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【30】最南端のエクトの街へ

 あたし達の乗った定期便に、やがて夕暮れ時が訪れた。

 この船は、夜もランプの灯りで水面を照らし、止まらずに上流へ向かって運航するそうだ。


 あたし達は積荷のコンテナの上に腰掛け、雑貨屋で購入したパンに干し肉とマスタードをかけたもの食べながら、水面をキラキラ照らして反射する、美しい夕日を眺めていた。夕日は遠くの雲の隙間をくぐって、時折まぶしい光を放っていた。

「夢みたいにきれいな夕日ねぇ」

 スフェーンは、徐々に地平線に落ちてゆく、赤い夕日を眺めて言った。

『うん、こうやって夕日をちゃんと見るのって久しぶりかも』

 普段と違う事をすると、思わぬ事に気が付くもんだね。あたし達は何かを惜しむかの様に、この夕日が沈んで行くのを眺めた。

 パンを食べ終わった頃には、すっかりと日は地平線の彼方へと落ちて、船の所々に灯されたランプの小さな光りだけが頼になってしまった。

「ボク達この荷物の上で寝るのかな?」

 心もとなく光るランプの灯火を浴び、ぼんやりと見えるイシェルが少し心配そうにしている。

「んー、水の上って冷えるから、寝るのは船の中の方がいいんじゃなーい?」

「そうだね、ボクも風邪は引きたくないし」

 いつの間にか、イシェルがあたしの服の裾を掴んでいた。


 普段なら寝るには早い時間なんだろうけど、こう真っ暗だと何をするもない。あたし達はそれぞれの手荷物を持って、船の中へと移動した。

「うぅぅ、中も真っ暗だよ……」

 おそらく、船の中は積荷でいっぱいのはずだけど、室内には灯りが全くないので何も見えない。階段もあるし、手探り足探りで進むのはちょっと危険そうだ。

「シンナバー、みんなに魔法かけあげてぇ?」

『よし来たッ!』

 光属性の魔法の中には、込められた魔力が徐々に光に換わって周囲を照らす事ができるものがあり、例えば光の幻影にもその効果がある。

 この魔法は、現れる幻影の数と大きさを最小にする調整を行うと、通常より長持ちするんだ。

 あたしは、調整をした光の幻影の魔法を、みんなにかけてあげた。

 魔法が発動すると、みんなの体の周囲に小さい光の幻影が発生して眩い光を放った。すると、真っ暗だった室内の様子がふわっと浮かび上がった。

「うっわぁー、凄くきれい」

 イシェルが、自分の周りに浮かび上がった、光の幻影を見て言った。

『魔法の効果は2~30分位しかないからねッ! それまでにちゃんと寝るんだよッ!? 分かったッ!?』

「わかった!」

 イシェルは敬礼のポーズをして元気に返事をした。

「とりあえず、寝られそうな場所探しましょ」

 光の幻影の光のおかげで、視界が2~3メートルに広がった、やっぱり船内は積荷で一杯だ。結局、階段を降りたすぐの、今居る周辺だけしか空いてなかった。

「ここらしか空いてないらしいな」

『むぅ……、探す楽しみすらなかったか』

 あたし達は仕方なく、その場で所狭しと横になった。言い合わせた訳でもなく、左があたしで中央がイシェル、右がスフェーンと言う順番だ。それに加えてあたしのさらに右横に、ヘタレ格闘家がごろんと寝転んでいる。

「ヘタレさん、シンナバーには変なことしちゃダメだからね」

 イシェルがヘタレ格闘家に釘を刺した。まずそれはないと思うけどな。

「バッ! コイツにんな事する訳ないだろッ!?」

 失礼なッ! 裏を返せば、あたし以外ならする気があるって事じゃないのか?

「アハッ! でもシンナバーの事はまんざらでもないって昨日は顔に書いてなかったぁ?」

「ねぇよッ!」

 ヘタレ格闘家は、スフェーンの攻めの言葉に即答で返した。

「そーぉー? やっぱ男の子じゃないとダメなんだ」

「あぁッ!?」

 ヘタレ格闘家は随分とムキになってるな。そっか、あたしを男だと思ってた時って狙ってたのか……確かに登場シーンを思い返すと全てのつじつまが合う。

「ふぅん、そうだったんだ。

 それなら三人とも女の子だから安心だよね」

 イシェルは全く驚く様子もせず、スフェーンの話を丸々信じた様だ。

『そかそか、ヘタレも大変だけど頑張ってねッ! 挫けたりしちゃダメだよッ!』

 それにしても、ヘタレ格闘家が男の子スキーだったとは思わなかったな。

「だから違うっての……あぁもういいや」

 せっかく応援してやったのに、随分と投げやりなやつだな。そんなんじゃすぐに挫けるよ。

「下らん事言ってないでさっさと寝ようぜ、そんじゃまーおやすみな」

 ヘタレ格闘家は、自分に向いた話題を無理やり終わらせてしまった。



 横になって目を瞑ってしばらくすると、予想はしていたけれど、イシェルがジリジリと密着して来た。こんな状態で仲良くする気? 二人に気付かれるかもしれないのに。

 イシェルはスルリと右手を伸ばし、あたしの左手を掴んでゆっくりと引き寄せて自分のお腹の上に乗せた。

 その左手にイシェルは自分の左手を絡ませると、また右手をゆっくりと伸ばして今度はあたしのお腹の上に置いた。

 そして、右手の指先でトントンとあたしのお腹を叩いて、右手を差し出せと催促している。もちろん、あたしはそのリクエストに応えてあげるんだけどね。

 イシェルはあたしが差し出した右手をギュッとすると、指の間に指を絡ませて離れない様にしっかりと握った。そのあたたかな温もりを感じつつ、あたしはやがて眠りへと落ちて行った。



