【27】コンプレックス
あたし達三人はホテルの従業員に、ツインの部屋へと案内された。
ツインの部屋はダブルの部屋の様なムードはないけど、壁には明るくやさしげな模様が描かれ、小粋な家具は白に統一されて清潔な雰囲気だった。
部屋の一番奥の窓際には白を基調とした布地に、ほんわかした花の刺しゅうがされた一人がけのソファーが小さなテーブルを挟んで一ずつ置いてある。
寝室は別室になっていて、淡い暖色系の明るい雰囲気の部屋だ。セミダブルのベッドは二つ中央に寄せられ、その両脇に白いキャビネットが置かれていた。
「へぇー、寝室って別になってるんだ」
「うん、高いだけあるよねー」
『そんでそんで並び順だけど、またあたしが真ん中になるからねッ! わかったッ!?』
先に釘をさしておいてやる、先制攻撃ってやつだ。
「それでもいいけどぉ。
ねぇ、今度はコレで決めてみないー?」
スフェーンがサイコロを二つ手のひらに乗せて見せた。
「サイコロ?」
キョトンとした目で、スフェーンが差し出した手のひらの上のサイコロを見つめるイシェル。
『い、いいよ……あたし、真ん中がいいんだから』
スフェーンの提案を何とか却下できないものか考えたけど、こんな苦しい言い方しか思い浮かばなかった。
「うわぁーッ! シンナバーの意地悪ぅーッ!
あたしだって、かわいいイシェルの隣になりたかったのに……なりたいのに……」
スフェーンは何と言う事か、シクシクと泣き出してしまった。
えーーーッ! なりたいのにって、ここで最強のカードを使うのかッ! そんな事言う勇気があるんなら、なぜおチビの時には言えなかったんだ。
「もぅスフェーンはしょうがないなぁー、わかったからわかったから……」
まんまとやられた……強行突破されたよ。これでもうあたしが真ん中って決まりも打破されてしまった。考えろ……スフェーンと何とか仲良くする方法を……。
「ボクが真ん中になろうか?」
イシェルーーーッ! あんた何言っちゃってるの!? イシェルが真ん中になったらあたしとスフェーンが離れちゃうじゃないかッ! と、あたしの心が叫んだ。
『あ、そうだッ!』
あたしはいい事を思いついた。
「なぁにー?」
『そんなにイシェルの隣になりたいならスフェーンが真ん中になりなよ
だけど、イシェルに変な事しない様にあたしがスフェーンを押さえておくのが条件だよッ! ついでに抱き枕になってもらうよッ!』
「やだぁーッ! 暑苦しいじゃなーい!」
ひどい、ひどいよ……好きな人に暑苦しいだなんて言われたら悲しいよ。
「でもそれじゃボクとシンナバーが離れちゃうよ? ボクはシンナバーの隣がいいな……」
めんどくさい事になってるな、どう並んでも誰かしら不満になるしかないんだから困ったもんだよホント。あたしの不満はどっちか片方だけになるって欲張りな不満だけどね。
「要望を整理するとねぇ、あたしはイシェルの隣がよくて、イシェルはシンナバーの隣、シンナバーはイシェルの隣がいいんでしょぉ?」
「うん、そう。
ね? シンナバー」
あたしがスフェーンの事も好きって事を知っていてこれだ。
『えッ!? そ……そうだね……』
「そうするとねぇ、シンナバーとイシェルが並んで、イシェルの横にあたしって言うのが一番理想じゃないのぉ?」
「うん、ボクが真ん中だよね、それでいいと思うよ。
いいでしょ? シンナバー……うむぅ~」
イシェルがくるりとあたしの方を見て、急に虚ろな目をしたかと思うと、あたしの腰の辺りをペシッと叩いた。
イシェルは相手の心が少しだけ読めるから、あたしがスフェーンの隣になろうと必死だったのがバレバレだったか。
結局、イシェルが真ん中、あたしとスフェーンが左右と言う事になった。
スフェーンは多分イシェルの事は本気ではないだろう。イシェルにおチビを重ねて見ているだけだと思う。
でも、おチビが見つかったとして、おチビにどう接するつもりなんだろうか。あたしはその時どうしたらいいのだろうか。協力してあげるべきなのかな。それともあたしの想いのままに阻止すべきなのかな。
そして、スフェーンはあたしがどうすると思っているのかな。
結局答えが見つからず、あたしは考えるのをやめた。
食事までまだ時間がある。あたし達は窓際のソファーに座ってくつろいでいた。
