【3】万全の準備で怠りなく
お楽しみの武道大会にエントリーしたあたし。久々に思いっきり戦えるんだって思うと、嬉しくてたまらない。
この武道大会のルールは、極単純明解。魔法は全て禁止だけど、武器は銃以外は何でも使用可能。
勝敗は、相手を戦闘不能にさせるか、参ったと言わせる事。そして、もし戦いで相手を死なせたとしても勝ち。
だから、スポーツ要素の高い普通の武道大会みたいに、お祭り騒ぎな雰囲気じゃなく、殺気溢れる事だろう。だがあたしはそれがいい。
『ふんふんふん~』
「おッ? 随分とご機嫌だねぇー?」
『そうだ、スフェーン』
「なーにぃ?」
『宿はあたしが決めとくから、用事があるなら済まして来ていいよッ!?』
「あら、そーぉ? それじゃお願いしちゃおうかなぁ?」
『バッチリお願いされたよッ! 夕方五時位にここで待ち合わせねッ!』
「うん、ありがと! じゃぁ行って来るぅーッ!」
そう言うと、スフェーンは用事へと出かけた。
そんじゃ、あたしは早速宿を探して取っておこうか。
さてさて、ここらで一番立派な宿はどこだろう。あたしはウキウキとスキップして街の中を探し始めた。
少し行くと大きな通りに出た。そして、そこであたしは一際大きく立派な建物を発見した。
『凄い……。凄いよこの建物はッ! これは宿屋じゃなくてホテルだよッ!』
まさか、こんな商人の街に、ここまで立派なホテルがあるとは。いつもよりちょっと高いかもしれないけど、あたし達の旅はいつも少し贅沢な所に泊まってる。旅って言っても基本的にノープランで、立ち寄った街にある組合で依頼をこなしながら旅をしてるんだ。
手持ちのお金もけして多いとは言えないけど、出費は他に余りないから割と溜まる一方なのだ。
「いらっしゃいませ。本日はお泊りでしょうか?」
大きな扉から堂々と入るあたしに、フロントの従業員が声をかけた。
『うん! お泊まりでッ! 一泊二人なんだけどダブルって空いてるかな?』
「はい、空いております。二名様で、一泊1万丸前金となりますが、よろしいでしょうか?」
やっぱりかなり高い。普通のホテルだったら、二人で高くても4~5千丸位だから倍だ。宿屋なら500丸もしないのに。
『よろしいよ、1万丸ね?』
あたしは1万丸を支払うと、すぐに部屋に案内されて部屋のカギをもらった。
案内された部屋はトイレはもちろん、お風呂まで付いてる値段通り高級な部屋だった。
壁がやたら真っ白で、少し落ち着かないけど、それも新鮮でいい感じ。
そして、肝心のベッドはダブル。つまりダブルベッドが一つだけあんの。
なんと言っても、ダブルって事は、二人で一つのベッドに寝るんだよッ! これは世間で言うカップル用なんだッ!
さっそくあたしはベッドにボフッと飛び込んで、その具合を調べてみた。
硬すぎず、柔らかすぎずでいい弾力がある。きっといい品に違いないね。
次はお風呂チェック。コンパクトな作りだけど、細かい所までいい作りになってるね。
凄いのは、壁にチカチカ光る宝石みたいなものが、無数に入っている事。まさか、本物の宝石じゃないとは思うけど、壁にこういうものを仕込むセンスっていいと思う。
家のお風呂には要らないけど、こういう所なら何かしらの効果を発揮しそうな物の類だね。
『そして、ムードを高める為の極めつけはコレだ』
あたしはカバンの中から香炉と、密かに入手していたローズ・アブソリュートと言う香料を出して、早速焚いてみた。
部屋中に甘い薔薇の香りが広がってゆく。
『くはぅーッ! こ……これはヤバい……ヤバいよッ!』
どういう訳か、どんどんお腹が空いて来る。食欲まで引き起こすとはコレはきっと本物だ。
あ、そうだ。食事をどうするか考えないとね。
本能を強く呼び起こしそうな食べ物と言ったら、やっぱお肉だよね? ここの食事は何ができるか今のうちに聞いて来よう。
「お食事のメニューですか?」
『そそッ! お肉のメインディッシュって何ができるのかな?』
「えぇっと、本日は”あの肉”を使ったポークソテーや、トンカツなど、豚肉のものであれば何でも出来ます」
『ちょッ! それって”あの肉”を全然秘密に出来てないよッ! 夢壊すなッ!』
「あ……。申し訳ありません」
『”あの肉”は、おいしそうに骨付きで出して? 大体あの肉って、かぶりつく以外に選択の余地はないはずだよッ!?』
「かしこまりました。”あの肉”は骨付きのグリル焼きでお出しします」
あぁ……。事もあろうか、こんな所で”あの肉”の正体を知ってしまうとは。
スフェーンには絶対内緒にしておこう。
『後ね、ワインはどんなのがあるのかな? あたし甘いのしか飲めないんだけど、赤ワインは辛いんだよね?』
「そうですね。赤ですと、辛口で少々渋みがあります」
『うーん……。ブドウジュースとかで割れたりする?』
「あ、はい。三分の一程度までであれば、味をそれ程は損なわないかと思います」
『その三分の一でお願い。あ、割るのはあたしのだけでいいよ。もう一人はそのままで出してね』
「かしこまりました」
ワイルドな骨付き肉と、血の様な赤ワイン。
そして、凶悪なローズ・アブソリュートの香りで今日こそは……。今日こそは仕留められるぞぉーッ! ヤハーイッ!
今の時間は午後三時だ。夕方五時に待ち合わせとして、まだ少し時間がある。大分お腹空いちゃったけど、ちょっと明日の為に練習とかしておこうかな?
時間潰しが大体の目的なんだけど、ワッカ運河の土手とかなら練習できそうな場所もあるだろう。
あたしは、この街の横に面している、ワッカ運河へとやって来た。
やっぱ、船着場の周辺は人が多いね。あんまり練習は見られたくないし、少し離れてしよう。
百メートル程下流へ移動すると、そこに少し広くなった平らな場所を見つけた。
草が短くなってるって事は、今までここで練習した人が結構居たって事か。考える事は案外みんな一緒なんだ。
背中の片手棍を両手に取ると、戦闘のイメージをしつつひたすら練習をした。
実際の戦闘の場合、棍棒や体に魔法をかけて、威力やスピードを上げてるんだけど、今回の大会では魔法は一切使えない。
だから、完全に魔法を使わない練習をしておかないといけないんだ。
と言っても、こないだのモグラ程度の相手なら魔法は必要とはしないんだけど、今回はきっと死闘が繰り広げられるはず。バッチリ楽しめる様に、全ての力を出せる様にしておきたい。
あれからどれだけ練習しただろうか。気が付けば辺りが少し薄暗くなって来ていた。
そろそろスフェーンとの待ち合わせの時間かな。
さて、あたしの万全の用意に、スフェーンがどんな反応をするか楽しみだ。
あたしはまた軽くスキップをして、待ち合わせの広場へと向かって行った。