【21】準決勝!デカい腹とからくり大剣
最初は、ただの誤解として済まそうとしていたイシェルとの関係だったけれど、あたしの気持ちにひっかかるものがあって切り出せなかった。
どうしようかと思い悩んでいたけど、イシェルのお陰で今の気持ちを正直に話す事が出来た。
だけど、イシェルは複雑な心境に違いない。スフェーンとイシェルの二人とも想ってるなんて、あたしもずるいと思うから。
『イシェル……ゴメン。あたしってやっぱズルイよね』
「ずるいね。でもね、シンナバーって他の人の幸せの為に、自分を我慢しちゃうタイプなんだと思うよ」
イシェルは周りの景色がきれいに映り込んだ黒目で、あたしをじっと見つめた後、にっこりとして言った。
イシェルはあたしが自分を我慢するって言うけど、はたしてそうなのかな?
相手を想って言わないんじゃなくて、ただ勇気がなくて自分を守りたいだけなのではないだろうか。
その点、スフェーンもイシェルもあたしよりずっと勇気があると思う。
こんな気持ちでイシェルも受け入れようなんて、甘い事考えちゃダメだよね。
『あたし……、どうしたらいいのかわかんないよ』
「苦しいよね。ボクが今にみんな解決してあげるから。
シンナバーの心をボクがいっぱいに満たしてあげればいいんだから。いつかきっと……」
そう言ってイシェルは、あたしの頭を両手で包んでぎゅっと抱きしめた。
イシェルって本当に健気だなぁ。あたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
優しく包んでくれるイシェルの感触と言葉が相まって、彼女に深く引き込まれて行く様な気がした。
「あ……、そろそろ準決勝が始まるね……戻らなきゃね」
『うん……』
「ん……ほら、行かなきゃ……もう」
あたしはイシェルの香りが心地よく、なかなか離れる事が出来なかった。
そのせいであたし達が本選会場に戻った時には、丁度準決勝が始まろうとしていた時だった。
「ほらー、始まっちゃうよ。
シンナバーがなかなかボクを離そうとしないから」
『アハハ、……ゴメン』
準決勝の対戦は、からくり大剣のパイロープ・アスベスと腹のデカい男だ。
自信満々な顔で両手を腰に当て、巨大な腹を誇示しながら「ガハハ」と下品に笑っているのが見えた。
それに対し、パイロープは剣を両手で持ち、涼やかに構えていた。
どう見ても悪役対主役と言う対戦カードだね。一体どんな戦いになるのだろう。
それから間もなく試合開始のドラが鳴った。
パイロープが腹のデカい男に向かって真っ直ぐに走ってゆく。もちろん彼は、あの男の腹に大砲がある事を知らない訳じゃないだろうけど、大砲はわき腹のヒモを引っ張らないと発射されない事も知っているはずだ。
一方、腹のデカい男はゆっくりと歩いているけど、その余裕の背景にはきっと何かしらの策があるのだろう。
パイロープが目の前まで迫った時、大剣の動きに合わせて腹のデカい男がやっと動いた。
だが、動いたと言っても、パイロープが振った大剣を、その腹で受けようとしただけだった。
大砲を撃たなかったのは、もちろん別の方法があるからなのだろうけど、攻撃のリスクを考えると腹で受けようとする理由がハッキリしない。
だけど大剣を腹で受けた瞬間に、その疑問全てが吹っ飛んだ。
大剣がデカい腹に当たった瞬間、会場全体に大きな炸裂音が響くと、白い煙が上がって二人の様子が見えなくなってしまった。
『煙で見えないや……』
あたしが言うと、隣のイシェルも
「今何が起こったんだろ」
と、やはり状況がわからない様子だった。
それから30秒程度経ち、煙が徐々に晴れて来て状況が明らかになった。
腹のデカい男が下品な笑い声と共に現れ、その足元にパイロープらしきものが倒れていた。
『「あ……」』
そういう声が会場全体から聞こえ、その後息を飲む様な沈黙が広がった。
それは、この状況を言葉にするには余りにも悲惨な事になっていたからだ。
まず、あのからくり大剣は大破して半分に折れ、破片が辺りに散らばっていた。
死神の様な男のカマと、激しく撃ち合っても破損する事がなかった頑丈そうな大剣だったのだけど。
武器がそんな様だから、腹のデカい男の足元にある「パイロープらしきもの」も同様な状況だと言えば伝わるだろうか。
「そうか、剣で撃たれる衝撃を利用して火薬を爆発させたんだ。
あの爆風は、前方にだけ吹き出す仕掛けだったんだね」
どうやらイシェルの言う通りらしい。
これであのデカい腹の前に居る事も、腹を攻撃する事も出来なくなってしまった。
ヘタレ格闘家の時とは違う方法で相手を仕留めた事から、仕掛けは他にもあると思った方がいいだろう。
動きが鈍い事から、きっと背後にも仕掛けがあったりするんだろうな。
「シンナバー、随分とひどい事になってるけどぉ……やっぱ決勝はやる気なのぉ?」
後ろの観客席からスフェーンが心配する様に聞いて来た。
「うん、何かおかしいよ。あれがルール違反じゃないのって」
やはりイシェルもルールに疑問を持っている様だ。あたしもおかしいとは思うけど、戦う相手の武器としては面白いと思ってしまう。
『何言ってんの!? 当たり前じゃないッ!
