【19】傍観者と更に見つめる者と
あたしは本選第一戦を勝ち進む事が出来た。
次は決勝だ。それまで他の三人の選手の誰が勝ち上がるのかを見ていよう。
ベンチへ戻ると、観客席の金網を飛び越えて来たイシェルが空から降って来た。
「おーめーでーとーおーーーッ!」
『うわぁッ!?』
「疲れたでしょ? ボクが疲れをほぐしてあげるよ」
そう言ってイシェルはあたしの肩を揉んだ。
『うひゃッ! うひひッ! くすぐったひッ!』
その時、観客席からそんなあたし達の様子を見つつ、スフェーンとヘタレ格闘家がこんな会話をしていた。
「アハッ! あの二人って仲がいいよねぇーッ!」
スフェーンは頬杖を付きながら、微笑ましそうな顔をした。
「だな……、かなり複雑な心境だけどな」
それに対し腕を組んだまま、ヘタレ格闘家は答えた。
「なぁーにぃー? 複雑な心境って」
悪戯っ子の様ににんまりした表情で、ヘタレ格闘家に問うスフェーン。
「だってあれって同姓愛ってやつだろ? やっぱ……男同士でって思うとな」
ヘタレ格闘家は、苦虫を噛み潰した様な顔をして言った。
「ブッ! あんたって面白い事言うんだねッ! アハハハハッ!
……もしかして嫉妬してたり?」
「ハァッ!? お前何言ってんだ? オレは男に興味なんてある訳ないってのッ!
「あらぁ? ちょっと顔赤いんじゃないのぉ? 正直に言ったら? シンナバーってかわいいでしょ?」
ヘタレ格闘家は心なしか少し顔を赤らめていた。
「かわいいとか……、絶対ないないないないッ!
それよりあんたはどうなんだ? シンナバーのツレなんだろ? 彼女とかじゃないのか?」
「んー? あたし? シンナバーは大切な幼馴染の親友だけど?
それに、あたしには心に決めた人が居るの。今も遠くの街であたしが来るのを待っているはず……きっと……」
そうつぶやいたスフェーンは、空の彼方を見上げると、手をかざして太陽の日差しを遮った。
「ふーん、じゃぁいいのか……いや……良くないのか」
ブツブツ言って、ヘタレ格闘家はやれやれとした顔をした。
再びあたしとイシェルの場面へ戻る。
イシェルはあたしの左横に座り、あたしの手に指をからめていた。
そうしつつその顔は何か言いたそうだ。
『何か言いたそうな顔……』
「そりゃね、ボク以外の人に抱きつくのを目の当たりにしたんだもの……ショックなんだよ」
『え? さっきの試合の事気にしてるの?』
「気にするよ、だって誰にも触らせたくないからね」
『えーッ!? だってさっきは、ああするしかなかったんだよッ!? しなかったら死んでたんだよッ!?』
「うん……それは分かってるんだけど」
そう言って俯くイシェルを、あたしは見つめるしかなかった。
「準々決勝二戦目、3ブロック代表パイロープ・アスベス!
4ブロック代表ウレック・ハックマ!」
おや、次の試合が始まるよ。次の試合とその次の試合はただ見てるだけだけど、それらに勝ち進んだ相手と当たる事になるから見てなくちゃいけない。
巨大な剣を背負った大男の名はパイロープ・アスベスと言うらしい。巨大な剣を揺らしながら堂々と歩く様は、一見するとちょっとしたボスクラスをも髣髴させてくれる。
その相手は死神のウレック・ハックマと言う大ガマを担いだ男、真っ黒いマントで体を覆っている為、体格はよく分からない。
二人は終始無言のまま闘技場へ向かって行った。
それぞれが闘技場の上に立つと、大剣の男は剣を両手で持って構え、大ガマの男は肩に担いでただぬぼーっと立っていた。
大きなドラが鳴らされると、二人の男が中央に走り寄り、そして武器による撃ち合いが始まった。
巨大な武器同士が強烈にぶつかり合う音が鳴り響く。そして衝突する度にきれいな火花が散っていた。
撃ち合いは双方退かずで続いている。重い両手武器とは思えない速度の為、目を凝らす必要がある武器さばきだ。
しばらくして、両者の距離が少し離れた時、大剣の男が剣の柄をぐいっと回した。
すると、ナイフの様に平らだった大剣が縦にクロスする形状に変形した。
具体的な形を言うと、剣先の方から柄に向かって真っすぐ見下ろした時、+の様に見える形だ。
それを大きな金棒の様なスタイルで振り回している。さっきまでとは違う戦法に切り替えた様だ。
『ほほぉ! 剣から棍棒に変化したんだ! 面白い剣だよね?』
「あの剣ね、予選の時に気になって近くに見に行ったんだ。
何だか凝った仕掛けがされてるみたい」
『へぇ、イシェルったらちゃっかり偵察してたんだね。じゃぁ大ガマの男は?』
「見ての通り攻撃のみに特化した武器でしょ? あえて防御を犠牲にして絶対的な戦闘力は得てるのかな」
『イマイチピンと来ない感じ?』
「ん……。勝負を見る限り、別に特徴的な攻撃してないんだよね。
ただ振るだけだったから、あえて技を隠してるのかもしれないけど」
見ている内に、大ガマ男の攻撃は徐々にスピードを増して来た。
全身のバネを使い、一度の攻撃の後で、すかさず返す動作が追加される様になったのだ。
大きな円を描くモーションの後、その反動を利用した半分の円を描く小さいモーションを作り攻撃する。
その為、大剣の男は受ける動作がキツくなったのか、攻撃を受けるばかりとなって来た。
『攻撃の仕方が変わったよッ! これが大ガマ男の隠された技なのかな?』
「そうなのかな? この攻撃の仕方は始めて出したかも。でもこれって技なのかな?」
防戦一方の流れを変える為か、大剣の男が柄を操作すると剣のスタイルがまた変化した。
今度は曲刀の様にしなっている、今まで直線的で攻撃より防御に向いていた武器を、攻める武器に変化させた様だ。
『両手の曲刀ってどうなの?』
「さぁ……、多分アリなんじゃない?」
大剣が直線から曲線になった事で、カマを受け流せる様になったのか、大ガマ男の激しい打撃に対応出来る様だ。
色んな戦闘スタイルを場面で使い分けるこの男、割と考えたもんだ。
それに対し、大ガマ男は最初からずっと攻めに攻めまくっていたんだけど、曲刀になってからはいい様に受け流されて、次の攻撃にすぐに入れなくなって手数を減らしている様だ。
『こうやって見ると、ひたすら大振りで撃ち込むタイプの攻撃って……』
「うん……シンプルだから簡単に見切られるよね。同じリズムだから」
単調な攻撃は簡単に見切られてしまう。大ガマの男の攻撃も毎回バランスを崩される様になって来た。
それから程なく、大きくバランスを崩された大ガマの男は、次の一手で武器を場外へと飛ばされてあっけなく降参してしまった。
変化する大剣の男が試合に勝利し、観客席に手を振ってその声援に応えていた。
この男と戦ってみたいな。でも腹のデカい男には仕返しをしたいし。
あたしは、次の試合はどっちの選手を応援すべきか考えていた。