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【29】マトラ王国の南の果てへ

 ワッカ運河の定期便が動き出すと、あたし達は退屈を凌ぐ為、辺りの景色を眺めたり、積荷で作られた狭い通路を散歩したりしていた。


『もう少し広ければ体も動かせるのに』

 あたしはこの狭い通路に座って丸一日過ごす事は拷問に等しいと思った。こんな事ならバスにするんだったかな? 船ってもっと優雅なもんだと思ってたんだけど、現実はそう甘くはなかった様だ。


「ボクはシンナバーと一緒なら、どこだろうとそれだけで満足だよ」

 イシェルはあたしにべったりくっついて座ってる。あたしはイシェルのバンダナを解いて、艶のいい黒髪を梳かし髪を結んで遊ぶ事にした。


『イシェルの髪って綺麗だよねー。何でずっと隠してるの? もったいないよ?』

「そうかなぁ? シンナバーがそう言うなら思い切って変えてみようかな」

『イシェルって黒似合うけど、デザインはもっと派手目のがかわいくなるよ。

 もっとボディーラインの出る感じのとか』

「えぇッ!? それはちょっと恥ずかしいな……でもシンナバーがいいって言うのなら」

『よし決まったねッ! 次の街でイシェルの服を買うよッ!』

「うん、わかった」


 全身黒尽くめで肌の露出もボディーラインも全く出ていないイシェルの服装は、21歳の女性とは思えないとても地味なものだった。いくら戦闘を想定してるからにしても、もう少し何とかなるはずだ。

「こんな時おチビたんが居ればねぇー。服だってすぐ仕立て直せるし、移動だって乗物であっという間に着けるのに」


『うん、便利だったよねー? おチビの魔法ッ!』

 スフェーンが珍しく寝言以外でおチビの事を口にした。おチビとは「小細工魔法士」と言う聞いたこともないクラスの魔法使いだ。小細工って名前こそ変てこだけど、その魔法は痒いところによく手が届いた。

 例えばそこらの土だろうと何だろうと、材料を選ばず乗り物を作り出す事ができるんだ。魔法学校時代、よく三人でおチビの作った乗り物に乗って遊んだもんだよ。


「そのおチビって子、ボクに似てるんだっけ?」

『うん、服装や髪の色は違うけど、背格好はそっくり……あッ!』


 しまった……ヘタレ格闘家がすぐ側にいるんだった。スフェーンまで変な目で見られたら……。

 あたしは恐る恐るヘタレ格闘家の様子を伺うと目が合ってしまった。すると、あたしの顔を不思議そうに見て、

「ん? オレがどうかしたのか?」

 とか、特に気が付いてる様子は無い。鈍くて良かった……。ヘタレの頭の中では「おチビ」と「心に決めた人」はイコールにはなってないみたいだ。

「練習は無理だけど、筋トレ位ならできるんじゃないか?」

 とか言ってる位だから、気が付いてないのは間違いないだろう。


 ここであたしは定期便の乗組員達の様子から、何かが起こった事に気が付いた。乗組員達が、四角いイカダがいくつも連なった船の前方へと集まって行く。

『何か前の方に乗組員が集まってるけど、何かあったのかな?』

 あたしがみんなに聞くと、

「ホントだ、何してんだろ?」

 と、イシェル。

「何だか知らんが、ちょっと行ってみるか」

「そうねぇ、退屈だし見に行こうかな」

 暇そうにしているヘタレ格闘家とスフェーンも興味を持った様だ。


 あたし達は人が集まる方へと移動して行った。すると、定期便の先頭の動力船に、2~3人が乗れる程の小舟が繋がれていた。誰か救助でもしたのだろうか。ざわめく人だかりの隙間を見つけ、その先に何があるのか覗いてみた。

 そうしたらチラッと何かが見えた気がしたけど、すぐに誰かの背中が隙間をうめて見えなくなってしまった。

『あれ? 今おかしなものが見えた様な……』

 あたしはもっとよく見える様に高い場所を探した、どこか高い所に上れば何があるか一目瞭然だろうから。

 キョロキョロ周囲を見渡してみたけど、人垣の真ん中を見下ろせる様なものは見つからなかった。

「何だアレは……」

 あたしの後ろでヘタレ格闘家の困惑した声が聞こえた。そうか、ヘタレ格闘家は身長が高いからそのまま見えるんだ。同じ人間なのに随分と不公平が起こるもんだよね。


「全然見えない……」

 あたしよりさらに背の低いイシェルは、ピョンピョンと跳ねるのを諦めて残念そうに言った。

『ヘタレは見えてるんでしょ? 何が見えるのか位あたし達に教えてよ』

 あたしは残念組を代表して、ヘタレ格闘家に何が見えるのか聞いてみた。

「いや……、これは見ない方がいいかもしれん」

『何が見えるかすら教えてくれないのッ!? ケチッ! ケチケチッ! ペッペッ!』

 あたしがガッカリついでにヘタレの足を踏ん付けて言うと、

「ヘタレさんってケチだったんだね」

 イシェルも残念そうな顔をして、ヘタレ格闘家を見上げた。

 その時、スフェーンは一人風を纏って上空から人だかりの中心を見ていた。精霊魔法使いって風を扱えるからこんな時は凄く羨ましい。


 すっかり落ち込んでいると、ヘタレ格闘家があたし達2人をその大きな肩の左右に乗せてくれた。

「ほらよ、後で見なきゃ良かったって言っても知らねーからな」

 ヘタレ格闘家のおかげで、あたしとイシェルは乗組員達の上から、その中央にある何かを見下ろす事が出来た。

「え……?」

 中央に見えたものは、やはりさっき一瞬見えたもので間違いなかった。それは所々ワニの様な動物に食いちぎられた様に欠損した人間だった。当然こんな状況で生きている訳も無く死体だった。

