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【24】ヘタレと呼ばれた格闘家

 残念ながら試合では当たらなかったけど、一日の終わりにヘタレ格闘家に手合わせをしてもらえる事になった。

 日が落ちるまでそんなに時間がないし、あたし達は宿の予約の前に、昨日あたしが練習で行ったワッカ運河の土手へと移動していた。

 そのヘタレ発言から、あたしはヘタレ格闘家と呼んではいるけど、本当は結構強いのではないかと踏んでいる。


 ところで今回の大会は、あたしのわがままから参加させてもらったお楽しみな訳なのだけど、あくまで強い相手と戦う事が目的で、勝つ事も賞金も目的じゃない。

 武道王なんて、恥ずかしい肩書きが一年間も付くなんて知ってたら、最後の最後で降参しておけばよかったとか思った。タンザに勝ちを譲るのは絶対嫌だけど。

 この大会は、参加者の大半がワッカ運河で働く筋肉男だった事からしても、多分そんな凄い大会でもないと思う。

 世界にはもっともっと強くて、あたしなんかじゃ歯が立たない猛者が大勢いるに違いない。むしろそうじゃないと面白くない。あたしはもっともっと強い相手と戦って、わたし自身も成長して行きたいんだ。

 あたしはそういう連中といっぱい戦ってみたい、それがこの旅のあたしのもう一つの目的なんだ。


 そう言えば、あの大会って魔法禁止だったけど、どこかには魔法許可の大会とかもあるんだろうか?

 そんな大会がもしあったとしたら、スフェーンは参加するのだろうか。

 スフェーンの魔力を注ぎ込まれたあたしとしては、実際の戦いでどんな事が起こるかわかっちゃうだけに恐ろしいけどね。

 何しろあの魔力を注ぎ込まれた状態は、あたしでも山の1つや2つは消滅させられそうだった。これは比喩なんかではなくマジである。思わず爆笑しちゃいそうな脅威の魔力だったのだ。


『スフェーンってさー、何をして最強のソーサラーって言われる様になったの?』

 実はあたしはそうなった経緯を詳しくは知らない。魔法学校では魔力検査をするから分かるだろうけど、この世界でそう呼ばれる様になる為にはそれなりの事をしているはずなのだ。

「なにッ!? 最強のソーサラーが現れたって一時期噂になってたが、このスフェーンの事だったのか!?

 名前を聞いてまさかとは思っていたが……そうだったとはな」

 ヘタレ格闘家は酷く驚いていた。ヘタレの彼までが名前を知ってるって事は、やっぱスフェーンって有名人なのか……何だかあたしの鼻が高くなって来た気がするぞ。

「え!? そうだったの!?

 最初に口悪く当たってゴメンよ。まさかそんな有名人だなんて思わなかったんだ」

「あらぁ? イシェルたんは多少ツンがあった方が魅力が増すんじゃなーい?」

 そう言われ、イシェルはくるりとあたしの方を向いた。

「ねぇ、シンナバー? スフェーンの言うツンって何なの?」

 この21歳……まさかツンの意味を知らないとは。

『えーと、えーと……ちゃんと芯が通ってるって事じゃないのかな?』

 スフェーンと来たら、事ある毎にイシェルに絡もうするんだね。その調子であたしにも絡んで欲しいんだけど。

 どこかの国の男性は、女性を見たらまず口説かないと失礼になるって聞いたけど、スフェーンのそれはまるでそんな感じだよ。

「そっか、なら心配ないよ。

 ボクの芯はシンナバー一筋の芯だからね」

 偶然だろうけど駄洒落っぽいなぁ。しかもそれってツンじゃなくてデレの方なんだけど。

『あ……ありがと……。

 それで……、スフェーンがそう呼ばれたのって何で?』

 あたしは無理やりスフェーンの話題に戻した。

「んー……さぁ? 何でかなぁ?」

『えーッ!? 絶対何かあるんじゃないのッ!? 過去の苦い想い出をひっくり返してでも思い出してごらんよッ! さぁッ!』

「苦い……はぁー……」

 苦い想い出を思い出したのか、スフェーンは大きくため息をついた。

 しまった……、つい毒付いてしまった。

「多分ねー、精霊魔法学会に登録したせいだと思うー。

 魔力測定とかもするから、まぐれでいい点数でも出ちゃったんじゃないのぉ?」

『ふむふむ? 精霊魔法学会なんてのがあるんだ』

「マトラ王国って魔導士をちゃんと管理してるからね。

 ソーサラーって戦争が起こったら主砲になるし、テロリストとか出さない為だと思うけど」

『そかそか、ナボラにある聖職者の巣窟みたいなものと思えばいいのかな?

