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【25】イシェルのナイフ

 ヘタレ格闘家は、あたしが思っていたより遥かに強かった。


「うそ……。シンナバーが負けるなんて……」

 手も足も出なかったあたしを見て、イシェルは衝撃を受けたようだ。丸い目が一段と丸くなってるよ。

 名乗るつもりもないけど、こんなんじゃ武道王とは言えやしないな。

「シンナバーって強化魔法とか使ってないよね。それに攻撃魔法も使ってないでしょー? いつものスタイルで戦ってみたらぁ?」

 スフェーンはあたしにいつものスタイルで戦う事を提案した。さっきは余りに酷すぎたからイシェルに配慮してくれたのかもね。

「魔法か……、そういやお前って魔法使いなんだろ? 能力を使わないってのは公平じゃないな」

 格闘のみの戦い方は確かにあたしの全力ではない。ヘタレもああ言ってくれてるし試してみようか。本当は格闘で対等に戦えるのが好ましいのだけれど、実力の差が大きすぎるので仕方がない。

『わかったよ、いつもの戦い方で戦ってみるよ』

 あたしは自分に強化魔法をかけた。攻撃ダメージ強化、速度上昇、防御力強化、光のシールドを体の表面に作りダメージを一定量受けない魔法、ダメージによるキャンセルを防ぐ魔法、そして光の幻影をまとってダイレクトアタックをさせない魔法。足音を消す魔法。他にもたくさんあるけどそういう魔法を全てかけ、現在可能な最高の状態を作った。

 光り輝くあたしを見て、イシェルがまた目を丸くしていた。今のあたしは目の錯覚ではなく、実際に光の幻影があたしの実体の場所もぼかしている。

「すごい光ってるッ! 強化魔法って派手なんだね……シンナバーきれい」

『でしょー? 属性光だからね』

「それじゃー始めるよーッ!」

 そう言ってスフェーンがまた空高く爆裂魔法を打ち上げた。


 今度はあたしは開始直後にヘタレ格闘家に弱体魔法をかけた。動きが遅くなる魔法に、徐々に体力を奪ういやらしいスリップ魔法、そして体の自由を封じる麻痺の魔法。目を眩ませる魔法。

「げーッ! なんだよこりゃ! う……動けん……」

 弱体魔法の効果により、致命的な程に体の動きが悪くなったヘタレ。こういう事になるとは想定外だったろう。

『ギャハハハハハッ! 思い知ったかッ! プリーストなめんなーッ!

 大人しく神の制裁を受けるがいいッ! ホーリー・パニシメントッ! 懺悔バージョン!』

 あたしは根拠なき恍惚に酔いながら、天を指差して叫ぶと、天から降り注いだ光がヘタレ格闘家の周囲を丸く照らした。

「な……なんだ!? オレの周りだけ空から光が照らしてるぞ?」

 ヘタレ格闘家は、自分の周りだけスポットライトがあたっている現象を見て不思議がっている。

『神が罪人に懺悔する時間を与えてくれてるんだよッ! 制裁が下る前に避けないと最悪死ぬけどねッ!』

 そう言った直後、光の粒がヘタレ格闘家の周囲に次々と発生してそれが高速で回転し出した。光はやがて天へと続く光の柱を作った。

 地面の草は一瞬で消滅して、その下の土が溶けて白い水蒸気を上げている。

『この懺悔バージョンって言うのはね、罪人に死の恐怖を味わわせる為に、魔法の発動を遅らせる趣向なんだよッ! 一言で言えば処刑だよッ!』

 あたしはギリギリ逃げる事が出来たヘタレ格闘家に、懺悔バージョンについて説明してあげた。

「ちょっと待て! 今のに巻き込まれてたら間違いなく死んでたぞッ!?」

 息を乱しながらヘタレ格闘家が必死に抗議した。

『処刑なんだから当たり前だよッ! あたしは本気で戦ってるんだ、だからヘタレも本気でやるべきなんだよッ!』

 と、ヘタレ格闘家にビシッと指を差すポーズで言った。

「本気でやるつもりはなかったが……さっさと終わらせて休ませてもらうか」

 気乗りしない言葉と裏腹に、ヘタレ格闘家の目つきはやる気の目をしていた。

『うん、いい目だねッ! じゃ、行くよッ!

