【20】イシェルの涙は海の味
準々決勝二戦目は、からくり大剣を使うパイロープ・アスベスと言う男が勝利した。
次の準決勝で、彼が腹のデカい男とどんな戦い方をするのか、とても興味が沸くね。
パイロープは連続で戦う事になる為、準決勝まで20分の休憩が入る事になった。
「ねぇ、シンナバー」
『うん? なーに?』
「(トイレ……行こっか)」
『え? トイレ? わたしは平気だよ? ササっと行ってくれば?』
「(……もぉ……いいから来て!)」
誤魔化そうとしたけど、イシェルは立ち上がると強引にあたしの手を引っ張って建物の中へと入って行った。
向かったのは、さっき二人で入った小さな道具部屋だった。
イシェルは周囲に誰もいない事を確かめると、道具部屋のドアを開けて、あたしを先に部屋の中に入れてから自分も入った。
そして、その丸い目であたしをじっと見つめつつ、背中にあるドアの鍵を手探りでカチっと閉めた。
『イシェル?』
「ふぅ……ちょっとお話しよう」
『えーッ!? 大会中なのに? 後でじゃダメなの?』
するとイシェルは床に視線を落として言った。
「ごめん……、だってさ、だってだって、ボクとっても不安なんだよ」
『不安ってなんで?』
イシェルはさっきの試合の事、まだ気にしてるのかな?
「んとさ、あの……」
イシェルは言いにくそうにもじもじしている。
『あのってなんだろ? ハッキリ言ってよ』
「ほら……、スフェーンって人って……」
スフェーンか、何となく言いたい事が分かったよ。
『うん、スフェーンがどうかしたの?』
「あの人ってどんな人なの?」
この場合、イシェルが気になってる理由は二通り位しかないだろうね。
一つはあたしとスフェーンの関係が気になる、もう一つはスフェーンに興味、又は警戒を持ち始めた。
どっちにしても、あたしに都合がいいとは言えない事だ。
『スフェーンはあたしの幼馴染だよ?』
「幼馴染……それだけ?」
『それだけって……何で?』
「何でって、シンナバーがスフェーンを見る目ってそんな感じしないんだもの。
好きな人を見る目に見えるよ」
鋭いなぁ。それについては否定できないや。あたしがスフェーンに対してそう見てるのは本当だから。
『そんな事……』
あたしはその先を続ける事が出来なかった。何て言ったらいいか言葉が選べない。
「やっぱりそうか……。シンナバーは優しいから、ボクを悲しませない様に合わせてくれてたんだね……。
ボク……、もしかして勘違いしちゃったかな」
イシェルの目から大粒の涙がいくつも落ちて床を濡らした。
『ごめん、ちゃんと言うべきだったよね』
「んーん、ボクが先走っちゃったのがいけないんだよ。
ボク……、シンナバーを見て一目惚れしちゃったんだ。
そのせいで読みを間違えたんだと思う。今まで間違えた事ないのに」
『う……。もしかして、イシェルって特殊な能力持ち?』
「うん、相手が好意を持ってるかとか、考えてる事がなぜかちょっとわかっちゃうの。
シンナバーはボクに特別な感情を持ってるって読めてたんだけど。間違いだったんだね」
『(ドキッ!)』
イシェルの言うその能力って魔法ではないみたいだけど、本当なら便利そうでいて恐ろしい能力だね。
どの位読めるんだろう。あたしに直接聞いたって事は、完全には分からないみたいだけど。
『あ、あのさ……、スフェーンはどう出てたの?』
「スフェーンは……ボクに好意は持ってるみたいだけど、誰かの代わりにしようって思ってる。あの子って他に好きな人が居るよね」
思ってるって事は、能力は顔色を伺ったり読唇術とかの類じゃないね。
きっと、相手の考えてる事がぼんやりとわかっちゃうんだ。わかるのは特定の事だけに限るのかもしれないけど。
『わかったよ。イシェルには正直に言うね……』
そう言うとイシェルは顔を上げて、丸い目であたしを見つめた。
イシェルの頬を涙がゆっくりつたって落ちた。
『イシェルの言う通り、確かにあたしはスフェーンが好きだよ。友達でって言う意味じゃなくて、恋愛感情を持ってる』
「そ……っか……、しょうがないよ……ね」
憶測が確定された為か、またイシェルの目から大粒の涙が流れ出した。
あたしはさらに話を続けた。
『でも……、スフェーンが好きなのはあたし達の同級生の子なんだよ。
その子はイシェルと感じがよく似てて、この旅もその子を探す為のものなんだけど……。
多分スフェーンはその子には嫌われちゃってると思う。素直になれなくて、ずいぶんと意地悪しちゃってたからね』
「そうなんだ……複雑なんだね」
そう言って、イシェルがあたしの目の前にやって来ると、その丸い目でまたじっとあたしを見つめていた。
小さくて華奢な体に黒い艶やかな髪、そしてまんまるな顔とまん丸な目……。
イシェルの容姿を再確認しつつ、彼女にはやっぱりスフェーンとは全く別だけど、ピンと来るものがあるなと思っていた。
もし、スフェーンより先にイシェルに出会っていたら、スフェーンではなくイシェルを好きになったんだろうか。
いや……それは正しくないか、現にスフェーンとは全く別で好きにはなっているんだから。
両方とも好きにはなるけど、理性が最初に好きになった人だけを好きで居ようとしてるんだと思う。
「ダメだ……。シンナバーはやっぱりボクに好意を持っているとしか出ないよ」
イシェルはため息を吐き、両手をあたしの肩に置いて項垂れた。
『……合ってるよ』
あたしの言葉にゆっくりと顔を上げるイシェル。
「え……?」
『あたしはスフェーンを好きだけど、イシェルの事も好きになったんだよ。
でも二人共好きになるなんて都合良過ぎるから、最初に好きになったスフェーンだけが好きでいなきゃって頭で思ってるんだと思う』
「……!!」
イシェルは何か言おうとして、声にならず口をパクパクさせていた。
『イシェル?』
イシェルはまた項垂れ、あたしの胸に頭をくっ付けてじっと黙っていた。
その後、あたしがイシェルの肩に触れると、イシェルは顔を上げて口を開いた。
「片想いなら、まだボクにもチャンスがあるって思ってもいいよね……」
『え……』
イシェルはそう言ってじっとあたしの目を見つめた。
その目はさっきまでの目と違い、確かな自信に溢れた目だった。
そして、イシェルは思い切り背伸びをすると、あたしを精一杯強く抱きしめて口付けをしてくれた。
その口づけは、イシェルの涙と合わさったせいか海の様な味がした。