 あれも上じゃお国が管理してるし』


 ナボラという街には、神に仕えるプリースト達が集まる大きな教会を中心とした街がある。

 あたしも小さい頃は両親とそこで暮らしていたんだ。前に言った神の子って言うシンボルとしてね。

 あの頃は、それはそれはとても不自由で退屈な日々だったよ。

 神の子だった頃より「最凶」と言われてる今の方がずっと楽しい。だってスフェーンにも会えたし旅は楽しいし。

 なぜ、神の子が外に出られた……と言うより出されたかについてはその内に説明しよう。

 全てはあたしの努力の成果なのだけども。


 話している内に、昨日練習場に使ったワッカ運河の土手に到着した。

「ここは草が余り生えてないな、ワッカ運河の労働者達の運動場か何かかもしれんな」

 昨日は気が付かなかったけど、よく見ると格闘場の様に四角く線が引いてあった。

『よしッ! さっそく始めよっかッ!』

「誰が審判をするんだ?」

「ボクが……」

「あ、待って!」

 審判に立候補しようとしたイシェルを、なぜかスフェーンが静止した。

「今日何もしてないしあたしがするよ。だってイシェルは応援してあげたいでしょー?」

「あ、それのがいいね。ありがとう」

 流石はスフェーンだ、こういう時でもさりげなくポイントを稼いでいるんだね。


 あたしとヘタレ格闘家は、試合と同じ様に四角いラインの対極に立った。

 早速あたしは片手棍二刀流を両手に持ち、それをクロスさせて精神の集中に入る。

「用意はいいね、いくよッ!」

 スフェーンが人差し指を天に向け、空中をターゲットに爆裂魔法を放った。

 空中で爆裂魔法が発動すると、大分大きすぎる爆音が辺りに響き渡る。

 もちろんこれが試合開始の合図だ。


 あたしとヘタレ格闘家は中央に向かって走った。

 お互いの間合いがクロスする直前、あたしはいつもの様に残像を残し、ヘタレ格闘家から見て左側に回り込んだ。

 横目でヘタレ格闘家を確認すると、あたしの残像がある方向をじっと見つめていた。

 よし、まずは連撃で軽く驚かせてやろうと思った時、あたしの足に何かが絡まって転びそうになった。

 コケる寸前で、誰かがあたしの首の後ろを掴んで支えてくれた為、踏みとどまる事が出来た。


 一体誰が掴んだのかと思えば、それはヘタレ格闘家の左腕だった。

 どうしてヘタレがあたしを掴んでるんだと思いつつ、足元に絡んだ何かも確認すると、それもヘタレ格闘家の足だった。

 つまり、ヘタレ格闘家はあたしに足払いをした癖に、コケかけたあたしを支えたんだ。


「お前……何してんだ?」

『え……、えーッ!?

 何って、それはこっちが聞きたい位なんだけど……』


 あたしは首の後ろのヘタレ格闘家の手を振り払うと、後ろに飛んで距離を取った。

 何故かいつもの手がヘタレ格闘家には通用しないし、次は小細工なしの本気100%で攻めよう。隙あらば即秒間16連打のアレを撃ち込もう。

 そう思いながらあたしが構えると、ヘタレ格闘家も真剣な顔をして構えた。

 次の瞬間、あたしは一気に間合いを詰めると、左足を踏み込んで高速強打を撃ち込もうとした。

 しかし、なぜか踏み込んだ足が地面を這って滑り、あたしはそのまま地面にペタンと座り込む形になってしまった。

 踏み込んだ足が滑ったのは、ヘタレ格闘家が足のつま先をカギの様にして、あたしの踏み込んだ足を引っ張った為だった。


「えーと……?」

『ガーン……』


 あっけない勝負だったよ、まさかここまで勝負にならないとは思わなかった。

 ヘタレ格闘家は全く攻撃すらする事なく、あたしの姿勢を崩す事だけで勝利してしまったんだ。


『屈辱だよッ! 屈辱にも程があるよッ! 何で全然攻撃して来ないんだッ!』

 あたしは地面を何度も踏ん付けて怒って見せた。

「そんな事言われてもなぁ……」

 ヘタレ格闘家はやっかいな事になったって顔をしていた。

『大体さ、仲間内で一番弱いんじゃなかったのッ!?

 四天王の一人目って言ってなかったッ!? うそつきは泥棒の始まりだよッ!』

「ドサクサにまぎれて無茶苦茶言ってるな……。

 だが、一番弱いってのは本当だぞ?」

『じゃぁじゃぁッ! 他の四天王はどんなやつらなのッ!?』

「だから何なんだよその四天王って設定は……。

 まぁ、一人はいくら攻撃しても全くダメージ受けないやつだったり、別のは鬼の形相で誰構わず襲う危ないやつだったり……」

『えーッ!? それってやっぱ四天王じゃない?

 それなら負けてもしょうがないかぁ……ヘタレだし一人目だし』

「そもそも3人なんだが……四天王ってやっぱ4人だろ?

 だが、実際は決着が付かないだけで負けてはいないんだけどな」

『ほら出た、負け惜しみ』

「あのな……」


 ヘタレ格闘家はあたしよりはるかに強く、そして面白い男だった。


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