 スプレット・バニシュ!』

 突き出したあたしの手を中心として円形に光の玉が次々と発生してくるくる回り、光の針に変形すると、シャワーのごとくにヘタレ格闘家に向かって発動した。

 ヘタレ格闘家に向かって神の制裁”光の矢”が襲い掛かる。この魔法は光属性の魔法中ではかなり強力な部類に入る。もし当たったらかなりの手傷と、精神的ダメージを負うだろう。

 しかし、ヘタレ格闘家は逃げようとはせず、手のひらをかざしてその光を全て受けた。これを生身で受けたとしたら瀕死の重傷は免れないと言うのに。

 光が散ったその後に、はたしてヘタレ格闘家は手をかざしたまま立っていた。しかも全くの無傷だ。

『あれッ?』

 これは、ヘタレ格闘家は魔法を避けるだろうと思っていたのと、そもそもなぜ防げたのか理解出来ない為に出た言葉だった。

「お返しだ、ちゃんと防げよ?」

 ヘタレ格闘家は手のひらをあたしに向けたまま言った。

 意味が分からずその手を見ていると、あたしの光の幻影が次々と消えて行った。全ての幻影が消え去った後、体に衝撃が走った。一定量の攻撃を無効にする魔法をかけてある為にダメージはなかったけど、あの手のひらからは魔法ではない何かが発せられている様だ。

 尚も衝撃が続いている、そろそろ魔法のシールドも耐えられなくなる頃だ。

 あたしは光の幻影を連続してかけ、魔法のシールドを張りなおすと、さらにある魔法を追加して素早くヘタレ格闘家の死角へと回り込んだ。

 移動強化の効果があるからそのスピードはさっきまでの比ではない。そしてこの次はもちろん秒間16連打のアレを繰り出すつもりだ。

「うわッっと……」

 あたしが連打を繰り出す直前、ヘタレ格闘家はあたしに気が付いて間合いを取った。

『チィィ……おしかったッ!』

 悔しがるあたしを見て表情をこわばらせるヘタレ。きっと今のはかなり驚いたはずだ。

「お前……今完全に姿も気配も消えてたぞ」

 当然だよ。さっきそういう魔法をかけたんだから。まだ他にも便利な魔法があったりするんだ。

『驚いたでしょッ!? 今あんたヘタレ丸出しだったよッ!』

「ぐ……くっそ……」

 再度視覚と気配を消す魔法をかけ、今度は死角からじゃなく真っ向から飛び込む事にした。

 ヘタレ格闘家はあたしを追うことが出来ず、キョロキョロしている。まだ一歩も移動していないんだけど、どこから攻撃されるか精神をすり減らして警戒している事だろう。

 この試合では精神攻撃は必要としない為、ヘタレの様子を楽しんだ後に攻撃を仕掛けた。

 今度は秒間16連打のアレが、ヘタレ格闘家に全てクリーンヒットした! ……したのだけど。

 何とヘタレ格闘家は、あたしの連打に対してカウンターで反撃して来たのだ。

 格闘家の達人は無意識の内、攻撃に対してカウンターで反撃するとあたしの武道の師匠から聞いた事がある。真っ向から攻撃したあたしは、ヘタレ格闘家のカウンターを全身に受けてしまった。光の幻影は一瞬で消滅し、一定量のダメージを無効にするシールドも消えてしまった。そして、本体にもダイレクトアタックを食らってあたしは吹っ飛んだ。

 もちろんヘタレ格闘家も秒間16連打のアレをもろに食らった為、それなりに吹っ飛んではいたのだが。

『うへぇ……』

 大の字で倒れたあたしは、体が痺れて全く動けなかった。体が痺れているのは、それだけ強い攻撃を受けたからだろう。防御力強化の魔法までかけてこれか……。

 首を起こしてヘタレ格闘家の様子を伺った。彼も相当なダメージを受けているはずだから、似たような状況のはずだ。あたしはそれを確認したかった。

 ヘタレ格闘家は少し離れた地面に倒れていた。ヘタレ格闘家もしばらくは起き上がる事は出来ないはず。

「ふぅ……、流石に今のは効いたぜ」

 仰向けで倒れているヘタレがそう言うと、あろう事かゆらりと立ち上がった。

『うそーーーッ! 何で立てるのーーーッ!?』

 立ち上がって首を回しているヘタレ格闘家。それに対してあたしは動くことができない為、自己回復の魔法も使えない。体内で発している聖なる光の回復力があるとは言っても動けるまでにはまだ数分は必要そうだった。これが基礎体力の差とか言うものなのだろうか。

「さぁて、終わらすか」

 そう言うと、ヘタレ格闘家はゆっくりとあたしに近づいて来た。

『うぁぁぁぁッ! 体が動かないッ! ノォォォォッ!』

「そうか、そりゃ楽でいいな」

 ヘタレ格闘家はにやりとすると、すっとかがんであたしを軽く抱き抱えた。

「場外もありだったよな」

『えぇぇぇーーーッ!?

