【23】新たなる武道王の誕生
あたしはタンザの罠にはまって両手を捕まれ、その怪力によって両腕の骨を折られてしまった。
タンザはあたしの両手を掴んだまま、デカい腹をこちらに向けてニヤリとしている。
それに対してあたしもニヤリとして返す。
『それで? 右手であたしを掴んだまま、どうやってヒモを引っ張るつもり?』
「ヌガッ……畜生ッ!」
言われてやっと気がついたらしい。既に左手が使い物にならなくなっている事を。
タンザは何かを考えている様子を見せた後、左足に重心をかけ始めた、どうせ右足の蹴りでも出そうとしているのだろう。
あたしはタンザが蹴りを出す事を予測し、重心のかかった左足の膝の内側を、かかとで強烈に何度も蹴ってやった。
タンザは重心のかかった足を痛め、今度は芝居ではなく本当によろけて倒れた。
それでもタンザはあたしの両手を離さないでいた。あたしは伸びきったタンザの右手を少しひねって遊びをなくすと、肩と肘の中間の弱そうな箇所にかかと落としを落とした。
「ウガァ!」
タンザが苦痛に顔を歪めた。
腕が張った状態の為、ダメージを逃がすことが出来ずに激痛が走ったのだろう。それでタンザはやっとあたしの両手を離してくれた。
あたしも腕がメチャクチャ痛かったんだけど、今そんな事気にしていたら勝負を楽しめない。
タンザがあたしの手を離したけど、同時にタンザの右手もフリーにしてしまう為、あたしは素早くタンザの死角に移動した。
『残念だったね、はたから見ればあと一歩だったよ』
そう言って、あたしの声がする方に振り向もうとしたタンザの脳天に、真っすぐ振り上げていた右足を下ろした。
「勝者! シンナバー・アメシス!」
係員の判定によってタンザの気絶が確認され、試合はあたしの優勝が決まった。
この瞬間、観客達が一斉に歓声を上げ、あたしは両腕に激痛が走りながらも手を振ってそれに応えた。
コウソ商工会主催の第三回武道大会は、あたしの優勝でもって幕が閉じた。
優勝の商品は100万丸と……一年間「武道王」と名乗れる権利をもらった。武道王なんてまず名乗る事はないだろうけど。
その閉会式の終わる頃、あたしの両腕は体内から発する聖なる光ですっかり治癒していた。
閉会式の後、あたしはタンザを含め、残っていた負傷者をもれなく全員治療した。
本当はタンザを治療するのは気が向かなかったけど、気を失ったままベッドで寝てるのを見たらちょっと不憫に思えてしまった。
「シンナバーおめでとう!
あなたならきっと優勝できると思ってたわ」
会場の外に出たあたし達に、あのピンクのドレスを着た女性が声をかけて来た。
その両脇には黒服を着た屈強そうな男が大勢立っている。恐らくこの人の護衛なのだろう。
『あ、ありがとう』
困ったなぁ、もうとっくに帰ったと思ってたんだけど。
「ほらほら見て? 大穴のあなたに1千万丸をかけさせてもらって大儲け出来たのよーッ!」
『え……大穴?』
両脇の男が手持ちの大きなカバンを開けて、大量に詰められた一枚100万丸のマトラ金貨達をあたし達に見せた。
一体1千万丸がいくらになったんだろう。そもそも100万丸のマトラ金貨なんて何度も見た事がない。
「どう? 10億丸あるのよ」
『じゅ……!?』
あたしが驚いたのを見て、ピンクのドレスの女性は何かの手応えを感じたかの様に微笑んだ。
「それでねぇ……シンナバー? このお金。あなた全部欲しくない?」
落ち着いた口調で、とんでもない事を口走るピンクのドレスだ。簡単に大金を人にあげるなんて、常識のある人なら絶対に言わないよ。
『えーーーッ!?』
こんな大金一生かかっても稼ぐ事はないだろう。それをあたしにくれるって、絶対何かよくない取引があるに違いない。
「あのね……(ひそひそひそ)」
『ブッ!』
ピンクのドレスの女性は、10億丸をくれる条件を提示した。
そしてその条件とは……。
『一週間の時間を買うって……まさか』
「物分かりがいいのね、流石はシンナバーだわ。頭がいいわね」
満面の笑みを浮かべ、ご満悦な様子のピンクのドレスが出した条件は、あたしと二人で一週間一緒に暮らすと言うものだった。
「どう? たった一週間で10億丸よ?
