【18】本選1回戦 一撃必殺コウシロウ
あたしはコウソ商工会主催の第三回武道大会に出場し、本選まで勝ち進んでいた。
本選となると、100名程居た出場選手達も五人に絞られる。
各ブロックを勝ち抜いてきただけあって、その代表達は、あたしを除いて皆特徴のある選手だった。
次に当たるブロック2の代表は、体は大きくもなく細いのだけれど、小脇に持った片刃の剣のその形状から、剣を高速に振るう戦法を使う様に思えた。
これは剣を確実に防がないと、きれいに二つにされそうだ。
ブロック3の代表は、巨大な剣を背負った大男。
武器も体も巨大なのだけど、筋肉男とは違い、ただ大きな剣を力任せに振り回すだけじゃないのは間違いない。
それとあの剣は、何か特別な仕掛けがある様な気がした。
ブロック4の代表、巨大なカマを持ったその様はまるで死神の様だ……ブロックも4だし極めて不吉。
カマと言う武器は少し扱いが難しい。相手の攻撃を余り受けれる様な形状にはなっていない為、ひたすら攻撃をすると思われる。
攻撃は最大の防御であると言わんばかりに、連続攻撃を仕掛けてくる戦闘スタイルだろう。
そして、ブロック5の代表は……にっくきあの腹のデカい男だ。
あのデカい腹には強力な大砲が仕込まれている。卑怯なやつなので、他にも何か仕込んであるかもしれない。
動きは速くないみたいだけど、最後まで絶対に気が抜けない相手だ。
本選の試合会場は予選と違って、立派なスタジアムで行われる。
予選だと簡易な闘技場だったけど、本選は中央に立派な闘技場が一つだけ存在していた。
それらの作りに感心して見渡していると、ピンクのドレスの女性が双眼鏡片手でこっちを見て手を振っているのが見えた。
『うわぁ、やっぱまだいたんだ……』
応援してくれるのはいいんだけど、謎のオーラを感じるのは気のせいだろうか……。
イシェルとスフェーンと、そしてヘタレ格闘家はどういう訳か、そのすぐ近くで観戦している。
何でよりによってあのおばさんの近くに座るのかな……。これじゃそっちを見る度、ピンクのドレスがチラついてしょうがないよ。
ブロック2の男が、あたしを目つきの悪い目でジロリと睨んでいる。その眼力に相当な意気込みを感じた。
その男の装備は、軽く動きやすそうな変わったデザインの布を纏い、足は草で編んだ様なへんてこなものを履いていた。
だけど、何よりも目を惹くのはあの細く反った形をした片刃の剣。
余り見ない剣だから、あたしも実際にどういう風に動くのかがよくわからない。
「これよりコウソ商工会主催、第三回武道大会本選を開始します!」
開始時間となり、進行係が大きな声で本選の開始を宣言した。
宣言の後、盛大に楽器の演奏が行われた。
「準々決勝一戦目、1ブロック代表シンナバー・アメシス!
2ブロック代表コウシロウ・スズカネ!」
あの男の名前はコウシロウって言うのか。何だか説教じみた名前だな。
あたしとコウシロウと呼ばれたその男は、中央の闘技場へと歩いて行った。
中央に一つだけある闘技場は、予選の闘技場よりも遥かに広く、そして作りが立派だった。
石で組み上げられた、あたしの背丈位の高さのその闘技場で、コウシロウと真っ向から対面する。
コウシロウは左の腰に剣を持っち、右手はフリーにさせていた。
全く剣を抜く様子はないけど、これがあの男の戦闘スタイルなのだろうか。
それに対し、あたしはいつも通り、両手に持った片手棍をクロスさせてコウシロウを見つめた。
戦闘モードで意識が研ぎ澄まされて行く中、大きなドラが鳴り響いて試合が開始された。
本選一戦目を飾る試合だし、あたしは最初から思い切り当たって行く事にした。
あたしが全力でコウシロウに向かってゆくと、コウシロウは剣に手をかけたまま、少し腰を落として小走りで近づいてきた。
やがてお互いの間合いが切迫する。コウシロウの持つ剣の方が長いから、先に攻撃できるのはコウシロウの方だ。
試しにコウシロウの間合いに少し入ってみた。その理由はあの剣をどうやって抜くのかを見たいからだ。
しかし、コウシロウはと言うと、なぜかあたしが間合いに入る直前まで剣を抜く事はなかった。
それがもう少しであたしの間合いに入りそうになった時、コウシロウの加速はグンと伸びた。
コウシロウはあたしの左横に立った瞬間、低い位置で左手で掴んだ剣を抜いていった。
その抜刀速度がどんどん加速して行き、すぐに近接から身を引いて避ける事が不可能な速度を超えてしまった。
恐らく剣を抜く時の摩擦によって剣速が上がっているのだろうけど、剣の長さがあるのにここまであたしに近づいた理由は、あたしに避ける事を許さない為に違いない。
ともかくコウシロウの剣をかわさないと、いきなり試合が終わりそうだ。幸いな事にまだ剣は全て抜かれてはいない。
今ならまだコウシロウの剣がどう言う太刀筋を描くのかの予測が可能だし、飛び出そうといているこの剣を封印する事もできるかもしれない。
あたしは何はともあれ秒間16連打のアレを放ってみる事にした。