 おのれヘタレッ! また屈辱の目に遭わすつもりかーーーッ!』

 あたしは思いっきりヘタレ格闘家の目を睨んだ。

「ん……あ?」

 するとヘタレ格闘家はまぬけな声を上げた。あたしは切り札「昏睡の魔法」をヘタレ格闘家に発動させたのだ。

 前にも説明したけど、あたしは目の合った相手に魔法をかけられる特技がある。

 あたしだけが使えるこの特技。ナボラの司祭は「神の子」が生き延びる為に、神から授かった祝福だと言っていた。罰当たりな事に、あたしはその神を全く信じちゃいないんだけど。


 ヘタレ格闘家はあたしを抱えたまま倒れた。あたしに覆いかぶさって地面に落ちた形になった為、体の大きなヘタレ格闘家の体重がのしかかって苦しい。

『ぐっはーッ! 重いッ! イシェル何とかしてーッ! 早くどかしてッ!』

 昏睡の魔法は脳に直接かかる魔法だから、魔法で解除するか一定時間が経過しないと何をしても目が覚める事はない。

「あらぁ? これってどっちが勝った事になるんだろねぇ?」

「うん……わかんないね」

 あたしは線の外に出ていた、線の中ならあたしの勝ちと言えるんだろうけど。

『二人ともッ! いいから早くどかすんだよッ! 窒息しちゃうよッ!』


 あたしがそう言った時、聞き覚えのある下品な笑い声がした。


「ンガハハハハハハッ!」

 デカい腹の男こと、タンザがすぐそこに立っていた。

『ふむ、すっかり治ったみたいだね』

「ガハハハハッ! ガハッ! あぁ、テメェが治してくれたんだってな。

 だからな礼を言いに来てやったぞッ!? ガハハハハッ!」

 この男、礼を言おうって態度じゃないんだけど、元からこういう性格なのか?

『礼には及ばないよ、行きがかり上ってやつだよッ!』

 するとタンザはニヤリとしてこう言った。

「そうかい? ならオレも行きがかり上ってやつだな、新しい武道王さんよ」

 タンザが手で合図すると、どこからともなくゾロゾロと大勢の筋肉男達が出てきた。30人は居るだろうか? こんなに大勢が見晴らしのいいこの周辺のどこに隠れられていたのかは謎だ。

「気の毒なんて全く思わねぇ、幸い動けないみたいだし、そのままその男と一緒に死んでもらおうか」


 やっぱりな、本当にどうしょうもない男だ。

 あたしはまだ動けないし、ここはスフェーン様に駆除をお願いするか。魔法のとばっちりを受けるかもしれないけど、背に腹は変えられない。


「シンナバーには手を出させないよ」

 そう言ってあたしの前に立ちはだかったのはイシェルだった。スフェーンを見たらあたしにウインクして呑気に見物している。

『イシェル待ってッ!? アイツ等試合するって感じじゃないよッ!?』

「大丈夫、ボクに任せておいて。ボクが……シンナバーを守らなきゃいけないんだから」

「あぁッ!? 何だこの黒くてちいせーのは!? てめぇ……ナメてんのかぁ!?」

「いいからさっさと来れば?」

「ガハ!? お前ら聞いたか? 来れば? だってよッ! 望み通り行ってやれや」

 30人程いる筋肉男達は「ハム!」と聞き取れる変な声で気合を入れると、一斉にイシェルに向かって突進して行った。

 その筋肉男の群れに向かってイシェルが針の様なものを放つと、バラバラと筋肉男達は倒れて行った。

「ンガーッ!? 何だとォ!?」

 全ての筋肉男達が倒れるまで僅か数秒の出来事だった。その針の様なものは全ての筋肉男達の喉に突き刺さっていた。

「言っておくけどこれは試合じゃないし、街の中でもないからね」

 イシェルはギンと音がしそうな程の目つきで睨んでいた。

「ガハハハハッ! そんな細い針なんかで止めれるとでも思ってるのか?

 お前達ッ! 寝っ転がってないでさっさと起き上がらんかッ!」

 だが、そのタンザの声に起き上がった筋肉男は一人も居なかった。それどころか動く事すらなかった。

「あー? 何だぁ? おいッ!」

 不機嫌そうな顔でタンザは筋肉男を蹴とばすと、筋肉男は力なくゴロンと草の上を転がる音を立ててタンザの方に顔を向けた。

「な……!? ……キッサマー! コイツ等に何をした……」

 怒りをあらわにしたタンザがイシェルを睨んで言った。

「何ってココを狙ったんだよ」

 イシェルは自分の喉をトントンと指でさして答えた。

 動かない筋肉男達。彼らは喉に致命的な一撃を食らい、ほぼ即死で絶命していたのだ。

「ガハハハハッ! テメェ……やりやがるな。だが何か忘れてないかぁ?」

 タンザは巨大な腹をイシェルに向け、わき腹のヒモを引こうとしていた。

「忘れてないよ」

 イシェルがそう言った直後、トンと言う音がしてタンザの喉にナイフが突き刺さった。あたしとの試合の時と同じ様に、どこから出したかすら分からない手捌きでナイフを投げ、それがタンザの喉に突き刺さったのだった。

「ガハ……、残念だがなぁ? オレにはこんなもの効かねぇんだよ」

 目を見開いてナイフを掴んで抜こうとしたタンザの首が、その直後に飛び散った。

「もう遅いけど、そのナイフって抜くと爆発するよ」


 無残な姿になったタンザは崩れ落ち、デカい腹がつっかえ棒の様になって中腰の状態で止まった。タンザはもう二度と動く事はなかった。


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