【26】王国の指名手配
イシェルはものの1分で、30人程の筋肉男とタンザの息の根を止めてしまった。
横たわる大勢の男たちを眺め、イシェルはあたしに小さな背を向けて黙って立っていた。
『イシェル……?』
「アイツは許せない……」
イシェルは一言だけ言った。
この時、あたしはイシェルのその言葉に、どんな想いが込められていたかなど知る由もなかった。
***
あたし達は筋肉男やタンザの死体をそのままにして、街へ向かって歩いていた。
『ほったらかしでいいの? 見つけた人がビックリしない?』
「いいのいいの。だってあたし達であんな連中を運んだり埋めたりなんてできないでしょー?」
あたし達を襲った連中とは言え、人の遺体を放置する事に抵抗を感じた。
『主にヘタレにやらせるとか……』
「オレがメインかよ……、帰ったらオレが軍に報告しておくわ。
だがアイツ等なら放置されても仕方ないんじゃないのか?」
ヘタレ格闘家もスフェーンもイシェルも、随分とあの連中に対してドライだな。
『なんで? もしかして悪いやつらなの?』
「なんだ、お前知らないのか? あの連中ってジダンなんだぜ?」
ジダン……知らないなぁ。組織とか団体とかのくくりの単位で言っているのだろうか。量産型の筋肉男って全員ワッカ運河の作業員って訳じゃないのかな。それとも潜り込んでいたのか、ワッカ運河の作業員そのものがジダンなのか。
『え……? ジダン? 汚れたお金の匂いがしそう……』
「偶然だろうが遠からずだな……。
ジダンの連中は王国からも指名手配はされてるんだが、大組織と呼べる規模で国中に点在している為に手を出せずにいるんだ」
ヘタレのくせにやたら詳しいなぁ、それとも魔戦士組合員なら知ってるのが常識なのだろうか。
「ジダン全体を相手にしようとしたら、広範囲過ぎて軍全体を投入しないと無理らしいよ。
だけどボク達少人数で本拠地を狙えば……」
随分穏やかじゃない話をしているな、イシェルは一体何を言ってるんだろう。
「そうねぇ、組織の結束力がなければ狙えるかもしれないけど、規模も大きいし、その後で追われる事になったら安眠出来なくなるかも」
あれ、スフェーンもジダンを知っているのかな? そんな情報通とは思ってなかったんだけど。むしろ世間知らずって思っていたのに。
『スフェーンの言うとおりだよッ! 夜ぐっすり寝れなくなったりしたら地獄だよッ!』
街に入ると灯の灯りがいい雰囲気をかもし出していた。そう言えば辺りもちょっと暗くなって来ているな。
その後、あたし達はさっきの連中の事を街にいる軍人に報告しに行った。
ジダンだって言ったらすぐに数人の兵が確認に向かって行き、あたし達は確認が取れるまで軍の駐在所で待つことになってしまった。
基本的に街の外のトラブルは軍は関知しないのだけど、事ジダンだけは特別らしい。
ついでに、デカい腹の男が武道大会で大砲や、トラップを改造した様な対人兵器を使っていた事、それでもルール違反にはならなかった事を伝えてみた。これに対しては大いに問題があるらしく、関係者に事情を聞くと言っていた。何だか大事になっちゃったかな。しーらないっと……。
もしかしたら、委員会はジダンの幹部って事で目をつむっていたんだろうか。確かに、普通の人なら誰にも言えないかもしれない。そんな凶悪な組織に目を付けられたら大変だもんね。だとすると、医務室に魔法治療士が一人もいなかったのも、何となくうなづける。
「なんだ、お前達はついて来なくても良かったのに」
椅子に座って退屈そうにしながら、ヘタレ格闘家があたし達に言った。
「あなた一人だけに面倒かけられないでしょー?」
スフェーンはテーブルに肘を付け、トンボを捕まえる様に人差し指をぐるぐる回した。
「ゴメンね、やつ等を倒したボクがやるべきだったよね」
イシェルはあたしを護るために戦ってくれた、正直あたしはかなり嬉しかった。
『いやいやいや、やつ等はあたしを狙って来たんだし、むしろイシェルを巻き込んじゃってゴメンね』
「いいの、シンナバーはボクの大事な人なんだから」
そう言ってイシェルが頬を赤らめていた。イシェルと来たら何てかわいらしさだ。
「だけどオレにゴメンはない訳だ」
『あんたは一度アイツに殺されかけたんだから、もう立派な主犯格だよッ!』
「それを言うなら被害者だろ?」
こんなやり取りをしながら、確認に向かった兵が戻ってくるのを待っていた。
しばらくして、空が完全に真っ暗になった頃に兵は戻って来た。