『うひゃぁぁぁーーッ!?』

 翌朝の早朝、あたしは何と自分の発した声で目覚めた。

 起き上がって辺りを見渡すと、船の小さな窓からまぶしい朝日が差し込んで、薄暗いながらも倉庫内が全て見渡せる様になっていた。

「ったく……、朝っぱらから大声出して……」

 ヘタレ格闘家が少し起き上がり、眠そうに目を擦りながらあたしを片目で見ると、またすぐに横になって寝息を立てた。

『えッ!? えぇ?』

 だけど、何が起こったのかあたしにも分からなかったんだ。

「クスクス……」

 そしたら、なぜかイシェルがクスクス笑ってる。「どうしたの?」と言う顔でイシェルを見つめても尚、肩で息をするあたしを見てニヤニヤしていた。

『もしかして、今何かしたの?』

「プッ! プハッ! アハハハハハッ!」

 なぜだか分からないけど、イシェルが声を出して笑い出した。あたしはさっぱり意味が分からず、イシェルが笑っているのをただ眺めているだけだった。その横で、スフェーンが気持ち良さそうに眠っているのが見えた。


 起きるにはまだ早いけど、何だかすっかり目が覚めてしまったあたしは、船室から外に出てみる事にした。

 地平線の少し上に太陽が上がり、その周辺の空を真っ赤に染めていた。まぶしい光に当たって、一日のはじまりを堪能する。

『うーん……』

 あたしは太陽に向かって、両手を広げてぐーっと伸びをした。

「シンナバーおはよ」

 いつの間にかイシェルが横に並んで、顔を覗き込む様にして見ていた。

『おはよーッ! イシェルもねッ!』

 川の水を手のひらですくって、顔を洗って歯を磨いた所で、ふとさっきの事を思い出した。

『ねー、イシェルはさっき何で笑ってたの?』

 すると、イシェルはあたしの肩に手をかけると、やさしくキスをしてから囁く様に言った。


「知りたい?」

 イシェルはあたしの手をぎゅっと掴んで、隣の船の船内へと強引に引っ張っていった。

 船室に誰も居ない事を確かめると、ササッと中に入りドアを閉めた。イシェルはあたしの背中を壁に押し付けると、優しさの中にも強さを感じるキスをしてくれた。

「ふぅ……、なかなか二人っきりになれないからね」

 うっとりした目でそう言うと、イシェルはスルリと黒い服を脱いだ。しっとりとした白い肌が現れる。イシェルは脱いだ服を床に敷き、修道着を改造して動きやすくしたあたしの服も、器用な手つきで脱がした。

 彼女は、床に敷いた自分の服の上にあたしを誘導すると、やさしい手つきであたしの体に手を滑らせ始めた。その動きに応える様に、あたしもイシェルの背中に手を回し、彼女の背中をしっかりと確かめた。何だかイシェルの背中が少し熱く感じる。

 なめらかなイシェルの背中の、中央に沿って指を下って行くと、やがて21歳の大人の女性らしいやわらかな腰の曲線を感じる事が出来た。

『イシェルってやっぱ大人っぽいよね、こうやって触れるとよく分かるよ』

「ウフフ、そう?

 シンナバーもシンナバーらしくてボクはとても好きだよ」

 イシェルの指が、あたしの体を優しく撫でる度に、切ない気持ちになってしまう。これって何なんだろう?

「気持ちを楽にしてて。今はボクとスフェーンのどっちとかなんて考えないでいいからね」

 その言葉を聞いて、あたしは少し気持ちが楽になった気がした。今まであたしは構えすぎていたのかな?

 そうだ、イシェルの言う通り、今は何も考えないでおこう。と思った瞬間、見えない壁の様ものがすっと消えて、彼女の全てを自ら受け入れられる自信が湧いた様な気がした。


 薄暗い船内で、あたしとイシェルのはずむ息づかいは、静かに聞こえる川の音に混じって響いた。すると、唐突に声をもらしそうな衝動にかられ、思わずあたしは手を口にあてがって塞いだ。

 それからしばらく、何が起こったのか分からなくなった。少し時間が経って、あたしの意識が元に戻った時、あたしの目から涙が流れていた事に気が付いた。

 この涙は、心の壁を越えさせてくれた、イシェルの優しさへの感謝の涙なのだろう。その涙を、イシェルは嬉しそうに指でなぞってとるとペロリと舐めた。

 それからあたし達は、お互いの体をぎゅっと抱きしめたまま、何度も何度もキスをしていた。



 みんなで朝食を済ました後、船員達にまた動きがあった。

 また死体を乗せた舟でも流れて来たのかって思ってたら、何とエクトの街に到着するのだと言う。丸一日かかるって話だったのに少し早いなと思ってたら、風向きのおかげで到着時間が予定より早くなったのだと船員が説明してくれた。