あたしの対面にあるソファーで、スフェーンがボーっと窓の外の街灯を眺めている。
イシェルがやって来てあたしの座っているソファーの手すりに、横向きにちょこんと腰掛けた。
あたしはイシェルを膝の上にひっぱって座らせ、彼女の膝の上で手を組んだ。イシェルはあたしの手に自分の手を添えて、体の力を抜いてふにゃっと寄りかかった。
イシェルの温もりを感じながら、あたしは目を閉じてこれから先の事を考えていた。
イシェルとスフェーンの三人で旅をして、おチビを見つけたその後はどうなるのだろう。
もし、おチビがスフェーンを受け入れたとしたら、きっとあたしはスフェーンとは一緒に居られない。スフェーンとおチビが愛し合う様子を、とても直視していられないだろうから。
そうなったら、あたしはスフェーンを諦めてイシェルを選ぶのだろうか。そんなのをイシェルは快く受け入れてくれるのだろうか。
反対におチビがスフェーンを受け入れなかったとしたら。前にイシェルには言ったけど、あたしはおチビがスフェーンを受け入れるとは思えない。受け入れるのであれば、いきなり姿を消したりはしないだろうから。
その場合、スフェーンはおチビを諦められるだろうか。そしてあたし達は、今後も煮え切らない状況が続いて行くのだろうか。
苦しいよ……、結論を出したいよ。イシェルはこんなあたしでもいいって言ってくれたし、心を満たして変えてみせるとまで言ってくれたけど、あたしは罪悪感を感じてならない。
そう考えていると、イシェルがあたしの左肩に頭を乗せたまま、その丸い瞳でじっと見つめていた。
食事を済ますと、あたしはお風呂の様子を見に行った。食事の前にお湯を入れ始めていたおかげで、丁度いい位の湯量になっていた。あたしはお湯のレバーを戻してお湯を止めた。
このホテルは凄いな。壁にあるレバーをひねるだけでお湯が出てくるんだ。水を入れてから火を炊く必要もなく、ただレバーをひねるだけ。どんな構造になってるのかは分からないけど、凄い便利な仕掛けだと思った。
ツインの部屋のお風呂場は、ダブルの部屋と違って全体的に明るい雰囲気で作られていた。
壁は白く、それにキラキラした宝石みたいな石が埋め込まれている。壁の所々が小さなはめ込み式のガラス貼りになっていて、その中に小さくてかわいい花が置かれていた。
湯船のサイズはダブルと一緒だけど、その底に透明なガラスが張られて、ガラスの下には色とりどりの花がたくさん咲いていた。多分造花なのだろうけど、大部分の女性ならばこっちの方が好みだろう。
お湯を手でかき回すと、落ち着いたランプの光が湯船に張ったお湯に反射して、壁や天井に幻想的な模様を描いた。
「へぇー、これがお風呂? やっぱ大きいんだね」
後ろからイシェルの声がした。
『うん、かわいい花が咲いてるよッ! 湯船の底にもッ!』
「ホントだーッ! ボクこんなの初めてだよ、来て良かったなぁ」
『でしょーッ? お湯も丁度いいし、みんなで入っちゃおうよッ!』
「みんなで!? ボク……ちょっと恥ずかしいかも……一人で入りたいな」
『ギャハハハハッ! イシェルったら面白い事言うねーッ!』
何を今更と言った所だ、昼間の大胆なイシェルとまるで別人の様な言葉に、あたしは冗談として受け流した。
スフェーンを呼んで三人で脱衣所で服を脱いでいると、イシェルの動きがどうもおかしい事に気が付いた。
その様子は、背中に何かを隠している様な感じだ。
『イシェル? どうかしたの?』
「えッ!? 何でもないよ。
先に入ってて、後から行くから」
尚も背中を壁に向けて、あたし達に見えない様にしている。
「じゃぁ、あたし達はお先に浸からせてもらいましょ」
スフェーンは髪を軽くまとめてからあたしの手を取り、脱衣所からお風呂場に移動する様に催促した。
あんな事されると余計に気になる。スフェーンは気を効かせてあげてるみたいだからあたしも合わせたけど。
あたしとスフェーンが湯船に浸かって少しすると、イシェルがコソコソとやって来た。
慌てた手つきで桶を手にとり、そそくさとお湯を体にかけると素早くお湯の中に入った。
「いいお湯ねぇ、二人とも今日はお疲れさまぁ」
『ありがとーッ! いやぁ、いいお湯だねーッ!』
「う……ん、ありがと、いいお湯だよね」
うむ、気になる。
「さぁて、先に洗わせてもらっちゃおうかな」