不思議に思わなくても、新しく武道王になったあなたには、一週間で10億の価値があるの。
もちろんわたしを好きになれなんて事は言わないわ。ただ一週間だけ一緒に暮らしてくれるだけでいいの」
『10億か……。悪いけどあたしは全然欲しくないや』
あたしの言葉にピンクのドレスの女性はピクリと反応した。
「ちょっと待ってッ!? あなたって……まさか」
ピンクのドレスの女性はズカズカとあたしに近寄り、ペタペタとあたしの体を触り始めた。
『な……なになにッ!?』
なぜか途中で何度も首をひねっていたけど、最後に何かを理解した様で大きなため息をついていた。
一体何がどうだって言うんだ。
「なぁんだ……あなたって女だったのね……ガッカリ。
さっきの話、なかった事にさせてもらうから」
急にテンションが下がったピンクのドレスのこの女性は、あたしが断った後なのに話をなかった事に巻き戻した。
『えーッ!? なになに? どういう事?』
意味がさっぱり分からないあたしが尚も説明を求めると、ピンクのドレスはめんどくさそうな顔でこう言った。
「わたし、女って大嫌いなの。
だから、今後会っても絶対話しかけないでちょうだい」
あっけに取られたあたし達を残し、ピンクのドレスの女性は護衛を引き連れてどこかに去って行った。
その後、少し離れた所から見ていたスフェーンが近づいて来てこう言ったんだ。
「残念だったね、男に生まれてたら億万長者になれたのにね」
『コラーッ! それはあたしのキメ台詞だよッ! 個性をパクると危険なんだよッ!』
と言ったら周囲に爆笑が起こった。
コウソの広場で時計を見ると、午後の四時を回っていた。もう少しで日が傾き始めそうだ。
『ねぇ、ヘタレさぁ』
「んあ? つーかヘタレがオレの名前として完全に定着してねーか?
つーか、お前が女だってさっき知って、色々とショックなんだが……」
『何でヘタレがショック受けるんだろ』
どうせ分かってないだろうとは思っていたけど、それでショックを受けるなんてのは意外だった。
「それはねぇー、この人が男のシンナバーを好きだったからでしょー?」
にんまりとした顔でスフェーンが、ヘタレ格闘家を見て言った。
『え……。ヘタレってそういう趣味あったんだ。そりゃさぞ残念だったろうね』
あたしは労いの言葉をかけてあげた。人がどんな趣味だろうとそれは自由だ。
「いや……、オレは全くそんな趣味はないし全然残念でもないぞ。
だがつー事は、イシェルとお前ってごく普通の健全なカップルだったって事なのか……」
「プッ! アハハハハハッ!」
ヘタレの言葉にスフェーンが吹き出した。
「ヘタレさん? ボクも女だって事は知らなかったよね?
でもボクとシンナバーは健全なカップルだから」
イシェルはエヘンと言うかの様に、ヘタレにカミングアウトした。
「はぁーーーーッ!? 何だってェェェーーーッ!?」
大きな声を出し、心底驚いている顔をしたヘタレ格闘家にまたみんなが笑った。
『ヘタレッ! 戦おうかッ!』
「唐突に戦うとか意味わかんねーよ。
大体お前は大会の優勝者なんだから、オレと戦う必要なんてもうないだろ?」
『あるよ、だってあたしはヘタレとは戦ってないからね』
「ったく……オレにとっては意味ないんだけどな……。しょうがねぇ。ほんの少しだけだぞ」
久しぶりによく戦えた一日の最後に、ヘタレ格闘家とも戦う事が出来そうだ。