ちょっと見直したぞ。

「負傷者を除けば、せいぜい200名程度だろう。

 それと人形が5体。後は、あんたら含めて魔戦士組合員が10名ってとこだ」


 人形……? あたしはこの兵隊の言った”人形”と言うものが気になってしまった。


「5千人以上居た兵が、今はたったの200人なのか? そんなに酷かったのか?」

「あぁ、今までにはない数の魔物が一度に襲って来たのだ。

 しかも魔物に混じって、召喚獣まで居てな。たった一体の召喚獣に、兵力の半数をつぎ込む事になってしまったのだ」

 召喚獣だって? 魔物ってそんなものも操るのか。だけど、あたしはそれより気になるさっきのワードがあった。

『さっき言ってた人形って何?』

 変なタイミングだって分かってるけど、気になったままなのは気持ちが悪い。なので容赦なく話に割って入ってやった。

「ん!? あぁ、人形とは軍の開発した兵器の事だ。

 正式名称はルクトイと言うのだが、軍の主たる火力だ」

『ルクトイ……聞いたことある様な……ない様な……?』

「あらぁ? ルクトイなんて骨董品がまだあったのぉー?」

 あたしが首を傾げてたら、スフェーンが口を開いた。どうやらスフェーンはルクトイとやらを知っているらしい。

『スフェーンは知ってるんだッ! それで? そのルクトイって一体どんな骨董品なの? 鑑定が必要なもの?』

「アハッ! あんた忘れたのぉー? 歴史の授業で習ったじゃなーい。

 昔、まだマトラ王国が周りの国と戦争していた頃、お城を攻めるのに使ってた生物兵器だってッ!」

 覚えてない……、授業でそんなの習ったっけ? 歴史の授業って面白くないから、真面目に聞いてなかったのがこんな時にバレちゃった。

「ボクも話では聞いた事あるよ。まだあるのは知らなかったけど」

 イシェルですら知ってるとは……。知らないのはあたしだけ? 何だかイシェルがインテリ風に見えて来た。

「だが、ルクトイは骨董品なんかじゃないぞ? 現に今もまだ軍の主力兵器なのだからな」

 兵があたし達の間違った知識を修正した。案外教科書なんていい加減なものなんだね。今正しい情報を覚えたし、それでいいや。

 それにしても、大昔からある兵器が未だに主力って、マトラ王国って兵器先進国だと思ってたんだけどなぁ。それが今も使われてるって事は古いとか関係なく、ルクトイってやつは優れた兵器なのかもしれない。

「なぁ、そこに並んでるのがそうじゃないのか?」

 ヘタレ格闘家が窓の外を指差した。その窓から外を眺めると、そこには脱力感を感じる形をした物体が、きれいに整列して並んでいるのが見えた。

『えーーッ!? ヒドイ……ヒド過ぎるよ……ショッキングだよッ!』

 窓の外に見えたそれは、余りにも酷いものだった。

 10メートルはあろうかと言う巨大な人型をしたそれは、全身の皮膚が真っ青だった。そして、その顔には大きな目の様なものが一つあり、その周辺に小さな目がいくつも並んでいた。そんなのが5体も、じっと佇んでいるのだからたまらない。

「うーん……、確かにコレはショッキングなのかも……」

『でしょでしょーッ!? ほらッ! イシェルなんてもう夜のおトイレに行けなくなったよッ! 今夜はきっとおもらしだよッ!』

「ひどいなぁー、ボクはそんな事しないよ」

 イシェルは顔を真っ赤にして、不満そうな表情を浮かべた。そして小声で、

「(もし怖くても、シンナバーは付いてきてくれるよね?)」

 と言って、あたしの服の裾を掴んだ。


「おもらしは置いといて……話を続けてくれないか?」

 ヘタレ格闘家は、すっかり横道にずれた話題を元に戻してくれた。

「あ……あぁ、他の魔戦士組合の連中は、この裏の建物に居る」

 あたし達のやり取りを、唖然とした表情で見ていた兵も、ヘタレ格闘家の言葉で我に戻った様だ。兵はこの裏の建物やらがある方向を指差した。

『ふむ、どんな人達?』

「それは裏の建物に行って確かめれば分かる事だ、言っておくがかなりの大物だぞ?