スフェーンは湯船から立ち上がって洗い場へ出た。昨日もそうだったけど、スフェーンってあんまり長い時間お湯に浸からないんだよね。
『あッ! あたしがするッ!』
当然こんなチャンスにぼーっとなんてしてる訳がない、あたしがスフェーン様のお世話をするのだ。
「アハッ! 自分でするからいいのにぃー」
『いいのいいのッ! ほら椅子に座ってーッ!』
あたしはスフェーンの体と髪を洗い、マッサージもして至極堪能……じゃなくてご奉仕した。
「あらぁ? すっかりスネちゃったみたい」
イシェルが湯船のへりに座ってじと目であたしを見ていた。
あたしは両手を胸の前で小さく振り、
『あのね、これは違うんだよッ! あたしはこういうの得意だからッ!』
あたしはなぜか誤解と言う事にしようとした。
「それならシンナバーはボクがするよ」
それを断る理由もなかった、不謹慎だけどあたしにとってはどっちに転んでもハーレムなんだ。
イシェルがあたしを洗ってくれてる間、彼女はやっぱり背中を見せようとはしなかった。背中に何があるんだろう、鬼みたいな顔の凄い刺青があったりして。想像する度に一層興味津々になって行った。
「はい、出来上がりだよ」
満足そうにイシェルは微笑んだ。イシェルの体に付いた泡がゆっくりと流れ落ちている。
『ありがとーありがとーッ!
イシェルも洗って「あたしがやるぅーッ!」……え?』
スフェーンは湯船に浸かりつつ、ここぞと言うタイミングでイシェルの洗い係に立候補した。
「あたしだけ誰も洗ってないものね、やっぱり公平に行かないとぉ」
公平にか……正論過ぎて反論できないや。
「い、いいよ……自分の事は自分でやるから」
イシェルのこの言葉は遠慮してる様な言い方ではなかった。明らかに背中の何かを見られる事に抵抗を感じている。
「イシェル、あたし達は仲間でしょぉ? もっと信頼して心を開いて欲しいなぁ」
このスフェーンの言葉にイシェルは少し俯き、少しして顔を上げた。
「わかったよ、お願いするね」
イシェルはゆっくりと椅子に腰掛けて、あたし達にその小さな背中を向けた。
そしてその背中に隠していたものが露になった。
イシェルが隠していたものは、酷い怪我と火傷の跡だった。
『それは……』
イシェルの小さい肩が震えてる、時折小さな声が漏れているのは泣いてるのだろうか。
「……そっか、それを見せたくなかったのね」
「黙っててごめんね、ボク……こんななんだ」
あたしは湯船から上がり、イシェルの痛々しい背中にそっと触れた。
『イシェル……』
肌の露出が極端に少ないイシェルの服装は、これを隠そうとする心理からなのかもしれないなと思った。
「ボクを嫌いにならないで……うぅ」
とうとうイシェルは嗚咽を上げて泣き始めた。
その背中の傷跡は過去に壮絶な何かがあった事を物語っている。それが心の傷にもなってしまい、負い目を感じているのだろうか。
「大丈夫、あたしもシンナバーもそんな事位でイシェルを嫌いになんかなったりしないよ」
『うん、そんな事で嫌いになんかなるもんかッ! ヘコたれるんじゃないよッ!』
あたしがやさしくイシェルの頭を撫でてあげると、一層大きな声を上げて泣いてしまった。
「それでねぇ、もし良かったらなんだけど」
そう言ってスフェーンはあたしの顔を見つめて頷いた。
『うん、残す必要がないならだけど、あたしコレ消せるよ?』
そう言った直後、ピタリとイシェルが泣き止んだ。驚異的な泣き止み方だ。こんなにピタリと泣き止んだのを見たのは初めてだよ。
「え……? えぇぇぇぇぇーーーーッ!?」
その後しばらく、イシェルは何か言いたそうな感じで声にならず、口をパクパクさせていた。このリアクションって癖なのかな? 前にもこんな反応してた気がするけど。
『どうする? 消しちゃう?』
あたしの問いかけに、イシェルは首を上下にブンブン振って答えた。
聖なる光を手のひらに集め、あたしはするりとイシェルの背中を撫でた。
イシェルの背中に移った光が輝き、お風呂場全体が聖なる光で満たされていった。
やがて光が収まると、イシェルの背中はつやを取り戻してすっかりきれいになっていた。
傷跡が消えたのを鏡で確かめたイシェルはクルリと振り返る。両目に涙を貯めた状態で、にっこり笑うとあふれた涙が頬を伝って落ちた。