軍の説明によるとタンザはこの街のジダン幹部だったらしい。あんな腹をしていてよく幹部になんかなれもんだ。
その後、軍からジダン討伐の褒賞金をもらった。30名以上ともなるとちょっとした額になる。それを人数割りで分配した。
「めんどくさいから人数割りでいいよな、これも腐れ縁ってやつだ。
さて、宿に戻って休むとするか」
『あ……あのさ』
あたしはヘタレ格闘家を引きとめた。
「どうした?」
『ヘタレはこれからどうすんの?』
「ん? どうって、これまで通り、適当に組合の仕事しながら旅を続けるつもりだが」
『ならさッ! ならさッ! 出来たらあたしに格闘を教えて欲しいんだ』
「へ? そんな必要ないだろ、お前は既に十分強いと思うんだけどな」
『それは魔法使ってでしょッ!? 格闘に関しては全然だよッ! ヘタレに屈辱を受けるほどにッ!』
「全く……欲張りな事を言うやつだな、お前は魔法と格闘の両方に時間をかけた。
そして、オレは格闘だけに時間を費やしたってだけの事だ」
それはつまり、あたしはどっちも中途半端って事なのだろうか。
「シンナバーがやるならボクも一緒に習いたいな」
『ヨシッ! やろーやろーッ! 決まったねッ! ありがとーッ!』
「あぁ!? 勝手に決めやがった……しょうがねぇな……。面倒なのは苦手だからそんなに長くは一緒には居られないぞ?」
『さすがヘタレだ、絶対に引き受けてくれると信じてたよ。夢にまた一歩近づいた……そんな気がするッ!』
「そいつは良かったな……」
あたしは強引に決定してしまった。チャンスは絶対に見逃してはならないから。本当は恋愛に関しても積極的になれたらいいんだけどな。
「やったーッ! わーいッ!」
ヘタレ格闘家に習える事に両手を上げて喜んでるイシェル21歳。そのリアクション……年齢を聞いてなければ絶対年下にしか見えない。
「あ……、オレの宿屋は向こうだけどお前等は?」
そう聞かれ、あたしはまだ今日の宿を予約してなかった事に気が付いた。
「あたし達はそこのホテルに泊まるの」
昨日泊まったホテルを指さすスフェーンだけど、まだ今日の予約は取ってないんじゃないかな。
「マジかよ……お前達金持ちだな」
ヘタレのリアクションは正しい。普通そこは魔戦士組合員が泊まるホテルじゃない。
『でも予約ってしてないよね』
「してあるよー! 昼にあたしがしておいたの。
だって今日もコウソに泊まるでしょー?」
そうか、だからイシェルも誘ってたんだ。あたしは一日だけ贅沢しようって思ってたから、そのホテルは一日しか取らなかったけど、そうならそうと言ってくれればいいのに。
「そんじゃ明日の朝、オレは魔戦士組合に行くつもりなんだがそこで集合でいいか?」
「そうねぇ、あたし達も次の依頼は受けてないしそれでいいよ。
今後の行き先はそこで決めましょ」
ヘタレ格闘家は「じゃあな」と片手を上げると街の奥へと消えて行った。
残されたあたし達三人は、目の前のゴージャスなホテルへと向かった。
「き……緊張するなぁー。こんな凄いトコって泊まった事ないから」
「アハッ! あたしも昨日イシェルみたいに緊張したっけ」
『そんで、昨日と同じ部屋にしたの?』
「んと、ツインって言うベッドが二つある部屋もあるって言ってたからツインにしたよー」
しまった……スフェーンが予約したんならそうするに決まってるじゃないか。ベッドが別々じゃ仲良くできない、ツインに断固反対宣言を表明しよう。そうだ、三人って事を口実に別の部屋に変更をしてもらおう。
『イシェルも居るから二つのベッドじゃ困るでしょ? 困るよね?』
「ボクはかまわないよ、シンナバーと一緒に一つのベッドで寝ればいいよね」
「そうねぇ、三人部屋にしてもらおっか」
スフェーンは小走りで受付に向かうと、三人の部屋の都合を聞いた。
「三人部屋ですか……えーと……、申し訳ありませんがあいにく全て埋まってしまっている様で」
「そかー、仕方ないかぁ……ツインでベッドくっつけたら三人寝られるかしら?」
「ご不便おかけして申し訳ありません。お客様がそれでよろしければすぐに準備致します」
そう聞いた時、スフェーンの口元がくっと上がるのをあたしは横目で見ていた。スフェーンはイシェルを狙ってる……絶対狙ってるよ。
あたしとイシェルが一つのベッドを使えばいいのに、わざわざくっつけようって提案したのが何よりの証拠だ。
だけど、あたしはスフェーンがそう来るだろうと期待していた。そうしないとスフェーンに近付けないから。
あたしはと言えば、どうやってスフェーンとも絡むかを、頭をフル回転させて考えていたのだけども。