『これは酷いね』

 そんな死体が二体、甲板に敷いた布の上に寝かされていた。あの小船に乗って流れていたのを引き上げたんだろうけど、このまま南まで船に乗せたまま行くのだろうか。

 それにしてもこんな状態で、小船が流れていたのは不自然さを感じる、ワニの様な動物が人を襲ったのだとしたら、こんな状態で見つかる事はないからだ。その場合、人は水に引き込まれて空の船だけとなるのが自然だろう。

「何だか……まるで見せしめの様だな」

 ヘタレ格闘家があたしが思っていた事と同じ事を言った。


「しかし、この所毎回だぞ。南もまた物騒になったもんだな」

 そう言って、あたし達の前に立っている船員がうんざりした表情をした。

『ねぇ、船員さん?』

 あたしの声に数人の船員が振り返った。

「何だ? あんたら、こんなもんをわざわざ見に来たのか」

『この遺体ってどういう事?』

「あぁ、この死体は軍の兵隊だな。

 今までもたまーに南からは流れて来たんだけどよぉ?

 この所随分と増えたんじゃないかねぇ?」


 たまに軍の兵隊の死体が川を流れて来る運河か、こんなもの流してるのって一体誰なんだろう。

『随分酷い状態だけど、これって誰が流してるの?』

「あぁ? そりゃー、お国が戦ってる南の果ての連中だろうよ」

 南の果ての連中とマトラが戦ってる? あたしはそんな事一度も聞いた事もなかったよ。

『南の果ての連中って? 外国と戦争してたの?』

 そう言ったら船員達が驚いた表情をした。

「あぁ、あんた等旅人か? それなら知らないのも無理はないが……」

『うん旅人だよ、この国ってどこの国と戦ってるの?』

 船員は一呼吸置くと声を低くしてこう言った。

「魔物だよ」


 それからあたし達は、南の事情を船員達から詳しく聞く事が出来た。

 マトラ王国は現在他国とは戦争をしていないはずだけど、魔物とだけは今もずっと戦争をしているのだと言う。

 今もって言うのは魔法学校でマトラ王国の過去の歴史で詳しく学んだんだけど、今の現状については余り詳しくは教えてもらえていないんだ。

 過去に魔物との戦いがあったとは書いてあった気がするけど、今もなお続いているとは全然知らなかった。

 政策を含めて魔物との戦争も公表しないのは、国民を不安にさせない配慮とかだろうか。

 あたしが知っている少ない情報によると、マトラ王国の南方は余り開拓されていない土地だったはず。魔戦士組合で見た地図でも街はエクト位しかないみたいだけど……。

 船員の話では、あたし達の目的地のエクトで、今もなお魔物と人間の抗争が続いていると言う事だった。


「魔物って……やっぱいるんだね……」

『居るみたいだね、あたしは一度も見た事ないや』

「あたしもまだぁー」

「オレも噂だけで実物はまだ見た事がない」

 なんだ、みんな魔戦士組合員のくせに、まだ誰も魔物を見た事ないんだね。

『提案がありますッ! 魔物と戦ってみたいッ!』

 あたしは右手をビシッと上げて提案してみた。せっかく南に行くのに魔物と手合わせしないなんて、旅行に行って名物を買わずに帰る様なもんだよ。

「えーーッ!? シンナバー正気なのッ!?」

 あたしの提案に、イシェルが真っ先に反応して目を丸くしていた。

「アハハッ! いいねぇーッ! じゃぁ魔物退治の依頼にしよッ!」

 スフェーンは最近暴れてないし、やる気満点の様だ。

「そう言うと思ってたぜ……」

 ヘタレに関しては予想通りだったらしい。格闘の腕を磨く旅をしてる訳だし、それを断る理由なんてないだろう。

 そんな中、イシェルだけが曇った表情でみんなの顔を変わりばんこに見ていた。

『イシェルは嫌なの?』

「だって……魔物って怖いよね? 夜おトイレに行けなくなっちゃうかも……」

 ガーン! イシェルは多分凄い勘違いをしてると思うよ。そうじゃなくても「おトイレに行けなくなっちゃう」とか21歳の台詞にしては素晴らし過ぎる。

「イシェルたーん、魔物はオバケじゃないのよー?」

「あれ? 魔物ってオバケの事じゃなかったっけ?」

 イシェルのこの言葉に大爆笑が起こり、イシェルだけ戸惑った表情でみんなの顔を順番に見つめていた。


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