決勝の無い武道大会なんて聞いた事ないよッ!』
心配してくれているスフェーン様に対し、精一杯強気で答えるあたし。
辞退するなんてありえない。だって、あの腹のデカい男だけは絶対に許せないんだから。
「仕掛けには注意してね。シンナバーが死んじゃったらボク……」
イシェルも心配してくれている。でも、もちろんあたしは死ぬつもりなんてない。きっちりとっちめて後悔させてやるつもりだ。
今になって観客席がどよめき出した。
てっきり野次でも飛ぶのかと思っていたら、腹のデカい男を賞賛する声がほとんどだった。
こういう趣向の戦いが見たい連中がいるのはルールからして分かっていたけど、この異様な雰囲気は余り気分がいいもんじゃないな。
あたしは腹のデカい男がまさか決勝に進むなんて思わなかったけど、この大会のルールでは勝利と判断されたのだから認めるしかないと思った。
闘技場の上では係員総出でシートを張って観客達に見えない様にはしていたけど、そこで何をしているかはみんなわかっているだろう。
腹のデカい男は、決勝の対戦相手であるあたしの前へとやって来た。
「ンガハハハハハ……あー? テメェはどっかで見た気がするな。
あぁ、昨日文句言ってたガキか……テメェみてぇなのが決勝の相手だとはな」
白々しいやつめ。
『プッ……ギャハハハハハッ!
そう言いながら気にしててたりしたんだねッ!? あんたって案外かわいい所もあるんだッ!』
「ンガ? なんだ? このクソガキ面白れぇ事ぬかしやがった。
思わず手が滑って、大砲を暴発させちまうかと思ったぞ?」
『へぇー、腹はデカいけど気は小さいんだねッ! 小心者って言うカミングアウトだねッ!』
「テメェッ!」
腹のデカい男は腹をあたしに向けて、わき腹にあるヒモを掴んだ。
『一応言っておくけど、試合以外で揉め事を起こしたら即失格だよ』
「ケッ! せいぜい今のうちに遺書でも書いておくんだな!」
腹のデカい男は捨て台詞を言うと、どこかへ行ってしまった。
どうしてこういうやつって、こういうありきたりな台詞を言うんだろ。
「アハッ! シンナバーナイスッ!
俄然やる気出てきたでしょぉ?」
『うむッ! 最初から本気でやるよッ! スフェーンの為にガンバるよッ!』
「え……ボクは? ボクの為にはガンバってくれないの?」
『あ……ごめ……、イシェルの為にもガンバるッ!』
「でもね、でもでも……絶対に無茶しないでね」
丸い目をうるうるさせて、あたしを見つめるイシェル。
『う……うん、わかってるから』
やばいやばい。イシェルの目を見ると、引き込まれる様に切なくなってしまう……。これも何かの能力だったりするのだろうか。
「なぁ、オレの為に仕返ししようなんて気は起こすなよ?」
ヘタレ格闘家がアドバイスなのか、ボケたのかいいタイミングで横槍を入れてくれた。
『え? 仕返しってなんで?』
そう言ってあげたらヘタレ格闘家は苦笑いしていた。
決勝は15分後に行われるそうだ。その間にきっちりウォーミングアップをしておこう。
あたしは今度の決勝は相手の様子を見たりせず、最初から100%本気でやらせてもらう事に決めた。