 今回だって、あの連中が居なかったら、この街は全滅していたかもしれないんだからな」

『へぇー? そりゃかなりの大物だッ! 早く挨拶しに行かなきゃッ!』

「そうねぇ、とりあえず挨拶に行ってみましょ。

 あたし達もそこに泊まるんでしょぉ?」

「ちょっと待て、食事の説明がまだだ。

 朝は0700、昼は1200、晩は1700に鐘が鳴ったら食堂が開くが短時間なので速やかに移動する事。

 それと、緊急事態にはサイレンが鳴る、そうしたら速やかに横の広場に集合する事」

「朝7時と昼の12時と夕方の5時って事だな? 分かった」

「詳しい説明は夕食の後にあるだろう。今は色々と聞いて知識を付け、夜に備えて体を休めておいてくれ」

「了解した、では」

 ヘタレ格闘家は兵に片手を上げると、魔戦士組合員の居る建物へと向かって歩き出したので、それにあたし達も続いた。


 エクトの街は、8千人が収容可能なだけあって、その大きさはコウソの街の倍はある。街を取り囲む塀も丈夫そうに分厚く、巨大要塞と言って間違いないだろう。

 ただし、街並みは酷く地味で、白っぽいレンガを積み上げた面白くない建物しかなかった。その街並みも所々破壊され、状況が状況だからだろうけど補修がされる様子もなかった。

 また、街の通路は大きいのだけど、真っ直ぐ伸びてなくて曲り道だらけだ。これは容易に中央へ攻め込まれない為の工夫なのだろうか。


 あたし達は、兵の言っていた裏の建物へやって来た。大きな建物だけど、やっぱりここも、白っぽくてつまらない形をしている。

 建物の中に入ると、いきなり広めのホールになっていて、壁に木で出来た簡素な長椅子がいくつも積み上げられていた。その奥は、一直線の通路が奥まで伸びていて、その左右に扉と壁のない部屋が並んでいた。つまり何か起こったらすぐに飛び出せるって訳だね。プライベートなんてあったもんじゃない。


 中央の通路に差し掛かった所で、一番手前の部屋に人の気配を感じた。

「あらぁ? あなたたちぃ」

 一瞬スフェーンが言ったのかと思ったけど、それはスフェーンの声ではなかった。だけど、とてもよく知っている声だ。

「ア……アローラ先生!?」

「あらまぁ、最強の魔導士スフェーンと、神の子シンナバーじゃなーい? こんなとこで一体どうしたのぉ?」

『あ……あわわわッ!』

 げげっ、まさかこんな所であのアローラ先生に出会うとは……。

「フフッ、三年ぶりかしら、元気そうねぇー」


 アローラ先生は魔法学校であたし達の担任だった人で、過去にマトラ王国最強の精霊魔法使の認定を受けた大魔法使いなのだ。

 当然、スフェーンの師匠でもある訳なんだけど、実はスフェーンの口調って、このアローラ先生の真似だったんだよね。だからたまに本来の口調が出たりもするんだ。

 それともう一つ重要事項、スフェーンにとってアローラ先生って、ちょっとした憧れの人だったんだよ。いつものやらしい意味でじゃなくって、魔法使いとしての目標にしてたって意味で。

 目標にしてたって言うのは、スフェーンは在学中に最強の称号を得てるでしょ? つまりはその時にアローラ先生の魔力を抜いちゃった訳ね。だから実質、今はアローラ先生がナンバー2のはずなんだけど、どうやらスフェーンとアローラ先生の師弟関係はそのまま現在に至ってるみたいだ。と言っても、卒業してからは一度も直接は会えてなかった訳だけど。


「ほほぉ? キミが噂のスフェーンか。

 アローラから聞いているぞ? キミが今の最強の精霊魔法使いなんだってな」

 アローラ先生の横に居た髭を生やした剣士が、興味津々と言った面持ちでスフェーンを見て言った。

「ア……アハッ! はじめましてぇー! スフェーン・アウインですぅーッ!」

「バーライト・ガーだ、よろしくな」

 やっぱりスフェーンも緊張しているな。卒業しても、先生と生徒の関係って変わらないもんなのだ。

「それじゃ……、久々に魔力測定とかしちゃおうかしら? 手ぇ出してぇー?」

 アローラ先生はにんまりとして、スフェーンに手を出す様に即した。

「あ……、はい」

 スフェーンが慌てて手を差し出すと、アローラ先生はギュッとスフェーンの手を掴んだ。

「あれからあなたがどんだけ成長したか、わたしに見せてちょうだい」

 その後、スフェーンが魔力を開放した後、しばらくアローラ先生は言葉を失って、放心状態に陥っていたかと思うと急に笑い出した。


「アハハハハハハッ! あッ! あなたって……ッ! アハハッ!」

「えッ? もしかしてあたし何か変なことしました?」

 アローラ先生は、両手を握り締めてぶるっと身震いした。

「ホントあなたって凄いわぁ、わたしの想像以上に成長したのねぇ。

 あの頃の魔力の10倍位あるんじゃなーい!?」

 スフェーンの魔力はあたしも武道大会の時感じたけど、そりゃぁ山をいくつも消滅させられるんじゃないかって程の脅威の魔力だったよ。あれはもう笑うしかなかったね。

 それより、たった三年で10倍にも魔力が成長するなんて事があるものなのか。あたしだって三年前に比べて魔力は成長したけど、多分二倍にすらなってないだろう。


 あたし達はマトラ王国の南の果てで、かつての担任と再会したのだった。


「ボク達、とんだおいてけぼりだね」

「だぁな……」


 イシェルとヘタレ格闘家は、向かいの部屋の入り口に腰掛けて黄昏ていた。


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