切っ先が飛び出す直前ギリギリに、初弾が間に合った。もはや手がつけられない程加速した刃と、あたしの片手棍との接触により激しい火花が散った瞬間、コウシロウはさらに左に飛んだ。
鋭い眼光で睨んだコウシロウは、また剣を収めて飛び込む体勢を作っている。
そしてコウシロウは「トン」と言う軽快な足音を立てると、またさっきの様に間合いを一気につめて来た。
ただ今回は抜き始めのタイミングが違った、飛んだ時からもう剣を抜きに入っている。
となると、あたしの間合いに入る頃には剣先が飛び出している事だろう、あたしは迷わずコウシロウの間合いから脱出する為に後方へと下がった。
コウシロウの剣は、あたしの目の前の空気を鋭い音を発して斬った。
追って剣の発した風が鋭く顔を撫でる。もし今避けなかったら間違いなく首が飛んでいたな。
コウシロウの剣は一撃で勝負を決するものの様だ。そうなるとコウシロウが勝利した場合、あたしは生きていない可能性が高い。
さて、この次はどうするつもりだろう、剣を外した場合にどうするのかを見ておきたいな。
と思った時、あたしの頬から何かが流れている事に気が付いた。
手の甲でぬぐって見ると、それは真っ赤な血だった。
『そっか、さっきの風で斬れたのか……あんたやるねー』
「…………」
褒めてあげたにも関わらず、顔色一つ変えずにコウシロウはまた剣を収めて飛び出す準備に入った。
また間合いを広げて避けるとして、剣によって起こった風の射程距離はどの位だろうか。もっと近かったらどうなるのだろうか。
逃げてばっかじゃコウシロウを倒す事ができないけど、次はそれを見極めてみたい。
見つめ合ってる間に、あたしの体内から発する聖なる光の力によって頬のキズが塞がって来た。
この聖なる光はとても便利なんだ。ヒーリングの他に解毒効果もあるから、ちょっとやそっと悪いものを食べてもお腹を壊す事はないからね。
聖なる光は聖職者として修行をする者の中に、極まれに体内に微弱ながら作り出す仕組みができる事があるらしい。
伝説のナイトの様には強力ではないけど、この力は旅においても何かと役に立ってくれている。
あたしの場合は生まれつきだった。多分両親とも修行してこの能力を得たらしいから遺伝とかかもしれない。後天的なものに比べると、先天的なあたしの光はずっと大きいらしい。
また、こうした聖なる光を作り出せる様になった者は、「神に愛されし子」とか言われて聖職者としての地位も一気に上がるんだそうな。
だから生まれつきでこの能力を持っていたあたしは「神が遣わした子」なんて呼ばれてた時もあったんだけど……、それは余り面白くない話だからまた今度にしよう。
ともかく、これは本人の意思とは無関係に機能してるものなのだから、魔法の内には入らないよね。だって止める事は出来ないし。
「参るッ!」
おや、コウシロウが初めて声を出したね。
低い体勢から一気に地を蹴って、あたしとの間合いを詰める。もちろん抜刀しつつにだ。
剣から発せられる風の射程距離を計るため、さっきより一歩多目に後ろに下がってみた。
剣の後に起こった鋭い風は、やはりさっきと変わらずに、頬を鋭利な刃物で切り裂いた様にサクっと斬れた。
試合中に余り遠くまで離れる事はない、そうなると離れる距離で悩む必要はないみたいだな。
しかもこの風は顔前面は斬れず、角度が浅くなる頬の方だけ斬れるって事は、何かしらの法則があるのだろうけど今は無視しておこう。
その代わり、次からはこっちも仕掛けさせてもらうよ。
「参るッ!」
なんで急にコウシロウが声を出し始めたのかは謎だ。彼には彼の考えがあるのだろうけども。
あたしは最初の様に、寸ででかわす距離で剣をやり過ごし、追って来る風に突入すると頬がやっぱりサクっと斬れた。
だけど、今目の前には剣を振り切ったコウシロウが居る訳だ。
あたしがニヤリとして、秒間16連打のアレを撃ち出そうと思った瞬間、どういう訳か振り切ったはずの剣が戻って来た。
驚く事に、剣速は全く落ちてはいなかった。
この速度……後ろに飛んでも絶対避けられないッ! もうあたしはどうすべきかを考える事が出来なかったんだ。
「「ギャーッ! シンナバー!」」
あたしがとった行動のせいで、観客席から悲鳴が聞こえた。
この声はピンクのドレスの人とイシェルだね、そっか、イシェルってあんな声も出すんだ。
「ぬぬぅ!?」
さらにコウシロウも間抜けな声を上げて戸惑っていた。
あたしが取ったとっさの行動、それはコウシロウにぴったりと抱きつく事だった。
だって、ゼロ距離ならもう剣は振れないでしょ?
『残念だったねッ! あたしはゼロ距離でも撃てるんだよッ!』
そう言い終わる前に、あたしはコウシロウにゼロ距離からの秒間16連打のアレを撃ち込んだ。
コウシロウは案山子の人形の様な質感で、くるくる回りながら吹っ飛ぶと闘技場の外に落ちた。
勝利の判定が下り、湧き上がる観客達の歓声を受け、あたしの体にある種の熱い恍惚感が沸き起こっていた。