 船の上も飽きたし、早く到着してくれて何よりだ。因みに流れてきた遺体はエクトの軍に引き渡すと、軍からお金が貰えるのだそうだ。

 定期便は、それから間もなく、エクトの街に隣接している船着場の、長い桟橋に到着した。ワッカ運河は、まだ先へと続いているみたいだけど、この先は魔物の勢力となる為か、人の手は入っていない様だ。


『あれ? あれ? 何か地面が揺れてない?』

「おっとっと……。

 ふぅー、何だか船から降りたのに、まだ揺れてる感じねぇ」

「う……うん……、地面がゆれてるよね」

 スフェーンだけでなく、ヘタレ格闘家を除き、あたしとイシェルは、少しフラついた足取りで桟橋を歩いてた。

「お前らって面白いな」

 なぜだか知らないけど、ヘタレ格闘家だけ何事もない様に、スタスタと歩いていた。


 桟橋からすぐの、エクトの街の入り口に立った所で、あたし達は街の雰囲気に違和感を感じて立ち止まっていた。大きな街の建物だけに作りは立派なのだけど、所々の建物が崩れている様に見えたからだ。

 街の入り口の警備兵達も何だか覇気がなく、少しうつろな目になっていた。日々の魔物との争いに疲れているからだろうか、それとも徹夜明けとかでただ眠いからなのだろうか。

 近づくと、うつろな目をした兵隊があたし達に声をかけて来た。

「お前達は、あの定期便に乗って来たのか?」

「あぁ、コウソから定期便に乗って、今到着したところだ」

 ヘタレ格闘家が、兵の問いに答えてくれた。

「せっかく来て何だが、このまままたあの船に乗って戻った方がいいぞ」

 来たばっかで帰れ? もしかして、何か問題でも起こっているのだろうか。

「何か起こってるのか?」

 すると、兵が数秒の間を置いて話し始めた。

「ついこの間だ、魔物が大群で押し寄せて来てな。

 何とか防ぐ事は出来たが、駐留していた我が軍はほぼ壊滅状態だ……。

 次が来たら、間違いなく終わるだろう」

 そう言う顔は、全くもって諦めムードな表情だった。

「増援は来ないのか?」

「もちろん手配はしているが、最低でも後2~3日はかかるだろう。

 それまで魔物達が大人しくしているかどうか」

 あたしもそう思う。魔物達にとって、今この時こそが街を攻め落とすチャンスだ。確実に、すぐ次が来る事だろう。

「うん? お前達のそのバッヂ……、もしかして魔戦士組合員か?」

 兵はヘタレ格闘家が付けている、組合員のバッヂに気付いて言った。

「んあ? あぁ……そうだが?」

「魔戦士組合員なら話は別だ。今特例が出されている」

「特例? 何だそれは?」

「街には状況において、予め定められている特例が発生するのだが、このエクトにおいては緊急時に発令される。

 一般人には避難命令、魔戦士組合員には軍への全面協力命令だ。

 これらはマトラ王の権限によるものであり、拒否権はない……。とりあえず、軍の増援が来る数日間だがな」

 続けて兵は話を続けた。

「だがな……。さっきも言った様に、おそらくは次は持ちこたえられないだろう。

 いよいよとなった場合、この街を捨て、速やかに退避する事も忘れるな」

「だってよ」

 ヘタレ格闘家は、くるりとあたし達の方を振り向き、両肩の前で小さく万歳をした。

 ふーん、緊急時ってそんな命令が出される事もあるんだ。どうせ魔物とは戦うつもりだったし手間が省けたよ。

「この用紙にクラスと名前を書いてくれ」

 あたしは、兵が差し出した用紙とペンを受け取った。

『あたしがみんなの分も書いておくよ』

「あぁ、悪いな」

 あたしは四人のクラスと、名前をサラリと書くと兵に手渡した。

「うむ? ヘタレ格闘家? 泥棒? 何だこのクラスは?」

 その兵は困惑と言うより、呆れた顔であたしが書いた内容を眺めていた。

「くっ……」

 ヘタレ格闘家は、顔を手で押さえてしゃがみ込んだ。

「泥棒って……。まさかと思うけどボクの事じゃないよね?」

『あれ? 違ったっけ?』

「一応、ボクはシーフのつもりで居たんだけど……。絶対わざとだよね?」

『アハ……アハハ……。

 もちろんわざとだよッ! 冗談なんだからねッ!』

 本気だったとは絶対言えない。

「こんな時によく冗談が出来るな。

 シーフか……書き直しておくぞ。

 ならヘタレってのも冗談か?」

『ヘタレ? それは肩書きだよ? ヘタレっていう肩書きッ! 分かりやすいッ!』


 結局、ヘタレ格闘家の方は訂正されなかった。


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